CY591-02-01-21-09 ( No.43 ) |
- 日時: 2003/06/16 01:12
- 名前: レムリア
- 参照: 恵久美流公国/恵久美流/龍の館/宗主の間
- 「…真理査さま。もしも、宜しければ…わたくし、璃奈姫さまにお手伝い差し上げたいと思うのですけれども…」
如何でございましょう? と真理査の反応を見る。
“璃奈姫さまの心の力は並はずれている──もしもの時、真理査さまだけでは、制御仕切れないかもしれない。今、お二人のどちらかにでも何か起きるのは絶対に避けなくては…”
柔らかい笑みの中にも強い意志を潜ませて、レムリアは真理査の答えを待った。
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CY591-02-01-21-10 ( No.44 ) |
- 日時: 2003/06/17 01:33
- 名前: 真理査
- 参照: 恵久美流公国/恵久美流/龍の館/宗主の間
- 「璃奈姫が望むのであれば、良しと致しましょう。何れにせよ…」
レムリアから璃奈に視線を振りながら、真理査は淡々と答えた。ややもすると、冷たくも見えるその横顔には、先程までの薄い笑みが張り付いている。
「…試練を受けることに集中する──という意味では、レムリアさんの助力も、宜しいかと思いますわ」
──試練を受けた先達がいた方が、少しは緊張がほぐれるでしょうね。只でさえ、過度の緊張を強いられる試練ですからね…。
そんな真理査の心中を知ってか知らずか、レムリアは穏やかな笑みを浮かべて璃奈を見つめていた。
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CY591-02-01-21-11 ( No.45 ) |
- 日時: 2003/06/19 00:48
- 名前: 璃奈
- 参照: 恵久美流公国/恵久美流/龍の館/宗主の間
- 「すべては、これから私の先生となられる真理査さまのお考えにお任せしますわ。でも…」
レムリアに視線を移す。率直な口調で言葉を続ける。
「…レムリアさまは、たいへん長いこと御夫君さまと離れていらっしゃるのではありませんか? 私のために貴重な時間を割いていただいては何だか申し訳ない気がしますわ。」
何となくドレス胸元のレースをなでつける癖が出る。ふと、影の回廊に入る前に龍の盾から護身用に預かっていた緑色のペンダントに指が触れる。
--あ、確かこれは小父さまの大切なものだったわ!すっかり忘れてた。早く小父さまにお返ししなきゃ…--
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CY591-02-01-21-12 ( No.46 ) |
- 日時: 2003/06/24 03:42
- 名前: レムリア/真理査
- 参照: 恵久美流公国/恵久美流/龍の館/宗主の間
- 「ご心配なく、姫君」
微笑みを浮かべたレムリアの答えには迷いがなかった。
「あの人には“夢”を飛ばしておきますから──お気にされることはございません」
だから──是非お手伝いさせて下さい、と結んだ。
「宜しいでしょう」
真理査がその場を引き取って言った。
「レムリアさんには、お申し出をお受けして、璃奈姫のお手伝いを御願いします。璃奈姫、一週間後にわたくしの塔でお待ちしております。宜しいですか。塔に辿り着くのも、既に試練の一つとなります。最初の関門、見事突破してご覧なさい」
厳しい表情と声音は、“夢見の長(おさ)”のそれだった。その瞳に輝きを宿して、真理査はじっと璃奈をみた。
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CY591-02-01-22-01 ( No.47 ) |
- 日時: 2003/06/28 01:44
- 名前: 璃奈
- 参照: 恵久美流公国/恵久美流/龍の館/宗主の間
- 心は決まっている。夢見となること…それは、生まれる前から定められていた自分の進むべき道なのであろう、という静かな確信がひたひたと心を満たしている。真理査の強い凝視にも、ひるむ気持は全く起こらなかった。
「真理査さま、お言いつけの通り一週間後におうかがいします。よろしくお願いします。レムリアさま、どうぞこれからもよろしくお願いします。」
会釈と共に簡潔な挨拶をして、その際ふと思いついたことを父王に聞いてみることにする。
「…あの、お父さま。(ちょっと苦笑して)規則や規律のことには今ひとつ自信ないのですが、私、これから真理査さまとレムリアさまに大変お世話になることになります。この国からの敬意をこめて、お二人に“守護の騎士”をおつけしたらいかがかしら?」
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CY591-02-01-22-02 ( No.48 ) |
- 日時: 2003/06/29 00:44
- 名前: 真理査/レムリア
- 参照: 恵久美流公国/恵久美流/龍の館/宗主の間
- 「あなたの意志、しかと聞きました」
重々しく頷いた真理査は、漸く薄い笑みをその表情に載せた。
“前途は容易ではないわ、璃奈姫。あなたの心と魂が、軋みながら押し潰されるように感じるでしょう。幾百もの爆発を、その身に受けることでしょう”
──それでも。
それでも、この年若き少女に宿る“力”は、エルスの為に必要なのだった。そして、大人の自分が年端の行かぬ子供に、その様な重責を負わさなければならないことが、真理査にはやりきれない想いを抱かせた。
だが──幸い真理査は独りではなかった。人の温かみを傍らに感じて、悲鳴を上げていた少し心が安らぐ。
「璃奈姫さまのお手伝い、わたくし喜んでやらせて頂きますわ」
“そう──この女(ひと)がいる”
柔らかい、だが強い心を持つ女性。マーガレット・レムリア・オフ・ヴェロンディ。魔剣士エリアドの配偶者。最も新しく、夢見となった娘。彼女の近年の心の成長には目覚ましいものがあった。
“レムリアさんには、どんなに支えて貰っているか…”
孤独な幼少時代を送ったレムリアには、独り孤独に生きている真理査の心情が多少なりとも理解されていた。そして陰に日向に、さり気なく真理査を支えられるように、レムリアは自分を律していた。
“大丈夫、真理査さま。わたくしが、常にお側におりますよ”
そんなレムリアの想いが、今も真理査を優しく支えている。独りではないと感じる瞬間。今も、何時も続くその想い。
“まだまだ、わたしは歩き続けなければならない。お父さまとお姉さまがいらっしゃらない今、夢見を導くのはわたしの使命”
胸を張り、昂然と顔を上げる。そう──先は長いのだから、今ここで足踏みをしている訳にはいかない。真理査は、言葉に力を乗せてゆっくりと言った。
「宗主さま。璃奈姫をしかとお預かり致します。心安らかに、お嬢さまのお帰りをお待ち下さいませ」
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CY591-02-01-22-02 ( No.49 ) |
- 日時: 2003/06/29 14:40
- 名前: 恵久美流宗主/詩真
- 参照: 恵久美流公国/恵久美流/龍の館/宗主の間
- 「真理査様。何分、やんちゃでお転婆な娘ですが、宜しくお願い致します」
詩真共々、深く頭を下げる恵久美流宗主。試練を受けることを決意した璃奈もさることながら、“夢見”として鍛えることを受けた真理査の方も、並大抵の負荷では済まないことを知っていたからだ。
広間が重苦しい雰囲気に包まれそうになったとき──明るい声がその風向きを大きく変えた。
「おぉ、姫よ。それは良い考えかも知れぬな」
笑顔で恵久美流宗主は娘に向き直った。
「お身の回りの警護の為、是非とも最高の武官をお付けしようぞ。如何かな、真理査様、レムリア姫殿?」
恵久美流宗主は身を乗り出すようにして言った。
「そうだ──四審武官が良いな。華衣(ケイ)と簾(レン)を付けるとしよう」
四審武官は、恵久美流戦士の最高位に位置している四人の武官の事である。真砂貴(マサキ)、華衣(ケイ)、簾(レン)、透眞(トウマ)と言う名前だ。
「あ、いや心配はありませんよ。二人とも女性ですから、気兼ねすることも有りますまい。如何でしょうか?」 「あなた、その様に申し上げては失礼でしょう」
やんわりブレーキを掛けるのは賢夫人の詩真。恵久美流宗主の暴走を鎮められるのはこの人のみ。
「まずは、今宵はゆっくり休んで頂くのが宜しいでしょう。このお話しの続きは、明日行いましょう」
やんわりと笑って一座を見回した後、目を白黒させている恵久美流宗主に視線を戻して最後のだめ押し。
「宜しいですね、あなた」 「あ、あぁ。そうだな。奥の言うとおりにしようか」
どちらが真の権力を有しているか、明々白々な光景だった。
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CY591-02-01-22-03 ( No.50 ) |
- 日時: 2003/06/29 23:37
- 名前: 真理査/レムリア
- 参照: 恵久美流公国/恵久美流/龍の館/宗主の間
- 「奥方さまにはご配慮頂き、心から感謝申し上げます」
やんわりと合いの手を入れるような、真理査の言葉だった。
「お言葉に甘えまして、今宵はこれで休ませて頂くことにさせて頂きます。けれども、その前に──」
隣のレムリアをちらりと見ると、真理査の視線を受けて小さく頷いてみせる。
「宗主さまの先程のお申し出、心から感謝申し上げます。しかしながら、例え璃奈姫をお預かりすると言っても、この恵久美流宗主国を護られている四審武官の方々をお借りする訳には参りません。自らにして、己の身辺を護らねばならないのは道理──その点を疎かにして、わざわざ他の方々のお手を煩わせてしまい、結果国の安全が揺らがされるような可能性を生むことは、幾らご厚意であろうとも、お受けできかねます」
そこまで言うと、真理査はそっと頭(こうべ)を垂れた。
“自分が言うと、どうしていつもきつくなってしまうのだろう…”
そんな想いに、胸がちくちくと痛んだ。
「宗主様のご配慮を、真理査さまも、わたくしも──重々理解しておりますの」
この場の緊張を破ったのは、澄んだやさしげな声だった。レムリアは、その表情に笑みを載せて宗主と奥方に話しかけた。
「それでも、わたくしたちには身に余るようなご厚意をお話しされて、わたくしなど戸惑ってしまっておりますの」
癒しの想いを言葉に載せて、レムリアは話した。
「幸い、全てを解決する方法がきちんと残されておりますわ。もしも、わたくしの拙案に宗主さまのご賛同を頂ければ、全てが丸く収まるのではないか、と拙考致しますの」
レムリアは優雅に両手を広げて、龍の盾とラダノワ卿を指し示した。
「お二人は、璃奈姫さまをこちらに送り届けるという目的で同行されております。もしも、璃奈姫さまの“夢見の試練”の間に、継続してお二人がわたくしたちを助けて頂けるのでしたら、これほど心強いこともありませんわ」
自分の立場をわきまえず、僭越にも申し上げてしまいました──スカートの裾を小さく持ち上げて一礼すると、レムリアは自分の話を締めくくった。
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CY591-02-01-22-04 ( No.51 ) |
- 日時: 2003/07/09 00:29
- 名前: 龍の盾/ラダノワ卿
- 参照: 恵久美流公国/恵久美流/龍の館/宗主の間
- 「その護衛のお役目──このロビラーと、ラダノワ卿で喜んで引き受けようぞ」
龍の盾は厳かに宣言した。そして、真理査とレムリアに会釈すると、宗主に向き直った。
「宗主殿のご配慮には何時も痛み入る。だがな、我らの活躍の場も確保頂ければ、これほど嬉しいこともない」
魔導卿たるラダノワは兎も角、老骨の儂では四審武官には劣るがの、と笑う。
「私も、異存はありません。我が主からは、璃奈姫様をお守りせよ、と申しつかっております。それ故、引き続きこの任に当たりたいと思います」
厳かにラダノワ卿が宣言する。
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CY591-02-01-22-05 ( No.52 ) |
- 日時: 2003/07/20 00:21
- 名前: 恵久美流宗主/詩真
- 参照: 恵久美流公国/恵久美流/龍の館/宗主の間
- 「…判った。」
暫しの思考の間を置いた後、恵久美流宗主は重々しく頷いた。
「皆様方の、我が国へのご配慮、誠に痛み入る。お言葉に甘えて、龍の盾殿と魔導卿殿に真理査様とレムリア姫様の護衛の任をお願いしよう。姫も異論は有るまいな?」
精一杯の宗主の威厳を発揮して──だが、やはり娘を想う“パパの顔”になってしまう。
黙って、話の帰趨を見守っていた詩真は、夫の手に自分の手を重ねると、柔らかい笑みを浮かべた。
「璃奈──あなたも、これで宜しいわね?」
娘を、何時も一人の大人として扱ってきたこの家では、必ずその意志を確認するのが常だった。
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CY591-02-01-22-06 ( No.53 ) |
- 日時: 2003/07/17 23:43
- 名前: 璃奈
- 参照: 恵久美流公国/恵久美流/龍の館/宗主の間
- 「ええ、素晴らしいことだわ! 私には何の異存もありません。小父さまとラダノワさまがいらっしゃるのならば、何も心配することはありませんね。」
父王と母に返答して、今まで立っていた真理査の前から、龍の盾、ラダノワ卿の方に数歩歩み寄る。両者ににっこりと微笑んで話す。
「小父さま、ラダノワ卿…どうぞ真理査さまとレムリアさまをお守り下さいね。そしてこれからもよろしく。…あ…(緑色のペンダントに触れ、チェーンをはずして龍の盾に差し出しながら)小父さまにお借りしていた“お友だち”をお返ししますわね。」
“お友だちという言葉にふと、紫の騎士ヒラリーを思い出す。…せっかくお友だちになったのに。ヒラリーは今どこで、どんな試練を受けているのかしら…”
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CY591-02-01-22-07 ( No.54 ) |
- 日時: 2003/07/21 04:05
- 名前: 龍の盾/ラダノワ卿
- 参照: 恵久美流公国/恵久美流/龍の館/宗主の間
- その小さな手が差し出す碧の宝玉をそっと押しとどめると、再びその細い頸にそっと掛ける。
「姫様。“龍の心”は、今暫くお持ちになっていて下さい。その宝玉に込められた大緑龍ギラストールの強い想いが、姫様の力となることでしょう」
ヴェスベの森に住まう大緑龍──数百年の齢を経て、尚もその力を失わぬ力強き森の主。“龍の盾”にその銘を与えた唯一無二の存在。コモン史に名が挙がる龍は多けれど、その中でもこの大緑龍ギラストールは、“龍の盾”との名高きチェスの勝負と、その後の漆黒龍ダイロンとの戦いにおいて特に高名だった。
「御存じの通り、ギラストールはヴェスベの安寧を護って戦いました。」
その話は、歴史の授業の時に教え申しましたな、と言った口調は先生のそれだった。
「そして難敵に打ち勝ち、見事ヴェスベを守り通したギラストールは、森に生きとし生けるもの全ての守り神です。我と魔導卿は真理査様とレムリア姫殿をお守り致しますが、姫様がどの宝玉をお持ち頂ければ、我ら両名も安心して任に精を出せます」
肯定するように、重々しく“魔導卿”ラダノワが“龍の盾”の言葉に頷いた。
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CY591-02-01-22-08 ( No.55 ) |
- 日時: 2003/07/21 04:08
- 名前: 璃奈
- 参照: 恵久美流公国/恵久美流/龍の館/宗主の間
- 龍の盾から再びかけられた“龍の心”(=碧のペンダント)が、こころなしか胸元に暖かく感じられる。
…あんなにつまらなく、退屈だった歴史の授業だったのに、いざ自分が“夢見”への道を歩むための自覚を持った瞬間に、おとぎの国のように思えていた緑龍ギラストールがこんなに身近に感じられるとは…何と不思議な感情だろう? 碧の石をぎゅっと握りしめ、龍の盾に小声で言う。
「…小父さま、ありがとう…」
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CY591-02-01-22-09 ( No.56 ) |
- 日時: 2003/07/27 18:24
- 名前: 龍の盾
- 参照: 恵久美流公国/恵久美流/龍の館/宗主の間
- 「気にされることはありません。そのペンダントは、きっと何時の日か姫様助けてくれるでしょう」
皺の寄った、どちらかと言えば厳めしい龍の盾の表情には、慈しむような笑みが浮かんでいた。
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CY591-02-01-22-10 ( No.57 ) |
- 日時: 2003/07/27 18:55
- 名前: 恵久美流宗主/詩真
- 参照: 恵久美流公国/恵久美流/龍の館/宗主の間
- 「忝ない、龍の盾殿。貴殿の配慮に対して、我らからも感謝申し上げたい」
恵久美流宗主と詩真は、娘とその客人達を嬉しそうに。
「さぁ、それではお泊まり頂く部屋に案内申し上げよう! お前達、お客人を水宮殿(すいぐうでん)に御案内しなさい」
パンパン、と手を鳴らすと、広間の両脇から何名もの女官が現れると深々とお辞儀をする。客人一人に二人の女官が付いて、隣の水宮殿に案内していく。
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CY591-02-01-22-11 ( No.58 ) |
- 日時: 2003/07/31 00:08
- 名前: 璃奈
- 参照: 恵久美流公国/恵久美流/龍の館/璃奈の私室
- 懐かしい漠羅爾の自分の部屋で、化粧台に向かって髪を解いていたわたしは、ふと手を止めて鏡の中を注視した。何ともいえないゾクリとした感覚が、首筋のあたりを漂っている・・・静かにブラシを化粧台に置いて目を閉じた。なぜなら、こんな感覚の時に鏡を注視することは、夢見の能力を持つものにとって危険なことが大きい、と真理査さんから教えてもらっていたからだ。
「誰かいるの?」
そっとあたりの静けさに向かって問うてみる。 ハッ!と思う間もなく、わたしの意識は庭園を照らすセレネの月ほどの高みに舞い上がっていた。目の奥が、痛いほど白く光り輝いている。飛び散ろうとしている意識の手綱をグッと引き戻すようにして、自分の感覚を従わせようと力を振り絞った。 ・ ・・目の前に漆黒の闇が広がっている。煌めくような細身の剣とつかを握る細い指が視えた。しかし一瞬後、細い指から剣はこぼれ落ちて、まるで流れ星のように光の尾を引いて闇へと消えていく。痙攣している細い手が視える。つっ、と滴る血のしずくをたどって手首、腕へと目を上げていった先に“あの”青いリボンが視えたとき、わたしは声にならない絶叫をあげていた・・・
気がつくと、わたしは化粧台に突っ伏していた。目が乾いてチクチクしている。激しく波打つ心臓を、薄い化粧着の上から押さえ込むようにして起き上がり、思わず鏡の中の自分に目をやった。
「ああ・・・ヒラリー!」
そこに微笑んでいたのは、ヒラリーだった。 グレイホークで会った頃の、わたしの一挙一動にとまどったような、あきれたような、ちょっと冷たい感じの仮面のような表情ではなくて、輝くような穏やかな微笑みをたたえた顔。静かな情熱と自信に満ちた物腰の彼女は、何ともいえない優しいしぐさで軽くわたしに会釈をした。
「・・・?」
無言で問いかけるわたしになおも微笑んで、ヒラリーは、彼女の横に立つすらりとした人影にその右手を預けた。薄闇のような霧が鏡の表を覆って、ヒラリーともうひとりの人影を見えなくしてしまう。 ああ、ヒラリー! あなたに何が起こったの? あの人影は死神なの? あなたとはもう、現身(うつしみ)の姿では会えないの? そんな・・・そんな馬鹿なことがあるものですか! 約束したでしょう、絶対にまた会えるって・・・騎士であるあなたが約束を守らないなんて、もう最低! いいわ・・・あなたが意気地無く死んでしまうなんていうなら、わたしは世界中の神々を辟易とさせるくらいに、祈って、祈って、祈り尽くすわ! 「わたしの大事な友達を返してっ!」ってね・・・ 先程ゾクリとした首筋のあたりが、今は燃えるように熱い。 ゆっくりとテラスに出て、月を見上げて手を組み合わせる。
「神さま、あなたの愛を信じます・・・」
少女が祈る言葉はただ一つ。 彼女の差し出す神への捧げものは頬をつたう涙。 白百合が馥郁と香る、夜の静寂だけが知る予兆・・・
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CY591-02-01-22-12 ( No.59 ) |
- 日時: 2003/09/14 04:46
- 名前: ヒラリー/ディンジル
- 参照: ナイオール・ドラ→恵久美流王宮
- コーランド王都ナイオール・ドラ。その中心部にあるラフラー宮東翼にある客室に、わたしは戻ってきた。重い想いを胸に抱いて出立した時とは異なり、心は平静で安らかだった。まだ全てが終った訳ではない。だが、一つの区切りが付いたのは確かだった。
「…星か…」
広大な庭園が見えるバルコニーにでると、隣の部屋からも人影が現れる。
「眠れないのか?」 「…そう言うわけではないが、」
言葉尻が濁る。自分でも、何故かよくわからない。ディンジルはわたしの傍らに歩いてくると、手すりに背でもたれる。
「…何か、心に引っかかるものがある…そんな顔色だね」 「そう、みえるのか?」
ディンジルは頷いた。
「そうか…」
軽くため息をつく。
「…貴公が戻り、過ちの償いが果たされ、心安らかな筈なのだが…」 「そうではない?」 「ん…」
ちらりと私の方を見ると、ディンジルは唐突に聞いた。
「ノエル、君はこれからどうするんだい?」 「え?」 「いや、正確に言えば“これからどうしたい”だね」
わたしは言葉に詰まった。これからどうしたい? これから、などという“未来”のことなど、今まで考えた事もなかったからだ。
「…わからない。正直に言って、これまでその言葉はわたしにとって意味がなかったから…」 「そうだろうな。まだ、想いが自由であることに慣れない…そんなところかな?」 「うむ。そうだと思う」
わたしはじっと自分の手を見てみた。
「だが…はっきりしていることもある。それは、いまだ世には不正や悪が蔓延っていると言うことだ。自分にとって、一つの試練を乗り越えることが出来たのは喜ばしい。だが、それは眼前に立ち塞がる問題を解決したのみ。まだ…まだ先は続いている」
ディンジルは黙ってわたしの話に耳を傾けている。
「だから…わたしは“紫の騎士”で居続けるとしよう。世の中が、もう少し平和になるまで。人々の暮らしが、今よりも安寧に満ちるまで」 「…それが、終わり無き路に踏み出すことになるとしてもかい?」 「それが、わたしの定めならば」
はぁ、とディンジルはため息をついた。
「仕方がないね。私も付き合うよ、ノエル。どうも、君と付き合うにはその苦難の路に踏み込むしかなさそうだ」
その言い方に、わたしはカチンときた。
「別に、付いてきて欲しいとは言ってないぞ。今までだって一人でやってきたのだ。これからも、別段一人でも何でもない」 「ほぉ〜。そうかい、そうかい」
ディンジルは手すりから離れると、一転して冷たく言った。
「ならば、こちらも勝手にさせて貰おうか」 「え…?」
一瞬で、自分の発言を後悔するが時すでに遅し。口元に皮肉な笑いを浮かべたディンジルは、次に驚くべきことを言った。
「我が儘娘が勝手に未来を決めたって言うんなら仕方がない。こちらも、勝手に君について行かせて貰おう。せっかく、灰の予言者様から“休養許可”を貰ったのにな。アッパーの穏やかなデミ=プレーンのリゾート地(?)に瀟洒な家を借りたのも、み〜んな無駄。あぁ、残念だな、いや全くっ」
ディンジルは立て板に水で捲し立てている。わたしは…何が何だか皆目も分からない。
「あ、あの…ディンジル…」 「なんだ、今更?」 「今のって…?」 「だからねぇ、大きな問題を片付けたから、休養をとってもばちが当たらないって言ってるんだけどな!」 「休養…?」 「そ、休養。」 「し、しかし…休養をとっている間に何か起きたら…」 「すぐに連絡を貰って駆けつければいいだろ? それに、グランやエリアド、ダミアーノにユーリアラスだっている」 「そ…うか?」 「だからね」
口調が優しくなった。見ると、にこにこ笑っている。最初から、怒っていた訳ではないようだ。
「いつもいつも、『自分しかいない』って自分を追い込んじゃだめだよ。普段から自分に緊張ばかり強いていると、自分に負荷ばかり掛かってしまって、いざという時に本来の力が出ない」
わたしは黙って頷いた。ディンジルが言うことももっともだと感じる。
「…無理をしすぎ、ということか…」 「不必要な無理をね」
駄目押しの一撃に苦笑してしまう。そう簡単には、自分のこの性格は変えられないだろうが、今ならディンジルが言わんとしていることが理解できた。
「…みなまで、言うな」 「フフフ、わるかったかい?」 「いや…構わない。はっきり言って貰わなければ、この頑固な頭では理解できなかっただろう」
以前なら認めることすら出来なかった言葉が、すらすら口から出る。
「分かってくれて嬉しいよ。で、どうする?」 「ん…貴公の提案を受け入れようと思う。だが、その前にやらなければならないことが一つだけある」 「ほぉ? なんだね?」
わたしは、自分の左腕に結びつけられた蒼いリボンを指し示した。
「リボンがどうかしたのかい?」 「このリボンは、ある優しい少女と再会を約束した証だ。その少女に、わたしが無事なことを教えてあげたいのだ」 「そうか。よし、その女の子は何処にいる?」 「エクビルだが?」
ディンジルは笑みを浮かべると、
「そういうことなら、今からどうだ?」 「…そうだな。待つ理由は何もない」 「よし」
わたしとディンジルは、それぞれの宝剣を引き抜いた。わたしは、“フォウチューン”を、ディンジルは“プロメテ”を。目を閉じて集中すると、次の瞬間我々の姿は光に包まれた後かき消えた。
★ ★ ★
かって知ったるエクビル王宮。いきなりの訪問(笑)に多少気が咎めたが、まっすぐ少女の部屋を目指す。少し歩くと…扉の前に立った。大きく息を吸い込む。
『コンコン』 「…どなた?」 「璃奈、わたしだ。約束通り、帰ってき…!!」
いきなり扉が開いた。目の前に、璃奈が立っていた。泣きそうな表情をして。
「璃奈…」 「ヒラリー? 本当に、ヒラリー?」
わたしは頷いた。
「お待たせした。この通り、無事に帰ってこれた」 「…お、かえりなさい…」 「…ただいま、璃奈」
走り寄ってきた璃奈を、わたしは抱きしめた。
|
CY591-02-01-23-01 ( No.60 ) |
- 日時: 2003/09/14 04:36
- 名前: 璃奈/ヒラリー/ディンジル
- 参照: 恵久美流公国/恵久美流/龍の館/璃奈の私室
- 『コンコン』
バルコニーに出て、星空に向かってひそかに祈り終わったわたしの耳に、かすかなノックの音が聞こえる。こんな夜更けに誰なのだろう?
「…どなた?」
問い返すと、今の今まで心の内に思い描いていた"その女性(ひと)"の声が聞こえてきた。
『璃奈、わたしだ。約束通り帰ってき…!!』 「…ヒラリー?」
走って行って扉を開けると、夢にまで見た笑顔があった。
「璃奈…」 「ヒラリー? 本当に、ヒラリー?」 「お待たせした。この通り、無事に帰ってこられた」 「…お、かえりなさい…」 「…ただいま、璃奈」
あとは何を言ったのかまるで覚えていない。気がつくとわたしはヒラリーに飛びついて、その胸の中で泣いていた。彼女が生きていたという天にも昇るばかりの嬉しさと、こんな形でわたしを驚かした怒りと、今まで心を苛んでいた心配が、大波のように盛り上がってわたしの理性を押し流していく。
「ヒラリーのいじわる!! こんなにわたしに心配させて…いきなりびっくりさせるなんて…でも嬉しい…生きていて…くれた…」 「…すまない、璃奈…ほんとうに、すまない…」
優しく言うと、ヒラリーはわたしを軽く抱きしめた。 ようやく落ち着いてくると、取り乱した自分自身がとても恥ずかしく思えてきた。彼女に取りすがっていた自分の腕をそっと引き戻して、夜着のガウンのポケットからハンカチを取り出し、涙でめちゃくちゃになったであろう自分の顔をそっと押さえる。 人は、あまりの感動に出会うと、感情が四散してしまうものなのだろうか?
「あ、あのぅ〜お取り込み中、すみませんが…」
ふと気がつくと、ヒラリーの斜め後ろに立っている男性の姿が目に入った。鏡の中で見た、灰色の影のような立ち姿である。まだ気持が高ぶっていたわたしは、思わずつっけんどんな口調になってしまう。
「あんた、誰なの?」 「ディンジル、と申します。璃奈姫。お初にお目に掛かります」
わたしはヒラリーの目をまっすぐに見つめてにっこりと笑った。そして思いっきり真面目に問うてみた。
「…ねえ…この方、ヒラリーの大切な男性(ひと)?」 「…ま、まぁ…そう言うことに、なるのだろうが…」
ヒラシーらしからぬ、歯切れが悪い言い方。 どうやらわたしの予感は当たりそうだ! ほんのりと頬を紅潮させているヒラリーを見ていると、わたしの胸のなかに暖かな喜びがふつふつと湧いてくるような感じがしてくる。 わたしはふと気がついて、サイドテーブルに置かれている、甘い葡萄酒の入ったデキャンタの方へ目をやった。
「それでは、再会を祝して乾杯しましょうね?」 「そうだな。だが、深夜にレディーの部屋にこヤツを入れるのは忍びないが…」
"こヤツ"呼ばわりされたディンジルは、苦笑いを浮かべている。
「明日、正式に出直すとするか、ノエル」 「そうだな…」 「いいじゃないの! 内々でお祝いしましょ! (厳しい表情で)ディンジルさん、とやら…のことも、じっくりとヒラリーからお話ししていただかないと…ね?」 「うっ…」
喉の奥で詰まったような声を出すディンジル。そんな彼に追い打ちを掛けるようなヒラリーの厳しい一言が。
「無様な真似をするなよ。ふむ…洗いざらい、昔の悪行を璃奈に話すとするか」 「そ、それは…」
涙目のディンジル。"あんまりだぁ"って顔をしている。
「それでは、乾杯しましょう!」 『チリン』
グラスが触れあう微かな音が、ひっそりとした夜のしじまに響いていく…。
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CY591-02-02早朝 ( No.61 ) |
- 日時: 2003/09/14 04:38
- 名前: 璃奈の夢
- 参照: 大地の聖域
- 璃奈は、夢を観ていた。驚くほど明確な夢──はっきり見ようと思うと、その光景がどんどん近づいてくる。そして──
『シャン、シャン』
鈴の音が鳴った。薄衣を纏い、ベールで顔を覆った踊り子が6人。いつの間にか柱の影に現れると広間の中央に進み出る。どこからともなく流れてくるもの悲しいハープの調べに合わせて、軽やかに踊り出す。
『シャン、シャン』 『タン、タタン』
手足に付けた鈴の音と、軽い靴音が交錯する。その間を縫って、高い澄んだソプラノの詩が聞こえてくる。
「…踊れ、踊れ 時を忘れて 黄泉の踊りを、さぁ踊れ まこと現世(うつせ)の柵(しがらみ)を 想い その身に解き放ち 黒き流れに 溺れるならば…」
声のする方に、華奢な“黒の女王”の姿があった。滑る様に進み出ると…。
「皆様、“アルカナの舞”にようこそ。古(いにしえ)の理(ことわり)に従い、定めの席へと御案内致しましょう」
そう言うと、“黒の女王”は一人一人を石の椅子に導いていった。
「魔導卿、北天座へどうぞ」 「姫君、北天座へどうぞ」 「龍の盾様、北天座へどうぞ」 「大戦士様、北天座へどうぞ」 「吟遊詩人様、東天座へどうぞ」 「近衛騎士様、東天座へどうぞ」 「騎士総帥様、南天座へどうぞ」 「守護者様、遊星座へどうぞ」 「魔剣士様、西天座へどうぞ」
最後に、“黒の女王”は“黒の王”の手を引いて西天座に導いた。
「さぁ、相方を御紹介致しましょう。歓迎して下さいませ」
ふっと全体が暗くなった。そして、唐突に紅い光が広間の周囲に生じた。その光は次々と広間に滑り込んでくると、それぞれの石の椅子に停まった。激しく光ると、黒い姿の人影を生んだ。
「各々方。紹介を」
黒の女王の言葉に、一人一人立ち上がると名乗りを上げる。
「黒の巫女。宜しくお見知りおきを」 「黒の剣聖…」 「黒の導師。よろしゅう」 「黒の使者です。またお逢いしましたね」 「黒の魔王」 「黒のぉ、恐騎ぃ!」 「黒の聖女。お初にお目に掛かります」 「黒の衛士と申す」 「黒の楽人です」 「そして、わたくし。黒の女王はご存じですわね」
一つ、空席が残った。
「まことに残念ですが、我らが主(あるじ)は所用でこの“舞”に来ることが出来ません。何れ、直々に皆様方に御挨拶に参ることでしょう。さぁ、まずは宴をお楽しみ下さい」
女王が手を振ると、黒い姿のサーバントが宙から生まれた。手に捧げた金の杯を一つ一つ、恭しく配って行く。
「詩を、踊りを」
陽気な曲が流れ、舞姫達が優雅な踊りを披露する。
<大地の聖域>
A B C D E F G H I J K L M ├─┤ 01 │ │ E03:魔導卿 ┌─┬─┼─┼─┬─┐ F03:姫君 02 │●│ │●│ │●│ H03:大帝 ┌─┬─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┬─┐ I03:龍の盾 03 │●│ │☆│☆│★│☆│☆│ │●│ K05:大戦士 ├─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┤ K06:吟遊詩人 04 │ │ │ │ │ │ │ │★│ │ K09:近衛騎士 ┌─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┐ G11:騎士総帥 05 │●│★│ │ │ │舞│ │ │ │☆│●│ D10:守護者 ├─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┤ C08:(王) 06 │ │★│ │舞│ │ │ │舞│ │☆│ │ C07:魔剣士 ┬─┼─┼─┼─┼─┼─┏━┓─┼─┼─┼─┼─┼─┬ 07│ │●│☆│ │ │ ┃星┃ │ │ │★│●│ │ G03:黒の女王 ┴─┼─┼─┼─┼─┼─┗━┛─┼─┼─┼─┼─┼─┴ J04:黒の巫女 08 │ │☆│ │舞│ │ │ │舞│ │★│ │ K07:黒の導師 ├─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┤ K08:黒の剣聖 09 │●│★│ │ │ │舞│ │ │ │☆│●│ I11:黒の使者 └─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┘ H11:黒の魔王 10 │ │☆│ │ │ │ │ │ │ │ F11:黒の恐騎 ├─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┤ E11:黒の聖女 11 │●│ │★│★│☆│★│★│ │●│ C09:黒の衛士 └─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┴─┘ C06:空席 12 │●│ │●│ │●│ C05:黒の楽人 └─┴─┼─┼─┴─┘ 13 │ │ 舞 :舞姫 ├─┤ ● :円柱 ★☆ :石の椅子
吟遊詩人が星天球に投げた杯は、手を離れた瞬間に金の盾へと変化していた。近衛騎士の杯もまた、宙でその姿を変貌する。今や二十枚の金の盾が浮かぶ広間は、金色の輝きで淡く照らされていた。そんな中、黒の女王の澄んだ声が広間に響き渡る。上古の詩なのか、言葉を理解は出来ないものの、意味するところは不思議と全員に理解される。
「…そに輝くは“大地の精髄”、“大地の証” 運命の理(ことわり)、我は畏敬を持ちて尊ばんとす 光、尚も眩しく輝けれど彼方に遠く離れ 近き隣人とて、その背に影の有するを知る 時至れり、望みの扉よ開かれん 総てこれ初見にあれど、人よ努々(ゆめゆめ)忘るるなかれ そは生まれし時に失われし記憶也…」
金色に輝く盾は、一斉にその者の頭上へと浮かび上がった。星天球の中心に燃える緑の旭光が一段と輝くと、二十二本の光の剣となってその切っ先を四方に伸ばした。
「汝の行い、ここに現れよ!」
緑炎の剣が、金色の盾に突き刺さった。そして、女王の呪言と共に、盾は剣の刺さった箇所から変化を始める。黒の陣営の盾が調和の中にて一様に変わる中、白の陣営の盾は己が矜持故か、各人各様に変わって行く。
「魔導卿には“魔術師”を」 「姫君には“女祭司”を」 「黒の女王には“女帝”を」 「大帝には“皇帝”を」 「龍の盾には“大祭司”を」 「黒の巫女には“恋人”を」 「大戦士には“戦車”を」 「吟遊詩人には“均衡”を」 「黒の導師には“隠者”を」 「黒の剣聖には“運命”を」 「近衛騎士には“意欲”を」 「黒の使者には“犠牲”を」 「黒の魔王には“死”を」 「騎士総帥には“芸術”を」 「黒の恐騎には“悪鬼”を」 「黒の聖女には“塔”を」 「守護者には“星”を」 「黒の衛士には“月”を」 「魔剣士には“永遠”を」 「黒の楽人には“道化”を」 「…かくて“舞”は始まらん 在りしが如く、今も何時も現世に伝わらん 子らよ、汝恐るるを知れ 躰に記し、始源の定めを」
詩が止んだ。今やその身に“影絵”を映し出した金色の盾が宙に輝いていた。
“…然り…然り…然り…”
無言の声か。心に肯定が伝わると、盾と盾が緑光で結ばれる。
“魔術師”と“塔”が。 “女祭司”と“悪鬼”が。 “女帝”と“芸術”が。 “皇帝”と“死”が。 “大祭司”と“犠牲”が。 “戦車”と“道化”が。 “均衡”は空位を。 “隠者”は“永遠”を。 “運命”は空位を。 “意欲”は“月”を。
総ての闇を“星”が照らし、総ての光を“恋人”が導く。
「…独星には一位を 連星には二位を 星座には整合を 遊星には自由を 理(ことわり)には定めを 運命には言葉を 流るる時に 終焉の刻を…」
盾の輝きが薄れてくる。それと共に、周囲の状況が朧気になって行く。
「…踊れ、宴に…さぁ踊れ…」
女王の声が遠くなっていく。それと同時に、その光景が遠くなり、ぼやけていく…
くぇくぇ、と鳴く黒い鳥の声が聞こえる。朝日が窓から射し込んできている。爽やかな朝に、璃奈は目が覚めた。そして、全てがはっきりと記憶されていたのだった…。
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CY591-02-02-07-01 ( No.62 ) |
- 日時: 2003/09/18 04:17
- 名前: 黒い鳥
- 参照: 恵久美流公国/恵久美流/龍の館/璃奈の私室
- 『…くぇくぇ』
『くぇくぇくぇ』 『くぇ〜くぇ〜』
眩しい程の、朝の光の中。微かに開いた窓からは、バルコニーで数匹の黒い鳥たちが、やかましく鳴いていた。どうやら、この部屋の主が帰ってきたことを早々と嗅ぎつけて、朝のえさをねだりに来たらしい。璃奈は、この黒い鳥たちを“くぇ”と名付けて、いつも手ずからえさを与えていたのだった。中には、ずうずうしいくぇ鳥もいて、早くえさをよこせとばかりに、開いた窓から寝室に飛び込み、寝ぼすけの頭の上をとことこ歩いて催促することも度々あった。
何れにせよ、空気が冷たくて身が引き締まるような、爽やかな朝だった。真っ青な空は綺麗に晴れ上がり、雲一つない。今日も、素晴らしい一日になりそうな予感がしても、不思議ではない一日の始まりだった。
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