篠房六郎日記
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+ '09年03月23日(月) ... 伊藤計劃先輩のこと +

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大学の先輩であり、新進気鋭のSF作家である  
伊藤計劃さんが逝去されました。  
 
 
 
 
大学の漫研に入って以来の付き合いで  
何というか、まあ基本的に会う度にバカ話ばかりしてました  
 
百舌谷さんで、ツンデレの正式な病名を決めるのに色々と  
悶着があって、直前まで使おうとした病名がボツになり、  
校了残り数時間で新しい病名を決めろと言われて  
進退極まった私が救いを求めて電話をかけたのも先輩でした。  
 
よくぞあの状況での無茶振りに答えてくれましたと  
いまだに感謝に耐えません  
 
映画の楽しさや魅力について教えてくれたのも先輩でした  
 
近年お互い作家という立場になってからは  
バカ話の内容が  
 
どれくらいタワけたプロットの話を捏造できるか  
そして出来たしょーもねえ作品群を世間にブン投げて  
どれだけテロることができるのか、益体もない想像に耽っては悦に入る  
 
と言う方向にシフトしました。  
 
一緒に組んでDLサイトで萌えエロゲーを出して  
儲けましょう、なんて話を何時間もしてました。  
 
気が付けば社会の日陰に迷い込んで、やがてはその細々とした光量が  
心地よくなった地虫の如き非モテのアイロニーがお互い共通していた  
のではないかと思われますが  
 
死人に口無しをいいことに勝手なことを言うなと先輩の霊に祟られそう  
ですので、適当なカテゴライズはこの辺にしておきます。  
 
 
ですからまあ、先輩はバットマンのジョーカーが大好きでしたね。  
 
いかにこの世の中を自分の流儀、ジョークで覆い被せることが  
出来るかっちゅう壮大な計画に身を投じるヒーローですよ、  
カッコイイ。  
 
先輩も病室で何度も「ダークナイト」のDVDを見返しては  
「果たしてコレをどう越えるか?」などと首をひねっていたようです。  
 
先輩が入院してからは、何度かお見舞いに行ったのですが  
その時に心がけたのは、どれだけ無意味なバカ話ができるか、  
先輩からどれだけ笑いがとれるかと言うことでした。  
 
百舌谷さんの漫画も読んで笑ってくれてたらしいので、まあ、一安心。  
気が付けばなんか3時間位話し込んでた事もありました。  
 
ところが今年に入ってからいよいよ病状が芳しくないとの事  
ひょいと病室を訪ねてみれば、寝たきりになって、髪は抜けおち  
顔を動かすのさえ億劫そうです。  
 
「この通り、僕はいよいよ危ないかもしれません  
篠房君もまあ、この僕の最期がどんなもんだか、見てって下さい」  
先輩はか細い声で言いました。  
 
笑えませんし、迂闊に応えることもできません。  
 
それでも、なお「どんなもんだか、見てって下さい」というからには  
見るしかありませんし、全力で考えるしかありません。  
 
いつもの会話の流れに当て嵌めれば「こんなネタはどうでしょう」と  
ひょいと問いかけられてるのと同じカンジですが  
 
「本当にもう、困ってしまいますよ、先輩」と頭を掻いて  
私の方は照れ笑いで誤魔化すくらいしか無い訳ですよね  
 
実際、先輩もあんなネタにはひどく困ってたんじゃないでしょうか  
先輩の方は照れ笑いも何も微塵も浮かんで来ないほどに。  
 
現実には私は、先輩にこう言われて、前述のような照れ笑いも、  
まともな切り返しも何も出来ず、不明瞭なことを口ごもって  
ただそそくさと、その場を辞去しただけでした。  
 
 
ジョーカーは必ず、敗北する運命にあります。  
世の中には絶対的に、冗談では済まされない、洒落にならない  
深くて広い断崖絶壁が多すぎて、ジョークの皮膜は、  
それを覆い尽くすには全然表面張力が足りやしません。  
 
「篠房君は、覚悟をした事とか、ありますか?」  
 
最後にもうひとつ、先輩から投げかけられた言葉です。  
答えようとしたのですが、答えた端から自分の言ってるのが  
ただの嘘偽りである事がどんどん分かっていって、話の終わりには  
うにゃむにゃとやはり私は口ごもるだけになりました。  
 
断崖絶壁に追い込まれたのを少し想像しただけで  
私のヘラヘラ笑いは、いとも容易く、完全にかき消えました  
 
笑えるか?  
笑えません  
まったくもって、笑えません。  
 
しかし先輩の事を思い返すに  
本当に下らないジョークを愛する人物で  
必ず敗北する運命にあっても、やはりジョーカーが大好きで  
自分の著作に何度も引用するほどにモンティ・パイソンの愛好家  
でもありました。  
 
モンティパイソンのメンバーは葬式の弔辞で  
あえてファックを連呼したり遺灰をとんでもない所にブチ撒けたりして  
本当に洒落にならないところで洒落が通じるかどうかチャレンジする  
パイオニアで、自分が生まれる前くらいに出来たのが信じられない  
ほどに、そのネタはまったくもって古びていません。  
 
 
ジョーカーも、いくらバットマンにやられても  
最後まで笑い続けておりました。  
ティム・バートン版のジョーカーなんぞ、死んでもなお  
テープレコーダーでその笑い声を響かせ続けてたくらいです。  
 
本人も自分の創作のスタイルについて語ってましたが  
作中の個々のキャラクター描写には大して関心がなく、  
世界全体をどうにかしてやろうという思考実験の大枠からしか  
話を描き始める気がしなかったそうです。  
 
実際に、先輩のオリジナル小説の第一作目は  
全世界をブチ殺してやるようなお話で  
第二作目は  
全世界の死体を剥製にしてやるようなお話でしたから  
 
剣呑この上ありませんが、よくもこれだけ壮大なヨタ話を  
精密な筆致で描けるものだとしきりに感心しておりました。  
 
まあ、つくづくたったの2作(ノベライズを含めると3作)で  
先輩の創作が終わってしまう結果になったのが残念でなりません  
 
口から出まかせの如く、プロットがポンポンと出てくる人でも  
あったので、身近で聞いていた自分としてはなおさらそれが心残りで  
何らかの形で、「こんなバカげた話も考えてました」という先輩の  
未完成のプロット集でも、複数の人の証言をつなぎ合わせて  
何かの形で提供できればいいんですけど。  
 
未だに先輩の本を読んだことのない方は  
まあ試しに手にとって見て下さい  
 
先輩の壮絶で壮大で、悪趣味かつ本気にクソ真面目で  
目のくらむような極上のストーリーを堪能する事が出来ますから。  
 
ジョークの皮膜はこの世界を覆い尽くすには  
シャボン玉のように余りにも儚すぎますが、それでも、  
だからこそ日の光を受けて七色に輝いて見える事もあります。  
 
そして夢幻の如くパチンとはじけて一瞬で消え失せます  
なんと潔く、美しいことでしょう。  
 
陳腐な言い回しになりますが  
その清冽な印象と記憶は私たちの記憶の中でこそ、  
より長く残り続けていくのです。  
 
 
 
先輩の渾身の必殺ジョークが  
出来るだけ長く長くこの世界にあることを  
私はただひたすらに願っております。  
 
 
本当に今まで長い間楽しい時間をありがとうございました。  
最後に先輩に残したいのはただひたすらに感謝の念です  
 
本当に、ありがとうございました  
さようなら、先輩。  
 
 
敬具  
 
 
http://www.youtube.com/watch?v=1loyjm4SOa0 


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