CY591-04-22-21-10 ( No.24 ) |
- 日時: 2003/03/17 05:08
- 名前: エリアド
- 参照: コーランド王国/ナイオール・ドラ/市街
- その時、エリアドには、ただ黙って見ていることしかできなかった。心を取り戻したヒラリーの言葉に、こう答えるのがやっとだった。
「いや…、気にするな…。無様なのは、私も同じだ…。結局…、私には見ていることしかできなかった…。」
視線をヒラリーから光の渦が消えた中空に移し、
「…すまない。」
誰に言うといった風でもなく、小さくそう呟く。
“…私には、貴女(あなた)の抱える“哀しみ”の百分の一さえもわかっていないのだろう。そして、貴方(銀のペルソナ)の抱えた“想い”の深さの千分の一さえも…。”
エリアドは思う。
“…いつか、彼らの“想い”を受け止められるようになれるだろうか…。いや、いつの日か、そうなりたい。”
と。背中の外套(クローク)を手に取り、ヒラリーの後を追う。
“この夜のできごと、けして忘れまい…。”
そう心に誓って。
「…夜風は身体を冷やす。」
手にした外套(クローク)を彼女の背にそっとかける。
“今の私には、これが精一杯…。”
「帰ろう。きっとグランたちも待っている。」
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CY591-04-22-21-11 ( No.25 ) |
- 日時: 2003/03/30 14:39
- 名前: ヒラリー
- 参照: コーランド王国/ナイオール・ドラ/市街
- 「…」
黙ってエリアドにされるがままにクロークを掛けて貰うと、暫し歩いた。やがて、ぽつりという。
「すまない…貴公には迷惑ばかり掛けているな」
有るか無しか嘆息すると、自嘲気味に呟いた。
「既に理解していることを、実行に移せない我が心の弱さが笑えてくる。自らを保てなくて、如何にして人々の安寧を護り得るのか? 根拠のない放言など、見苦しい限りだ」
その口調に、苦いモノが混じる。天を仰ぎ見ると、空には満天の星が、紅く、蒼く、白く、光っていた。
「わたしは…弱いな」
ぽつりと漏らしたその言葉は、全ての鎧を剥ぎ取った、ヒラリーの本当の心を見せていた。脆く、傷つきやすく、そして孤独な若い娘…。
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CY591-04-22-21-12 ( No.26 ) |
- 日時: 2003/03/17 05:15
- 名前: エリアド
- 参照: コーランド王国/ナイオール・ドラ/市街
- 「…ヒラリー。もし私が君に同じことを(『君には迷惑ばかりかけている』と)言ったら、君はなんと答える?
君は、たぶん『迷惑などと思ってはいない』と言うだろう。それと同じことだ。だから、気にするな。 私たちを友人だと思ってくれるのなら、そのようなことを気にしてくれるな。」
少し間を置いて、エリアドはゆっくりと続ける。
「…“人”は、完璧な存在ではない。 それゆえ、互いに支えあって生きている“弱い”生き物だ。 しかし、その“弱さ”が、時にとてつもない“強さ”と“可能性”とを生み出す。 君とて、それを目にしたことがあるはずだ。 完璧な自分を求めることは、かの封じられた“邪神”の道に近づくことに他ならない。 それゆえ、完璧さを求め過ぎてはならない。その先にあるのは、破滅に他ならないのだから。 求めるものを見失ってはならない。君が目指したものは、完璧な自分ではなかったはずだ。
“人”は、絶望ゆえに脚を止めるのではない。それは、あきらめからだ。 “人”は、希望ゆえに前に進めるわけではない。それは、前に進もうとする意志があるからだ。 そうは思わないか? ヒラリー。 君がその意志を持ち続ける限り、君は歩き続けることができる。 しかし、その道は、けして一人で歩かなければならない道ではない。 道は、けして一つではなく、無数の道があり、それらが互いに複雑にわかれ、また交叉している。
世界は広く、そして、人の可能性もまた、限りない。 そう、この夜空に輝ける星々の如く…。」
静かな口調で、ゆっくりと、言葉を捜しながら語られたそれらの台詞(せりふ)は、けしてヒラリーに聞かせるためだけに語られたものではなかった。おそらく、それは同時に、自分自身に言い聞かせるための言葉でもあったのだろう。
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CY591-04-22-22-01 ( No.27 ) |
- 日時: 2003/05/28 10:26
- 名前: ヒラリー
- 参照: コーランド王国/ナイオール・ドラ/市街
- 「…」
ゆっくりと息をはくと、ヒラリーは立ち止まって言った。
「言わんとしていることは──理解してるつもりだ。だが、」
顔を顰めると、平板な声で続けた。
「…だが、人は己が為した事の責任を取らねばならない。己に決断の自由があるならば、その結果をも受け入れる義務がある」
再び、ゆっくり歩き始める。
「エリアド。人は己と程良く折り合えることにより、己の正気を保っていられるのだ。その均衡が崩れた時…人は狂気に走る。ただ…ただ、無償の行動よってのみ、乖離(かいり)した想いと現実の間に均衡が生じるのだ。少なくとも、私はそう信じている」
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CY591-04-22-22-02 ( No.28 ) |
- 日時: 2003/03/17 05:22
- 名前: エリアド
- 参照: コーランド王国/ナイオール・ドラ/市街
- 「…」
エリアドは無言のままだった。返答に窮したわけではない。
“・…ただ、無償の行動よってのみ、乖離(かいり)した想いと現実の間に均衡が生じる…・か。おそらく、彼女の言うことは間違いではない…。 …だが、もし彼女が、それと意識してのことではなかったとしても、乖離した想いと現実との均衡を取るために、無償の行動を取ろうとしていたのだとしたら…。”
エリアドは思う。
“…はたして、それで想いと現実の均衡は取り戻せるのだろうか。”
と。答えは、エリアドにもわからなかった。
“…いや、おそらくヒラリー自身も、そのことは感じているのだろう。そして、だからこそ、彼女は不安定になっている…。 …それは、現実(すなわち自らの為した行為)と想いの均衡を取ることができていないと彼女自身が感じているせいなのだろう。彼女は『私はそう信じている。』と言ったが、正確なところを言えば、「そう信じたい」と言う方が正しいのかもしれぬ…。”
エリアドにはそんな風に思えた。
「…そうだな。…想いと現実との均衡を取るのは、けして易しいことではないのだったな。…ある意味、開き直ってしまえれば、楽にはなれるのだろうが…。…そう他人(ひと)に言われて、迷いが消えるくらいなら、最初から悩みはしない…か。」
エリアドは呟くように言う。
「…どうやら、今の私は、貴女(あなた)の手助けをするには不足らしい。」
“…今の私にできるのは、貴女(あなた)を見守ることくらいかもしれぬ。”
「いらぬ世話を焼いた。すまない、忘れてくれ・…。」
“…貴女(あなた)は、貴女(あなた)の信じる道を行くとよい。たとえ、どのような結果になろうとも、それを怖れる貴女(あなた)ではあるまい…。…だが、もしそれがつらいと感じたら、少しだけ周囲を見廻してみてほしい。けして、私だけではない。貴女(あなた)のことを想う仲間が、必ずそこにいるはずだ。”
その時、その言葉を口に出すことはできなかったが。
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CY591-04-22-22-03 ( No.29 ) |
- 日時: 2003/03/17 07:27
- 名前: ヒラリー
- 参照: コーランド王国/ナイオール・ドラ/市街
- 「深く考えないでくれ。己が内で昇華せねばならぬ想いが、至らぬ故に外に漏れ出してしまっているだけなのだ。思えば、無様な話だな」
自嘲気味に笑うと、
「己の想いに耐えるためには、己が強くならねばならない」
ヒラリーの歩みが止まった。
「エリアド。人は、忘れられたら哀しく想うものだ。だが、時には・・・忘れて貰ったほうが、楽な場合も…ある」
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CY591-04-22-22-04 ( No.30 ) |
- 日時: 2003/03/17 07:29
- 名前: エリアド
- 参照: コーランド王国/ナイオール・ドラ/市街
- 「…そうだな。そうかもしれぬな。」
エリアドは呟くように応じた。
「…その気持ち、わからぬでもない…。残念ながら、私には何の助言もできそうもないが、ね…」
そう、彼女は“孤独”なのだ…。彼女には、ともに歩く者が必要だったのだろう。だが、彼女は自らともに歩くと誓った人物を…。
星々の輝く夜空を見上げ、一人の人物に“想い”を馳せる。
黒の剣聖ディンジル…。 あなたの存在が、こんなにも重い…。
名前以上のことはほとんど知らぬ、一人の剣士への想いを痛いくらいに噛みしめる。
“…星よ、導きたまえ。我らを、かの剣士のもとに…。”
短い、しかし、真摯な祈りを捧げ、エリアドはヒラリーを見る。
「…帰ろう。グランたちが待っている。」
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CY591-04-22-22-05 ( No.31 ) |
- 日時: 2003/03/17 07:31
- 名前: ヒラリー
- 参照: コーランド王国/ナイオール・ドラ/市街
- 「いや…こちらこそ、すまない。戯れ言を言った」
小さく溜息をつく。
“この想い、自分で昇華せねば何時までも己の心に影を落とすだろう。忘れよう、吹っ切ろうとしても…その想いは消えることがない。まるで、魂に刻み込まれているようだ”
黒の剣聖への深い想い。失ってしまった暖かい温もり。もはや、戻ることがない時の流れ。ヒラリーは小さく首を振った。
「行こう、エリアド。皆に、不要な心配を掛けるのは本意ではない」
“だが…それも言うだけでは何の効果もない。実際の言動とかけ離れてしまってはな”
その想いは、ヒラリーの心に暗い影を落としていた…。
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CY591-04-22-22-06 ( No.32 ) |
- 日時: 2003/03/17 07:33
- 名前: エリアド
- 参照: コーランド王国/ナイオール・ドラ/市街
- 「…あぁ。」
しばしの沈黙の後、エリアドは静かにそう応じた。ヒラリーの心に落ちた影に気づかぬわけではなかったが、それは今の自分にはどうすることもできぬ類いのものに思えた。
“…貴女(あなた)が、そうまでして大地を…すなわち、自らの想いを守り続けるというのなら、私は、貴女の想いを見守り続けよう。貴女がその想いを遂げるまで…。星々の夜空に輝ける如く、ただ静かに、貴女の想いの行く末と貴女の為すことを…。”
それは祈りにも似た誓いであった。
そして、エリアドはゆっくりとヒラリーの傍らに歩を進め、 無言のまま彼女の肩をそっと抱いた。ヒラリーの細い身体がピクリと震えるのを感じたのは気のせいだったのか…。
「…私には、彼(か)の者の代わりはできぬ。だが、それでも、彼の者が貴女のもとに戻ってくるまで、私は貴女の背中を守ろう。」
エリアドは、小さく囁くようにそう言った。
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CY591-04-22-22-07 ( No.33 ) |
- 日時: 2003/03/17 07:41
- 名前: ヒラリー
- 参照: コーランド王国/ナイオール・ドラ/市街
- エリアドの行為に驚きはしたものの、ヒラリーはその腕を払う気にはなれなかった。どこか自分に似た、不器用な魔剣士の心使いが、少しだけ暖かく感じられる。
──お前には、そのような暖かみなど値しない
心の奥底で、そんな声も聞こえてくる。
“わたしの手が、血に染まっていることぐらい、十分に理解してるさ”
ヒラリーは小さく嘆息すると、そっとエリアドを押しやった。その温もりを──人の世の情けを断ち切るかのように。
「行こう」
短く、自分に言い聞かせるかのように言う。そこには、いつものヒラリーが戻ってきていた。鋭利で、冷静で、感情を見せない“紫の騎士”。この世を何処までも護っていく孤独な“守護者”。
その、あまりにも重い荷を一人で背負い、彼女は何処まで歩いて行かねばならないのか。何故、彼女だけがその荷を背負わねばならないのか。
厳しい表情で前を見つめるヒラリーの胸中に、今何がよぎっているのか、誰も知らない…。
[FIN]
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CY591-09-28-07-01 ( No.34 ) |
- 日時: 2003/06/08 03:27
- 名前: ディンジル
- 参照: ジョフ大公国/宮殿/客室
- ここからは、『ヒラリーの想い』の後日談です。ナイオール・ドラでの顛末の後、ヒラリーはエリアドやグランと一緒に、ジョフ大公国の再建に尽力します。その過程で、“失われた心の街イス”にて、自分の過去と向き合うことにより、ヒラリーは自分の想いと、黒の剣聖ディンジルを取り戻すことが出来ました。
その後のヒラリーの話を、気が向くままに、少しずつ更新して行こうかと思っております。楽しんで頂ければ幸いです。 −天査−
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「…いつまで、寝ているつもりだ?」
爽やかな朝の微睡みの中に、そんな声を聞く。透き通るような、落ち着いた声音。心に染み渡るような、心地よい響き。一度は、この声を聞くことを永遠に諦めようと思ってしまった。だが──彼女の、心の底から想う力によって、オレは再びあの暗黒から戻ることが出来た。
“どれだけ、そのことを感謝しているか判らないだろうな。自分のことになると、とんと鈍いんだからなぁ”
そう思うと、自然と笑みが顔に浮かぶ。
「何をにやけているのだ?」
呆れたような声。そりゃそうだ。寝起きの時は、誰だってぼんやりしているだろう? 例え、オレが『黒の剣聖』っていうご大層な肩書きを持たされていても、本当のオレはもっと物静かな平和主義者だ。信じられないって? う…、まぁ、過去に色々やってきた実績を考えると、そうも言い切れないところがあるのは認めるよ。だがね、平和が好きなのは事実なんだよ。好きなのは平和だけじゃないけどね。
「…起きるか、起きられないようになるか──どちらかに決めるがいい」
おっと、やばいね。想いに耽っていたら、状況が不味くなっている。これ以上引き延ばすと、またスティックス河の渡し守に駄賃を払わなきゃならなくなるね。
「もちろん起きるさ。起こしてくれてありがとうさん」
ふざけているように聞こえるのが困るんだが、決して不真面目に言っている積もりはない。でも、余人にはそうとしか聞こえないようなので、行動でフォローするしかないんだね、これが。とりあえず、ぱっと起きてみせる。
「おはよう、ヒラリー。気持ちのいい朝だね」 「…おはよう、ディンジル」
変わり身の早いオレに、彼女は付いていくのに何時も苦労している。今日も、その整った表情には多少の不機嫌さが残っている。
「起きて最初に目に入るのが、最愛の人の麗しい顔(かんばせ)なのが嬉しいよ」 「…ば、莫迦なことを…」
相手の顔がみるみる紅潮して行くのを見ながら、オレも満足そうに笑ってみせる。彼女は極端な照れ屋だから、オレの方から言わないとね。剣を手に、彼女の背を護るのも良いんだが、それ以外でも彼女を感じたいしね。
「…」
お〜お〜。真っ赤になっちゃって。本当に免疫が無いんだからなぁ。あ、オレもたいして経験が有る訳じゃないけどね。へらっと笑って、彼女の手を取る。細くて、華奢な手だけど、この細腕でエルスの平和を護っているんだからね。凄いもんだよ。
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CY591-09-28-07-02 ( No.35 ) |
- 日時: 2003/04/06 23:38
- 名前: ヒラリー
- 参照: ジョフ大公国/宮殿/客室
- 煮ても焼いても食えない。それが、小奴の現在の印象だ。以前は、もっとシリアスな性格をしていたのだが、どこでどう狂ってしまったのか──再会した後の小奴は、完全に性格が変わってしまっていた。もっとも、その質(たち)が悪い、執拗で執念深く、ひねてねじ曲がった性質には微塵も変化はないが。
「…いつまで、寝ているつもりだ?」
溜息を付きながら、わたしは奴を起こした。何故に、わたしがこのような行動をせねばならないか、自分でも謎だ。
「何をにやけているのだ?」
このわたしがわざわざ起こしているのに、人の顔を見て何を笑っているのだ? 本当に、小奴の行動は訳が分からない。何はともあれ、早く起きて欲しいモノだ。朝から、時間を浪費する趣味は持ち合わせてはいない。
「…起きるか、起きられないようになるか──どちらかに決めるがいい」
口調に幾分力を込める。わたしはさほど気が長い方ではない。どちらかと言えば、短気な方だろう。そして、小奴はそんなわたしの癇に障るような反応を取るのが得意のようだ。
「もちろん起きるさ。起こしてくれてありがとうさん」
漸く起きたか。最初から、きびきびと行動すれば、わたしも苦言を呈する必要がないのだが。
「おはよう、ヒラリー。気持ちのいい朝だね」
ば、莫迦者っ! 何でその様に爽やかにわらうのだ? 先程の態度と言い、わたしを愚弄しているつもりか?
「…おはよう、ディンジル」
不機嫌さが残る顔で、朝の最初の挨拶をするのが多少心苦しい。斯様に良い天気なのだ。どうして、不機嫌な表情を浮かべていられようか? だが、そんな想いは小奴の次の戯れ言で吹き飛んだ。
「起きて最初に目に入るのが、最愛の人の麗しい顔(かんばせ)なのが嬉しいよ」 「…ば、莫迦なことを…」
不意打ちだった。卑怯だぞ! 何故いきなりその様なことを真顔で言うのだ? 頬が熱くなっていくのを為す術もなく感じながら、わたしは言葉もなく、ただ相手を睨み付けるのが精一杯だった。
「…」
そんなわたしの無様な反応を楽しむかのように、小奴は事も有ろうにわたしの手を取ってへらっと笑った。
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CY591-09-28-07-03 ( No.36 ) |
- 日時: 2003/05/27 01:07
- 名前: ディンジル
- 参照: ジョフ大公国/宮殿/客室
- からかうにも勘所って必要だ。賭博と同じで、手を引くタイミングを見誤ると、酷い目に遭うことが多々ある。ヒラリーの相手をする時も、そんな感じなんだよな。なにしろ人一倍生真面目なもんだから、ちょっとした冗談も通じなくてね──生命の危険を感じたことも度々あるのさ。ま、めげない所がオレの持ち味だから、止めようとは思わないけどね。
「何はともあれ──おはようヒラリー」
とびっきりの笑顔を浮かべて、キラリンと歯を光らせてみる。因みに、これはオレのAT WILL能力なんだけどね。ヒーローには備え付けってヤツさ。
「爽やかな朝に、麗しい想い人、快適な目覚め──とくれば、それ以外に何かを欲しては、望み過ぎって言われてしまうね。それでも、望んでしまうのが罪深い人間なんだろうけど」
含みに富んだ言い方も得意だよ。ほらほら、ヒラリーが何か考えている。真剣に考える表情も素敵なのさ。
「お前の言うことは、性格同様ねじ曲がっていてよく判らない」 「ふふふ。謎めいた漢(おとこ)こそ魅力的ってヤツさ」
あらら──呆れた顔しているよ。こんなの日常茶飯事じゃないかい? ヒラリーってば免疫落ちてるなぁ。
「付き合いきれん。勝手に一人で言ってるが良い──と言いたいところだが、広間で大公女殿下とグランが待っている。早く支度をするがいい」
おっと、そうだった。ちょっと惜しかったけど、ヒラリーの細い手を離すと、ぱっと布団を捲った。途端…
「な、なにをっ!!」 「へっ?」 「ば、莫迦っ! 早く…隠せっ!!」 「は? え? あ…いやぁ〜」
失敗失敗。そう言えば、普段通り全裸で寝てたんだっけ。オレとしたことが、昨晩風呂上がりに鏡を見すぎたね。ナルシストってことさ。思わずにやけながらも、ガウンを手に取ると手早く羽織る。ちらりと見ると、ヒラリーは真っ赤な表情で俯いている。
「すまないね、ハニー。でも、君と私との仲じゃないか。何も失うモノなんか無いよね」 「…」
おっと、震えてるよ。そんなに、オレの言葉に感動しているのかな。ふふふ、ならばやることは一つだね。そっと近寄ると、さり気なく肩に触れてみる。あぁ、相変わらず華奢な肩だよ。ちゃんと食事は取ってるのかね? 痩身なのも魅力的って言えばそうなんだけど、度を超すとねぇ…抱き心地が悪くなるのさ。
「どうしたんだい、ハニー。震えているよ」
小刻みに震えているヒラリー。おいおい、そんなにショックだったのかい? この肉体美を判って貰えないなんて…オレの方こそショックなのさ。
「ねぇ、ハニ…」
いきなり目の前に閃光が走った。な、なんだ? どうしたんだろう? あれ? なにか身体が浮く感じだよ。いつから空が飛べる様になったんだろう??
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CY591-09-28-07-04 ( No.37 ) |
- 日時: 2003/06/09 07:02
- 名前: ヒラリー
- 参照: ジョフ大公国/宮殿/客室→大広間
- 「何はともあれ──おはようヒラリー」
溜息が出る。何度聞いても、歯が浮くような言葉にはついていけない。歯をむき出して、ニタニタ笑っているところなど、まだ“闇の勢力”時代の性癖が色濃く残っている影響か、とも思ってしまう。
「爽やかな朝に、麗しい想い人、快適な目覚め──とくれば、それ以外に何かを欲しては、望み過ぎって言われてしまうね。それでも、望んでしまうのが罪深い人間なんだろうけど」
だから──その詰まらない、心のこもっていない、軽薄な言葉で己の口を汚すのは止めないか。渋面を浮かべて相手を睨むと、何を勘違いしているのか、ニタニタと嬉しそうに笑い掛けてくる。お前はWISDOM一桁か?
「お前の言うことは、性格同様ねじ曲がっていてよく判らない」
処置無しだな──そんな想いを込めて言ってやる。だが、そんな攻撃も、面の皮がアダマンタイトで出来ている小奴には全く通じていないようだ。
「ふふふ。謎めいた漢(おとこ)こそ魅力的ってヤツさ」
心底莫迦だ──心から確信を持った。性根が腐っている上に、頭が大莫迦と来ている。付ける薬が無いというより、薬自体がもったいない。この様な阿呆は放っておきたいところなのだが──大公女殿下とグランを朝食の席に待たせている以上、これ以上無駄な時間を費やすことは出来ない。
「付き合いきれん。勝手に一人で言ってるが良い──と言いたいところだが、広間で大公女殿下とグランが待っている。早く支度をするがいい」
一言、苦言を呈した後、身支度を督促する。冗談事ではないぞと真剣に言ってやると、意外にもぱっぱと反応する。うむ、流石に如何なる状況に置かれているかを理解したかと思ったが、そんな考えこそが迂闊だった。大体、小奴が素直にそのまま従う訳がないではないか? ばっと上掛けをめくったのは良いが…な、なんで何も身に纏っていないのだ?!
「な、なにをっ!!」 「へっ?」 「ば、莫迦っ! 早く…隠せっ!!」 「は? え? あ…いやぁ〜」
故意だ。絶対に故意だ。人を辱めようと思ってからに…。必死で目を逸らすが、屈辱と怒りで顔が赤らむのが自分でも判る。
「すまないね、ハニー。でも、君と私との仲じゃないか。何も失うモノなんか無いよね」
言うに事欠いて…それかっ! 躰が小刻みに震えている。これは怒りだ。純粋な怒りだ。何で、この様な虚けに自分が付き合わねばならないか、どうしてこの大莫迦を我慢しなければならないか、その理不尽さに沸騰する怒りだ。
「どうしたんだい、ハニー。震えているよ」
な、何を触れているのだっ! 貴様、服も着ないで、何をするつもりだっ! 怒りで目の前が暗くなる。拳を固く握りしめると、必殺の力を呼び起こす。
「ねぇ、ハニ…」
何かが、自分のなかでブチッと切れる音が聞こえた。手加減無し、MAXの力で反省の色も何も無いこの大莫迦に向かって衝覇光を連弾で叩き込む。
「大莫迦者っ! 地獄で反省せよっ!!」
はぁれぇ〜と言う情けない声を上げながら、あ奴は窓から外に吹き飛ばされていった。MAXパワーの衝覇光を受けたのだ。ひとたまりも無いだろう。がっくりと疲れを感じながら踵(きびす)を返す。これ以上、大公女殿下とグランを待たせる訳にはいかない。扉を開けながら、大きな溜息が自然と漏れた。
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CY591-09-28-07-05 ( No.38 ) |
- 日時: 2003/07/21 04:52
- 名前: ディンジル
- 参照: ジョフ大公国/宮殿/客室→大広間
- やぁ、死ぬかと思ったよ。何かって? あんまりヒラリーをからかったんで、思わず衝覇の光をモロに浴びてね。いや、モロはまづいよ、モロは。はっはっは。いや、笑い事じゃなかったね、ホント。
ヒラリーは“光”と“時”の加護を受けているんだけど、任意魔導(AT WILL POWER)で“光”属性の力を幾つか発揮できる。影を地面に縫いつけて相手の動きを止めてしまう『掌締』、光の壁で相手の直接魔導を跳ね返す『壁華』、そして光の矢で相手を攻撃する『衝覇』──この三つが一番得意だね。まぁ、本気になったヒラリーの衝覇の光は、一気に十体まで相手に出来る。そいつを一編に見に受けて御覧よ。オレじゃなければ、あっという間に常磐樹の国の住人さ。
余談だけど、オレは“風”と“闇”の加護を受けてる。“闇”ってきいてびくつくヤツもいるけれど、きちんと覚悟を決め、それなりの条件を満たせば、光の陣営でも“闇”の加護を受けても平気なのさ。あぁ、誤解がないように言っておくけど、“好きだ”とか“趣味だ”とかいうレベルで“闇”の属性を選ぶと、大概は“闇の幽鬼”になってお仕舞い、ってやつだね。そんな軽慮な輩を何人も知ってるよ。
“光”の属性も同様なんだ。光ってのは厄介でね、光を使う自分の中にちょっとでも闇があると、自分自身にも跳ね返ってくるのさ。まさに諸刃の剣だね。まぁ、光も闇も──ついでに時もだけど──取り扱い注意ってやつだから、おいそれと手を出すのは考えもんだね。
さて、急ぐとしようかね。ヒラリーはとっくに大広間に着いているだろうし、グランと大公女のお嬢さんもいるだろうからねぇ。余り待たせると、また常盤樹の国か、常春の国が見えちゃうよ。まぁ、コンステのメーターをドラム式に変えたから、幾ら下がっても、一回転すれば元の数値に戻るしね。そうそう、自分に投資しないとね、何分、自分の体の健康が一番大事だからさ。
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CY591-09-28-07-06 ( No.39 ) |
- 日時: 2003/07/21 05:10
- 名前: ヒラリー
- 参照: ジョフ大公国/宮殿/客室→大広間
- どうして、どうして、どうして──どうして、アヤツはああなんだ? 不埒、不謹慎、不真面目。三拍子そろった大莫迦だ。アヤツを話していると、精神がおかしくなる。思考が捻れて、彼方の世界に飛んでいきそうだ。
足音高く歩いている自分に気が付き、慌てて勢いを落とした。あぁ、わたしもアヤツにこんなにも影響されてしまっている──嘆かわしくて、また偏頭痛が来そうな案配だ。
それでも──わたしはアヤツを頼りにしている、と思う。矛盾しているように聞こえるかも知れないが、こと剣の腕に掛けては、アヤツはエルスでも一二を争う手練れだ。力の総力では、“紅の勇者”ランバルトの方がやや勝っているだろうが、技巧的にはアヤツの方が上だろう。残念ではあるが、わたしも剣の腕前だけを取ってみれば、アヤツに叶う術もない。流石は“黒の剣聖”の銘を帯びているだけのことはある、と認めざるを得ない。
しかし、素行はさ・い・あ・く以外に言いようがない。手当たり次第に若い娘に声を掛けるわ、やたらに周囲に愛想を振りまくわ──“守護者”としての威厳は何処吹く風、と言った振る舞いだ。現世(うつせ)に残った最後の二人の“守護者”であるのに──もっと自覚を持って貰いたいものだ。
考え事をしている内に、大広間に着いてしまったな。グランとレアランを大分待たせてしまった。
「おはよう、レアラン。おはよう、グラン。待たせてしまって申し訳ない──」
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CY591-09-28-18-01 ( No.40 ) |
- 日時: 2003/07/28 05:18
- 名前: ヒラリー/ディンジル
- 参照: ジョフ大公国/宮殿/尖塔
- リガ(太陽)の残光が、西に連なる水晶の霧山脈の向こうに消えようとする頃──暗くなる蒼穹に、星の瞬きが見え始めていた。一日を終えて、漸く多少気持ちに余裕を感じたヒラリーは、城で一番高い尖塔の上に上がっていた。
「風が、気持ち良いな」
知らず知らず、独り言が漏れていた。ここ十年、独りでいた間についてしまった癖だった。ほぅと溜息をつく。眼下には、ジョフ大公国の首都であるゴルナの街の灯が見える。コーランドとビセルの協力で、急速に復興が進む公都。その活気に満ちたざわめきが、ここまで伝わってくる。
「一つ、また一つ──人の力は世を在るべき元の姿に戻してゆく…」
それが人の自然な営みであり、人の強さなのだと理解してはいる。エルスのどんな種族よりも、人は強靱だ。
二度目の溜息が零れる。
ジョフの復興を素直に喜ぶべきなのに、どうして斯様に心が重いのだろうか。自分は、ジョフの、そして人の世界の復興を歓迎していないのか?
「莫迦な…。何を世迷い事を思い巡らせているのだ、わたしは。」
頭を振ると、気を取り直す。わたしは紫の騎士だ。現世(うつせ)を守る最後の守護者なのだから。だから、喜ばなくてはならない。
「無理するな」
気配は全くなかった。不覚にも、隣に立ったディンジルに全く気付かずにいた。
「想うところが有れば、素直にそれを認めればいい」
昼間とは、打って変わった口調──低いが良く通るその声は、物静かで暖かみがあった。
「何を…」
言ってるんだ、と繋ごうとして、結局その語尾が尻切れトンボになった。判っている──自分も、結局は判っているのだ。自分が、この世界では外様であることを。自分の生まれた世界は、既に存在しないことを。
「綺麗な灯だな。活気に未来を感じさせてくれる」
街を見下ろしているディンジルの表情には、微かな笑みが浮かんでいた。
「余り深刻にものを考えない方がいい。今は、人の流れに勢いを付けてやるだけで良い」 「言われないでも、判っている」
自分を誰だと思っているのだ──詰問口調で言葉を返す。それが、行き場の無い想いをぶつけているだけだと判ってはいるのだが。
──どうしようもない
「それでいい。私に好きなだけ言えばいい。その為に、君のために、私はいるのだから」
思わず視線を振ると、爽やかな笑みが帰ってくる。
「想うところが有れば、言えばいい。帰るところがなければ、二人で作ればいい。ヒラリー、君はもう一人じゃないんだ。私が、いる。」
嫌だと思ってもな、いなくなりはしないがね、と冗談めかして続けた口調は、いつものディンジルのものだった。
「ディンジル…」
済まない、気を遣わせてしまって、心配を掛けてしまって──素直に言えれば、どんなに楽だろう。意地を張るのを止めれば、心も軽くなるだろう。
だが──やはり、わたしは意地を張ることしかできない不器用な女だ。言いたくても、その言葉が口から出てこない。
「心配するな。わたしは紫の騎士。わたしは大丈夫だ」
あぁ、どうして──どうして、こんなことしか言えないのだろうか。後悔に苛まれて思わず俯いていると、ふんわりと肩に何か掛けられた。
「冷えるぞ。これを纏っておくと良い」
自分のマントを外すと、そっとわたしを刳るんだ。軽装できたので、以外に躰が冷えてしまっていることに気付く。
「…すまん…」 「気にするな」
じんわりと、マントの暖かさが滲みてくる。これは、人の心の温もりなのか。
「まだ、ここにいるのか」
静かに聞かれて、思わず頸を縦に振る。
「そうか…」
零れるように漏らした相手に、心が痛む。行ってしまうのか? もっと…一緒にいて欲しいのに。一人では、ここは寒すぎる。
「用がないなら、下に降りていてはどうだ」
また、言ってしまう。心にも無いことを。あぁ、自分に引導を渡してどうするのか。そうか、ともう一度頷くと、相手は胸壁からその身を離した。躰が震えないように、精一杯虚勢を張る。しっかりしろ、紫の騎士と心で自分を叱咤する。
「…もう少し、私も此処にいるとするよ」
我が耳を疑った。此処にいる? どうしてだ? 剣突紛いの言葉を返したのに。だが、相手は全く動ぜず、あまつさえ笑みまで浮かべていた。
「君がいることころに、私もいたい。それじゃ、駄目なのかな?」
そんな言葉を簡単に言わないでくれ。心臓が暴走して、どうにかなりそうじゃないか。
「か、勝手にしろ」 「ふふふ、有り難う。勝手にさせて貰うさ」
突き放しても、ちゃんと付いてきてくれる。夜風が冷えてきた尖塔の上に在りながら、心は不思議と暖かく感じていた。
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CY591-09-28-20-01 ( No.41 ) |
- 日時: 2004/06/12 05:31
- 名前: ヒラリー
- 参照: ジョフ大公国/宮殿/客室
- 賑やかな夕食を終え、一人宛われている客室に戻った。開け放たれた窓からの微風が、壁際の燭台の炎を揺らめかす。
腰に下げた細身の剣に手を掛けると、寝台の枕元に置いた。優美な装飾が柄と鞘に施された見事な剣──式典用にさえも見えるこの剣こそが『フォウチューン』、この世に二振りとない、“時を越える”剣だった。
「…思えば、長い道のりを歩いてきたな、フォウチューン」
主(あるじ)のその言葉に、剣が微かに身動ぎしたかの様だった。だが、今はフォウチューンの声は聞こえなかった。気難しいところがある“相棒”だったが、ヒラリーはこの剣を手に、幾多の修羅場を潜り抜けてきた。そして、どんな時でも、どんな所でも──フォウチューンは己が主(あるじ)の求めに応じてきた。
「一つの大きな山は越えられたと思う。だが、それで全てが解決したと言える程、世の中が平和になった訳でもない。更なる幾百かの昼と夜──不甲斐ない、このわたしだが…」
──不甲斐ない、私か…。
なんて弱気になったものだ、と自嘲気味に笑う。こんな事だと、“相棒”に愛想を尽かされるかもしれないな、そう思った時。
『我が主よ、思い悩むな。今も、何時も、如何なる時も──我は常に汝と共にあるだろう』
不意に聞こえた声は、口調こそ固いものだったが、不思議と心に深く響いた。
「フォウチューン…。これからも、宜しくお願いする」
そっと、その柄に手をやったヒラリーの表情には、歳相応の自然な笑みが浮かんでいた…。
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CY591-09-28-20-02 ( No.42 ) |
- 日時: 2004/06/13 02:33
- 名前: ヒラリー
- 参照: ジョフ大公国/宮殿/客室→湯殿
- 「…世の中は平和だな」
灯が煌めく街を見下ろして、ふと言葉が漏れる。
「人は生まれ、育ち、己が生を過ごし…そしていつか死ぬ。そうそう思うがままにはならぬ世の中ではあるが──それでも、人は己の自由を有している」
深い溜息に言葉が途切れる。
「世界に受け入れられていることがどれだけの恩寵を意味しているか──人には、その価値は判らないのだろうな…」
想いを断ち切るかの様に軽く首を振ると。
「止めよう。過去を悲しんでいても、何も生まれない。自分がどれだけ恵まれているか、それさえ忘れずにいればいい」
自分に言い聞かせる様に言うと、ヒラリーは冷えてきた夜気を閉め出す為に窓を閉ざした。普段に着ている簡易礼装を脱ぐと、壁に埋め込まれたクロークを開けて丁寧にハンガーにつり下げる。代わりに、頭から被る貫頭衣の様な白い衣を身につける。
「湯浴みをするか…」
部屋を出ると、湯殿に向かって歩いていった。
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CY591-09-28-20-03 ( No.43 ) |
- 日時: 2007/09/03 06:22
- 名前: ヒラリー
- 参照: ジョフ大公国/宮殿/湯殿→客室
- 湯浴みをして、自室にと宛われた部屋に戻ると、ヒラリーは窓際に置かれた椅子に深く腰掛けた。肩口で切り揃えられた金の髪は、まだ湯の湿り気が抜けていない。
「・・・」
沈黙は、ヒラリーには苦痛にならないものだった。色々と想い巡らせた後は、静けさが心地よかった。
ふと、壁際に立てかけてある細身の剣が目に入る。ふと、立ち上がってその剣を手に取ったのは、剣が呼んでいる様にも思えたからか。
「・・・フォウチューン・・・」
呟く様に、その真銘が零れ落ちる。その時。閃光の様に、ヒラリーの脳裏を鮮烈な映像が貫いた。
「・・・あっ・・・」
ヒラリーは思わず膝を着いた。
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