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◆[CY666]逢魔が娘(NRPS ORIGINAL)
日時: 2009/11/23 05:24
名前: ×書込制限:天査(DM)のみ

★★★ 逢魔が娘 ★★★

■はじめに
・タイトルを変更しました。
・基本的に完全オリジナル(NEW)です。
・第一紀と第二紀の間の話となります。
・不定期に書き足していきます。まめに覗いていって見て下さい。

■主要登場人物
・若い娘
 人里離れた山の中を、一人で旅をしている。何が目的かは不明だが、それなりに腕は立つ様だ。
・貴婦人
 山中にて助けを求めていた。あやかしの様に思えるが・・・?

■お知らせ
 下記に連載を開始しました。乞うご期待です。

 http://ncode.syosetu.com/n7140i/


[最終更新:上記日付の通り]
メンテ
Page: [1] [2]

CY666-10-07-18-01 ( No.7 )
日時: 2008/06/20 21:00
名前:
参照: ペレンランド/都/大手門→大通り→酒場

■黒い泉の都(1)

ペレンランド共和国は、フラネースでも珍しい共和制をその政体としていた。国を構成する十二のカントン(Kanton、州を意味する)にはそれぞれ独立した州代官がおり、その上にペレンランドの第一執政が国の代表として政(まつりごと)に携わっていた。

峠での遭遇の後、娘はペレンランドの都、シュヴァルツェンブルン(黒い泉)に来ていた。この都は“惑わしの霧の湖”と言われるクォーグ湖畔に位置しており、これまで一度も戦火に見舞われことがない為、低い古い建物が軒を連ねる趣のある街だった。

「のんびりしたトコなのよね、ここは」

二つの塔が聳える大手門を潜りながら、娘は一人ごちた。大手門から続く大通りは、行き交う人々で非常に活気があった。

土地勘が有るのだろうか、迷い無い足取りで娘は大通りを歩くと、一軒の宿屋の前で立ち止まった。

「えーと、“踊る子馬亭”って、ここね」

軒先に下がっている踊る子馬の紋章を見上げると、娘は重そうな樫木の扉をぎっと開いた。途端、どっと喧噪の音が一気に娘を包み込む。酒場の中は、非常な熱気だった。誰かが歌っている──吟遊詩人でも来ている様だった。
メンテ
CY666-10-07-18-02 ( No.8 )
日時: 2009/11/23 05:22
名前: 娘/酒場のマスター
参照: ペレンランド/都/酒場

■黒い泉の都(2)

「嬢ちゃん、誰かを捜してるんかい?」
「え?」

物珍しそうに酒場の中を見回していると受け取られたのか、カウンターの後ろからガタイの良い男が声を掛けてきた。

「そうじゃないけれど・・・」
「じゃ、何か飲むかい?」
「そうね。じゃ、ここの名物、“峰の炎”を一杯くださいな」
「あいよ!」

蒼いグラスに透明な滴を注ぐと、滑らかなカウンターを滑って来る。

「ありがとう」

グラスを手に取ると、娘はそっと口を付ける。

「キツイかい?」
「いいえ、大丈夫」
「へぇ。お嬢ちゃん、行けるくちなのかい?」
「量は飲めないけど、嫌いじゃないわ」
「剛毅だねぇ」

マスターが言うのも無理はない。この“峰の炎”は、ペレンランド特産の強い酒精だ。グラス三杯で大男でもぶっ倒れると言われている。それを、いとも涼しげな表情で、華奢な娘が事無げにグラスを空けているのだ。

「お嬢ちゃん、どっから来たんだい?」
「傑都(ケット)です」
「漠羅爾新王朝か。麗都(グレイス)は、素晴らしい都だって言うじゃないか」
「そうですね。晃樂上帝の御代になってから、大分かわりましたから」
「へぇ、そうなんだ」
「先の大戦で損傷した市街も再建されて、今は東西の貿易で賑わってますよ」
「上帝様々だな、そりゃ。それにしても、確か上帝様は冒険者上がりだったんじゃないか?」

実力があれば成り上がれた時代だったからなぁ、としみじみ言う酒場のマスターに、娘はクスリと笑った。

「羨ましい、とか?」
「へっ、莫迦言っちゃいけねぇよ。オレはこの酒場で満足しているし、それなりに面白いんだぜ、ここはよ」
「どんな点が面白いんですか?」
「そうだな。何より色々な情報が入ってくるしな。その為に、思わぬ事を知る事が出来る」
「例えば?」
「あっちの山に龍がいるとか、街中の豪商の子供が拐かされたとか・・・」
「・・・この都に巣くう怪異についてとかですか。」
「そうそう、怪異だぜ・・・って!!!」

酒場のマスターは慌てて口を噤んだ。

「怪異ですよ。この都に巣くっている」
「し・・・」
「し?」
「しらねぇ! オレはそんな事聞いた事もねぇ!」
「怪異の、ことを、知っている。そうですよね。」

一言毎に区切る様に、娘ははっきりと発音した。その言葉には、力が籠もっていた。目に見えて、マスターの様相がおかしくなる。
メンテ
CY666-10-07-18-03 ( No.9 )
日時: 2009/11/23 05:22
名前: 娘/酒場のマスター
参照: ペレンランド/都/酒場

■黒い泉の都(3)

「ゲッ・・グッ・・・」

 喉から奇妙な呻き声を発したマスターは、カウンターに手をつく。

「オッ・・・ギギャッ・・・」

 既に人語ではない言葉を発しているマスターに、漸く他の客も気が付いた。

「お、おい、マスター! どうしたんだよ!」
「酔っぱらったのか?!」
「なんか変だぞ!」

 そんな光景を、娘は黙って見ていた。いや、まだグラスに残っていた“峰の炎”をちびちび舐めている。だって、高いお酒だから勿体ないんだもん、と言ったとか言わないとか。まぁ、全く動じていない事だけは事実だった。

『グゥェェェェェェッ!!』

 そして、それは唐突に起こった。バリバリ、とマスターの背が裂けると、見るも奇怪な怪異が姿を現した。

 その瞬間、酒場の中は大混乱となった。皆、我がちに逃げ場を求めて右往左往する。
 おいおい、お前達勇敢な冒険者なんだろう――怪異に対処しようとな思わないのか? 先程まで、そこここで己場武勇を誇っていた自称“勇者”とか“戦士”とかは、そんな突っ込みも無駄なほど、無様に逃げ惑っていた。

 いや――二人程例外が居た。

 一人は、言わずと知れた彼の娘。
 そして、驚いたことに、もう一人――ローブをすっぽり纏った人物がカウンター近くのテーブル席に座っていたのだが、フードの下から、眼光鋭く状況の進展を見守っていた。

『グギャァァァァ』

 変形完了、とでも言う様に、完全な怪異と化したマスターが、殆ど無人となった酒場をそのは虫類の目で睨め回した。


メンテ
CY666-10-07-18-04 ( No.10 )
日時: 2009/11/23 06:17
名前: 娘/ローブの人物
参照: ペレンランド/都/酒場

■黒い泉の都(4)

「首都のど真ん中、なんだけどね」

 娘は、お定まりの溜息を付く。

「こんな所まで“汚染”されているんじゃ、対処がとっても大変ね」
「違いない。」

 同意の言葉に、娘は後ろを振り返った。

「逃げなかった人が居たんだ」
「ふふふ。案外、脚が竦んだだけかもしれぬぞ」

 柔らかなアルトの声だった。掠れも、震えもしない、しっかりした話し方だ。

「そうは、到底おもえないけど。で?」
「お手並み、拝見する」
「あ、そう来るんだ」

 がっくりくる娘に、低い笑い声を返すローブの人物。

「まぁ、最初っから援護は宛にしてなかったから」

 きっぱりと言うと、娘は向かっている怪異に向き直った。

「この位、夕食前よ!!」

 言うやいなや、右手を大きく振り被る。華奢なその手に、強烈な光の玉が生まれている。

「さぁて。何処まで耐えられるかしら? 閃光球っ!!」

 勢いを付けて、娘の右手に生まれた目映い光球が怪異にたたき込まれる!

 
メンテ
CY666-10-07-18-05 ( No.11 )
日時: 2009/11/30 07:12
名前: 娘/ローブの人物
参照: ペレンランド/都/酒場

■黒い泉の都(5)

『ギャァァァァァァァ!!!』

 光球を受けた怪異は、全身を目映い輝きに包まれて絶叫する。

「これで暫くは動けない、と。さて、見てみましょうか。“真実の目”(True Seeing)!」

 僅かに瞳を細めると、娘は短く魔導呪言を唱える。すると、娘の双眸が不思議な輝きに宿られた。そのまま、じっと悶える怪異を見据えると。

「・・・みつけた。」

 人であれば、心臓に当たる部分――そこに、何処までも惛(くら)い一点があった。

「この人は、まだ助かる」

 うん、と一つ頷くと、娘は右手を高く挙げる。

「聖・皇・剣(エンペリアス)・・・来たれ!!」

 次の瞬間、目映い光と共に、黄金に輝く優美な剣が娘の前に現れた。剣をその華奢な両手で掴むと、ゆっくりと構える。

「“天空に風、大地に水、人心に炎”・・・」

 謳う様な言葉が娘の口から漏れると共に、蒼く、蒼く黄金の剣の刃が輝きを帯びていく。

「・・・古(いにしえ)の理(ことわり)に従い、有るべき者を有るべき姿にっ!!」

 揺らめく姿の一点に、蒼く輝く剣を突き入れる。途端。

『ギァァァァァァ・・・』

 一瞬、爆発する様に巨大化する怪異だが、それも束の間――すぐに縮まっていく。そして程なく、怪異は中年の男にその姿を変えた。そっと胸に手を当てた娘は、安心した様に息を吐く。どうやら、男は大丈夫な様だ。

「よかった。これにて、一見落着」
「・・・見事な手並みだな」

 にっこり笑って言う娘に、その背後から声が掛かった。それは、戦闘を黙って見ていたローブの人物だった・・・。
メンテ
CY666-10-07-18-06 ( No.12 )
日時: 2009/11/30 07:14
名前: 娘/静流
参照: ペレンランド/都/酒場

■黒い泉の都(6)

 二人で協力して、意識不明だが命は取り留めた酒場のマスターを楽な姿勢に横たえた後。徐(おもむろ)にローブの人物が話し掛けた。

「見事な手並みだな。余程の手練れと見るが、名を伺いたい」
「名乗る者では無いんですけど・・・」

 にっこり笑って、スルーしようとした娘だが、ローブの人物は意に介さ言葉を続ける。

「・・・では、“名乗る者では無い”殿。先程の言動から察するに、怪異を追い求めている様だが、何が目的だ?」
「誰だかも判らない名無しの権兵衛さんに、どうして話す必要があるのかな?」

 相手の口調にちょっとカチンと来た娘が、少し語気を強めて言う。そんな娘に低い声で笑うと、ローブの人物はフードを上げて背中に落とした。象牙色の肌に長い黒髪を後ろで縛り、人形の様に整った顔立ちの中でも印象的な黒い深い双眸が娘を見つめ返す。

「漠羅爾(バクラニ)人・・・」
「いかにも。言い方が気になったのであれば、謝罪する。斯様な物言いしか出来ぬのでな。申し遅れたが、我は天嶺(テンリョウ)静流(シズル)と言う」
「天嶺・・・? どこかで・・・・」

 暫し思案する娘。そして、唐突に。

「“魔界の一族”っ!」
「なんだ、その二つ名は・・・」

 静流は思わず顔をしかめた。

「だって、漠羅爾は恵久美流(エクビル)の天嶺家でしょう? あの規格外の“魔人”が沢山いる!」
「・・・どんな話が伝わっているのだか・・・」

 米神(こめかみ)に手を当てて、静流は思わず溜息を付いた。一方、娘はと言うと、両拳を胸の前で握りしめて、期待に満ちた表情で瞳をキラキラさせる。

「兎も角! 我は国元から、この怪異の元を正す様にとの命を受け、彼の地に参った。貴公も同様な目的だと推察するが、如何に?」
「・・・そうね。私の目的も貴女と同じ。これまで調べた結果、怪異がここペーレンランドから漏れ出しているのが判ったの。だから、調査の為にここに来てみたわ」

 調査通りだったけど、と酒場の惨状を眺めて娘は言った。

「成る程。事情は理解した。しからば・・・」

 静流の言葉は、酒場の扉が轟音と共に吹き飛ぶ事で遮られた。次の瞬間、完全装備の装甲兵が酒場になだれ込んできた!

メンテ
CY666-10-07-18-07 ( No.13 )
日時: 2009/12/01 03:15
名前: 娘/静流/バッコス
参照: ペレンランド/都/酒場

■黒い泉の都(7)

 酒場になだれ込んできた装甲兵の一隊は、そこに居るのが二人の娘のみ、と知って何処か戸惑った様だった。それでも油断無く、手早く円形に二人を取り囲む。抜刀した幾多の両手剣の磨き上げられた刀身が輝いている。

「・・・これって?」
「あの騒ぎで、警邏が来ない方がおかしいぞ」
「それもそうね。あら? 偉いさんが来たみたい」

 装甲兵の輪が一部開くと、磨き上げられた甲冑を纏った大男が姿を見せた。バイザーヘルム(面鏝が上に開くタイプの全周ヘルメット)を上げたその顔は、人間の先祖、と言っても差し支えない原人と余り変わらなかった。一頻り酒場を見回すと、徐(おもむろ)に二人に向き直る。

「酒場で騒ぎが起きていると聞いて来て見たが、こんな小娘二人だと?」

 取るに足らん、とでも言う様に大男はふん、と鼻を鳴らした。

「全部片付いてから来てもね」
「違いない」

 呆れた様に、声を交わす娘と静流。そんな娘二人の侮蔑の視線も意に介さず、大男は高々と名乗りを上げる。

「あぁん? 何を喋っておるか。その耳をかっぽじって聞けぃ! 我こそは音に聞こえた警邏隊副隊長、バッコス・ドラケンスバーグ様だ。“ザ・グレイト”と呼んでも良いぞ」
「・・・」

 聞いた瞬間、二人の目が点になった。“ザ・グレイト”だって? 何の冗談だろうか? そもそも、自分で言うか、そんな二つ名?

「・・・見ての通り、ですけど」

 些か疲れた様に娘が言った。隣で静流が娘の肩に手を掛けて耐えている。

「あぁん? 何が見ての通りだ! 正直に話さんと、小娘と言えども手加減できんぞ!!」

 吠えた。いや、的外れも甚だしいが、酒場のマスターは元に戻ってしまっているし、証明する手立てがないのも事実。困った様に、娘と静流は顔を見合わせた。

「黙っていれば何とかなると思ってはいないだろうな!」

 また吠えた。いや、弱いなんとやらほど良く吠えると言うが――その諺(ことわざ)の好例になりそうな言動である。

「・・・」

 いい加減、疲れた様な娘の視線が、無い堪忍袋を切らせたのだろう。バッコスは三度吠えた。

「うぬう、あくまで黙りか! えぇい、構わん!! 番所に引き立てろ。何か隠しているかもしれん。徹底的に取り調べだっ!!」

 バッコスの命令が下るや否や、装甲兵達はあっという間に二人の娘を拘束する。

「引き立てぃ!!」

 意気揚々と、バッコスは装甲兵の先頭に立って番所に向かった。
メンテ
CY666-10-07-18-08 ( No.14 )
日時: 2009/12/01 03:41
名前: ライアン
参照: ペレンランド/都/警邏本部

■黒い泉の都(8)

「ん?」

 ペーレンランド首都警邏隊隊長、フランクリン・ライアンは、ガチャガチャと甲冑が鳴る音が近づいてくるのを耳にした。誰かが、怒鳴る声も切れ切れに聞こえる。

「今度は何の騒ぎなんだ?」

 苦労性の顔付きに一層の疲労の色を浮かべると、ライアンは自席から立ち上がった。自室の扉を開けると、外の番兵に尋ねる。

「どうしたのか?」
「はっ、隊長。ドラケンスバーグ副隊長が、酒場で暴れていた容疑者を連れて帰ったとの事です」
「酒場で暴れていた容疑者?」
「はいっ! 現在、取調室に入っております!」
「・・・そうか・・・」

 番兵からそれだけを聞くと、自室に戻ろうとして、ライアンは脚を止めた。あのバッコスが容疑者を連れてきた、だって? あの、単細胞で怒鳴るしか脳がないバッコスが?

「・・・」

 何処か嫌〜な胸騒ぎがしたライアンは、踵を返した。自分の、この勘を信じて色々な難題を耐え抜いてきたライアンは、今回も自分を信じることにした。そもそも、隊長が容疑者を入れた取調室に行くのは変な話ではない。

「取調室に行く」
「はっ! お供致します!!」

 カッチーンと踵を合わせて敬礼する番兵を従えて、ライアンは威厳が許す限り、足を速めた。
メンテ
CY666-10-07-18-09 ( No.15 )
日時: 2009/12/01 03:41
名前: ライアン/バッコス
参照: ペレンランド/都/警邏本部

■黒い泉の都(9)

「副隊長。何の騒ぎだ、これは?」

 ライアンが取調室の扉を開くと、バッコスの野卑な怒鳴り声が歓迎するかの様に彼を出迎えた。

「隊長っ! 酒場で乱闘を繰り広げていたこの小娘二人が、事実を認めんのですわ!!」

 耳障りな怒鳴り声に辟易としながら、ライアンはそれでも忍耐を保った。

「それは事実か? 事件を見ていた証人はいるのだろうな?」
「半壊した酒場に、気絶した酒場の主、そしてそこにいた小娘二人。証人なぞいらんですわ!! 赤子でも判る状況、小娘共の仕業であることは揺るぎませんぞ!!」

 バッコスの声にくらくらしながらも、ライアンは“容疑者”とか言う二人の娘に視線を向けた。ローブを着た娘は漠羅爾人だ。その隣の娘はスール系の様だ。よく見ると、左右の瞳の色が違う。瞳の色が違う?! 凄く、凄く嫌な予感が大きくなる。努めて冷静になろうとしながら、ライアンは娘に慎重に問い掛けた。

「・・・失礼ですが、お嬢さんはもしや、傑門(けっと)太守領、ご出身とかではありますまいな?」
「そこ、出身ですけど?」
「親御さんに、その瞳の持ち主はおりますでしょうか?」
「父がそうだけど?」
「!!!!」

 オーマイガッと言ったとか、言わないとか――ライアンは思わず天を仰いだ。

「・・・すると、こちらにご一緒にいらっしゃるのは・・・」

 ライアンは、再度静流を見つめた。人形の様な、それこそ飛びっ切り美少女。その端正な容貌を見ながら、ライアンは汗をだらだらと流し始めた。神は死んだ、と言ったとか言わなかったとか――その時のライアンの表情は土気色だった。

「縄を解けっ!!」
「はっ? 隊長、何を言ってるんですか?」

 なんだコイツ、錯乱したか? とでも言う様な痛い視線を振るバッコスを綺麗にスルーして、ライアンはその場にいる警邏兵に再度怒鳴った。

「即刻、すぐに、このお二人の、縄を解けーーーっ!!」

 バッコスに向き直ると、わなわなと震えながら言う。

「お前――この方が誰だか、判らないのか?」
「そこらの小娘でしょうが?」

 何が問題なんだ? とこの期に及んでも場の空気が読めないバッコスが痛恨の墓穴を掘る。

「この大莫迦野郎がっ! この方は、傑門の姫君と恵久美流第一公女だぞっ!! お前の目玉は節穴かっ!!!」
メンテ
CY666-10-07-18-10 ( No.16 )
日時: 2009/12/13 05:47
名前: エリア/ライアン/バッコス/静流
参照: ペレンランド/都/警邏本部

■黒い泉の都(10)

 所変わって警邏隊長室。仏頂面をしたバッコスの頭を手で床にごりごり押しつけながら、ライアンは深く土下座をしていた。

「先程は、不肖の部下が大変失礼を致しました」
「・・・」

 この期に及んでも、何も言わないバッコスの頭をライアンは一発怒突く。

「お前も、姫君と公女様に謝らんか!」
「・・・悪かったな。って、痛ってぇっ!!」

 頭をさすりながらも、微塵も心が籠もらぬ謝罪をぬかすバッコスに、ライアンは容赦なく後頭部をもう一発怒突いた。腐っても警邏隊隊長――鍛え上げられた一撃に、バッコスは地面をのたうち回った。

「あ、あの。もういいから、ね?」
「そうだな。過度の謝罪は必要ない」

 ちょっと退きながらも取りなす様に言う娘と、きっぱり返す静流に対して、ライアンは首を横に振った。

「いえ! お言葉を返すようですが、こ奴は普段から態度が粗暴です。このままでは我らが警邏隊の名折れになります。心の底から反省して貰わねばなりません!」

 苦労性の隊長が涙ながらに訴えているのを、バッコスが何処吹く風かと聞き流している。そんな好対照の二人を代わる代わる見た娘は、思いついた! とでも言う様にポンと手を叩いた。

「ね、隊長さん。それなら、わたしに預けてくれないかな?」
「え?」
「警邏隊の人なら、この都や周辺の事もよく知っているでしょう?」
「それは、そうですが・・・」

 しかし、預けてどうするのですか? と言う疑問を口にするライアンと、先程のダメージから漸く回復したバッコスが、二人して訳が判らん、と言う様に娘を見つめる。

「我も、何で貴公がこの者を預かりたいと言うのか、その訳が知りたいな」

 その二人の疑問符の輪に静流も加わる。三人の顔を一巡して見ると、娘はそうね、と呟くと笑顔で言った。

「怪異の元を経つためよ」

 既に娘から事情を聞いていた静流を除く二人は、事投げに言われた言葉に絶句した。

「怪異ですか? しかし姫様。それは、甚だに危険な行動ではないかと愚考しますが?」

 女子供の出る幕じゃない、と言うバッコスを黙らせながら、ライアンが疑問を呈する。

「そうだね。そう思う。専門家に任せて、姉上は無茶な行動を止める様にって、弟にも散々止められたんだけど・・・」
「「けど?」」

 思わずハモったライアンとバッコスは互いの顔を嫌そうに見合った。静流と見れば、何処か苦笑いを浮かべて聞いている。そんな三人に、にっこり笑って娘は言った。

「言っても聞かないから、黙って出てきちゃった♪」

 てへ、と悪びれずに言う娘に、二人は盛大にずっこけた。
メンテ
CY666-10-07-18-11 ( No.17 )
日時: 2009/12/13 05:48
名前: エリア/ライアン/バッコス/静流
参照: ペレンランド/都/警邏本部

■黒い泉の都(12)

 無謀極まりない娘の言葉に、ライアン、バッコス、静流は三者三様の対応を示した。

「弟君の言葉に従って、国元にお帰りになるべきです」

 口火を切ったのは、常識家のライアンであった。ペーレンランドの都“黒い泉”でも重要な部隊である都の警邏隊を預かる彼は、娘の無謀な行動によって引き起こされるだろう国家間の軋轢と混乱を心配した。一体、この娘は自分がどんな身分だか理解して行動しているのだろうか? 正直、考えれば考える程、偏頭痛が酷くなる。

「エリヤ様。“夢見”を継ごうとするあなた様が、お国にとって、いやフラネースにとって何を意味するか、重々お考えになって下さい」

 それは、奇しくも娘が何時も公都で守り役のワーランド卿に諭されている言葉と同じだった。その形の良い眉根を寄せると、娘は守り役を思い出したのか、ちょっと渋面を作る。

「じいやと同じ事言ってるし・・・」

 大体、こう言うお説教が一番耳に痛い。同じ様な境遇の静流も、思わず肩を竦めている。その点、次鋒のバッコスの切り口は判り易かった。

「姫さんとやらよ、実力不足って言葉を知ってるか?」

 フゥンム、とバッコスは己が自慢の筋肉をぴくつかせると、女子供はもっと別にやることが有るだろうとでも言わんばかりに娘を睥睨する。

「それとも、この我が輩以上の力があるっていうのか? ならば見せて欲しいものだな」

 言わずもがなだ。華奢で細身の娘が、身長2mを越す巨漢のバッコスに叶う訳がない――まぁ、シロウト目にはそう見えるのだが。

「試してみる?」

 その煌めく双眸に面白そうな色を湛えて、何処か挑戦的に娘が返した。

「あ? 寝言は寝てから言うのだぞ?」
「寝てないし。それに、1/10くらいは本気だよ?」
「な、ぬわぁにぃぃぃぃ!!」

 怒髪天を突く。バッコスはかっちょいい(と本人のみが思っている)ロン毛のソバージュなので、後光が差す様に髪が放射状に逆立っている。

「表へ出ろぅ! その減らず口、後悔させてやるぅ・・・ぐわっ!!!」
「だから! 姫様になんて口をきいてるんだ!」

 すかさず、ライアンがバッコスの脳天に己が愛刀を振り下ろした。無論、鞘に入れたままだが。

「ふぅん。実力が判れば、あなたは認めてくれるの?」
「・・・姫様・・・」

 えぇ!? と仰天するライアンの傍らで、バッコスはニヤリ笑いを炸裂させて。

「無論だ。我が輩を倒すことが出来れば、お前の力を認めてやろう」
「その挑戦、受けました!」

 よぉし、と拳を握る娘に、大きく溜息を付くライアンだった。
メンテ
CY666-10-07-18-12 ( No.18 )
日時: 2009/12/14 05:13
名前: バッコス/エリヤ/ライアン/静流
参照: ペレンランド/都/警邏本部→練兵場

■黒い泉の都(13)

「ここならば良いだろう」

 挑戦を受けた娘を連れて、バッコスは警邏隊本部の裏にある練兵場へと向かった。流石のバッコスも、警邏隊本部で暴れて建物を損壊しては不味い、とその恐竜並みの知恵を振り絞って考えた。
 しからば、何処で――そんな彼の頭に浮かんだのが、本部裏手の練兵場だった。そこならば魔導結界が張ってあり、周囲に被害が広がらない。
 斯様な訳で、バッコスを先頭に、娘、静流、ライアンの順で警邏隊本部を出ると、100m四方はある広場へと赴いた。

 練兵場に入ると、バッコスは背負っていた大剣を置き、抱えてきた幾つかの模造刀を地面に置いた。

「女子供に怪我をさせる訳にはいかぬな。我が輩はこの模造刀を使うが?」
「いいえ。真剣でやりましょ」

 一応は配慮を見せたバッコスに、娘は些かも躊躇無く、事投げに返答する。

「なにぃ? このバッコス様の気高き配慮を無視するというのか!」
「そうだけど?」

 それがどうしたのかなぁ? とでも首を傾げる娘に、バッコスは信じられんと驚愕の表情を浮かた。幾らバッコスでも、真剣でこの相手に傷でも付けた場合、どんな結果になるか位は想像できる。それ故に、無い知恵を絞ったのだが・・・

「・・・しかしな、」
「心配ないわ。何か起きる前に終わっているから」
「・・・しかし、エリヤ姫様。流石に真剣は危険です。私としても、許可できません」

 それまで事態の進展を心配そうに追いかけていたライアンも、娘の行動は浅慮である、と諫めようとした。だが、ここで静流が合いの手を入れた。

「大丈夫とエリヤ本人が言っている。それに、真剣でも使わぬ限り、その男も事後の結果に納得せぬのでは無いのか?」
「む? 公女とやら、それはどう言う意味だ?」
「模造刀で負けても、自分の真の実力は図れないと主張する――そう言う意味だ」
「我が輩が、そんな男らしからぬ真似をすると思うか!」

 するね、するだろうな、するな――三者三様、しかし全く同じ考えを、聞いている三人は抱いた。

「な、なんだぁ? その疑惑と疑念に満ちた視線は! 姫様とやら、後悔はしないな!」
「するはず無いし、ね。」

 にこやかに言う娘に、バッコスは盛大に顔を顰めた。これ以上虚仮にされては偉大な漢の沽券に係わると思ったか、思わなかったか――兎も角、バッコスは模造刀を捨てて、己が巨大な剣を手に取った。

「ならばよし! 我が輩はこの愛剣、グレイト・ソードを使うぞ! グレイトな漢にはグレイトな剣、音に聞こえたこの痛恨の一撃を受けてみよ! ガハハハハ!!」

 己に酔いきっているバッコスの恥ずかしい口上を聞いているライアンは、一人で警邏隊の品位を激減させている大馬鹿者の存在に思わず頭を抱えていた。その脇に立っている静流はと言うと、眼光鋭くエリヤの行動を見つめている。

「何時でもどうぞ」

 涼しげな表情で、娘はバッコスを右手でクィクィっと誘(いざな)う。だが、以外に冷静なバッコスは、その場を動かずに両手で高々と大剣を掲げた。その剣の頂点は、娘の身長の実に三倍――仮に娘から踏み込んだ時は、まさに絶望的な間合い変わる。
 だが、その姿勢のまま、バッコスは身動きが取れなくなった。娘の深い双眸が、じっとバッコスを見つめている。その眼差しに捕らわれたかの様に、バッコスの動悸が速くなる。

「・・・来ないなら、行きます。」

 一言呟くと、娘は疾風の様に走りだした。早い! あっと言う間に距離が詰まる。

「くっ・・・うぉぉぉぉっ!!」

 呪縛を解き放つかの様にバッコスは叫ぶと、真っ直ぐ自分に向かって直進してくる娘に、全力で己が大剣を振り下ろした! 最早加減も何も無い。だが。

「なにぃっ!!」

 バッコスの大剣は、唸りを上げて地面にめり込んだ。口だけではない証拠に、地面はその一撃で陥没している。だが、一体全体、娘は何処に行ったのか?

「はい。」

 首筋に冷たさを感じて、恐る恐るバッコスは振り返った。そこには、娘が蒼く輝く細身の剣を、自分の首筋に突きつけていた。微笑みを浮かべて、娘が宣言する。

「勝負あったね」
「・・・」

 バッコスは舌を巻いた。自分とて、口先だけの男では無いつもりだった。そもそも、実力がない者に警邏隊副隊長など務まらない。性格と脳髄は今五百でも、バッコスの剣の腕は確かだった。
 だが――娘の行動は、全く見えなかった。
 頭を強く振ると、バッコスは片膝を付いた。自分がどんな阿呆でも、無様な真似で恥を上塗りすることだけは出来ない。

「我が輩の負けだ。」

 潔く、バッコスは勝負の終わりを宣言すると頭(こうべ)を娘に垂れた。
メンテ
CY666-10-07-19-01 ( No.19 )
日時: 2009/12/17 23:37
名前: バッコス/ルナ/ライアン/静流
参照: ペレンランド/都/練兵場→警邏本部

■黒い泉の都(14)

「見事だな、姫様とやら。流石の我が輩にも動きが全く見えなかった。まさに、乾杯だ」
「乾杯って・・・字が違うし」

 さりげに頭の悪さを露呈するバッコスに、完敗でしょう? と笑いながらも、娘は少しはにかむ様に、バッコスに手を差し出した。

「実力の1/10で十分、だなんて、失礼な事を言ってごめんなさい。」

 驚いた様に、バッコスは自分に差し出された華奢な手と、花綻ぶ微笑みを浮かべる小さな顔を交互に見やった。その綺麗な笑みを見ていると、何処か暖かい物が心に広がっていく。自尊心超肥大の、バッコスの心もすっかり溶かすかの様に。

「・・・いや、我が輩も不遜な物言いであった」

 その細い手をそっと取ると、バッコスはゆっくりと立ち上がった。

「姫様とやら、お主本当にやるな。」
「ルナマリオン・エリヤ・ラ・カイラム。」
「あぁ?」
「だから、私の名前。ルナマリオンでも、エリヤでも、どう呼んでもいいけど」
「そうか・・・ならば、我が輩は“ルナ”と呼ぼう。」
「おい、バッコス・・・」

 高貴なお方に対して、何を勝手なことをほざいているんだ、と些か慌てるライアンをルナは手で制して言った。

「わかったわ。それでいい」
「良かろう。では、我が輩のことは、心よりの尊敬を込めて“偉大なるバッコス様”と呼ぶがよい」
「了解、バッコスね」
「ルナ! 肝心の修飾語が抜けておるわ!」
「聞こえなかった? うふふ、お馬鹿さんには聞こえなかったりして」
「なんだとぉ!」

 喉元過ぎれば何とやら――再び不遜で傲慢な態度に復帰するバッコスだが、ルナもきっちりお返ししていた。ま、これはお互い様なのだろう。

「我も“ルナ”と呼んでも良かろうか?」

 それまで黙って聞いていた静流が言った。

「いいわ。私も、貴女の事を“静流”って呼んで良い?」
「無論だ」

 ルナの言葉に、静流は大きく頷いた。
 ルナは、改めてバッコスと静流の二人を交互に見ると、姿勢を正して言った。

「じゃあ、バッコス」
「おう」
「静流」
「うむ」
「これから、宜しくね」
「任せておけ!」
「こちらこそ、宜しく頼む」

 三人が出来たばかりの友情(?)を暖めている間、蚊帳の外に置かれたライアンはやれやれと苦笑いを浮かべた。

「エリヤ姫様。お茶をお出ししますので、私の部屋にお戻り頂けますか?」
「えぇ、いいわ。隊長さんには、今後の事を相談する必要があるしね」
「では、こちらにどうぞ」
「最上級の茶を出せよ、隊長」
「お前に言われんでも無いわ!」
「隊長さんとバッコスって、仲良しさん?」
「「違うわ(ぞ)!!」」

 思わずハモってルナに突っ込むライアンとバッコス。

「ふむ。見事な複合技ではないか?」

 静かに、二人に止めを刺す静流であった。
メンテ
CY666-10-07-19-02 ( No.20 )
日時: 2009/12/17 23:39
名前: バッコス/ルナ/ライアン/静流
参照: ペレンランド/都/警邏本部

■黒い泉の都(15)

「で? 今後どうするつもりだ、ルナ」
「怪異を、ってこと?」
「そうだ。お主は、怪異の元を正す為に来たと言っていただろう?」
「おい、バッコス。エリヤ姫様はだなぁ・・・」
「隊長は黙っててくれ。」

 非常に珍しくも真剣な表情で、バッコスはルナに向かい合った。バッコスがまともなことを言うなんて――と上司のライアン隊長は目を白黒させているが。

「確かに、警邏隊もこの国のあちこちで怪異が発生していることは判っている。その調査もしているが、残念だが原因はまだ掴めておらん。ルナは傑門の姫さんなんだろう? そもそもそんな身分の奴が、何だってこんなことに首を突っ込んでるんだ?」
「う〜ん、不自然に見える?」
「見えるも何も、不自然極まりないな」

 なぁ? とライアンと静流に振るバッコス。

「確かに。自国のことであれば、百歩譲って多少は理解出来ますが、何分他国のこと――何故に高貴な姫様が自らお手を煩わせるのか、正直小職にも判りません」

 ライアンは、バッコスの言葉に同意して言った。だが、静流の反応はライアンとは少し違っていた。

「我も理由は知りたいが、国家が急を要する時に、指導層が先頭に立って物事の解決に取り組む事自体は不自然な事ではないと思う」
「・・・そう言えば、あんたも公女、とか言ってたな?」
「いかにも。我は漠羅爾(バクラニ)新王朝が恵久美流(エクビル)公国は天嶺家の息女」
「なら、お主も何でこんな事に首を突っ込んでいるのか、聞きたいものだな」

 ふむ、と静流は息を吐くと、説明しようと口を開き掛けるが、先にルナが話し始めた。

「・・・私がここに調査に来たのは、怪異がこの国に留まらないだろうって予想されたからなの」
「何?」
「今は、この国を取り巻くヤーティル山脈の外側では怪異は発生していないわ。でも、それが何時まで続くかは判らない。国の重臣達は、この怪異が来る大事の前兆に過ぎないって予想している・・・」
「・・・そして、その怪異が爆発的に広がった後では、対処が遅すぎると言う事だな?」

 ルナの言を引き継いで、静流が言った。

「驚いた顔をする必要は無い。それならば、我の調査理由と同様だろう?」
「・・・そうね。」

 小さく溜息を付くと、娘はバッコスとライアンに言った。

「まだ確信を持って言える段階じゃないけれど、手遅れになってからでは遅いわ。手を貸して貰えない?」
「うぅむ・・・しかし・・・」

 立場と責任を思案して、ライアンが唸っている傍らで、バッコスがお気楽に言った。

「良かろう。“義を見てせざねば勇無き也”だ。我らの置かれている事態がさほど急を要しているのならば、我らが動かない訳には行くまい?」

 疑問符は、ライアンに当てられたものだった。聞かれた当人は、少し渋面を作ると、漸く頷いた。

「確かにそうだな。仕方が無い、代表府に申し立てを行おう、っておいバッコス! 何をしてるんだ!?」
「旅立ちの準備に決まっておろう?」
「だからな、まずは許可を取ってから・・・」
「爺共の決定を待っていたら、一億年は経ってしまうわ。時間を無駄にするのは莫迦らしい。我が輩達はすぐ出発するぞ!」

 にやりと笑ってサムズアップするバッコスに、娘と静流が大きく頷く。

「即断即決こそが“漢”の行動よ」
「しょってるね!」
「違いない」

 得意そうにそう嘯くバッコスに、ルナと静流も笑みを浮かべた。
メンテ
CY666-10-07-19-03 ( No.21 )
日時: 2009/12/26 05:16
名前: バッコス/ルナ/静流
参照: ペレンランド/都/警邏本部→街東部地区

■黒い泉の都(16)

 都の大通りを横一列になって歩く一行は、ルナを真ん中に、その右にバッコス、その左に静流の順に並んでいる。
 強面・ロン毛・巨漢と素敵に三拍子のバッコスに、秀麗・白皙・黒檀の静流と、華麗・溌剌・魅惑のルナの美少女二人が並んでいる構図は、甚だ人目を引いた。道行く殆どの男達から、不躾な視線がビシバシと娘と静流に突き刺さる。

『おぃ、見ろよ』
『おお〜すげぇ』
『一緒に歩いているヤロウは何だ?』
『用心棒じゃないのか?』

 いや――バッコスにも、別の意味で視線(死線?)が突き刺さっていた。だが、無遠慮な視線と物言いにバッコスが眼光鋭く(Death Beem)睨み付けると、そんな不協和音もぴたりと止んだ。
 ふん、と鼻を鳴らすとバッコスがルナに聞いた。

「で? まずは何処に行くのだ?」
「まずは、酒場かな。」
「先の騒動が起きた場所だな?」
「えぇ。原点回帰が捜査の基本よ」
「成る程。我に異論はない」
「我が輩も了解だ」

 ルナの言葉に、静流もバッコスも頷いた。別に決めた訳では無いのだが、全体の流れから、自然とルナがリーダーシップを取る形になっていた。

「あの酒場のマスターに、事情も聞きたいしね」
「あの者は、“怪異”にされてしまったのだったな」
「そう。“浸食度”軽かったから、“快癒”させることが出来たけどね」
「そう言えば、我が輩が部下と酒場に踏み込んだ時には、そやつは普通の状態だったな。我が輩達が来る前には、怪異になっていたというのか?」
「えぇ。突然、変身したわ。でも、“快癒”出来たってことは、“怪異”にされてから、余り時間が経ってないと思うの」
「論理的な帰結だな」

 ルナの解説を静流が肯定する。

「そやつを“怪異”にした相手を記憶しているかも知れぬ、ということだな」
「その通り。頭良いね、バッコス」
「ふっ・・・我が輩の頭は、頭突きの為だけに有る訳ではないのだぞ」

 褒められたにしては、些かずれた反応を返すバッコスに、娘二人はクスクス笑った。

               ☆  ☆  ☆

「頼もう!!」

 威勢良く扉を開けて、バッコスは件(くだん)の酒場に入った。ルナと静流が後に続く。既に酒場は再開されており、地元民や冒険者風体の者など十人位が屯って居た。

「おい親父。我が輩は警邏隊の副隊長、偉大でグレイトなバッコス・ドラケンスバーグ様だ。隠し立てすると為にならんぞ・・・って痛てぇ!!」
「バッコス・・・」

 にこやかな笑顔で、しかし容赦なくルナがバッコスの後頭部を度突いた。

「ルナよ。そうぽんぽん我が輩の優秀な頭脳の詰まった頭を叩くでない」
「その“優秀な頭脳”に皆目学習機能が付いていないから困るの!」
「全くだ。権威権柄ずくの態度で、相手が話してくれると、よもや思っておるまいな?」

 ルナと静流に駄目出しされたバッコスは肩を竦めた。

「よぅし、判った。おい親父、とっとと話すがよい。貴様をどうするかは、その話次第だ・・・をぉう!!」

 今度は静流が宝錫で容赦ない一撃を見舞った。素敵な断末魔の呻き声を上げて、バッコスが轟沈する。それを事無げにスルーして、ルナが退き気味の酒場のマスターに話し掛けた。

「さて、と。気を取り直して。マスター、私の事を覚えている?」
「・・・いや――娘さんの様な美人なら、一度見たら忘れられないんだが・・・全く記憶にないな」
「自分が、自分じゃ無いモノになった記憶は?」
「警邏隊でそんな事も聞いたが、正直それも全く思い出せない」
「昨日までで、何か普段とは変わった事ってなかった?」
「・・・そう言えば・・・」

 必死に思い出す様に、マスターは眉間に皺を寄せる。

「一昨日の晩、吟遊詩人が来て、酒場で歌ったんだが――これまで、ここでは見かけた事がない顔だった。もっとも歌は非常に上手かったので、気にはしなかったがね」
「歌が上手い吟遊詩人ね。それ以外に変わった事は?」
「いいや、それ以外は至って普通の通りだったな」
「そう。どうも有り難う」

 丁寧に一礼すると、ルナは静流と(何時の間にか復活した)バッコスを伴って酒場を出た。
メンテ
CY666-10-07-19-04 ( No.22 )
日時: 2009/12/26 05:18
名前: バッコス/ルナ/静流
参照: ペレンランド/都/警邏本部→街東部地区

■黒い泉の都(17)

「普段と違うのは、その吟遊詩人のみ、か・・・」

 大通りを歩きながら、ルナが呟いた。
 三人は酒場を出ると、大通りを何の気無しに城門方面に向かっている。

「よぅし。そいつをとっ捕まえて、締め上げるとしようぞ!」
「締め上げるには相手を捕縛する必要があるが、貴殿その吟遊詩人が何処にいるか、心当たりがあるのか?」
「さっきの酒場を張れば良いだろう?」
「戻ってくると言うのか?」
「相手に帰巣本能が有れば戻ってくる。」

 バッコスは力強く断言した。その余りの迷(?)推理に、“聞いた我が愚かだった”と独りごちて、静流は米神をさすった。
 そんな二人の漫才を余所に、先程から何事かを思考していたルナが、まるで独り言の様にそっと言う。

「・・・あながち、バッコスの言っている事も外れていないかも知れない」
「ふははっ! 良き理解者に恵まれているのは良い事だ」

 我が意を得たりとでも言う様に笑うバッコスに、ちょっと待ってとルナが返した。

「私が言いたいのは、他の酒場にも現れる可能性があるってことよ。もしもその吟遊詩人が元凶だとしたら、全く“怪異”が発生していない地区の酒場に、今後表れるかもしれないでしょう?」
「そう言う事か。さすれば、警邏隊本部で事件が発生していない地区の情報を貰う必要があるな」
「そう言う事ね」
「ならば、この偉大なバッコス様に任せておけ! 洗いざらい、情報を吐かせてくれるわ!」
「吐かせるって、誰によ・・・」
「ここまで阿呆とは・・・」

 がはははは、と高笑いするバッコスを見ながら、ルナと静流は心の中で“こいつを仲間にしたのは果たして正解だったのか?”と、真剣に自問自答するのだった。

               ☆  ☆  ☆

 戻って警邏隊本部。三人は、事情を説明する為に、隊長であるライアンの部屋にいた。

「その吟遊詩人が曲者だと、エリヤ姫様はお考えなのですか?」

 大きなデスクに座ったライアンの前に、ルナと静流が座っていた。バッコスは、その二人の後ろに巨大な塔の様に立っている。

「えぇ。少なくとも、その吟遊詩人が酒場のマスターが怪異に変わった事に関与した可能性があると思うの」
「普遍性から乖離(かいり)する事柄こそが、その真髄である可能性が高い。我も、ルナの考えに同感だ」
「無論、この我が輩もな!」

 がははははは! とバッコス特有の高笑いが炸裂。ライアンはその騒音に顔を顰めた。ルナと静流は慣れたのか、特に表情も変えずにいる。

「情報は差し上げましょう」

 思案した上で、漸くライアンが言った。

「しかし、出来るだけ夜の酒場に出掛けるのは避けて頂きたいです。姫様や公女様に何かが起こってからでは遅すぎます」

 我が輩の心配はせぬのか? と言うバッコスは綺麗にスルーして、尚もライアンは言葉を続けた。

「特に、街の東部地区はお勧め出来ません。あそこは、只でさえ騒動が多い所です。お二人の様な、高貴のご身分の方が行かれる様な場所ではありませんので」
「そんな場所もあるんだ」
「はい。街の他の地区は、取り敢えずは大丈夫です。バッコスもご一緒させて頂いておりますし、滅多な事は起きないでしょう」
「わかったわ」

 ルナは頷くと立ち上がった。静流も無言で後に続く。

「くれぐれも、無理をなさらない様に。バッコス! エリヤ姫様と静流公女様のお供をしっかり努めるんだぞ!」
「ふっ・・・隊長も心配性だな。この偉大なる戦士である我が輩に任せておけ!」

 それが心配なのだ、と呟くライアンに、バッコスはニカリと笑ってサムズアップをしてみせた。
メンテ
CY666-10-07-19-05 ( No.23 )
日時: 2009/12/26 05:19
名前: バッコス/ルナ/静流
参照: ペレンランド/都/街東部地区

■黒い泉の都(18)

 警邏隊本部を出たルナは、無言で歩き出した。先程までの行軍隊形同様、バッコスが右に、静流が左に付く。

「・・・」

 暫く歩いた後。徐(おもむろ)にバッコスが口を開いた。

「で、どうするのだ、ルナ?」
「無論、無法者が跋扈する街の東部地区に行くのであろう?」

 代わって応えた静流の口元には、小さな笑みが浮かんでいる。

「進んで火の粉を被りに行く、と言うのか?」
「それが“怪異”の元凶かも知れない“吟遊詩人”とやらに逢う近道だからだ。先程、ライアン隊長殿が言われた“怪異”の出没点に、何故か東部地区は全く含まれていない。治安が悪いので、“怪異”も発生を避けていると思うか?」
「その逆であれば判るがな」

 バッコスは顎に手をやると、思案顔になった。
 そんな二人の会話に、満を持してルナが参入した。

「そう言うことね。じゃ、バッコス。東部地区で一番物騒な酒場に案内してくれないかしら」

 ルナは満面の笑みを浮かべた。

「一番物騒とは・・・」
「だから、言っただろう?」

 流石のバッコスも、少し躊躇(ちゅうちょ)した。
 静流は、我が意を得たり、とバッコスの肩を軽く叩く。

「ね?」
「・・・仕方が無いな。だが、危険だと我が輩が思ったら、即撤収だぞ」
「タイミングはバッコスに任せるわ」
「我も異論はない」

 娘二人は異口同音に賛意を示した。
 やれやれ、と肩を竦めると、バッコスは顎を杓った。

「良かろう。では、我が輩に着いて参れ」

               ☆  ☆  ☆

 路一つ隔てると、こうも変わるのか――街の西部から東部に入ると、周囲の雰囲気ががらりと変わった。大通りを歩いているものの、人通り自体が少なく、また歩いている者も、到底堅気な感じを受けなかった。

「我が輩の後ろから離れるなよ」

 さしものバッコスも、少し緊張気味の声音だった。無論、自称“偉丈夫”であるバッコスが恐怖など覚える訳がない(感じない、と言う噂もあり)。彼が心配しているのは、美しいの上限をぶち抜くルナと静流の美少女二人の事だった。そして、その心配は杞憂には終わらなかった。

「よぉ、兄ちゃん。ハクい姉ちゃんを連れてるじゃねぇか」

 そんな声と共に、痩せた長身の男が路地から現れた。

「オレ達にも紹介してくれねぇか?」

 その広い背中にルナと静流を庇い込むと、バッコスは相手を眼光鋭く睨み付けた。

「寝言はしっかりベッドに入って寝てから言うがよい。まだ日が高いぞ? さっさと退散せい!」
「オレ達?」

 静流が相手の語尾を聞きつけて小さく呟く。何? とバッコスが反応する前に、相手が冷笑して言った。

「良く聞いてたな。お前達はオレ達に取り囲まれているぜ。おい、デカブツ。大人しく娘二人を置いていけ。そうすりゃあ、命だけは助けてやらあ」
「本当に独創的なセリフだね」
「ふむ、違いない」

 トウシロウなら震えが走る程冷酷な声音で言う男に、ルナと静流は何処吹く風か、と全く動じない。

「最初から騒ぎにはしたくなかったんだけど・・・」
「降り掛かる火の粉は払わねばならぬな」

 お互い、顔を見合わせてにっこり笑うルナと静流。

「良い心意気だ」

 バッコスも、二人に呼応して大きな笑みを浮かべた。

「「「さて」」」

 ザッと互いの背を合わせて、ルナ、静流、バッコスは三面を作った。先程、パーティーを結成したとは思えない阿吽の呼吸である。

「な、何だ?!」

 男と、周囲の暗がりに動揺が走る。

「今なら、まだ失礼な物言いも許してあげるけど?」
「左様。回れ右をして、立ち去るが良い」

 ルナと静流が選択肢を狭めていく。

「それとも、残って我が輩に完膚無きまでに成敗されるか、だ。好きな方を選べぃ!!」

 最後は、バッコスの大音声で締めくくられた。
 だが、愚か者は何処まで行っても愚か者らしい。

「くっ! 吠え面かくなよ! お前達、デカブツは簀巻きにして河に放り込め! 娘二人には傷を付けるなよ! へっへっへ。売り物にする前に、たっぷりオレ達で可愛がってやるからな!」

 掛かれ! という男の号令と共に、暗がりに隠れていた十数人の無頼漢が一斉に往来に躍り出てきた!!!
メンテ
CY666-10-07-19-06 ( No.24 )
日時: 2009/12/26 05:21
名前: バッコス/ルナ/静流
参照: ペレンランド/都/街東部地区

■黒い泉の都(19)

「半分はデカブツに掛かれ! 残りは娘をふん縛れっ!」
「合点っ!」

 粗野な物言いの割には、盗賊達は良く組織だっていた。十人がそれぞれの得物を手にバッコスを取り囲み、残った五人が指示を出した頭目を黙される男と共に、ルナと静流を取り囲んだ。

「盗賊風情が、やるな」

 そう言う静流の口元には笑みが浮かんでいた。

「今更後悔しても遅いぜ?」
「後悔するのは、そちの方だと思うが?」
「へっ! どこ見てそんな事を言ってるんだ?」
「どこって・・・周り?」

 少し不思議そうに言うルナ。

「周りって・・・何ぃ!」

 バッコスの周りを取り囲んでいた盗賊は、既に半数が倒されていた。

「わははははっ! 準備運動にもなりはせんぞ!!」
「・・・嘘だろ・・・」
「いいや、現実だ。相手にしてはならない者を相手にしたな。覚悟は出来ていような?」
「今頃謝っても、とっても遅いけどね」

 静流とルナに交互に言われて、盗賊達の頭目の顔色は信号機の様に、青→赤→黄と目まぐるしく変化する。

「くっ・・・吠え面搔くなぁ!! 容赦なしだ! 全員で掛かれ!!」

 うぉお! と声を上げて五人が一斉に静流とルナに襲いかかった。

「ふむ。」

 手に持った錫杖で地面をトンと一突きすると、ルナは静かに呪文を唱えた。

「“その身を縛られよ”(Hold Person)」
「あぐっ!!」

 盗賊三人が、金縛りにあった様にその動きを止める。

「ジャイドー! ブレンム! ゲゲドガル! くそっ、お前魔導士だったのか!」
「如何にも。我の格好、その様に見えなかったか?」
「今度から先に言えよっ!」
「ふむ。では、次回からはそうしよう」

 静流と盗賊達の頭目が緊張感の無い会話を続けている間に、ルナは二人の盗賊の相手をしていた。

「へっへっへ。嬢ちゃん、もう逃げられないぜ」
「おい、ギーメン。相手、逃げてないって」
「阿呆っ! こう言うのがお約束だろ!」
「お約束ってなぁ・・・」
「あの、あなたたち、一体どうしたいの?」
「「今取り込み中だ!!」」
「あ、ごめんなさい・・・」

 そこで、えっ? とルナと盗賊二人は顔を見合わせた。

「戦うんだよな、オレ達?」
「そ、その通りだ!」
「なら、真面目にやりましょ?」

 そう言うと、ルナは両手を眼前に差し伸べる。その細い手から、青白い閃光が放たれる。

「“真昼の閃光”(Lightnig Bolt)」
「「きゅう」」

 青白い閃光は盗賊二人の身体を抜けて、地面に放電した。白目を剝いて、二人は地面に倒れる。

「力を弱めたから、命に別状は無いわ。暫く痺れて貰うだけ」

 ごめんなさいね、と言いながらルナは視線の合った静流に笑顔を見せる。

「こっちは終わったよ」
「こちらもだ」
「バッコスの方も終わったね」
「そうだな」

 折しも、バッコスがグレイト・ソードの一振りで、最後の二人を吹き飛ばした所だった。ルナと静流が見ている事に気づくと、にやりと笑ってサムズアップしながら二人の所に歩いてくる。

「我が輩の勇姿に見惚れていたのか? 無理もないわな、はっはっは!!」
「貴殿は、一度医者に脳髄を見て貰う事をお勧めする」
「我が輩の脳味噌の完璧さなら、度々の頭突きで確認済みだぞ?」
「精神も病んでいるんだな」
「ふふ、褒めるなよ」

 照れるぜ、と顔を赤らめるバッコスを物体Xでも見る様に眉を寄せる静流。

「死んでも治らんな、これは」
「そうね、私もそう思うわ」
「我が輩は完全に健康体だぞ?」
「「虚けね(だな)」」

 溜息を付きながらハモるルナと静流。 

「お、おぃ・・・オレを無視しないでくれよ・・・」

 三人が意気投合するのを、戦意を完全に喪失して、盗賊達の頭目が情けない顔をして所在なげに立っていた・・・。
メンテ
CY666-10-07-19-07 ( No.25 )
日時: 2009/12/30 21:16
名前: バッコス/頭目/ルナ/静流
参照: ペレンランド/都/街東部地区

■黒い泉の都(20)

「おぉ、すっかり忘れていたな」

 情けない声をあげる盗賊の頭目に、バッコスがまだ居たのか? とでも言う様に片眉を上げてみせる。

「この惨状を見ても、まだやる気か?」

 あぁん? と軽くバッコスが言うだけで、そのロン毛と強面の表情故に恐喝紛いの態度に見えるから不思議だ。

「く、くそっ! 仲間を殺られて、すごすごと引き下がれるかよっ!」
「あ?」
「仲間?」
「ふむ。」

 バッコス、ルナ、静流の順でそれぞれが反応を返す。
 ややもすれば無関心にも見える三人の態度に、盗賊の頭目は激高した。

「惚けるな!! 貴様ら、そんなに力がある癖に手加減もしやがらないで・・・何も殺す事無いだろ!」
「阿呆。」

 言い放った静流は、渋面を作っていた。

「周りをよく見ろ。」
「へっ?」
「あのね。あなたの仲間、誰も死んでないんだけど?」
「な、なんだって?!」
「静流は金縛りにしただけだし、私は痺れさせているだけ。バッコスも、相手を吹き飛ばしただけでしょう?」
「都で無益な殺生を、警邏隊副隊長のこの我が輩がする訳にはいかぬだろうが。」

 言うまでも無い、と憮然とした表情のバッコス。
 勿論、判っていますよ、とルナは頷いて返す。

「と言う事よ。判ってくれた?」
「・・・」

 暫し、呆然としている盗賊の頭目。
 埒が明かない、と思ったルナは荒療治に出る事にした。

「さて、あなたのお仲間は、気絶していて意識を取り戻すまで時間が掛かる。残ったのはあなた一人。私たちはまだ余力たっぷり。生かすも殺すも自由だけど?」
「何やら、我らの方が悪役に聞こえるがな、ルナ」

 静流の指摘に、所詮三文芝居よね、と苦笑して囁くルナ。
 対する盗賊の頭目は、そんな漫才も耳に入って居ない様だった。

「・・・誰も、死んでない? でも、なんでだ?」
「降り掛かる火の粉は払うけど、私たちは過剰反応はしないわ。ましてや、殺気も無い相手を、どうして殺める必要が有るの?」
「殺気が無い・・・」
「そうだな」
「うむ」

 ルナの言葉に、バッコスと静流が同意する。

「・・・最初っから、敵いっこなかったって訳か・・・」

 がっくりと肩を落とすと、盗賊の頭目は地面に武器を置いた。

「降参だ。仲間がいてもこの体たらくだ。俺一人じゃ、逆立ちしたって敵いっこねぇ。煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」
「好きに、ね」

 含みを持たせる様なルナの言い方に、静流が興味深げな視線を振る。
 ルナは、にっこりと盗賊の頭目に笑いかける。

「・・・なんだよ」
「あなた、この街には詳しいの?」
「そりゃな。伊達に巷で、“黒き泉に絆の兄弟あり”と呼ばれてねぇ」
「そうなんだ。」

 良いながら、ルナはバッコスをちょいちょいと差し招いた。

「何だ?」
「この人達、私たちが煮ても焼いても良いんだよね?」
「言葉の綾だ。警邏隊に突き出さないと、後で一悶着起きるぞって、おいルナ。一体何を考えている?」
「良い事。」

 静流が溜息を付いた。
 付き合いは短いながら、静流にはルナの破天荒振りが多少予想出来る様になっていた。

「ルナ。まさかと思うが、そ奴らに“怪異”の解明を手伝わせる積もりではあるまいな?」
「そのまさかよ」

 案の常に答えると、ルナは不敵に笑った。

「“怪異”の解明に協力すれば、彼らの罪状も軽くなるでしょう? 私たちも助かるしね。」
「隊長の説得はお前がやれよ」

 まっぴら御免だ、とバッコス。

「結果オーライよ、こう言う場合って」
「やれやれ、我が輩よりも大雑把だな、ルナは」

 呆れ顔のバッコスに、動じないルナは静流に笑顔で目配せする。

「こう言う時にぴったりのセリフは?」
「『寝言はしっかりベッドに入って寝てから言うがよい』だろうな」

 静流が空かさずフォローする。

「そう、それっ!」

 おいおい、と困惑顔のバッコスに、重なる様に困惑顔を浮かべる盗賊の頭目だった。
メンテ
CY666-10-07-19-08 ( No.26 )
日時: 2009/12/30 21:18
名前: 頭目/ルナ/静流/バッコス/副頭目
参照: ペレンランド/都/街東部地区→大緑龍亭

■黒い泉の都(21)

「それで、オレ達は何をどうアンタ方に協力すればいいんだ?」

 状況止む無し、と判断した盗賊の頭目は、ルナ達に協力する事になった。
 ルナは、にっこり笑って人差し指を立てると、それを左右に振って言う。

「ちょっと待って。その前に、名前を教えて欲しいわ。何時までも“盗賊の頭目”じゃ呼びにくいから」
「そりゃアンタが勝手に呼んでるだけだろ」
「だからって、何時までも代名詞じゃ駄目でしょ? ね。」

 泣く子とルナには勝てないとは言わないが――盗賊の頭目は肩を竦めるとぼそっと言った。

「・・・ステンカ」
「捨てるか?」
「違うっ!!」

 やっぱり来た――お約束だな、と静流とバッコスが互いに頷き合う。二人とも、大分ルナの行動に慣れてきた様だ。

「俺の名前はステンカ・ルードロワだ! そして、コイツが副頭目のロワン・ワシュリ」

 厳つい顔をした大男が少しだけ頭を下げる。

「そして、右から仲間のジャイドー、ブレンム、ゲゲドガル、ギーメン・ドリリ、ビビシヤ、ケルケール、C・マンパラー、ブラック・E、タライラー、ルクク、ララウス、バ=リウス、ロイローイだ」

 大きいのやら小さいのやら、人間やら人間以外やらが名前を呼ばれる度に頷いたり、オウと答えたり、手を挙げたりしている。

「オレとロワンを入れて、十五人がオレ達“絆の仲間”だ。」
「こちらも自己紹介しようか?」
「それが筋だろうな。」

 三人の中で、一番の常識家と目されてきている静流が頷く。

「なら、私はルナ。こちらが静流。あっちの大っきいのがバッコスよ」
「偉大なる“漢”、世界に冠たるバッコス様と呼べぃ」
「無視していいからね」

 笑顔で言うルナに、少し黄昏れるバッコス。
 ステンカは、そんなバッコスに問い掛けた。

「アンタは警邏隊副隊長なんだろ?」
「あぁ、如何にも」
「そのアンタが、付き従っているこの娘二人って、一体誰なんだ?」
「名乗ったでしょう?」
「名前だけはな。だが、アンタ達が誰で何処から来たのかは話してくれてない」

 ルナと静流は顔を見合わせた。
 物言いたげに、バッコスが二人を見る。

「・・・そうね。そうじゃなきゃ、フェアとは言えないか。」
「ふむ。信頼をされるには、信頼する事が大事とは言うが・・・」

 静流が語尾を濁す。
 ルナには、静流が言いたい事が十分判った。
 協力して貰うとはいえ、自分たちの身元を明かすまで信頼しても良いのか、と。

「・・・」

 “絆の仲間”達は黙ってルナを見ていた。
 ここが正念場だと――ルナは自分の感覚を信用する事にした。

「言うよ、静流」
「良かろう」
「私はルナ。ルナマリオン・エリヤ・ラ・カイラム。こちらは、静流。天嶺静流」

 名前を聞いた“絆の仲間”達の間にざわめきが広がる。

「ルナ・・・マリオンだって? そりゃ、傑門の姫さんの名前だぞ? それに天嶺? あの恵久美流の天嶺家か? なら、天嶺家の公女?」
「そうね。」
「そうだ。」

 ルナと静流が肯定すると、“絆の仲間”達のざわめきが大きくなる。

「ホンモノか?」
「ホンモノです」

 笑顔で言うルナに、全員が仰け反った。

「嘘だろーっ!! ぷっつん姫に冷血公女の揃い踏みだって・・・ぐわっ!!!」

 静流の錫杖が、ステンカの腹にめり込んでいた。電光石火の一撃だ。
 身体をくの字に曲げて、ステンカは悶絶している。

「雉も鳴かずば撃たれまいに」

 くわばらくわばら、とバッコスが呟いた。

               ☆  ☆  ☆

「気を取り直して、と」

 一刻後。再起動を掛けたステンカが案内した“絆の仲間”達のアジト兼街の東部地区では“比較的健全な”酒場である大緑龍亭に、ルナ達は座っていた。正確には、一つの丸テーブルにルナ、静流、バッコス、ステンカ、ロワンの五人が座り、カウンターや他のテーブルに“絆の仲間”の残りの団員が座っている。

「しかし魂消たな。傑門の姫さんに天嶺家の公女とはね」
「言うまでもないけど、あなた方だけに留めて置いてね」
「判ったよ。それで、話を元に戻すが、オレ達は何をすれば良いんだ?」
「情報を集めて欲しいの」
「情報?」
「えぇ。それも、この東部地区限定でね。“一番騒動が少ない場所”が何処かが知りたいの」
「・・・何でだ?」

 ルナの前提条件を聞いて、ステンカは俄然慎重になった。

「“怪異”って知ってるでしょう?」
「・・・まぁな。まともなヤツなら、関わり合いに成らない方が良いって事も知ってるぜ」
「なら、話は早いわ。私たちは――正確に言うと、私と静流は、だけど――その“怪異”の元を正す為にこの都に来たのよ。今までは、“怪異”の発生も目立たなかったけど、これをこのまま放置すると大変な事態になるわ」
「彼の魔国絡み、と言う風に我はみておる」

 静流の言葉は、ステンカとロワンに衝撃を与えた。

「北の魔国・・・か?」
「そうだ」
「それって・・・大事(おおごと)じゃないか」
「しかし、ヤーティル山脈には“聖なる護り”が施されているんだろう?」

 これまで黙って聞いていた副頭目のロワンが口を開いた。

「そのヤーティル山中で、幾つかの“怪異”と遭遇したわ」

 ルナは、つい先日自分が体験した女蛇との事件を話す。

「なんてぇこった・・・」
「姫さまの言う事から推測すると、“聖なる護り”が機能していない事になる。事実だとすれば、大変な事だ。この国は、“聖なる護り”のお陰で持っているようなものだ。それが駄目になると、魔国から魑魅魍魎が侵略している可能性がある」

 頭を抱えるステンカに対して、ロワンは冷静に状況を自分で理解する。

「“怪異”の元をだたせば、その問題も解消する可能性があるわ」
「どうして、そう言いきれる?」
「“怪異”そのものの発生が、“聖なる護り”に影響しているからよ。これは、揺るぎ無い事実よ。“夢見”に観て貰ったから」
「ゆ、“夢見”ぃ!?」

 今の世の中で“夢見”と言ったら二人しかいない。その二人とも、話すだけで存在が消し飛ぶ可能性があると、巷では噂されているのだ。

「い、いや、いいよ。誰が、何て知りたくない。それがそうなら、それは事実だろう」
「代名詞ばかりだな」

 ステンカに突っ込む静流の口元には面白そうな微笑みが浮かんでいる。

「だから、信頼して。今の内に“怪異”の元を正せば、深刻に成り切る前に事態を解決できると思うから。そうすれば、人々に動揺を与えずに済むしね」

 ステンカとロワンはお互い顔を見合わせると頷き合った。

「良く話してくれた。そう言う事なら、“絆の仲間”はオマエ達に全面的に協力しよう」
「魔国絡みに、例外も何も無いからな」

 ステンカの言葉に、ロワンも同意する。

「有り難う、助かるわ。それじゃ、早速皆さんに動いて貰いましょうか?」
「合点承知だ。おい、テメエら! 話は聞いていたな! 二人つづ組んで、情報を集めて来い!」
「「「「了解」」」」

 ステンカが指示を出すと、あっという間に“絆の仲間”の団員達は酒場から出て行った。

「さて――これで、鐘が二つ鳴る前に情報が集まってくる筈だ」
「それを待つ間に、私たちも準備しましょう」
「何のだ?」
「情報が集まったら、“怪異”の場所に乗り込む為よ」

 ルナの言葉に、静流とバッコスは平然と、ステンカとロワンは唖然として――頷いた。

「邪が出るか蛇が出るか・・・楽しくなってきたわね」

 破天荒振りの地金が出まくりのルナであった。
メンテ

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