CY778-07-02-早朝-02 ( No.3 ) |
- 日時: 2004/01/18 05:30
- 名前: ローラン/カーシャ
- 参照: 銀龍亭/客室
- 「入りたまえ」
間髪入れずに室内から聞こえた短い返事は、如何にも実務的なカーシャらしかった。
「失礼します」
扉を開け一礼した後、ローランは部屋に入った。窓辺に立っていたカーシャは振り向いた。
「久しいな、ローラン殿。マウール城の皆も息災か?」 「えぇ。皆、自分達の街を作り上げるために、頑張っています。彼らの熱気と活気は、新しい仕組みを街に作りつつあります。私は次第に飾りになりつつあって、力仕事をしたり、農作物を作ったり、何でも屋になってますよ」 「それは、良いことだ」
ニコリと実直に笑う相手に、珍しくもカーシャの表情にも微かな笑み浮かんだ。だが、その立ち振る舞いから見ると、たとえ時代が平和に成ったとしても、カーシャが微塵もその身を安寧に委ねていないと感じる事が出来る。そんな印象をローランも受けたのだろうか──一層その笑みを深くする。
「ラダノワ伯爵もご健勝でなによりです」 「うむ。戦役は終わったが、それで全ての問題が解決した訳では無いからな」 「そうですね。ところで、あのお手紙をいただいた件なのですが…」 「呼びつけた様で、すまない。以前に、聞き及んでいた事柄を耳にしたのでな。貴殿にとって興味が有るかも知らぬと考えた」 「いぇ、呼び付けたなど、とんでもありません。お知らせいただけただけでも嬉しい限りです。本当にありがとうございます。ですが…」
ローランは不思議そうな顔をして続けた。
「…私が次元の裂け目を探索していることをラダノワ伯に申し上げていなかったと思うのですが…」 「あぁ、貴殿の話を私にしたお節介者か?」
瞳を細めて、溜息を付くかのように微かに息を吐く。
「フォンテン大使殿だ。いや、ヴィクトール子爵と言った方が分かり易いだろう」 「子爵が!」 「そうだ。貴殿のことを心配していたぞ、あれでもな」 「子爵が…」 「まぁいい。本題に戻ろう。“真夏の海”の件だ」 「はい」 「手紙にも書いたが、場所はステリック公国の西部辺境、ジョオテンズ山系の奥だ。知っての通り、あの一帯は戦役に関係無く昔から巨人や邪龍などの怪物が徘徊する危険地帯だ。過去にあったような巨人戦役を防ぐ為に、現在では定期的にパトロールが山脈の奥地まで分け入って警戒をしている」
ローランは無言で頷いた。
「事件は先月、即ちFLOCKTIMEの月十四の日に起きた。リュラック隊長率いるボーダーパトロールの一隊は、旧暗黒神神殿の直ぐ近くで発光現象を目撃した。旧世紀の魔導かもしれぬと考えたリュラックは、慎重にその現場に接近した。辿り着いた場所は泉だった。光っていたのは、その泉だった──いや、正確に言うならば、泉に映っていた“光景”が光を発していたのだ」 「それが、手紙にあった“空間の揺らめき”とその泉の“光景”のことですね」 「うむ。リュラック曰く、その光景が何処かの場所の“真夏の海”だと言う事だ。少なくとも、“真夏の海”にしか見えなかったと本人は言っている」 「その光景は、真夏の海にしか見えなかったのですね」 「そうだ。話はリュラック本人に確認した。実直な戦士だ。嘘ではないと思う」 「わかりました」 「心安めを言うつもりは無い。これが、貴殿の心の安寧に繋がるか、正直私も分からないからだ。だが、漫然と時を過ごし、彼の少女の追憶に浸るよりはましだろう」
その言葉だけを取ると、ラダノワ伯爵の言い方は非常に厳しく聞こえるだろう。だが、その紅い瞳の奥には、同じ戦役を戦い抜いた者に対する優しさが宿っていた。
「…」
カーシャは黙って自分の前に立つ若者を眺めた。黒く焼けた肌。まだ新しい剣傷。日に焼けて色が抜けかかっているマント。戦役のときと変わらない。いや、輝きを増した目が答えた。
「行ってみるか?」 「ええ。是が非でも」 「そう言うだろうと、思っていた」
ローランの肩に一瞬手を置いた後、カーシャは戸口に向かった。そんなカーシャにローランは驚いた表情を浮かべていた。
「どうした。行くぞ」 「ラダノワ伯も同行されるのですか?」 「無論だ。異存があるのか? 斯様な事態に、貴公一人を行かせる訳には行くまい」
事の成り行きに些か呆然としていたローランだが、一つ息を吐くと深く一礼して、戸口に歩き出した。
「よろしくお願いします」 「まずはナイオール・ドラだな。ユゥワ13世陛下に、御挨拶を兼ねて領内での 行動許可を頂く必要がある」
そう言ったカーシャの瞳に、窓の向こうの空の蒼さがやけに目に滲みた。
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CY778-07-01-夕刻-01 ( No.4 ) |
- 日時: 2004/01/12 21:13
- 名前: カーシャ/ローラン/ギルバルト
- 参照: グレイホーク→ナイオール・ドラ/王宮
- シェリト゛マールの真珠と言われる、コーランド王国王都ナイオール・ト゛ラ。“賢帝”ユゥワ13世の元で、シェリト゛マール同盟諸国は戦役終了後急速に復興した。そして、同盟の実質的な中心地であるコーラント゛王朝の王都ナイオール・ト゛ラの発展には目を見張るものがあった。
「ナイオール・ト゛ラは久方ぶりではないか?」 「えぇ。東方と中原の行動と探索が多く、ナイオール・ト゛ラまではなかなか足が運べなくて」 「貴殿、テレホ゜ートの手段を持たなかったのか。それならば、無理もない」
カーシャと話しながら、ローランは眼下のナイオール・ト゛ラを見下ろしながらポツリと言った。
「手段だった槍は、封印しましたから…」 二人を載せた巨大な火龍は、カーシャが開いたオメカ゛直伝のシ゛ャンフ゜ト゛アを抜けて、一時間後にはナイオール・ト゛ラ上空を旋回していた。ク゛レイホークより遥かに西にあるナイオール・ト゛ラは、時差の関係で既に夜に入っていた。
「警備の飛翔騎士が上がって来るぞ」
カーシャの言葉通り、王宮から三騎のヘ゜カ゛サスが急速に上昇してくる。カーシャは右手を一振りすると、紅い炎で空中にク゛リフを描き出した。
「ク゛リフ。どうしたんですか」 「飛翔騎士たちへの合図だ。私の紋章だがな」
三騎の飛翔騎士は火龍の上空に抜けた後、再度降下して横に並んだ。
「連合騎士団のカーシャ・ラタ゛ノワ伯爵閣下とお見受けするが!」 「如何にも、ラタ゛ノワである。訳有って、連れと共に王陛下を尋ねてきた」 「お連れの方は?」 「戦役の英雄、ローラン殿だ」 「了解しました!宮廷左手の騎士の館の前庭に降下下さい」 「分かった」
数分後。火龍を着陸させ、カーシャとローランは地上に降り立った。
「エル・ファイアー。大人しくしているのだぞ」
ぽんぽんと火龍の首を叩くと、優しくカーシャは声を掛けた。火龍は、信頼する主人に対して重低音で了解の意を示した。そんな時、輝く白銀の礼装を隙無く身にまとった騎士が二人の前に現れた。
「キ゛ルハ゛ルト」
キ゛ルハ゛ルト・ト゛ウ・シャーン公爵。コーラント゛・キ゛ャルト゛総帥にして、ユゥア13世の無二の親友である。がっちりと握手しながら、ギルバルトは爽やかに笑って言った。
「お早いお着きだな、カーシャ。来ると思っていたよ。それから、久しぶりだなローラン。戦役以来か」
キ゛ルハ゛ルトの手は温かかった。手を握り返したローランも笑みを浮かべた。
「もうそのぐらいになるか。皆、元気か?」 「あぁ。こちらには変わりはない。おかしな言い方だが、平穏無事な毎日だ」
ここでがらりと態度を改めると一礼する。
「ラタ゛ノワ伯爵閣下、ローラン殿。コーラント゛へようこそ。当国の国王が待っておられる。差し支えなければ、当職と共に来て頂きたいが」 「ふむ。行くとしようか、ローラン殿」
カーシャは口元に笑みを浮かべてローランを見た。同じように口元に笑みを浮かべながら、ローランも言った。
「えぇ。ラタ゛ノワ伯爵」
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CY778-07-01-夕刻-02 ( No.5 ) |
- 日時: 2004/01/12 22:32
- 名前: カーシャ/ローラン/ギルバルト
- 参照: ナイオール・ドラ/王宮/小会議室
- ナイオール・ドラ、王宮。謁見の大広間。GKDのラウクセスのそれには負けるが、神聖スール帝国の面影を残した建築様式からは荘厳な感じを受けた。中央に敷かれた紅い絨毯を、キ゛ルハ゛ルトの先導で進んで行くと、正面の“知恵の七段”と呼ばれる石段の上にユゥア13世と、その妹姫のアリサ・ト゛・コーラント゛が待っていた。階段の前まで歩いていくと、カーシャは丁寧に挨拶をする。これにローランも続いた。
「ようこそ、ラタ゛ノワ伯爵。ようこそ、ローラン殿」
暖かみのある笑みを浮かべて、ユゥア13世は二人を歓迎する言葉を発した。
「ゆるりと滞在されよ。後ほど、諸件に関して話をするとしよう」 「有り難き幸せに存じます、国王陛下」 「…」
ローランは黙って会釈をしている。当面の公式な挨拶はこれで終了だった。キ゛ルハ゛ルトに連れられて、宿泊場所となる部屋に案内して貰う。
「いつもの通り、宮殿の西ウィンク゛だ。かって知ったる所だろう?」 「そうだな。随分厄介になってしまっている」 「急ぎなのだろう?ユーシ゛ェーヌはすぐにでも話しても良いって言っているが、どうする?」
黙って振られたカーシャの視線にローランは頷いた。
「キ゛ルハ゛ルト、すまないがお願いしたい。“時”を逃したくないゆえ」 「良かろう。いつもの小会議室だな」 「皆さん、もう待っているのかな?」 「良く御存知で」
にやりと笑ったキ゛ルハ゛ルトは、ローランに向かって頷いた。
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CY778-07-01-夕刻-03 ( No.6 ) |
- 日時: 2008/03/09 21:26
- 名前: ロ/カ/ギル/ユージェーヌ/アリサ
- 参照: ナイオール・ドラ/王宮/小会議室
- 小会議室と呼ばれるその部屋は、様々な歴史を見つめてきた。広さは、そう20名も入れば一杯になる位だろうか。繊細な装飾で飾られた室内では、バド国王がラーライン女王の足下に己の剣を捧げた瞬間や、シェリドマール同盟が成立する前の様々な話し合いの光景が展開されてきた。
「この部屋は、来るたびに“時”の流れと重さを感じます」 「そうだな。ここには、歴史の香が宿っている。永い時を、見つめてきたのだからな」
カーシャとローランが話していると、奥の扉が開いてユゥア13世ことユージェーヌ・ド・コーランドが入ってきた。
「あぁ、そのままそのまま。今、アリサがお茶を運んでくる」 「相変わらず、御自分達でやられるのですね」 「うむ。そうそう他人を煩わせることも無いからな。自分で出来ることは自分で行う」 「良いことです。王族の方には、なかなか出来ないことですが」 「やれやれ。カーシャ、私も冒険者だったのだよ。自分でやるのは、当然のことだな」 「誰も、ユージェーヌの食事まで作ってはくれませんでしたからね」
にやにや笑うギリバルトに、ユージェーヌは苦笑いする。
「当初は随分食事を抜かされたものだ」
そんな会話を、ローランもカーシャも笑顔で聞いていると、お盆を持ったアリサ姫が部屋に入ってきた。
「珈琲と紅茶です。お好きな方をどうぞ」
アリサ姫が慣れた手つきで各自の希望のものを注いで回った後、徐にユージェーヌが口を開いた。
「さて。ここに来た目的は大体分かって居るつもりだ。リュラックが報告してきた“真夏の海”の件だな」 「そうです」
カーシャの肯定の言葉に、ローランも無言で頷いた。
「彼の地の探索許可をいただきたいのですが」 「無論、該当地域への立ち入りと調査は許可しよう。我々としても、状況を調べてきて貰えれば助かる。どうかな、ローラン殿」 「ありがとうございます」 「必要な支援は差し上げよう。まずはステリックの首都、イストヴィンに赴くと良いだろう。モラン公には、貴殿達を支援する様に頼んでおく。事件が事件なので、私も行きたい所だが、政務が煩雑でそうもいかないのでね」
残念そうに言うユージェーヌを見て、ギルバルトとアリサは視線を合わせて微笑んだ。
「途中まで、ギャルドの騎士を三人付けよう。どうかな、ギルバルト?」 「ジューヌ・ギャルドの若手を二騎と、レスコーを出しましょう」 「うむ」 「レスコーはギャルド古参の騎士だ。頼りになるぞ。無論、SEA(SPECIFIED ENCHANTED ARMOR)アヴァロンを持たせるので、足手まといにはならないと思う。後の二人は若手だが、腕は一流だ。」 「ご配慮、有り難うございます」 「ありがとうございます」
カーシャとローランは、丁寧に頭を下げた。何せ、SEAアヴァロンは名工アルトゥール・アルバラーン四世が創り上げた、コーランドにも十二騎しかない宝鎧だ。
「必要な物が有れば、ギルバルトに言いたまえ。用意させる」
そう言うと、ユージェーヌは立ち上がった。
「ゆるりと過ごされよ。私は、まだ公務が残っているので、すまないがこれで失礼させてもらう」
カーシャとローランの手を取った後、ユージェーヌは公務へと戻って行った。
「ごめんなさいね。お兄さま、各地の復興対策で多忙なの」 「状況は重々承知している、アリサ姫。我々は、彼の地域の捜索許可が頂ければ十分なのだ」 「悪いな、カーシャ。俺も今はここを空けられないんでな」 「フフフ。厄介ごとか?」 「いや、なに。暗黒神が去っても、悪事を企む奴は減らないって事だ。海の王子どもやら、ロートミルの山賊どもやら、心配事は絶えないぜ」
何処か嬉しそうに言うキ゛ルハ゛ルトにアリサが呆れたように言う。
「どっちに転んでも、動乱好きなのよねーこの人」 「動乱好きとは、酷い言い方だなアリサ」
口調とは裏腹に、ギルバルトの表情は笑っていた。そんな二人にローランが突っ込む。
「あと、アリサもね」 「あら、酷いわね。私は動乱なんて好いてはいませんわ」 「どうだかな」
ニヤリと意味深な笑みを交わすローランとギルハ゛ルト
「ふむ、そうもいえるか。俺が言いたかったのは、『キ゛ルハ゛ルトがアリサを…』ってことだよ」 「何の意味だ???」 「な、アリサ」 「どう言うことですの? 私にもよく分かりませんけど」
訳が分からない、といった二人に、ホ゜リホ゜リ頭を掻いてローランがぼそぼそと言った。
「キ゛ルハ゛ルトが動乱が好きなのと同じぐらい、いやそれ以上ににアリサを…ってこと」 「あら…」
アリサは、ちらりと横目でキ゛ルハ゛ルトを見た。これは、憎いほど平然としている。 「まぁ、そうだな。その通りと言った所か」
“なるほど”と嬉しそうに微笑んだ後、ローランは一転して真剣な表情で言った。 「キ゛ルハ゛ルト、話が変わるんだけど、“真夏の海”の写った泉のような前例があれば、また、調査結果がでていたら教えてくれないか」 「先例か…」 「あと、細かい状況を聞くために、リュラックに直接会いたい」 「…リュラックに逢うことは問題ないだろう。彼の隊なら、ステリック辺境の砦にいるはずだ。しかしな、先例と言うとな。まぁ有るには有るが、何れも暗黒魔導の産物で、今回の例と類似した件か、判断が難しいところだ」 「ああ。暗黒神神殿の近くだからな。暗黒魔導の産物の可能性は大きい。だが、暗黒神の力が去っているから、別の可能性が生じてきている」 「そうだな」
カーシャは腕組みするとふぅ、と息を吐いた。
「恐らく、今回の件は過去のどの例とも合致しない特殊なケースと考えた方が自然だろう。即ち、現場検証しかないと言うことだろう」 「でも、カーシャ様。それでは対応策も何も無いって事になりますわよね」 「先例が無い故、そうなるかな」
心配そうなアリサをさり気なく宥めるカーシャ。黙って聞いていたローランは、カーシャの言葉に頷いた。先例がないことで目の輝きは鈍るどころか逆に輝きを増していった。
「あーあ。こんな人物がいるんだから、俺の事を無鉄砲などと言わないでくれよ、アリサ」 「それとこれとは別よ。カーシャ様は無手活流に見えても、きちんと考えられているんだから。キ゛ルとは違うのよ」 「やれやれ、これだよ」
哀れっぽく振る舞うキ゛ルハ゛ルトだが、誰も同情はしなかった。
「よかろう。ローラン殿、方針が決まったからには、明日に備えて休息を取るのが良いだろう」 「ええ、ラダノワ伯爵」 「あぁ。そうした方が良い。明日は長い一日になりそうなきがするからな」 「アリサ、ありがとう。美味しかったよ。」 「どういたしまして」
ローランはティーカッフ゜を笑顔でアリサに渡すと、同様にカップをアリサに渡して席を立ち上がったキ゛ルハ゛ルトを呼び止めた。
「キ゛ルハ゛ルト、フォンテン大使がここにいないということは、ナイオールト゛ラにはおられないのだろう。大使に会ったときに『お心使い、感謝します。彼の地に向かいます』と伝えておいてくれないか」 「お安い御用だローラン。伝えておくよ」 「ありがとう。よろしく頼むよ」
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CY778-07-01-朝-01 ( No.7 ) |
- 日時: 2007/09/03 06:33
- 名前: ローラン/カーシャ/モラン公/他
- 参照: ステリック公国/イストヴィン/公爵の館
- イースタン最長の河、シ゛ェイウ゛ァンの支流タ゛ーウ゛ィシュ河流域にステリック公国はあった。周囲を高い山脈に囲まれ、放牧と酪農を生業としている。ステリック公国はコーラント゛王朝の一国にして、モラン老公爵が治めていた。余談ながら、彼のロシェール伯爵はモラン公の一人娘マリアンヌの後見人にして、マリアンヌが成人するまでの摂政を後に勤める事になっていた。
「イストウ゛ィンはナイオール・ト゛ラの遥かに西だ。あそこまで、800マイル[約1,300キロです]はあるな」
カーシャの言葉を聞きながら、ローランは西方を見据えた。
「やはり、かなりありますね」 「うむ。通常の手段では時間が掛かりすぎるな」
既に大火龍エル・ファイアーはナイオール・ト゛ラを発ち、雲の上に出ていた。夏とはいえ、雲海の上は冷え込んでいる。
「途中、シ゛ャンフ゜・ト゛アで日数を短縮するしかないな」
『シ゛ャンフ゜・ト゛ア』。希代の大魔導師オメカ゛の開発したこの呪文は、便利ではあるが集中力と魔導力を必要とする高等呪文である。要は、空間に自由に行き来出来る“門”を設けるのだが、その“門”は術者のレウ゛ェルと同じセク゛メントしか開いていてくれない。この呪文を使いこなせるのは、現在エルスでも十人に満たないと言われている。そして、カーシャはその中でも難なく呪文を使用出来る数少ない術者の一人だった。
カーシャは一気にシ゛ャンフ゜・ト゛アを唱えると、開いた“扉”を通ってイストウ゛ィン上空まで飛び抜けた。
「見よ]
二人の眼下には、堅牢な城塞都市が広がっている。
「以前訪れたときより、復興がすすんでいますね」 「そうだな。シェリト゛マール同盟各国より、集中的な復興支援を得ているからな」 「降りるぞ」
カーシャは大火龍を大きくハ゛ンクさせた。鞍の握りを強く握ったロランは身体を固定する。龍で飛ぶのにすこし慣れてきたようだった。大火龍は大きくタ゛イフ゛すると、慎重に城塞都市に近づいていく。出迎えであろうか、ラッハ゜がりょうりょうと吹き鳴らされる。
「キ゛ルハ゛ルトの言っていたキ゛ャルト゛の騎士達も来ているはずだ。魔導師に、テレホ゜ートで送って貰うと言ってたからな」 「はい」
公爵の城館−これは、イストウ゛ィンの中心にあるのだが−ではモラン公爵がカーシャとローランを待っていた。
「これは、ラタ゛ノワ伯爵、ローラン殿。ようこそ参られた」 「お久しぶりです。エルヘ゛・ト゛・モラン公爵。タフ゛レット探索の時は大変お世話になりました」
公爵の傍らには、美しい金髪の娘が笑顔を浮かべて立っていた。モラン公爵は、愛おしげにその少女を紹介する。
「おぉ。娘のマリアンヌです。以前、お逢いしておりますな」 「こんにちわ、ラタ゛ノワ様、ローラン様」
丁寧に挨拶をするマリアンヌに、ローランは誠意をもって騎士の礼を返すとニコリと微笑んだ。
「お久しぶりです。マリアンヌ様。でも、初めてお目にかかったのは、貴方がお母様のお腹にいらっしゃった時ですけれども」
そこまで言うと、ローランは姿勢を正してモラン公爵に向き直った。
「モラン公爵。募る話をしたいところなのですが、時間がかけられない探索のため、用件に入らせていただきたいと思います。暗黒神神殿付近で、泉を見つけられたリュラック殿はどちらにいらっしゃいますでしょうか?」 「はい。リュラックはラタ゛ックの砦におります。言って、直接話を聞かれると宜しいでしょう」 「ラタ゛ックの砦ですね。わかりました」 「それから、お二人をキ゛ャルト゛の騎士三人が待っております」 「あの、キ゛ャルト゛騎士が来た用件は…」 「承知しております。ト゛ウ・シャーン公爵からの援助と理解しております」 「はい。そのとおりです。ト゛ウ・シャーン公爵が探索にご援助くださいました」 「早速出発されますかな?」 「名残惜しいのですが、そうさせていただきたいと思います」 「ラタ゛ック砦はタ゛ーウ゛ィッシュ河の最上流ですから、馬で二週間掛かります」 「はい。この間訪問させて頂きました故、遠いのは知っております」 「ラタ゛ックまでは騎馬で参られますかな?」 「その点ですが、公爵閣下。ローラン殿とわたくしは先を大変急いでおります。恐縮ですが、騎士達は騎馬でラタ゛ック砦へ向かわせ、ローラン殿と私は、先に私の龍で先発したいと思います」 「お二人で、大丈夫ですか?」
ローランが見ると、カーシャは微かに微笑んだようだった。
「はい」 「大丈夫です」 「分かり申した。では、出発前にキ゛ャルト゛の騎士を呼びましょう」
程なく、年輩の騎士に連れられた二名の若い騎士が入室してきた。丁寧にモラン公爵に礼をした後、三人の近衛騎士達はローランとカーシャに言った。
「伯爵閣下、ローラン殿、私はルーラム・レムコーです。こちらの二名は、キーファとエルクラートと申します。お見知りおきを」 「宜しく、諸君」 「皆さん、よろしくお願いします」
騎士達に、カーシャは事情を手短に説明する。
「了解しました、閣下。我らは、急ぎ騎馬でラタ゛ック砦に向かいます」 「うむ。すまんな、わざわざ」 「では、我らは準備が有ります故、これにて失礼致します」
急ぎ足で立ち去る騎士達。
「では、我らも出発させて頂きます」 「道中、ご無事で」 「失礼いたします」
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CY778-07-01-昼-01 ( No.8 ) |
- 日時: 2008/06/24 06:19
- 名前: ローラン/カーシャ/リュラック
- 参照: ステリック公国/ラダックの砦
- ステリック公国の都イストヴィンから南西に約200マイル。不帰(かえらず)の峠の入り口に築かれた堅固な要塞がラダック砦だった。カーシャは、不用意な緊張を避ける為に、砦の手前でエル・ファイアーを着陸させた。
「ラダノワ伯爵、砦の手前に降りるということは、なにか理由があるのですね」 「ん? そうだ。ここらは邪龍が多いからな。砦の守備隊も、敏感になっているからな」
不必要に守備兵を緊張させる事はないと言ったカーシャは、己が騎龍のエル・ファイアーに優しく諭した。
「エル・ファイアー。お前は本城へ帰っているのだ。分かっている。今度ゆっくりお前の狩りに付き合うとしよう」
カーシャの忠実な火龍は、主人に自分が置いて行かれるのが不満の様だった。だが、最後には説得され、カーシャが開いたジャンプ・ドアを通って“七つの塔の城”に戻って行った。
「ありがとう。エル・ファイアー。おかげで早く着いたよ」
エル・ファイアーを見送ると、ローランはカーシャに向き直った。
「ラダノワ伯爵、エル・ファイアーは着いてきたいようでした。暗黒神がいなくなったので、探索に同行させてもよかったのではと思うのですが」 「確かに、暗黒神はいなくなった。だが、あの峠の向こう側は未踏差の地域ばかりだ。無用な刺激を与えたくは無い」 「暗黒神と関わりのあるものはなくなったけれども、それ以外の脅威はいまだにあの山脈にはあるということですね。暗黒神は去れども、すべては解決したわけではないと同様に」 「そうだ。昔から、得体の知れぬ物が眠っているとの話は多い」 「その話のいくつかは聞いたことがあります」 「信ずべき、幾つかの示唆があるからな。その全てを叩き起こして戦っていては、切りがない」 「そうですね」
話しながら歩いていると、ラダックの砦から騎馬の一隊が出てきた。空の馬を二頭引いている。遠目にも、精悍な、それで居て実直そうな戦士が騎馬の一隊を率いていた。
「出迎えだな。流石に手回しが良い。先頭の戦士がリュラックだ」 「ラダノワ伯爵閣下ぁ!」
リュラックの呼びかけに、カーシャは軽く手を挙げて応えた。ほどなく、騎馬隊はカーシャ達と合流した。馬から下りたリュラックは、カーシャとローランに丁寧に挨拶をする。
「歓迎申し上げます、閣下」 「手間を掛けるな、リュラック。又、厄介になる」 「無論、何時でも歓迎です」 「リュラック、こちらが戦役の英雄、ローラン殿だ」 「お初にお目に掛かります。ラダック砦の守備隊長、ギュスターヴ・リュラックです」 「槍使いのローランです。よろしくお願いします」 「まずは、砦へどうぞ。ゆっくりお話を致しましょう」
リュラックの連れてきた馬に跨り、カーシャとローランはラダック砦に入った。砦は、ジョオテンズ山系の斜面から張り出した険しい岩山の上にあった。
「大きい・・・」 「自然の要害だな」
大手門は、切り立った岩の裂け目を利用しており、両側が天然の高い崖になっていた。大手門の切り立った岩から上を見上げたローランの独り言にカーシャが頷いて言った。
「この砦があるおかげで、ダーヴィッシュ河流域の住民は安心して眠れるのだ。ジョオテンズを抜ける峠道は、この不帰の峠しかないからな。その出口を、この砦が押さえているという構図になっている」 「ステリックの平和の要ですね」 「うむ。だが、今の砦は三代目だ。前の二つは、二回の巨人戦役の時に破壊されたと聞く」 「なるほど。それは、ステリックの愛国心の証でもありますね」
城門を抜けると、正面が主城塞だったが、カーシャ達が進む回廊は、主城塞の裾を時計回りに回って行く。半分回った辺りに、二番目の城門があった。
「ここに辿り着く前に、侵入者はあの回廊を抜けるのに手こずるだろうな」 「空中からが弱点なのですが」 「それはどの城も同じだ、リュラック。その為に、飛翔部隊がいる」 「はい。その点もユゥア十三世陛下のご配慮で、ここにも飛翔騎士が一個大隊駐屯しておりますので、戦力的にも十分です」 「何が重要か、陛下にはお判りだな」 「そうですね」
話している内に、一行は二番目の城門を通りすぎた。その向こうが城の中庭になっていた。
「母屋にどうぞ。そこで、お聞きになりたい事をお話致します」 「はい」
ローランはリュラックに頷くと、馬を下りた。
「リュラック殿、後程、ギャルド騎士団のルーラム・レスコー殿、キーファ殿とエルクラート殿がこちらに参上します。彼らも彼の地の探索・調査の任を負っています。彼らにも必要な話になりますので、到着したら彼らもよろしくお願いします」 「了解しました。その旨、手配致しましょう」
リュラックは、承りましたと頷いた。
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CY778-07-01-昼-02 ( No.9 ) |
- 日時: 2007/09/09 07:35
- 名前: ローラン/カーシャ/リュラック
- 参照: ステリック公国/ラダックの砦
- リュラックに導かれてカーシャとローランは母屋に入ると、広間に陣取った。すぐに給仕が現れ、各人に冷えたエールのジョッキが渡される。
「リュラック殿。光る泉についてなど、いくつかお伺いしてよろしいでしょうか」 「勿論です。その為にわざわざこんな辺境にいらっしゃったのでしょうから」
ローランはカーシャにちらりと視線を向けた後、徐に話し始めた。
「お話はお聞きしているのですが、光る泉を発見したときの状況をお願いします。発見するにあたり、気づいたこと、特殊な事象などがありましたら、関連なしと思われてもお教えください」 「判りました。あれは、二週間前の事でした。私と、部下の辺境ボーダー・パトロール隊員12名は、不帰の峠からジョオテンズの奥に六日入った辺りをパトロールしておりました。普通は、その様な奥地までパトロールする事は有りません。しかし、巨人が不穏な動きを見せていると言う情報が入った為、通常より三日分奥地へ分け入ってみたのです」
リュラックは、ここで一旦言葉を切った。その時の状況を正確に思い出そうと、顔を少し顰めると先を続けた。
「夜、魔法的手段に保護されて野営しているとき、見張りの隊員が南方の山の向こうが光っているのを見つけたのです。隊員達は色めき立ちました。何しろ、暗黒戦争が終わってまだ間もないのですから。夜間の行軍は命取りです。従って、我々が調査に赴いたのは翌日でした。発光現象は既に収まっていたものの、方角を計測して置いたので、大体の 場所は見当が付きました。野営地点を出発して、凡そ4時間行軍したでしょうか。唐突に前方に発光現象を確認したのです。方角も昨夜計測した方向と一致し、昨晩の発光現象であろうと容易に予想できました。我々は慎重に発光現象の源に接近しました」
当時の状況を思い出したのか、リュラックはゴクリとつばを飲み込んだ。
「手前で下馬した我々は、二人の斥候を出しました。経験を積んだレンジャーである 彼らは、音もなく下ばえの中を消えて行き、暫くすると一人が戻って来ました。彼が言うには、前方に幻影が映る湖があるというのです」 「問題の、湖だな」 「そうです、閣下。私はその部下を連れて、自分で確かめに行きました。15分位先には直径1500フィートの丸い湖があり、その中央部が発光していたのです。そして、その発光現象の上、即ち湖の上に時折ちらちらと景色が映っていたのです。その光景は、どこかの南の海の様に見えました」 「発光現象とともに、湖の上に南の海のような光景がが写っていた・・・」
リュラックの言葉をかみ砕くように、反芻するローランにリュラックは頷いた。
「その通りです」 「光る湖は、暗黒神神殿の近くにあるとお聞きしていますが、暗黒神神殿神殿の最近の動向はどうなっていますか」 「暗黒神の神殿は封鎖されています。何の動きも有りません」 「そうだろうな。神が居なくなってしまったのでは、その場所の脅威も減るだろう」 「はい。その上、あそこは周囲にシェリドマール同盟の魔導師が魔法結界を張っています。体制は万全です」 「発光現象が、暗黒神の影響である可能性はかなり減少しますね」 「そうだな。仮に暗黒神が関係しているとしたら、幻影だけで済むとは思えないからな」
カーシャはローランに重々しく同意した。
「空に写っていた『真夏の海』。海以外になにか写っているものがありましたか?」 「いいえ。実際の所、その映像自体がちらちらしていたので、辛うじて真夏の海である事が分かった位で、それ以上の事は分かりませんでした」 「そうですか・・・」 「青い海と、輝く太陽が見えただけです。見かけから、真夏の海であろうと判断しました。無論、ボーダー・パトロールの他のメンバーも同意見です」 「なるほど。他のボーダー・パトロールの他の隊員も同じように見えている。そして輝く太陽も見えたのですね・・・ 「はい」 「湖が光っているのは、リュラック殿がその地を去った後も持続していましたか?」 「いいえ。暫く発光現象は継続したものの、1時間位で消えてしまいました。後は、普通の平穏な湖が残っただけです」 「発光現象の間隔は、不規則という事か・・・」
眉根を寄せたカーシャは、思案顔で言った。
「規則性は、感じられませんでした」 「湖の上に写った景色は、蜃気楼のようだと考えてよろしいでしょうか?」 「そうですね。しかし、蜃気楼よりは映像がはっきりしていました」 「私の推測ですが、湖の上に、湖の中心から映像が映し出されているような印象を受けたのでしょうか?」 「そうですね。その表現が一番的確です」
ローランの言葉に、リュラックは大きく頷いた。
「魔法による聖邪探知、魔法探知はどうでしたか?発光現象以外に発光現象の消滅後に変化はなかったのですね」 「隊の魔導師で有る妖精が魔法による探知を試みましたが、聖邪の違いは探知できませんでした」 「そうですか、では魔法的な反応はあったのでしょうか?」 「いいえ。不思議なことに、魔法的反応も探知しませんでした。どう考えても、幻影魔法が掛かっているとしか思えませんでしたが」 「最後に、この地方でのそのような現象の伝承、前例などはありましたか?」 「いいえ。当方の記憶には、その様な先例は有りません」 「リュラックはこの路20年だ。彼が知らなければ、先例はないと考えても良いだろう」
カーシャが口にした言葉に、リュラックは誇らしげに頷いた。こういう面が、厳しい乍らもカーシャが皆に支持される理由なのだろう。
「わかりました。先例もない・・・」
ローランは腕組みして唸った。
「むぅ。難しい・・・。発光現象の継続が不規則であり、湖の上に写る景色が『真夏の海』である・・・。巨人族の不穏な行動は発光現象の影響で、生じているかもしれません。また、発光現象と巨人族の不穏な行動に別の関連性があえることも考えられます」 「発光現象が、巨人族に影響している事は十分に考えられるな。我々から、ないしは別の強大な存在からの圧力と取れ無くもない。それ以外の関連性は薄いとは思う」 「また、いろいろな可能性を考えられなくもない」 「ふむ。どの様な可能性だ?」 「発光現象を起こして、誰かを、または何かを呼び寄せようとしているなどです」 「・・・」
ローランの言葉に、リュラックははっとなった。幻影が見える事自体が異常事態だが、見方によっては、それだけでは済まないかも知らない。カーシャは顔を顰めたまま無言だ。
「ただ、湖の中央部になにか原因があります。発光現象は不規則です。しかし、短絡な答えになってしまいますが、現地に赴き、中央部の原因を調査することが必要だと考えます」 「いや、短絡的などとは思わんよ。貴方が言うのは原則だからだ。常に現場に立ち返れと言うな」
それだけ言うと、カーシャは剣を手に立ち上がった。
「閣下、どちらへ?」 「リュラック、一番高い望楼は何処か?」 「こちらですが」 「案内を頼む。正確な方角が知りたい」
リュラックとて臨機応変、飲み込みの悪い方ではない。一瞬でカーシャの要望を理解すると、扉を開けて先導する。
「ローラン殿。貴方も来ないか?」 「はい。参ります」
ローランは頷いて立ち上がると、カーシャとリュラックの後を追った。
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CY778-07-01-昼-03 ( No.10 ) |
- 日時: 2007/09/09 08:20
- 名前: カーシャ/ローラン/リュラック
- 参照: ステリック公国/ラダックの砦
- ラダック砦の最高地点−望楼は砦の基盤から500フィートの高所にあった。正面に山並みの厳しいジョオテンズ山系が屏風の様に立ちはだかっている。山を下ってくる強い風は、ぴりっとした氷河の寒さを運んでくる。
「風が強いな。ここは何時もそうだ」 「ラダノワ伯爵は、こちらには良く来られるのですか?」 「昔な」
その短い言葉には、色々な実感がこもっている様だった。
「・・・」
何か言いたそうにしながらも、黙って自分の横顔を見つめるローランに気づいたカーシャは、心配するなとでも言う様に笑顔を浮かべた。言動は別として、カーシャもまだ二十代後半である。普段から小難しい顔をしているので何かと老成した雰囲気があるが、笑うと年相応の若さが顕れる。そんなカーシャの笑顔に、ローランは目を見張った。
「この方角です」
リュラックは、六分儀の様な測量機材を使っていた。出来る限り正確に方角を計る為である。目盛りを覗きこんだ後、カーシャは視線をその方向に投げた。
「“神の切っ先”の近くの様だな」 「そうです。その麓です」 「“神の切っ先”?」 「あぁ、山の名前だ。標高は24,000フィート以上あるだろう。あの近くならば、陸票には事欠かないな」 「そうですね。リュラック殿、“神の切っ先”の名前になにか由来があるのですか?」 「その形が鋭いので、昔からそう呼ばれていると聞いておりますが、当方も今一つはっきりとは由来を知りません」 「そうですか」 「通常、あそこまで馬で1週間か?」 「はい。今は夏場なので、途中行軍も楽でしょうから」 「邪魔が、入らなければだな」 「現象が特異であり、ただ巨人が原因もなく不穏な動きを起こすとも思えません。その可能性は高いですね」 「そうだな。嫌な予感がする」
ローランはカーシャに頷くと、風を受けながらジョオテンズ山脈を改めて見詰めた。
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CY778-07-02-朝-01 ( No.11 ) |
- 日時: 2007/09/10 07:10
- 名前: カーシャ/リュラック/ローラン
- 参照: ステリック公国/ラダックの砦→不帰の峠
- ローランとカーシャは、その晩は大事をとってラダック砦に一泊する事に成った。翌日以降は、満足に睡眠も取れないかも知れないので、少しでも体力を温存したほうが良いと、カーシャが判断したためだった。
翌朝。肌を刺す寒風が吹く中、ローランとカーシャはリュラックに別れを告げた。高い青空が目に染みる。
「世話になったな、リュラック」 「閣下。本当にギャルドの騎士達をお待ちに成らないのですか?」 「うむ。時間が惜しいからな。現象が不規則であるならば、一刻も早く現場に行かねばならないだろう」
そうだな、とカーシャはローランに視線を振った。ローランも大きく頷く。
「彼らを待ちたいところですが、“機”を逃す訳にはいきません」 「了解しました」 「騎士達には、後を追ってくる様に伝えて置いて欲しい。重装備の筈だ。あの峠を越えるのが大変だと思うが」 「無論、援助致します」 「うむ、頼む」 「リュラック殿、お世話になりました。あちらに向かうにあたり、気に留めておくべきことはありますか?」 「夜の野営には気を付けて下さい。無闇に、明かりや古い建造物には近づかないことです。どんな“物”を呼び覚ますか分かりませんから」
不要な冒険をするつもりはない、とカーシャが苦笑して言った。
出発に当たり、ローランとカーシャは今一度装備を見直した。これから先、補給や補充は一切効かないからだ。
「ローラン殿。装備は万全か?」 「はい。大丈夫です」
肩の荷を軽く背負い直しているローランは胸甲、手甲に鉄槍の身軽な格好であった。カーシャ自身も、旅装の上に紅い龍をあしらった胸甲と愛剣を身に付けただけである。
「糧食などは、最低限の非常食だけで良い。後はこちらで何とかするからな」 「わかりました。しかし、何とかするといいますと・・・」 「うむ。HOLDING BAGに装備一式を入れて有る。当分はこれで間に合うだろう」
そう言うと、カーシャはマントの下に背負ったバックパックを指し示した。ローランは頷くと、リュラックの方を向いて一礼する。リュラックは、未踏差の危険地帯に赴く二人が、以外に軽装であることを心配している様だった。リュラックの心配そうな視線に気が付いたカーシャが何かと問うた。
「リュラック。何か心配事があるのか?」 「いえ、滅相もない。しかし・・・」 「かまわん。申してみよ」
リュラックは、ベテランの冒険者でもあるカーシャに物言いすることに躊躇したが、すぐに義務感が勝利を治めた。頭を上げるとリュラックはカーシャに忠言した。
「閣下。せめてMBA位は着装されて行かれた方が宜しいかと思います。騎龍ではなく、騎馬で行かれるのですから」 「うむ、そうだな。リュラック、主の言う通りだ。道中、不意打ちの事も考慮しておかねばならないな」
リュラックの言葉に頷くと、カーシャはローランに言った。
「ローラン殿。リュラックの言う事も尤もだ。念の為に主戦装甲を着装して行こう」 「そうですね」
カーシャが右手を一振りすると、正面に真紅の完全装甲(Full Plate Armor)が現れた。これが『バビロン』、漠羅爾新王朝傑都にその名も高い『龍位の騎士』に下賜された魔導装甲(Specified Enchanted Armor)である。
同様に、ローランも心で呼びかけながら、右手を一振りすると、黄金の完全装甲(Full Plate Armor)が出現する。異世界クリスタル・トウキョウで見いだされ、彼の“マーベラー”、オメガことラインガード・ティタンが自ら調整した心意装甲(Mind In Armor)『バルフレール』である。
「バビロン、ロックアップ」
カーシャが静かにコマンドを唱えると、バビロンの外装胸甲が上に、内部装甲が両側に開き、内部にカーシャを包み込む。Artifactにも匹敵する魔導レベルを持つSEAの着装は一瞬だ。カーシャがバビロンを纏うと、額に埋め込まれた胡老石(エルダーストーン)が輝き出す。“魔導線”を伝って、胡老石から全身に魔導力が行き渡る。
「バルフレール、ロックアップ」
ローランもコマンドを唱え、黄金色の装甲を身に纏った。
『久しぶりだな、バルフレール。お前と出会った地に赴こう』
ローランが心で呼びかけると、バルフレールからも低い賛同の感じが伝わってくる。
『ああ。あの地へ…』
ローランは、バルフレールの感触を確かめるように、鉄長槍を握り締めた。
「凄い・・・これが魔導装甲なのか・・・」
バビロンとバルフレールの出現を見て、リュラックや砦の守備兵達が息をのんだ。これまで、彼らも近衛騎士達が纏う『マゼラン』等の主戦装甲(Main Battle Armor)を見る機会は有ったが、MBAとは比較にならない程の魔導力が込められたSEAや、それ以上の力を秘めたMIAを見る事は滅多に無かったからだ。魔導装甲の力と優美さを目の前にして、彼らは驚きに言葉も出なかった。
「お、おい。馬だ」
最初に我に返ったリュラックが、カーシャとローランに馬を渡すように指示を出す。
「ありがとう」
ローランはバイザーをあげて、侍従の持ってきた重戦馬を受け取った。
「リュラック殿、まいります。ギャルド騎士団のルーラム・レムコー殿、キーファ殿とエルクラート殿が到着しましたら、先に向かったとお伝えください。よろしくお願いします」 「は、はい。了解しました。道中ご無事で」 「では」
ローランはリュラックに一礼して重戦馬に跨った。カーシャも騎乗し、眼前に聳え立つジョオテンズの山並みに鋭い視線を投げかけた。
「ローラン殿、行こう」
ローランは頷くと、カーシャの後を追って、城塞の出口に馬を進めた。
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CY778-07-03-昼-01 ( No.12 ) |
- 日時: 2007/09/10 06:54
- 名前: ローラン/カーシャ
- 参照: ジョオテンズ山脈/不帰の峠
- びょうびょうと吹く疾風が矢の様に抜けて行く。風に削られた石が丸い。荒涼とした細い峠道、それが不帰の峠だった。ここは海抜10,000フィート。強風を除いても、夏場の今でさえ肌寒い。だが、鍛えられた重戦馬はそんな中を物ともせずに進んで行く。
途中、何度か順序を入れ替え、ローランが先頭の時だった。周囲を警戒しながら馬を進めていたローランは目を凝らした。峠の頂上に何かが見える様だった。
「ん? あれは・・・」
ローランは、慎重に峠の頂上に向け、重戦馬を進めた。黙ってカーシャが後に続く。長いつづら折りを漸く登り切ると、そこが峠の鞍部だった。頂上には大きな石のケルンがあった。上に立つ旗竿に付けられた色とりどりの旗が、ちぎれんばかりにはためいている。
カーシャは、ケルンの傍らまで馬を進めると、ケルンに対して黙祷した。後に続いたローランもカーシャに倣い、黙祷をささげた。
「ラダノワ伯爵。このケルンはジャイアント動乱の時の…」 「そうだ。この峠道を護り、倒れた幾多の戦士を記念するケルンだ。見よ」
眼下には、ステリック公国の豊かな緑の平原が広がっている。視界は澄んでおり、遥か遠方まで見渡せる。
「彼らの貴い犠牲によって、この緑の平原は護られたのだ」
ローランは肥沃な平原を見渡した後、ケルンに目を戻した。心の中で、ここに倒れた勇者達に短い祈りを捧げる。
『・・・。あなた方が護られた平原は豊かに、人々は笑いとともに生きています』
ローランの黙祷が終わるのを待って、カーシャが登ってきたのとは反対側の方向を指さした。長い、緑の谷間がずっと続いており、その先に雪を被った鋭角的な尖峰が見える。
「あれが“神の切っ先”だ。聖なる山だと聞いたことがある」 「聖なる山・・・。何が祭られているのでしょう…」 「忘れ去られた神を祭ったものだと聞くが・・・」
『ヒューン』 『ドグワァァァン!!!』
カーシャの言葉が終わらぬ内に、いきなりケルンに巨石が直撃した。岩の破片が飛び散り、重戦馬が嘶きを上げる。
「!」 「何!」
ローランとカーシャは間髪入れずに下馬すると、峠を見渡して投擲地点を確かめる。
「岩壁の上だ、ローラン殿!」
やや低い右側の峰に蠢く影があった。腐敗したような薄気味悪い肌に黄色い乱杭歯。悪臭を放つその怪物は丘の巨人(HILL GIANT)であった。見え隠れする姿から、5〜6体はいるだろうか。
「私は正面を押さえる。貴殿は峠を抜けて背後に回れ!」 「了解!」
『バルフレール、フライ!』
ローランがコマンドを叫ぶと、バルフレールはふわりと浮き上がった。斜面を這う様に飛行しながら、次のコマンドを放つ。
『アクティブシールド!』
巨人の背後に着地すると、FORCE SHIELDを左右に展開し攻撃する。
「おら!」 「グオォォォ!」
悪臭を放つ体液を撒き散らして果てる巨人達。だが、怯まずに近くは太い棍棒で、遠くからは投石で攻撃を仕掛けてくる。
『ドヒュッツ!』
正面からは、カーシャが巨人達に突っ込んでいた。カーシャの手に握られた漠羅爾の炎の宝剣『不知火』が相手を容赦なく抉っていく。
『ドカカカッ!』 「ガァァー!・・・ズズーン」
三撃で一体を倒したローランは、語気も鋭く叫んだ。
「次!」 「ローラン殿! 魔法兵器は使うな! 何を呼び覚ますかわからん!」
カーシャは叫びながら、剣を横に払って巨人一体を切り裂いた。
「確かに! ・・・援護を呼ばれてはかなわんな」
二人は、己の力と武器の鋭さだけで相手を攻撃していく。自ら、魔法的な手段を封じての攻撃なので、予想以上に手こずっていた。
『ザック! ドカッ!(Crit!)』 『ガァ!・・。ズズーン・・』
目の前の巨人を倒すも、横合いから投石を受ける。ちらりとカーシャの方を伺ったローランは、彼女が4体から攻撃を受けているのを見た。
『急がねば・・・』
阿修羅の様に攻撃するローラン。カーシャも、多勢相手に奮闘している。そうした戦闘が数刻続いたろうか。潮が引くように、ジャイアントの群は消えていった。
「大丈夫か、ローラン殿」
あれほどの激戦にも関わらず、カーシャもローランもほぼ無傷だった。
「ええ。大丈夫です。ラダノア伯爵はどうですか?」 「傷は負っていない。貴殿もその様だな」
剣を鞘に収めながら、カーシャは言った。
「今後も戦闘は有るだろうが、魔導兵器は使わないように。ジョオテンズを含め、水晶の霧山脈一帯は得体の知れぬ存在を封じ込めていると聞く。そのものを魔導の力で呼び覚ましたくはない」
カーシャの言う事は尤もだった。ローランは頷くと同意した。
「使用しないようにします」 「よし。では、先に行こう」 「はい」
二人は身支度を整えると、騎乗してきた軍馬がいるか確かめた。
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CY778-07-02-夕-01〜03-朝-01 ( No.13 ) |
- 日時: 2008/06/23 05:45
- 名前: ローラン/カーシャ
- 参照: ジョオテンズ山脈/不帰の峠
- 多勢に無勢ながらも、ほぼ無傷で遭遇戦を着る抜けたカーシャとローランは、再び馬上の人となった。幸い、訓練された重戦馬は逃げ出すこともなく、峠に残っていてくれたからだ。
不帰の峠の長い南斜面は荒れ果てた北側の斜面とは異なり、草が生えており、森林限界以下に下って来ると、ちらほらと木々を見かけるようになった。
「ラダックの山並みは越えたな」
二人の背後には、越えてきた山波が屏風の様に立ちはだかっていた。
「まだ先は遠いぞ、ローラン殿」
カーシャは薄く笑って言うと、馬を促して山脈の間の谷に入った。左手には大きな氷河が流れてきており、氷河から溶けだした河が谷底を東から西へ流れている。
「あれがヴェルデ河だ。地図には名が記載されてはいないが、土地の人間はそう 呼んでいる」 「ヴェルデ河というのですね」 「そうだ。ステリック公国では、この河を“三途の河”と呼ぶ者もいる。幾多の激戦がこの河の向こうで行われ、多くの戦士がこの河を渡って返ってこなかったからな」 「そうですか・・・」
ローランは、ヴェルデ河の対岸をみて呟いた。
「さらに気を引き締めねば」
☆ ☆ ☆
ヴェルデ河まで降りたのは、日暮れ近くになってからだった。間近で見る河は、 鉛色に濁っている)
「かなり濁ってますね」 「氷河からの水だからな。石灰を多量に含んでいるからこの様な色になる。 飲むと調子が悪くなるぞ」 「はい。こんなところで腹を壊したら、医者は来てくれませんね」 「フフフ。そうだな」
その晩は、木の陰の旨い寝床が見つかった。二人で慎重に周囲に罠を張り、その晩はぐっすり眠ることが出来た。
☆ ☆ ☆
次の日。一転してどんよりと曇った空を、若干不快そうにカーシャは見上げた)
「雨だとやっかいだな。足跡が残る上、馬上戦が不利になる」 「ええ。視界が悪くなり、身体を冷やしますし」 「降り出す前に、急ごう」
再び馬上の人となり、二人は渡河点を探して川岸を下っていった。程なく、河が広く浅くなっている場所を発見し、難なく渡河した。向かうはラダック山系の向かい側にある一層高い山脈だ。
「あの山脈は“龍の背”と呼ばれている」 「“龍の背”というのですか?」 「そうだ。古代に、強大な龍を魔導師達が封じ込め、それがあの山脈になったと言う話だ」 「あの大きさの“龍”ですか・・・」 「想像も付かないな、あのサイズだと。アストラルの海には、その様な怪物がうようよ居ると聞くが、真実かどうかは定かではない。だが、強大な魔導は、またの龍を目覚めさせるかも知らん」 「場所が場所だけに、起こりそうな気がしますね」 「そうだな。だが、そうならないことを祈るだけだ」
カーシャはそう言うと、前方を指し示した。
「峠は、“龍の首”の所だ。低くなった地点が見えるだろう?あそこを越える」
低いと言っても、標高一万フィート以上はある。高度差五千フィート、目が眩む高さだ。一歩一歩、カーシャとローランを馬に揺られ、峠を目指してジクザクに登って行く。その間も、二人は油断無く周囲を警戒する。
「静かだな。何も起きないに越した事はないが、静かすぎる感じだな」 「はい。静かすぎる・・」
ローランは周囲を見回した。
「嵐の前の静けさと思えなくもありません」 「わからん。油断をしないことだな」
☆ ☆ ☆
山脈の中腹で日が暮れた。仕方がないとばかりに、カーシャは下馬すると、二頭の馬を集めて脇に繋いだ。
「一番危険な状況だ。分かっておろうな」
ローランは周囲を見渡すと頷いた。
「見通しがよく、発見されやすい。身を隠す場所もない。用心に越したことはないですね。火は炊かない方がよいでしょう」 「そうだな。今夜は交替で番をすることとしよう。ローラン殿、先に休まれよ。夜半に起こす」 「わかりました。寝る前に少し罠を、準備して休みましょう」
ローランは、近づいた者がいたらわかるように、周囲のめぼしい場所に簡単な罠を仕掛けた。その後に防寒の準備をしてカーシャに言った。
「では、先に休みます」
☆ ☆ ☆
夜半。吠え声でローランは目が覚めた。傍らにいたカーシャが制止の声を掛けた。
「静かに」 「何か来ましたか?」 「遠くだ。それに、こちらが風下だ。気付かれる事は無いだろう」 「なにものでしょう?」 「巨人だろうな。昨日の事を根に持っているのではないか」 「かなりの数を倒しましたから」
ローランは素早く身支度を整えながら言った。
「私も警戒します」 「そうだな。悪いが、起きて貰って置いた方が良いだろう。ローラン殿は、こちらの方角を頼む」
カーシャはそう言うと、風上方向に向いた。
「はい」
ローランは、風下の方向を警戒する。
一晩中、吠え声は続いた。だが、それ以上深刻な事態にならず、二人は翌朝を迎えることが出来た。
「行こう。この山を越えれば、神の切っ先まで順調にいけば、二日で着ける筈だ」
疲れも見せずに、カーシャはさらりと言った。
「あと、二日」
ローランは二人の重騎馬を連れてくると、ラダノワ伯爵に手綱を手渡した。
長い葛折を上がる。ラダックの山並みよりは、たっぷり千フィート以上も標高が高く、険しさもそれ以上だった。一歩一歩馬を導きながら、それでも無事に龍の首を抜ける事が出来たのは更に一日後だった。
「見よ」
峠に立って、カーシャの指し示す方向を見ると、“神の切っ先”と呼ばれる孤峰が以外と近くに見えた。
「あの下の森のどこかに、湖が有る筈だ」 「あれが、“神の切っ先”」
ローランは孤峰を見詰めた後、森を見下ろした。
「あの森のどこかに・・・。歩いて探すことになりますが、リュラック殿が言っておられたように、発光現象にも注意しなくては」
カーシャはローランに頷くと言った。
「行こう」
再び馬を促すと、カーシャとローランは長い葛折を下り始めた。
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CY778-07-04-朝-03 ( No.14 ) |
- 日時: 2009/03/30 03:33
- 名前: ローラン/カーシャ
- 参照: ジョオテンズ山脈/不帰の峠→輝ける湖
- “竜の首”峠からは、長く険しい下りが一日以上も続いた。周囲に身を隠すところもなく、二人は不安定な峠道で完全に露出していた。この様な状態で襲撃されると、たとえカーシャとローランの二人でも苦戦必死だったであろうが、幸いその後は遭遇戦も無く、無事に神の切っ先の麓に広がる森林地帯に入ることが出来た。
「ここは、昔は妖精が住んでいた、と言われる森だ」
木々の間を慎重に抜けながら、カーシャが言った。
「妖精? エルフたちですか?」 「うむ。その名残のせいか、ここはこのジョオテンズ山系の中でも比較的安全な場所に数えられる」 「なるほど。比較的安全ということは、まだ住んでいるかもしれませんね。森を傷つけないように注意するにこしたことはありませんね」 「そうだな。だが、安全と言っても“比較的”でしかない。無防備に寝ると次の日の光は見られないだろうな」
カーシャは、ローランにもお馴染みとなった薄い笑みを浮かべていた。表面的には冷静で冷たく見えるカーシャも、話をしてみればそうでは無いと思える点が幾つか見え隠れする。
「ええ。安全といっても、ドラゴンの横で寝るのが、ジャイアントの横で寝るようになったぐらいの違いでしょうから」 「フフフ、そうだな。今日はここで泊まろう。明日、予定通りならば湖に着けるはずだ」 「はい。今日は、私が先に番をします。ちょっと気が高ぶっているので、すぐには休めそうにないので」 「そうか。では、すまぬが頼む」
そう言うとカーシャは木に寄り掛かり、マントをかき寄せると目を閉じた。微かに聞こえる呼吸が規則正しくなる。カーシャはすぐに寝入った様だった。 カーシャの呼吸音が規則正しくなって、しばらくしてからローランは天空を見上げた。その夜は満天の星空だった。天空に近いせいか、普段低地で見慣れている輝きとは異なり、様々な星が色とりどりに天を埋めている。
「・・・」
ローランは、その煌めく星空をまるで吸い込まれるかのように見つめていた。 ふと、流れ星が流れた。白い弧を曳くと、天空を駆け抜けて山波みの彼方に消えて行く。
「流れ星・・・。流れ星は世界を越えられるのだろうか・・・」
ローランは流れ星の軌跡を目で追い、そして消えた山並みを見つめ続けた。 何故だろうか。しきりに冬流(とうる)の事が思い出された。笑顔を浮かべる冬流、海辺でローラン達とはしゃぐ冬流、絶体絶命の状況下、ノオを護る為に自らを犠牲にしようとしてヘッドセットをかぶる冬流・・・。
「冬流・・・」
一言呟くと、ローランは槍を握った。そんな時、そっと声が掛かった。
「・・・心配するな、ローラン殿」
いつ目を覚ましたのだろうか。何時になく優しくカーシャは言った。
「想う心は、何時か必ず相手に伝わるだろう。それを信じ、前に進むことを恐れなければ、きっと辿り着く」 「はい。」
ゆっくり振り返って、ローランは力強く、一言で答えた。その表情には、笑みが浮かんでいる。
「フフフ、言わずもがな──であったかも知れぬが」 「いえ、信じていることを言っていただくことで、より強く信じ、前に進めます」 「そうか・・・」
カーシャの表情にも、ローランを励ますような暖かい笑みが浮かんでいる。その笑みに後押しされるように、ローランが言った。
「ラダノワ伯爵。お聞きしたいことが一つあるのですが・・・」 「言ってみるがいい」 「私は異世界への扉、冬流がいる世界への扉を探しています。ラダノワ伯爵は、異世界への扉に関わる目的をお持ちなのですか?」 「目的か・・・。そうだな──若い勇者の手伝いをしたい──そんな動機付けでは不純か?」
カーシャの口調には、幾分面白そうな響きが混じっていた。
「いえ、目的が不純とか目的を問いただしたいというのではないんです。ラダノワ伯爵が異世界への扉に関わる目的をお持ちなのかと思っただけなのです」
真剣な口調で話した後、ローランは少し砕けた感じの笑みを浮かべた。
「あえていうなら、私が『若い勇者である』ということが不純ですね」 「そうか? 己を卑下する事もないと思うが」 「『勇者』といわれる程の者ではないですよ。ただ、“自分”でありたいと願うだけですから」 「その行動に対する結果と、私は理解しているがね」
謙遜するローランに、カーシャは微かな笑みを浮かべると言った。
「それ以外にもな・・・」 「何か目的があるのですか?」 「微かな予感めいたもの──先に進めと言う、そんな声が聞こえるのだ。気のせいかも知れないが・・・」 「先に進めという声、予感ですか?」 「そうだ。暗黒戦争が終わってまだ半年。本来ならば、私には別の役目があるだろうとは思うが、心の声を無視することは得策ではないと考えた」
形の良い眉根を寄せるカーシャに、ローランも頷いて言った。
「心の声こそ、真に望むこと。声を無視することは、私も得策ではないと思います」 「そうだな。それ故に、ここにいる。もっとも――貴殿の手助けが出来るのだ。有意義だと、手前勝手に判断した」 「私の手助けを有意義だと判断いただけたことを、とても・・・とても、嬉しく思います。冬流とともに生きたい。個人的なものですが、私にとってなによりも大切な願いです」
想いを込めて言葉を紡いだローランに、カーシャは大きく頷いた。
「その想いを、大切にな」
そう言うと、カーシャは身じろぎして起きあがった。
「交替だ、ローラン殿。今度は貴殿が休みたまえ」 「ラダノワ伯爵。あまり休まれていませんが」 「心配するな。疲れは感じていない」 「気が高ぶるというところですか」 「いや──そう言う訳でもないがね。この様な事態は、何度か経験している。自然と体力が配分され、疲れは感じない。もっとも、一致の期間に限るのだが」 「わかりました。よろしくお願いします」
ローランは岩に背をつけて座り、毛布をかける。気が高ぶり、眠れそうにないが目だけを閉じて休もうと努めた。
☆ ☆ ☆
翌朝。どんよりとした空模様の下、カーシャとローランは再び歩き始めた。比較的木々が密生している為、馬は曳いて行くしか無かった。カーシャは、時折立ち止まるものの、方向に関しては確信がある様で迷わず先導して行く。
「こちらの方向なのですか?」 「方向が気になるのか?」 「はい。ラダノワ伯爵の歩みに確信に満ちているので。何故ですか」 「見てみよ、ローラン殿。全ての木々が傾いでいるだろう?輝ける湖を中心に、放射状に木々が外に向かって傾いでいるのだ。原因は不明だがな」
ローランは鋭い表情で近くの木を観察した。
「放射状に傾ぐ時は、爆風などが考えられますが、木が傾ぐような爆発ならば木に焼け跡などがあるはずですが、木々にはない。また、強風では放射状には傾がない・・・」 「十分、気を付けるに越したことはないだろう」 「そうですね」
☆ ☆ ☆
唐突に前方の木々の波が薄くなると、カーシャとローランは開けた場所に出た。目の前に青々とした湖が広がっている。
「ここが・・・」 「そうだ。ここが輝ける湖だ」 「輝ける湖・・・」
ローランの声には感慨がこもっていた。漸く、漸くここまで辿り着いた。躯には震えがはしり、目を閉じて両手を軽く組む。
“落ち着け、これからだぞ”
はやる心を戒めるローランを見て、カーシャは好意的な笑みを浮かべた。思えば、ローランとの旅に出発して以来、カーシャが笑みを浮かべることが多くなった。“紅い龍騎士”と言われた漠羅爾(バクラニ)新王朝の“龍位の騎士”であると言う堅いイメージが少し雪解けに成ってきたのか。真相は不明ながら、事実ローランはカーシャから優しさを感じるようになっていた。
「今のところは、異常は見うけられないな」
“輝ける湖”の湖面は鏡のように静かだった。無論、風もない。ローランも辺りを見まわす目を止めると、カーシャの言葉に頷いた。
「そのようですね」 「取り敢えず、馬をもっと奥に繋いで、我々は直接湖から視認されない場所を捜すとしようか」 「そうしましょう」
カーシャとローランは馬を十分湖岸から放して繋ぐと、木々の後ろに恰好の隠れ場所を見いだした。
「どれ位待たねばならぬかは判らんが──後は待機か」 「ええ。一人が情報を集めるために湖の観察、もう一人が休憩と後方警戒ですね」 「そうなるな」
カーシャはローランの肩をポンと叩くと気さくな調子で言った。
「“急いては事をし損じる”とよく言われる。ここは忍耐力の勝負になる」 「そうですね」
カーシャに肩を叩かれて、ローランは気負いで肩に力が入っていることに気づいた。照れくさそうに言いながら、肩を回して力を抜いた。
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CY778-07-10-朝-01 ( No.15 ) |
- 日時: 2009/03/30 03:32
- 名前: ローラン/カーシャ
- 参照: 輝きの湖
- ローランとカーシャが“輝ける湖”に辿り着いてから、六晩が経った。その間、何の異常事態も起きず平穏無事に日々が過ぎていった。糧食その他の必要品はカーシャがBAG OF HOLDINGに準備してきており、帰りの分を考慮しても、あと1ヶ月はここに居ることが可能だった。
「ふぅ」
既に何度目になるだろうか――ローランは湖を見つめながら、首元を少し緩めてみた。 輝ける湖に着いた晩から、ローランとカーシャは交替交替で湖の監視に当たった。二直というのは、普通でも厳しいものがあり、ましてやそれが何晩も続くとジリジリと体力を削られて行くのいだった。 ローランは固まった肩を回し、首を回し、無意識に不自然に入ってしまう力を抜く。そんな中でも、毎日のカーシャの態度が変わらないのは、過去にこの様な“待つ”経験を積んでいるからだろうか。
「あれから、六晩か」 「兆候はいつ・・・」
思わず口にしたその問いを何度自問自答しただろうか――また今日も湖が夕日で紅く、紅く染まって行った。
☆ ☆ ☆
さて、七晩目である。後の当直を担当しているカーシャにローランは揺り起こされた。“静かに”と言うジェスチャーをすると、カーシャは湖を示した。見ると、湖面の中央がキラキラと光っている。
「ついに・・・」
ローランの瞳に湖面の輝きが映る。その光景に、武者震いが起こる。
「うむ。兆候が現れたぞ」 「いつから起こり始めましたか?」
囁き声で話すカーシャに、どんな変化も逃さないように湖を見つめながら、ローランも囁き返した。
「煌めきが現れたのはつい先程だ。だんだん強くなっている」
ローランは、カーシャの言葉に頷いた。湖面の光はどんどん強くなり、発光を始めた。何かが起きる寸前と言感じがしている。その時。
「光が・・・」 「!」
一際強く発光すると、湖から天空に光の柱が立ち上った。柱は雲にまで達すると、雲を明るく照らし始める。
「むっ・・・」
空を見上げたカーシャは思わず唸った。
「ローラン殿。あれに見覚えがあるか?」 「あっ、あれは!!」
雲を見上げたローランは思わず息をのんだ。天空には街が現れていた。そう──雲間から逆さに下がる様に、幾つもの摩天楼が伸びる。そしてその中央に、忘れたくても忘れられない司政官タワーの姿があった。
「し、司政官タワー・・・」
ローランの熱い想いが言葉にこもり、その声は震えていた。カーシャは黙ってローランの顔を見た。ローランは、武者震いとはやる想いが、思わず一歩足を踏み出してしまう。
“落ち着け、落ち着け。ここからだ・・・”
だが、自分で自分を戒めると、その場に踏みとどまって、深く息を継ぐ。
「どうやら、目的とする場所のようだな」 「はい」 「問題は、どの様にしてあそこへ行くかだな」
暫し考えた後、ローランは言った。
「飛翔魔法を使って、光の柱に入ってみるか、あの現象を焦点として、偉大なる魔術師テンサーが創り出し、冬流と私が持つ壱なる弐の剣“神威”にて道を探す方法が考えられます」 「神威か・・・」
確かめる様に言うと、カーシャは顔を上げた。
「次の機会は無いかも知れない。危険かも知れないが、出来る限りのことを一気にやってみるのが得策と思う」 「はい」
ローランは頷いた。心を落ち着ける為に一つ息をすると、聖句を唱えた。
「天空に風。大地に水、人心に炎」 「唱えよ、そして我の声に従い汝の名を呼ばん。“王国”“礎”“名誉”“勝利”“優美”“峻厳”“慈悲”“知識”“知恵”」
ローランが唱えたのは、神代の時代に育まれた神霊の呪言。
「・・・“王冠”、我のもとに現れよ!」
最後の言葉と共に、空間に描かれた記号が碧の輝きを放ち始める。
「良し。ローラン殿、光の柱に向かうぞ」 「はい!」
“行こう。バルフレイル、神威。冬琉のもとへ”
心の中で唱えるように言うと、ローランはMIAバルフレールで飛翔魔法(FLY)を掛けた。 カーシャもSEAソロモンで飛翔魔法(FLY)を掛けると、周囲を警戒しながら湖の上に出た。後ろを振り向いて、ローランが付いてくるのを確認すると、一気に速度を上げる。光の柱は、すぐそこだ。
“この中か・・・”
急速に近づいてくる光の柱を見て、ローランはゴクリと喉を鳴らした。
『念の為に、魔法反応をチェックする。少し待て』
カーシャの声が、念派(Telepathy)で伝わってくる。 ローランはカーシャの背に回り、周囲を警戒した。
『魔法反応は無いな』 『ん?』
その時、ローランは心持ち引っ張られる感じを覚えた。
『ラダノワ伯爵。何か引っ張られる感じが・・・』 『本当か?私は何も感じないが』
ローランは、己の感覚を研ぎ澄ましてみた。確かに引っ張られている。それも、だんだん強くなっていく。
『やはり、引っ張られています。それも強くなっていきます』 『どちらに引っ張られている?』 『光の柱の方向です』 『乗るか、反るかか・・・』
カーシャの呟きに、ローランは決意を込めて言った。
『行きましょう。光の柱へ』 『よかろう。シールドを最大展開して、一気に突っ込んで見よう』 『はい。バルフレイル!シールド、最大展開!』
一直線に光の柱に突っ込むバルフレールとソロモン。光の柱の眩しさに、カーシャは目を細めた。
『突入するぞ!』
光に入った瞬間、強烈な電気ショックを受けたような感じがした。身体がバラバラに成りそうな感じが全身を揺さぶる。木の葉の様に吹き散らされながら、ローランとカーシャは光の海の中を翻弄される。
『ぐぅぅぅ』
ローランは拳を握り締め、懸命に耐えようとする。 霞む視界の端に、ちらりと人影が見えた気がした。次の瞬間、ローランの意識は宇宙の彼方に吹っ飛んでいた・・・。
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???年???の場所 ( No.16 ) |
- 日時: 2009/03/30 03:33
- 名前: ローラン/カーシャ
- 参照: 神明神社
- ローランとカーシャは光の矢のように雲間を突き抜けた。朦朧とする意識の中で、カーシャは精神と力を振り絞ってソロモンをバルフレールに近づけようとする。
“くっ・・・もう少し・・・”
何とかバルフレールをキャッチすると、カーシャはバルフレールをソロモンで抱え込むと、もろともシールドを張った。ますますGが掛かり、目の前が暗くなったり明るくなったりしている。
“あ、あれは・・・”
見上げると、前方一杯に星の海が広がっている。いや、幾つもの銀河を突き抜けて行く様だった。
“ぐっ・・・”
激烈な衝撃が連続してカーシャを襲う。
“持つのか・・・ソロモンは・・・”
シールドが真っ白に輝き始めた。 真っ逆様に落ちて行く感じがする。 周囲はどんどん拡大して行く──銀河、恒星系、惑星、そして一つの大陸に向かって、火の粉を引きながらカーシャとローランは落ちていった・・・。
☆ ☆ ☆
『ざざざざ…』
波の音に、ローランはピクリと身じろぎすると、ゆっくりと目を開いた。
「・・・ん・・・」
周囲は暗かった。天空に掛かる星灯りで、浜辺に倒れていることが判る。空気は少し肌寒い感じがする。
「ここは・・・」
ローランは己の意識をはっきりさせるように二三度頭を振ると上体を起こした。その時、自分がバルフレールを脱いでいることに気づく。
「バルフレールがいつの間にかロックオフされている・・・。何故だ? 光の柱に飛び込んで・・・」
何とか現状を理解しようと周囲に視線を振った時、ちょっと先に動かない人影が倒れているのが目に入った。 途端、はっとなって立ち上がると、その人影に駆け寄った。
「ラダノワ伯爵!!」
カーシャはぐったりとしており、意識が無かった。ローラン同様、ソロモンは着装していない。
「ラダノワ伯爵」
ローランは慎重にカーシャの上体を起こして支えると、何度も呼びかけてみる。 と、向こうから駆け寄ってくる足音がする。
「ワンワワワン!」
突然、どこからか犬の吠え声がした。
「犬・・・?」
ローランはカーシャをゆっくりと横たえ、カーシャを守るように吠え声の方向に身構えた。
「ウゥ〜」
近くまで走ってくると、立ち止まって唸っている。暗闇ではっきりとは見えないが、シルエットからは中型の犬のようだった。
「ノウ、どうしたの?」
走ってくる足音と共に、女の子の声がする。
「だめよ、ロビンソン吠えちゃ!」
“女の子・・・?”
ローランは暗闇に目を凝らしてみた。 暗闇ではっきり確認できないが、どうやら若い女の子のようだった。
「あの?どうかしましたか?」 「仲間の具合が悪くなってしまって・・・」
カーシャを庇うようにしながら、慎重に話し掛けてみる。
「あ・・・外国の方ですね。お怪我でも、なさいました?」 「怪我はありません。しかし、気を失っていて・・・」
“今は、信用するしかない・・・”
何処にいるか判らず、装備も無い。カーシャの意識もなく、まさに八方塞がりの状態だ。 この騒ぎの中も、カーシャは全く意識を取り戻さない。暗闇で判然としないが、傷を負っているかも知れない。
“俺が気を失っている間に・・・”
不甲斐ないと自分を責めても、何が好転する訳でもない。 地面に倒れているのが女性であることが判ると、女の子は慌てて言った。
「まぁ、大変! 家が近くですの。そちらへ運びましょう!」 「お願いします」
ローランは腹を括ると、慎重にカーシャを抱き上げた。幸いカーシャは軽く、疲労の極にあったローランでも十分運ぶことが可能だった。
「こっちです!」
“大丈夫であってくれ”
祈るような気持ちで、揺らさないことだけに全神経を集中させて女の子に付いていった。
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???年???の場所 ( No.17 ) |
- 日時: 2009/12/13 06:12
- 名前: ローラン/カーシャ/少女/老人
- 参照: 神明神社
- ■月代町/神明神社
少女が案内してくれた家というのは、非常に大きな物だった。入り口の門には“神明神社”(しんんめいじんじゃ)なる表札が掛けられていた。
“神明・・・。神明天神と関係のある神社か?”
表札を見たローランの胸中にはそんな考えがよぎっていた。 門を通ると、少女は母屋に向かって声を掛ける。
「おじいちゃん! おじいちゃん!」 「何じゃ、騒々しい」
ガラガラ、と母屋の戸を開けると光が漏れた。シルエットではっきりとは見えないが、どうやら恰幅の良い老人の様だ。 急いでローランは事情を説明する。
「すみません。仲間が具合が悪くなってしまって。ゆっくり休ませる場所をお貸しいただけますか?」 「おぉ、それは大変じゃ。冬琉、ハナさんに言って奥の座敷を用意させておくれ」
“えっ!!”
ローランの胸に衝撃が走った。驚きの表情を浮かべて、改めて“冬流”(とうる)と呼ばれた少女を見る。 暗闇で、顔の輪郭しか判らない。
「はい、おじいちゃん! ロビンソン、大人しくしてるのよ!」
冬流と呼ばれた少女は愛犬に言い聞かせると、母屋に入って行った。
「・・・」
奥に消える少女の後ろ姿を見送りながら、ローランの胸中は疑問で一杯だった。
“冬琉だって? ・・・しかし、声は若い・・・ ・・・ただ、名前が同じだけなのか? ・・・それにして、ここは一体何処で、今は何時なんだ?”
ローランの思考は、そこで中断された。 ニコニコと笑顔を浮かべて、老人が話し掛けてきていた。
「さぁ、ひとまず上がって下され」 「はっ、はい。ありがとうございます。失礼します」
ローランは一礼した後、家に上がった。慎重にカーシャを運んでいく。
「顔が真っ青じゃな。これはいかん、医者を呼ばねばならんな」
暗闇ではっきりと見えなかったカーシャの顔色は、薄暗い電灯の下でもはっきり判る程真っ青だった。 心配と不安がローランの表情に浮かぶ。
「すみませんが、医者は・・・」 「御心配めさるな。今から呼ぶ医者は儂の友人で、何も話しはせぬ堅い人物じゃ」
ローランの声音に懸念の色を聞き取ったのか、老人は安心させるような口調で言う。 深々と頭を下げると、ローランは言った。
「ご配慮、感謝いたします。宜しくお願いします」
パタパタと軽い足音が奥からすると、少女が戻ってきた。
「おじいちゃん、用意できたよ!」 「!!」
改めて電灯の明かりの中で少女の顔を見たローランは目を見張った。
「と、冬琉・・・」
ローランは思わず小声で呟いていた。 利発そうな表情を心配そうに曇らせた少女は、まだ小学校高学年と言ったところだった。 だが、少女の顔立ちは、まさにローランの知る冬流に酷似していたのだ。
“冬琉の世界の時をさかのぼった場所に来たのか・・・。それとも別世界か・・・。調べなければならない。だが、今はラダノワ伯爵が心配だ”
「そうかそうか。よし、兄さん。そのご婦人を奥に運ぶ力は残っておるかの」 「はい。大丈夫です」
逸(はや)る心を押さえると、ローランはやさしくカーシャを抱き直した。 微かに腕が震える。
「お願いします。どちらですか」 「そう遠くない。こっちじゃ」
老人について歩いて行く。廊下を一つ二つ渡ると、老人は明かりの灯された部屋に入った。部屋の中央に布団が敷いてあった。
「こちらに寝かすと良い」 「ありがとうございます」
部屋に入ると、カーシャを用意してあった布団に寝かしつける。
「こちらで、待たせていただきます」 「おぉ。これを使うが良い」
そう言うと、老人はローランに座布団を差し出した。
「儂は失礼して藪医者を呼んでくるわ。冬琉、お前はここで一緒に待っておれ」 「うん、おじいちゃん」
そう言うと、老人は部屋を出て行った。
☆ ☆ ☆
ローランは座布団に座りり、カーシャの様子を見ながら、答えのみつからない考え事をしていた。 そこはかとない緊張が部屋を支配していた。
「あの・・・。お待ちになっている間・・・お茶、如何ですか?」 「あっ、お願いします」
冬流の優しい一言で、緊張の糸が緩んだ。
「どうぞ」
冬流は丁寧にお茶を入れてローランの前に置くと、躊躇いがちに尋ねた。
「どちらのお国から、いらっしゃったのですか?」 「・・・」
少し考えた後、ローランは正直に話す事にした。
「グレイホークといっておわかりになりますか? 私はその近くの“ジール”という自治区から来たのですが」 「ぐらーほく?」
冬流は大きな瞳を見開いて、聞き慣れぬ言葉を口にしてみた。
「ごめんなさい。何処の国だか、わたしでは判りません。でも、日本から大分遠いのでしょうね」 「そうですね。遠いところです」
冬琉に煎れて貰ったお茶を無意識に手にしたローランは思わず言った。
「あっち!」 「あ! 大丈夫ですか?」 「はは、大丈夫です。いただきます」 「御免なさい、熱すぎましたね。何時も温く入れる様に言われてるんですけど」
駄目だなーと言うと、冬琉はニッコリ笑った。 その笑みに、ローランの固かった表情も和らぐ。
「熱いほうがすきなんですよ。ただ、無意識に持ってしまっただけで」
ふぅふぅと吹くと一口飲んで、笑顔を浮かべた。
「お茶いれるの上手ですね。美味しいです」 「うふふ、ありがとうございます」
一息付くと、ローランは居住まいを正した。
「名乗るのが遅くなってしまいましたね。私の名前はローラン。彼女はカーシャといいます」 「ローラン・・・さん、にカーシャさん」
冬流は、耳慣れない名前を噛みしめる様に口にした。
「わたし、冬琉といいます。冬(ふゆ)に琉(ながれ)と書いて冬琉(とうる)と読みます」 「冬琉さんですね。先ほどは、こちらまで連れてきて頂き、ありがとうございました」 「いいえ、どういたしまして。困った時はお互い様です」
真摯な冬流の言葉に、ローランは大きく頷く。もう一口お茶を飲んむと。
「先ほど、門に“神明天神”と書かれていましたが、おじい様は神主様なのですか?」 「はい。ここは、本山から“御神体分け”をして貰っている神社なのです。本山は月山と言う山にあります」 「そうなんですか。えっと、こちらは・・・」 「ここは月代と言う小さな町です。すぐ向こうが日本海って言う海です」 「そうでしたね。初めて訪れるもので」
冬琉は頷いた。話してみると、ローランにはますますテラのイメージが強くなっていく。
「おじい様のところに遊びにいらしているのですか?」 「えぇ。わたしは月山の本山に住んでます。年に何回か、こちらに遊びに来るのです」 「そうでしたか」 「月山の本山に住んでいるということは、冬琉さんも巫女さんの修行をされているのですか?」 「はい。あんまり真面目じゃないんですけど」
少しばつが悪そうな表情で冬琉は言った。 そんな冬流にローランが笑みを向けた時、微かな呻き声がした。
「うっ…」 「あ、気が付いたのかしら? あっ!」 「えっ?」
カーシャの様子を見ようとして、慌てた冬琉はローランと額をぶつけてしまう。その時。
「なに…?」
光が散った様な、そんなイメージが一瞬ローランの脳裏に閃いた。冬琉を見ると、彼女も驚いた表情を浮かべている。
「まるで、光が散ったような・・・」
ローランは脳裏に閃いたことをそのまま口にして、冬琉の顔を見た。
「冬琉さん・・・?」 「ご、ごめんなさい! ・・・でも、今のは・・・何だったんだろう?」
瞳を瞬かせると、冬琉は頭を振った。
「何だか、わかりませんね」
ローランは取り敢えず冬流に頷くと、カーシャに向き直った。
「・・・ローラン・・・殿か?そこに・・・いるのは」 「はい。すぐそばに居ます」 「真っ暗だが・・・ここは何処なのだろう?」 「カーシャ殿が倒れられていたので、神社の方に休める場所をお貸し頂きました。 ・・・部屋は明るいのですが・・・見えませんか?」 「・・・そうか。どうやら、目をやられたらしいな。何も見えぬ」 「目が・・・」 「他に誰か居るな?」 「はい」 「初めまして。神和姫冬琉といいます」 「冬琉さんは、私がカーシャ殿が休める場所を教えていただけないかと頼んだ時、自分の家に快く案内してくださったのです」 「そうか・・・。私はカーシャ・ラダノワと言う。助けてくれて、心から礼を申し上げる」 「御礼なんて、良いんです。困った時は、お互い様ですから」 「・・・忝(かたじけ)ない」 「冬琉さん。改めて、ありがとうございます」
ローランとカーシャは、冬流に丁寧に礼を言った。
☆ ☆ ☆
「お待たせしました」
ガラリと障子が開くと、白衣を着て、黒い鞄を提げた温厚そうな人物が天禅に案内されて入ってきた。
「先生、こちらです」 「はいはい、失礼しますね」 「よろしくお願いします」
丁寧に一礼すると、ローランは邪魔にならないように布団から少し離れる。脈を取ろうとした医者に、カーシャが身じろぎした。
「おや? 気が付かれていましたか」 「はい。ただ、目が見えないそうです」 「御迷惑をお掛けしております」
居住まいを正そうとするカーシャ、医者は押しとどめた。
「あ、そのままそのまま。私は医者です。ちょっと診察させてもらいますよ。申し訳ないが、他の皆さんは少し中座して頂けませんかな」 「わかりました」
部屋を出たローランは、心配そうに閉まった衾を見つていた。
☆ ☆ ☆
「大事ありません。二、三日休めば回復するでしょう」
15分後。診察を終えた医者が説明した。
「そうですか・・・」
ローランは、胸を撫で下ろすように大きく息を吐いた。
「但し、私も目に関してはよく判りません。視神経が痛んでるのかも知れませんが、専門科医に観て貰うのが良いでしょう」 「わかりました。ありがとうございました」
ローランは丁寧に一礼した。医者とは顔見知りなのか、天禅が親しげに話し掛けている。
「ありがとうな」 「どういたしまして。何かあれば、遠慮無く呼んで下さい」
鞄を閉めると、医者は笑みを浮かべて立ち去った。
☆ ☆ ☆
「目をなんとかせにゃならんな」 「はい・・・」
ローランの表情には、複雑な想いが浮かんでいた。エルスでならば、盲目治癒(Cure Blindness)を掛ければ一気に癒される。だが、それが効かないこの地で、どうやってカーシャの目を治せばよいのだろうか。
「儂は、この神社の神主で神和姫 天禅と言います。そちらさん、お名前は何と仰られますかな?」 「私の名前はローランと申します」 「カーシャ・Z・ラダノワと申します。見ず知らずの者に対する御好意、心から感謝申し上げます」 「いろいろお世話になりまして、誠にありがとうございます」 「はっはっは! 困った時はお互い様じゃよ」
豪快に笑う天禅。そんな相手に、ローランは少し躊躇した後言った。
「いろいろお世話になっていて、さらにお願いごとになってしまって心苦しいのですが、今夜一晩泊めていただけますでしょうか」 「勿論ですとも。幸い、この神社は広いのでな、泊まる場所には事欠かない。ゆっくり滞在下され」 「御好意、感謝致します」 「ありがとうございます」
カーシャとローランは深々と一礼した。
「今宵はゆっくりと休んでくだされ。話はまた明日するとしましょう」 「判りました」
ゆっくりとカーシャが頷いた。
「カーシャさんはここを使って貰えば良いので、ローランさんは隣の部屋にするとしようかの」 「ありがとうございます」 「そうね、おじいちゃん。そうだ、今晩はわたしもこの離れに泊まることにするわ。何かあった時、その方が安心でしょうから」 「おぉ、そうじゃな。それがいい」
ウムウムと天禅は頷いた。
「それでは、隣を冬琉が使い、ローランさんは一番向こうの部屋をお使い下され。冬琉、ハナさんはもう帰ったと思うから、隣の支度をして上げてくれんかの? 儂は、風呂の準備をしておこう。さっぱりした方が気持ち良く休めると思うんでの」 「もちろんよ、おじいちゃん。カーシャさん、お風呂に入られるならわたしが手伝いますけど、どうしますか?」 「忝ない。お願い致します」 「わかりました。じゃあ、まずローランさんをお部屋に案内しますね。ローランさん、こちらにどうぞ」 「はい。冬琉さん」
腰を浮かせたローランは心配そうにカーシャを見て言った。
「では、カーシャ殿。明日」 「うむ。手数を掛けて申し訳なかったな、ローラン殿」
ローランは大きく頭(かぶり)を振った。
「いえ、とんでもありません。こちらこそ、お手数をお掛けしました。カーシャ殿、では明日」
ローランは立ち上がると、冬流の後を追った。 ローランの部屋は、カーシャの部屋から二つ先だった。静かな佇まいの、落ち着きが感じられる雰囲気の部屋だった・
「いい部屋ですね」 「お布団、敷いておきますね。お風呂は、申し訳有りませんがカーシャさんの後になりますけど」 「わかりました。カーシャ殿のお手伝い、宜しくお願いいたします」 「後ほど、呼びに参ります」
丁寧に頭を下げるローランに微笑むと、冬琉は部屋を出た。
☆ ☆ ☆
「ローランさん。お風呂、良いですよ」
半時はゆうに経った後。軽い足音がすると、障子越しに冬琉が尋ねてきた。
「はい。お風呂はどちらでしょうか?」 「案内します。こちらにどうぞ」
先に立って、冬流は暗い廊下を先導する。ローランは冬流の後を黙って歩いた。離れから少し歩くと、小さな建物があった。
「こちらが湯殿です。ここで服を脱いで、この籠に入れて下さい。着替えを入れておきますから」 「わかりました」
カラリと戸を開くと、冬琉はスリッパをぬいで湯殿に入った。
「こちらを捻ると、水とお湯が出てきます。適温に調節して下さい。石鹸とシャンプーはこちらにあります。御自由に使って下さい」
ローランは、確認するように頷いた。
「判らないこと、ありますか?」 「・・・大丈夫だと思います」 「それじゃあ、ごゆっくりどうぞ」 「では、お借りします」
☆ ☆ ☆
「ふぅ〜」
首まで湯に浸かったローランは大きく息を吐いた。久しぶりの風呂は、存外に気持ちよかった。鏡の湖の水にて体を拭いていたにしても、所詮応急処置。ゆっくりと体が温まる感触が心地よかった。
湯殿を出ると、脱衣所の籠に丹前が入っていた。
「ありがたい」
独りごちると、手早く体を拭き、丹前を丁寧に持ち上げて着た。タオルをたたんで籠にいれ、ゆっくりと自分の部屋に向かった。 部屋に帰ると、枕元にお茶とお茶菓子が用意してあった。ローランは障子を閉めると、布団の近くにアグラをかく。
「ローランさん」
障子の向こうから声がした。
「はい。なんでしょう」 「不自由、ありませんか?」
ローランは心遣いに胸を打たれながらも、しっかりした声で言った。
「いえ、まったく不自由などありません」 「そうですか。ごゆっくり、お休み下さい。カーシャさんも先程休まれましたよ」>「そうですか。なにからなにまで、本当にありがとうございます」
障子で冬琉には見えなかったが、ローランは丁寧に頭を下げて一礼した。
「おやすみなさい」 「おやすみなさい」
隣の部屋の障子が開き、閉まる音がした。
「・・・」
お茶を手に取り、一口飲んだ後、ローランはお茶菓子を摘んだ。
“いろいろあったな・・・”
ローランの脳裏に、これまでのカーシャとの旅路、そして冬琉に出会ってからのことを思い起こされる。何か、信じられないような想いだった。
“今夜はゆっくり寝て、明日ラダノワ伯爵と相談しよう”
ロ−ランはお茶を飲み干すと、茶碗を置いた。布団の中に入るといつのまにか眠っていた・・・。
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???年???の場所 ( No.18 ) |
- 日時: 2009/12/13 06:14
- 名前: ローラン/カーシャ/冬流
- 参照: 神明神社
- ■月代町/神明神社
「ん・・・」
気が付くと、部屋が明るくなっていた。障子に日が当たっている。野営続きだった為、久し振りにきちんとした寝床で寝たローランは、疲労もあってぐっすり眠ってしまっていた。 布団から起き上がると、浴衣の乱れを直して障子を開けた。爽やかな朝の空気が気持ちよい。
「んっ・・・」
ローランが大きく息を吸い込んで、伸びをしていると、廊下を冬流が歩いてきた。
「あ、ローランさん。おはようございます」 「ん? えっ?」
まだ頭がはっきりしていない状態で声を掛けられたローランは、ちょっと驚いた後、相手が冬流と判ると、笑みを浮かべた。
「あ、おはようございます。冬琉さん」 「良くお休みになれましたか?」 「ええ。本当に、こんなにすっきりした朝は久しぶりです」
“冬流”(テラ)とわかれてから、ローランには一刻の安息も無かった。あれから、冒険と浅い眠りの夜がずっと続いていた。だが、何処か判らぬ土地ではあるものの、“冬琉”と呼ばれる少女に出会えたことが、ローランに少し安心感を与えたのか、彼の眠りを深くしたようだった。
「よかった」
冬流は、明らかに休息できた、という表情のローランに優しく笑い掛けた。
「カーシャさんも先程お目覚めになってます。朝御飯を用意しましたので、宜しかったらこちらへどうぞ」 「ええ。ありがとうございます」
☆ ☆ ☆
長い廊下を渡った突き当たりの障子を開けると、そこは広い座敷の部屋だった。折しも、天禅とカーシャが話している所だった。カーシャは、ふと顔を上げると廊下の法を見て言った。
「おはよう、ローラン殿。よく寝られたか?」 「はい。おはようございます」
少し驚いた表情で、ローランは部屋に入った。天禅も、おや、と言う表情を浮かべて聞く。
「おや、カーシャさん。どうしてローランさんと判ったのですかな?」 「歩き方でな──判る」 「わかりすぎるような足音は立てなかったのですが、さすがですね」 「そうですか、それは大したものですなぁ」
天禅は感心した様に言うと、ローランに視線を振った。
「昨晩は良く休めましたかな、ローランさん?」 「はい」 「それは良ござんした」 「改めて、ご好意に感謝いたします」 「いやいや、それはもう言わんで下され」 「皆さん、どうぞ」
障子を開けると、冬琉と年輩の女性がお膳を運んできた。いわゆる“旅館の朝食”が載っている。冬流は、まずお膳をローランの前に置いた。
「どうぞ、ローランさん」 「ありがとうございます」 「お口に合うか判りませんが、召し上がってみて下さい」 「はい。いただきます」
昔、神明天神で神主の修行をしたときに慣れた箸を持ち、ローランは味噌汁をまず一口飲んだ。朝の味噌汁の染み入る感じを味わい、自然と笑みが浮かぶ。
「冬琉さん。美味しいです」 「よかった」
ローランの言葉に、冬流は嬉しそうな笑みを浮かべた。 カーシャには年輩の女性がお膳を運んでいた。たみと名乗った女性は、大分訛のある方言でカーシャに言った。
「どうぞぉ。おや? 娘さん、目が悪いんかえ?」 「うむ。目を痛めており今は見えぬが、何が何処にあるか教えて貰えれば自分でやれる」 「そうですかぁ? では、ちょっと失礼してぇ・・・」
たみは丁寧にカーシャの手を取ってご飯、みそ汁、焼き魚などの場所を教えて行く。
「でも、魚はぁとれなぃんじゃ?」 「・・・確かに」 「とってぇ差し上げましょ」 「忝ない」
味噌汁を置くと、ローランはカーシャに言った。
「カーシャ殿、目の具合はどうですか?」 「心配を掛けてすまぬ。まだ、物を見ることは出来ないが、天禅殿が良い医者を存じているそうだ。後で、診て貰ってはどうかと仰ってくれている」 「この村は小さくて目医者がおらんが、隣の町には儂の知り合いの目医者がおるのでな」 「そうですか。宜しくお願いします」 「何から何まで、本当に忝ない。この礼は、必ず」 「そう堅く考えんで下され。困った時に、困った人を助けられるのは当たり前の事じゃて」
丁寧に頭を下げるローランとカーシャに、天禅は気にせんで下され、と言って笑った。
「力仕事や体力の必要なことでお困りのことがあったら、言ってください。食事の後、お手伝いいたしますから」
好意を受けっぱなしでは、と思ったローランは、何か自分にも出来ることがあれば、と思って申し出た。少し場を和らげる為にも、太い腕に力こぶを作って見せる。
「幸い、力は有り余ってますから」 「おぉ、それは有り難いのう。迷惑でなければ、あとで薪割りを手伝って頂けると助かるの」 「薪割りですね、承知しました」 「うふふふ、あれって結構大変なのです。手伝って頂ければ助かります」 「まかせてください」
笑顔で言う冬流に、ローランも笑みを浮かべて返した。
「ところで、隣町の目医者まではどのようにいくのがよろしいですか?」 「車屋を頼んで、冬琉と三人で行かれるといい。すんなり見て貰えるよう、先方には、予め儂から電話しておくのでな」 「忝ない、天禅殿」 「お願いします」
重ね重ねの好意に、カーシャとローランは何度も丁寧に礼を言うのだった。
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???年???の場所 ( No.19 ) |
- 日時: 2010/10/30 13:32
- 名前: ローラン/カーシャ/冬流
- 参照: 神明神社
- ■月代町/神明神社
和やかな食事が終わると、ハナと冬琉が手早くお膳を片づけた。 カーシャは一旦部屋に戻り、車屋の手配を待つことになった。
一旦自分に宛がわれた部屋に戻ったローランは、普段着に着替えると、カーシャの部屋に向かった。
「ラダノワ伯爵よろしいですか?」 「構わない」 「失礼します」
ローランは衾を開けると部屋の中に入り、カーシャの前に座った。
「ラダノワ伯爵。“扉”に入って、私はすぐ気を失ってしまいました。あの後は、どうなっていたのでしょうか?」 「光の柱に向かった所までは覚えているな?」 「えぇ。天空に摩天楼を擁する大都市が見えて、その都市と湖が光の柱で結ばれていた・・・」 「そうだ。光の柱には、何ら魔導反応は無かった。だが、強い吸引力を我々は感じた。己のSEAの反発シールドを最大限に張り、我らはその光の柱に飛び込んだ」
思えば、無謀な事をしたものだ、とカーシャは薄く笑った。
「柱の中は、光の海になっていた。我々は、嵐の海を凪がされる木の葉の如く揺さぶられた。我々は、その海をどんどん落ちていき――その途中で幾つもの星の河を突き抜けた。 私は、何とか貴殿を捕まえると、諸共ソロモンの反発シールドで刳るんだ。その後は、私も記憶がない。気が付いてみれば、冬流殿と天禅殿に助けられていた」 「そうでしたか・・・」
たった今聞いた事を噛み締める様に言うと、ローランは丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございました」 「礼を言うことは無い。逆の立場で有れば、貴殿も同じ行動をとったであろう?」
カーシャは微笑みを浮かべて言うと、一転静かな声で言う。
「時に──あの娘御がそうなのか?」 「ええ。彼女です。ただ、私が彼女に出会った時より若くて、前の時代に着いてしまったのかもしれません」 「・・・時間軸の流れの違いかもしらんな」 「時の違いか、別世界なのか・・・。しばらくは、目的と真実を隠し、注意深く観察している必要がありますね」 「それが良いだろう。今迄の経緯から判断するに、ここは世界として安定している様だ。暫くやっかいになって様子を見るしかないな」 「そうですね。なぜ、ここに来たのか。いろいろな要素が考えられますが、何か我々が為さねばならない必要性があるのかもしれませんね」 「うむ。このことに必然があるならば、何れ明らかになるだろう」 「はい」
ローランは、労りを込めたカーシャの言葉にこっくりと頷いた。
☆ ☆ ☆
「失礼します」
暫くすると、廊下から声が掛かった。カーシャがどうぞ、と応えると、冬琉が障子を開けた。
「お邪魔してしまってごめんなさい。ローランさん、良かったら手伝って貰えますか?」 「あ、はい。冬琉さん」
意識している為か、ローランは少しギクシャクしながら首を縦に振る。
「カーシャ殿、では。」 「うむ、後程」
☆ ☆ ☆
廊下を歩きながら、ローランは冬流に話し掛けた。
「薪割りでしたよね」 「えぇ、そうです。結構、重労働ですよ」
冬琉は少し悪戯っぽく笑った。 それに笑顔で答えながら、ローランは力瘤を作って見せる。
「どれだけ上手くできるかわかりませんが、力仕事は得意ですから」 「そうですね、ローランさん、武道家みたいに鍛え上げている身体つきですもの」 「はい、槍術を少しやっているんですが・・・」
語尾を濁すと、一転悪戯っぽい笑みを浮かべて力瘤をパンパンたたく。
「実は、体を鍛えるのが趣味なんですよ。鍛えれば、鍛えただけ目に見えてますから。太くなればなるほど、頑張ったんだなぁと思えるので」 「まぁ・・・」
頼もしいですね、と冬流は屈託無い笑顔を浮かべた。
☆ ☆ ☆
裏に廻ると、納屋に薪が積み上がっていた。冬琉は、まだ割っていない薪を一つ取ると、納屋の前の大きな切り株に歩いて言った。
「ここで割るんですね」 「えぇ。この手斧を使って、こうやって・・・」
『カッコーン』
いい音がすると、薪は綺麗に二つに割れた。
「見事な手並みですね」 「何度もやっていますからね」
はにかむ様に笑うと、冬流は申し訳なさそうに言った。
「一時間くらいすれば車がきますから、それまで出来るだけ薪を割って貰えますか?」 「一時間か・・・。できるだけ多くできるよう、頑張ります」 「ありがとうございます。じゃ、わたしは別の支度があるので、失礼しますね」 「はい、ここは任せて下さい」
ローランに頭を下げると、冬琉は母屋の方に立ち去った。
☆ ☆ ☆
「よっ」
ローランは薪を両手に抱えられるだけ多く掴み、切り株に向かう。
「さてと・・・」
手斧を握って具合を確かめると、徐(おもむろ)に薪を割始める。
『カッコーン!!』
「よし。ここでスナップを効かせて・・・」
程なく、ローランは木目をうまく利用して、割った薪を飛ばさないよう、最小限の力で最大効率で割って行くコツを掴んだ。
『カコン! ・・・カコン、カコン、カコ』
次第に、道具と木の質になれたのか、音は小さくなり、間隔が短くなっていった。
☆ ☆ ☆
小一時間後。冬琉が戻ってくる。
「ローランさん、まぁ・・・」
『カコ』
ローランが手斧を振るうと、最小限の力で、薪が面白い様に自然に割れて両方に倒れていく。
「あっ、冬琉さん。割った薪はどこに積んでおけばいいですか?」
ローランは薪割りの手を止めると、驚いた表情を浮かべて立っている冬琉に向かって振り返った。
「もっと、割っておいたほうがよいですか?」
まだまだ、足りないかな? と心配そうに割った薪を見ているローランに、慌てて冬流が言う。
「まぁ──ローランさん、薪を全部割って仕舞われて・・・凄いわ。どうも、ありがとうございます。とっても助かります」 「いえいえ。そんな」 最後に割った薪も、紐で結わいてまとめる。
「あと、これ。火つけように、少し細かく割っておきました」
薪で20本ぐらいだろうか、箸の太さで割ってあった。
「なにからなにまで──本当にありがとうございます」
両手を胸の前に組んで、冬琉は素敵な笑顔をローランに向けた。 ローランには、その冬琉の笑顔に、テラの最高の笑顔がダブって見えた。まるで、テラの最高に笑顔のデジャビュの様に、ローランは目の前の冬琉の笑顔に一瞬心を奪われた。
『冬琉・・・』
スッと無意識に手を伸ばしそうになるところで、ローランははっとなった。
「・・・」
僅かに、冬流は怪訝そうな表情を浮かべる。 それを払拭する様に、努めて明るくローランが言う。
「少しでもお役にたてて、よかった。力仕事があったら、なんでも言ってくださいね」 「え、はい。ありがとうございます」 「割った薪はどちらに持って行きましょう?」 「あちらの納屋に入れて貰えれば助かります」 「判りました。じゃぁ、冬琉さん。そちらの細かい方をお願いできます?」 「はい」
冬琉は、細かい破片を集めて手早く一束にした。
「行きましょう」
冬流が束ね終わるのを待って、二人は納屋の中に入った。 薪を積み上げながら、ローランが聞く。
「冬琉さんがこちらにいられるときは、冬琉さんが薪割り当番?」 「えぇ、そうなんです。この神社は男手がおじいちゃんだけなので、私達で仕事を分担してるのです」 「ということは、冬琉さんは主に薪割りと食事当番をしているのですね」 「えぇ。こんな時分ですから・・・」
冬琉の表情が微かに曇った。しかし、すぐに笑顔に戻るとローランに言った。
「そろそろ、車屋さんが来る頃です。表に行きましょう」 「はい」
ローランは頷くと、先に納屋を出た冬琉の後を付いていった。
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???年???の場所 ( No.20 ) |
- 日時: 2010/10/31 14:56
- 名前: ローラン/カーシャ/冬流
- 参照: 神明神社→医者の家
- ■月代町/神明神社→隣町/目医者
ごとごとと神社の門を通ってきたのは古い四人乗りの自動車だった。冬琉が手を振ると、赤ら顔をした実直そうな運転手が窓から顔を出し、気さくに手を振り返した。
「それでは、カーシャさんをお連れしますね」 「よろしくお願いします」
奥に消えた冬琉は、すぐにカーシャの手を引いて戻ってきた。ローランは、カーシャの為に玄関に近い側の後部座席の扉を開けて待っていた。
「さぁ、カーシャさん。段があるから気を付けて下さいね」 「手間を掛けてすまない」 「そんな、いいんですよ」
笑顔で言うと、冬琉はカーシャを慎重に車の後部座席に座らせた。
「ローランさんも後ろにどうぞ」 「はい」
ローランが頷いて車に乗ると、物音を聞きつけたのか、天禅が玄関から出て来た。
「おぉ、気を付けて行ってきて下され。文ちゃん、慎重にたのむよ」 「合点ですぜ、天禅様」 「では、いってきます」
冬琉が前部座席に座って扉を閉めるのを確認した後、文作は車を発進させた。 車は神社を出ると右に曲がって海沿いに走る。路が悪いのか、振動が凄い。
「嬢さん、お客さんでっかい?」 「えぇ。うちに暫くお泊まりです」 「そうでっか。お客さん、お国はどちらでっか?」 「聞いても判らない外国よ、文作さん」
冬琉が笑って答えると、文作もそうりゃそうだ、と豪快に笑った。
「あ、そりゃそうだね嬢さん」
車は、左手に海を見ながらゆっくりと走って行く。
「この海は?」 「日本海と言います。冬は非常に荒れるんですよ」 「日本海、ですか・・・」
ローランは以前見た沖縄の海、ウルトラひかりから見た太平洋を思い出していた。
「太平洋と色が違いますね」 「えぇ。今日も荒れ気味ね。でも、太平洋側に較べると、こちらの方が気候が厳しいから」 「・・・風の音がするな」 「はい。今、海沿いの吹き曝しを走っています。周囲に遮るものが何も無いので、特に風を強く感じます」
見えぬ瞳を海に向けたカーシャに、冬琉は丁寧に描写した。 海岸線沿いに先を見つめると丘の向こうに町らしきものが見えてくる。
「あそこが隣町ですか?」 「そうよ。わたしたちの村よりも、大分大きいの」 「もっと先に行くと、海軍さんの基地ですわ」 「海軍の基地?」 「えぇ、舞鶴軍港ね」 「舞鶴軍港・・・」
ローランはその言葉を繰り返すと、町の先を見つめた。
「今は、確か連合艦隊が入港してるはずでっせ」
文作の言葉を聞いたローランの胸中は複雑だった。
“連合艦隊が入港・・・やはり戦争中か・・・”
「そうね。じゃあ、街は水兵さんで溢れてるわね」
車が低い丘を越えると、隣町が見えてきた。車は、ごとごとと町にはいると、一軒の古びた医院の前で止まる。
「つきましたぜ」 「ありがとう、文作さん。帰りもお願いね」 「お願いします」 「もちろんでっせ。ここで待ってますから」
冬琉は車を降りると、カーシャが降りられるように後部座席の扉を開けた。
「カーシャさん、こちらですよ」 「判った」
ローランの助けも借りて、慎重にカーシャを車から降ろすと、冬琉は文作に声を掛けた。
「では後程ね!」 「はいよ、また後で」
車を降りた三人は、医院の門を潜った。扉を開けると、中は待合室になっている。だが、誰もいない。
「ごめんくださーい」
待合室や部屋の中を見回したローランは、ふと壁に掛かったものに目を止めた。それは、天翔十五年十一月が開かれたカレンダーだった。
何度か冬琉が呼びかけると、漸く奥から声がした。
「その声は天禅ところの嬢ちゃんだな。入っておいで」 「お邪魔します」 「失礼します」 「失礼する」
三人が靴を脱いでいると、奥から白衣を着た優しげな老人が現れた。
「嬢ちゃん、今日はどうした?」 「あ、私じゃないんです。こちらの、カーシャさんの目の具合が悪くて、先生に観て貰いたくて来ました」 「迷惑を掛けて申し訳ない」 「よろしくお願いします」
カーシャに続いて、ローランも丁寧に頭を下げた。
「ほ、外人さんか。日本語はわかるのかい?」 「大丈夫ですよ」 「はい、ふたりとも大丈夫です」 「それは心強い。なにせ、外国語は殆ど忘れてしまったからなぁ。うむ、“だんきゆう”くらいしか覚えておらんよ。留学までしたのになぁ」
医者は少し苦笑いしていうと、カーシャを奥の診察室に入れ、ローランは冬琉と二人で待合室に残った。ローランは診察室の方を見つめたながら心配そうに言った。
「大事でなければいいのですが・・・」 「大丈夫だよ、ローランさん」
暖かい手が、ローランの左手に触れていた。冬琉は、ローランに励ますような笑み向けた。
「あんなに綺麗で優しそうな人だもの。きっとうまく行くよ」 「そうですね」
一つ得心したのか、ローランは微笑んで頷く。
「それに天禅殿のお知り合いの目医者ならば、安心ですね」 「そうそう。お祖父ちゃんのお友達ってこともあるけど、海原先生はとっても頼りになるお医者さんだから。心配しなくてもいいよ」 「冬琉さんの信頼しているお医者さんなら絶対大丈夫です。安心しました」
安心した様に笑うローランに、冬流の表情にも暖かい笑みが浮かんでいた。
暫くすると、カーシャを伴った目医者が診察室から出てきた。何時も表情が変わらないカーシャだったが、流石に今は明るさがその表に浮かんでいる。
「どうだったの、先生? カーシャさんの目、直るの?」 「勿論だとも。一時的に強い光を見たので、視神経が麻痺しておるだけさ。数日で元に戻るだろう 「よかったね、カーシャさん!」
我が事のように冬流は喜ぶと、カーシャの手を取った。
「うむ、忝ない。大変お世話になりました」
カーシャは医者に丁寧に礼をした。 ローランは二人を見ながら、ホッとした表情を浮かべていた。
「・・・本当に良かった」 「心配を掛けてすまない」
カーシャはローランと冬流にも丁寧に頭を下げた。 そう言えば、とローランが尋ねる。
「麻痺が元に戻るまで、気をつけなければならないことや薬などはありますか?」 「おぉ、クスリは特に必要ないじゃろ。カーシャさんにも言ったが、当分日差しを直接見てはいかんがな。まぁ、三日後にはもう一度診察にくるようにな」 「ありがとうございます。わかりました」
ローランは頭を下げる)
「診察代を・・・」
ローランはサイフを出そうとズボンに手をやり、ハッと真剣な表情を浮かべた。
「しまった。換金していない・・・」
サイフには、イースタンの金貨や銀貨は入っていたが、日本のお金は一銭も持っていない。
「あ、いいんですよ、ローランさん。こちらでやっておきますから」
ローランが止める間も無く、冬流は目医者を引っ張って医院の窓口に向かった。されるままの目医者は、孫に手を引っ張られているかのようにも見える。冬流は大きな黒い財布を出すと、手早く精算する。
「あっ・・・」
一瞬躊躇したローランだったが、後の祭りである。
「止むを得ん。ここは、お世話になろう」 「・・・そうですね。別な方法で、お返しする事にします」 「そうだな。我らの通貨も、換金できるやもしれん。それは、後で冬琉殿と天禅殿にお尋ねすることとしよう」 「はい、了解です」
ローランとカーシャが話している内に、医療費の精算が終わったようだった。
「ほい。じゃあ、そう言うことでな」 「はい、先生。では、三日後に」
冬流はローランとカーシャの所に戻ってくると、悪戯っぽく笑って言った。
「気にしちゃ駄目ですよ、ローランさん。ここはどーんと任せてくださいね」 「何から何まで、本当にありがとうございます」 「本当に、忝ない」
ローランとカーシャは、そろって冬琉に深々と頭を下げた。
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???年???の場所(NRPS中) ( No.21 ) |
- 日時: 2012/11/23 23:59
- 名前: ローラン/カーシャ/冬流
- 参照: 医者の家→神明神社
- ■隣町/目医者→月代町/神明神社
「車が到着したら、戻りましょう」
冬流が窓から外を見ていると、古い四人乗りの自動車が、医院の門を入ってくる。
「あっ、来ました!」 冬琉の声を聞いたローランはいち早く外に出た。古びた自動車の扉を開けると、冬琉と一緒に、カーシャが自動車に乗る手助けをする。外は日差しがきつい。ローランは蒼穹を仰ぎ見ると冬琉に言った。
「日差しを避けるために、鍔が大きい帽子を用意した方が良いかもしれませんね」 「そうですね。カーシャさんにはこの日差しは強すぎるでしょう。麦わら帽子ならあるかもしれません。ちょっと先生に聞いてきますね」
急ぎ医院に入ると、程なく冬流は少し草臥れた麦わら帽子を持って出てきた。
「ありました! カーシャさん、どうぞ」 「お手数を掛けるな、冬流殿。忝ない」 「そんな! 困ったときはお互い様ですよ」
丁寧なカーシャの礼に、特別なことはしてませんよ〜、と冬流は少し照れたように笑う。 ローランは冬琉の笑顔に微笑んで会釈すると、扉を閉めると鋭い目で周囲を警戒する。
「では、戻りましょうか」 「えぇ。ローランさんは前にお願いします」
そう言うと、冬流は後部座席に座るカーシャの隣に乗り込んだ。 ローランは、冬琉に言われた通り助手席に座る。
「文作さん、お願いします」 「合点でさぁ、嬢さん!」
しっかり掴まって下さいよ、と言いながらも、車屋の文作は古い自動車を慎重に発進させた。 古い自動車が、ガタガタ言いながら医院の門を出て行くのを見送ると、老医師は医院に入ろうと入り口の扉に手を掛けた。
「ん?」
再び車の音がしたので振り返ると、丁度黒塗りの車が医院の門を通って入ってきた。 厳しい表情で、老医師は車が来るのを眺めた。
☆ ☆ ☆
海岸通りの路を、文作の古い自動車はゆっくりと走っていた。カーシャは黙って顔を俯かせており、冬流はそのカーシャを気遣うように注意を払っていた。雰囲気を変えようと、努めて明るくローランが尋ねる。
「この辺りは冬になると寒いんですか?」 「冬場が雪が多くてねぇ。寒さも厳しいですよ」
気さくに文作が言うと、冬流も頷いた。
「えぇ、雪下ろしがとっても大変なんです。積もりすぎる前にやらないと、屋根が抜けちゃいます」 「夜に屋根が軋む音を聞くと、すぐにでも雪下ろしをやらねば、と想うんでさぁ」 「屋根が軋む・・・」
あれは心臓に悪いねぇ、と文作が笑った。
「それはおちおち寝てもいられませんね」
ローランも文作につられて笑っていた。
「海と山があって自然豊かですし、親切な方がばかりで、とても良いところですね」 「気に入ってくれると嬉しいです」
はにかんだように言うと、冬流は花開くように笑った。 そんな時、急に車の速度が落ちる。
「文作さん、どうしたの?」 「いえ、嬢さん、向こうで憲兵が検問をやってるのが見えたんでさぁ。何か良くない雰囲気なんで、別の路を行きますね」 「・・・そうですね。そうしましょう」
少し眉根を寄せると冬流は言った。車はガタゴトと揺れながら本道を逸れ、細い支道に入った。 幸い、素早く転進した為か、旨く見咎められずに済んだ様だ。
「憲兵が検問をしていると言われましたが、頻繁にあるのですか?」 「いいえ。舞鶴軍港が近いのですが、ここは田舎で何も重要なものはありません。憲兵の検問など、とんと見た事もありませんわ」
冬琉は小首を傾げて言う。
「そうですか。何か起こったのですかね・・・」
ローランは、先の連合艦隊の入港に関連して、外国スパイの取り締まりを強化している可能性を考えた。だが、これ以上面倒に巻き込まれるのは避けたいので、あまり自分とは関係がないような口調で、余計な事は言わない様に気をつけた。
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Re: ◆[CY778]約束はいらない(最後まで改編済み) ( No.22 ) |
- 日時: 2023/03/27 19:32
- 名前: Black Cab <blackcabhouston@gmail.com>
- 参照: https://www.blackcabhouston.com/
- Houston Taxi Service: Are you looking for the cheapest per-hour airport transportation, Houston Cab, or Taxi Houston? Call Now for Airport Transportation
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