CoolNote
戻る HOME

[『リトル・ダンサー』Billy Elliot](2002/07/30(Tue.) 02:13)
本当はこの日記は簡単に気の利いたひと言でも書いて頻繁に更新したいのだけど、ちょっと気の利いた話を思いつくと放送中の番組(TBS日曜午前10時〜『バックグラウンドミュージック』)で使おー、と思ってしまうので、この日記がどんどん特別なことを書く場になってしまっている。我ながらなんだか怖い。

それはさておき、一昨日から書きたくて書きたくてたまらなかったのが映画『リトル・ダンサー』のことである。資料的なことをまず記しておくと

『リトル・ダンサー』(原題『BILLY ELLIOT』2000年英国作品) 
監督/スティーヴン・ダルドリー 脚本/リー・ホール 振付/ピーター・ダーリング
出演 ジェイミー・ベル(ビリー)/ジュリー・ウォルターズ(ウィルキンソン先生)/ゲアリー・ルイス(父・ジャック)/ステュアート・ウェルズ(同級生・マイケル)

ご存じの方も多いと思うが、この映画は昨年夏、日本でも封切られ、上映前から騒がれていたのだが、残念ながら僕はその頃、LAに行ってたものだから未見だった。
ところが運良く、先週の土曜、これをCSで見ることが出来た。イヤー、大感動。何度も何度も繰り返してビデオを見て感心しては一日中泣いていた。

物語は『フラッシュ・ダンス』と『フル・モンティ』を合体させて『ザ・コミットメンツ』をまぶして少年版に置き換えた、と言うと解りやすいかも知れない。(←イヤ、却って解りにくくしちゃったかい?)

舞台は1984年の英国北東部の炭坑町、ダーラム。そう、英国の炭坑ストのニュースが日本にも聞こえてきた年の物語である。リアルな設定である。
11歳のビリーは炭鉱労働者の父と兄(少し年が離れている)、そしてボケが始まっているお婆ちゃんと炭坑住宅に暮らしている。ママは去年、亡くなった。
イギリス下層階級における少年たちの「少年時代」は短い。義務教育課程を終えたらすぐに職に就かざるを得ない。自由な少年でいられる時間は本当に短いのだ。
少年たちは放課後をサッカーかボクシングの練習に費やし、男になる用意をする。だが、この町の二人の少年だけは殴り合うスポーツに全く興味がなかった。一人はビリー。もう一人はマイケル。
ある日、ボクシングの練習をしている町のホールにウィルキンソン夫人のバレエ教室が引っ越して来る。炭坑ストの支援のため、バレエ教室だった一階が炊き出し場になってしまったからだ。しかし、この事がビリーの一生を決める事件となる。
ビリーはボクシングの練習中もバレエのためのピアノの音が聞こえてくると、我知らず身体が音楽に合わせて踊りだしてしまうのだ。そして、ついには女の子の中に混じってバレエのレッスンを受け始めてしまう。そして、ウィルキンソン夫人は少年の中に「踊らずにはいられない天性の何かがある」ことに気付いてしまうのだ。
ビリーのママとお婆ちゃんはフレッド・アステアが大好きで、お婆ちゃんは心が平静な時、ビリーに歌うように言うのだった。
「あたしだって練習次第ではロイヤル・バレエ学校に行けたはずだわ」

しかし、英国の古い感覚では「ダンサーは女のやる仕事。あるいはゲイの天職」だ。
父にしてみれば息子がバレエのレッスンを受けるなんてもっての外の出来事だった。女の子に混じってレッスンを受けている息子を見て、父は無理やり家に連れ戻す。
子供の時から炭坑町に育ち、故郷以外の土地を知らない父。因習に縛られたその頭では息子の考えは理解出来ないのだが、心は必死で息子を解ろうとしている。だから、最後のひと言だけは飲み込んでいる。我慢できずにビリーは叫んでしまうのだ。
「オカマじゃなくたってバレエが好きな奴はいる!」
ビリーのバレエへの情熱は同級生のマイケルをも誤解させているフシがある。マイケルは女装の趣味があり、ビリーに恋心すら抱いている。ビリーがロイヤル・バレエ学校の試験を受けようとする時、言う。
「僕は反対だ」「何で?」「僕が寂しくなる」。
マイケルの恋心の深さに泣ける。
雪だるまを作っていたクリスマスの夜。冷たくなったビリーの手をマイケルが自分の身体で温め、首筋にキスをした時もビリーは言う。
「バレエは好きだけど僕はオカマじゃないよ」「この事は誰にも言わないでね」「もちろんさ」。
二人の友情はおそらく死ぬまで続く。

ウィルキンソン夫人はこのダイヤの原石を必死で磨こうとする。人目に付かないよう早朝のボクシング教室を使ってレッスンを施す。天賦の才は徐々に輝きを見せ始める。
「この子だけはこの炭坑町で一生を終わらせたくない」
だが、ロイヤル・バレエ学校の出張試験が近づいたある日。炭坑労組と警官隊が激突して、兄が捕らえられたことからビリーは受験を断念せざるを得なくなる。夫人は怒ってビリーの家を訪ねる。兄は弟がボクシングの練習に行くフリをしてバレエのレッスンをしていたことなど知らず、夫人を罵る。
「弟がダンサー? 弟の人生を弄ばないでくれ。アンタに何か資格でもあるのか? 弟に近づくな、この中流女!」
夫人も声を荒げる。
「アタシのことなんか何も知らないクセに。この子まで酔いどれ炭坑夫にしたいの!」
けれど、ここでも夫人は感情にまかせて自分の氏素性を明らかにするようなことはしない。

ビリーは炭坑町の、ひいては英国下層階級の閉塞状況の中でもがき苦しむ。
踏む地団駄。蹴る塀。這い昇ろうとする壁。それはそのままダンスになって行く。
少年は逃げるように家を飛び出し、狂ったようにタップを踏む。一連の映像の流れは『ウエストサイド物語』から始まったドラマとダンスや歌を一体化させる手法を忠実に踏襲して、実にスムーズ。ビリーの置かれた環境や心象風景がダンスによって巧みに語られる。

そうした手法の一つに1シーンの中で一人の人間のシャツの色が何回か変わっていたり、服が替わっていることで日にちや時制の変化を教える手があるが、この映画では少年がピルエットの練習を家の洗面所や寝室で何度も何度も繰り返すシーンを挟み込んでいて手際が良い。思わず唸ったのは絶望して座り込んだ塀際、マイケルの呼び声でビリーが立ち上がるシーンだ。座り込んだのはおそらく秋。立ち上がる時、少年はジャンパーを羽織る仕種をする。そう、外には雪が舞い、その夜はクリスマス。少年の絶望の時間の長さと深さをジャンパー一枚で見せる。

クリスマスの夜。ボクシングのコーチはホールの2階の薄明かりの中で、ビリーとマイケルが踊っているのを見てしまう。コーチはビリーの父親にこの事を報せる。父はホールへ乗り込む。怒りに震える父の前でビリーの身体はステップを踏み始めてしまう。
観客にとって、ビリーのダンスは決して、天才少年の動きではないと映るだろう。この辺りの脚本は実に上手い。ママとお婆ちゃんはアステアが好きだ。アステアのダンスは計算され尽くした優美なダンスで、パートナーを決して置いてきぼりにしない優しさに溢れている。
だが、この脚本は少年を「小さなジーン・ケリー」に設定している。ジーン・ケリーのダンスはワイルドで奔放でパートナーを必要としない個人技の見事さだ。時には粗野に見えるほど躍動する男性的なダンスだ。
だからビリーのダンスはまだ発展途上の、それ故に人の心に何かを期待させる未熟さをもっている。ビリーが流麗な天才少年ぶりを発揮したらこの映画はそれまでの話に過ぎないが、まだ、削りが粗いダンスがこの少年にリアリティを与えている。
父は息子のダンスを見終えると荒々しくホールを立ち去る。その時、父親の背後の暗闇にボクシングのコーチもいる。男らしさを教えるのが仕事の彼もまたビリーの中に何かを見た。その辺りの丁寧な描き方も凄く嬉しい作品なのだ。
そして、この日がクリスマスであるという設定もいい。才能は神からの借り物。父はウィルキンソン先生を訪ね、自分の力であの子に受験させると誓う。ビリーにとってそれは神の祝福。最高のクリスマス・プレゼントだった、ということになろう。

あとはお定まりの展開である。父は少年の旅費と試験費用を稼ぐためにスト破りをしてしまう。父を追って工場内に入り込んだ兄に父は言う。「ビリーはまだ11歳。夢も希望も未来もある。オレたちに何がある。あの子に夢を見させてやりたいんだ」。父と息子は抱き合って泣き崩れる。父も兄もビリーと共に夢を見たかったのだ。
少年はこうして炭坑の人々の援助も受けて受験のために父とロンドンへ旅立つ。
試験は上手く行ったとは言えないし、観客も心配になるような出来だ。本人も苛立っている。親子で臨む面接も審査員たちに決して好印象は与えなかったはずだ。
審査員が言う。「ウィルキンソン先生はあなた方の家庭のことも書いて下さっています」。
おそらく彼女はこの学校の卒業生だったのだろう。もしかすると将来を嘱望されたこともあるかもしれない。けれど訳あって炭坑町でしがないバレエ教室の先生をすることになった。先生のバックボーンは詳細には描かれていないが、彼女が少年の資質を見抜き、その才能を育てるために「ぜひ、奨学生に」との丁寧な手紙を添えたことが解る。クールな夫人の人情味溢れる人柄に泣く。

試験場から出ようとした時、手応えの薄いビリーに一人の審査員が訊ねる。
「ビリー、踊っているときはどんな気分?」「さあ…。いい気分です。最初は体が堅いけど踊り出すと何もかも忘れて…すべてが消えます、何もかも。自分が変わって体の中に炎が…。宙を飛んでいる気分になります。鳥のように。電気のように。………。そう、電気のように」
ダンサーにはこの言葉の真意が解るのでしょうね。感性では解るけど、体感したことのない僕はビリーの答えの重さは解らないのだけれど、『フラッシュダンス』の中でも歌われているね。「あの娘がチャレンジするのは今までだれも見たことがないダンス。あの娘が行こうとしている場所はいまだ誰も知らない高み」。
学校の帰り道、ボクシング・コーチが声をかける。「通知は来たかい?」「まだだよ」「大丈夫さ。きっと受かってるよ」。少年は先行きの暗いこの炭坑町の希望の星になっている。
そして、みんなの期待通り、少年はこの町を出て行くことになる。
別れの朝。お婆ちゃんはビリーを強く抱きしめ、突き放すように少年を押し出す。彼女は生ある内に少年の成功を見られないのを知っている。突き放し方に哀しみがある。
家を出ると少女がいる。この少女はビリーの外出シーンには必ず映っているが、ここまでひと言も発していない。だが、旅立つビリーに初めて言う。「さよなら、ビリー」。ビリーは答える。「またね」。彼が再びこの炭坑町に戻ることはない。だから「また」は多分、ない。ビリーをいつも見守っているかのように見えたこの少女は少年の守護天使だったのかもしれない。もう、帰らないのを知っていて、「さよなら」と言ったのではないかと…。
父と兄に伴われ坂道を下るビリーに声が飛ぶ。「オーイ、ダンシング・ボーイ!」。友だちのマイケルだ。マイケルには別れに言うべき言葉がない。ビリーは笑顔でマイケルの首筋にキスをする。あのクリスマスの晩のお返しのように。
長距離バスが走り出した時、兄が叫ぶ。「寂しい!」。ビリーには聞こえない。バスの最後尾まで走ってその言葉を聴こうとするが、バスは遠ざかる。
その日の内に、父はストの終わった炭鉱で働き始めていた。
バスはひた走る。そのバスにオーバーラップして地下鉄の車内が映る。
「父さん、急いで。遅れちゃうよ」
時代はあれからもう何年も経っている。父と兄は小さいが由緒のありそうな劇場に入って行く。「ビリーに家族が来ていると伝えて下さい」。係員に父が言うのを聞いた、兄の隣の席のゲイが声をかける。「トニー、忘れたの。マイケルだよ」。父子は驚く。「これを見逃すわけにはいかないだろ?」。そう言うマイケルの隣にいるガタイの良い黒人が彼の現在のパートナーであるらしきことも解る。
舞台ソデ。「ゴースト・ストーリーだね」。ビリーがウィルキンソン先生にかつてつまらなそうに言った『白鳥の湖』こそが今夜の演目だ。しかも、踊り手は全員、男性ダンサー。映画では何も触れていないが、これこそ新解釈でロンドンで大ヒットとなったダンス・グループ"AMP"の『スワン・レイク』だ。伝言を伝えに来たスタッフが出を待つプリンシパルに言う。「ビリー、君の家族が観に来ているよ」。
大きく息を整えるとプリンシパルのビリーはステージに走り出し、舞台中央で軽やかに飛び上がる。トゥ・シューズを履いていない裸足の白鳥はフワリと宙に舞い上がり、画面中央でフッと消える。鮮やかな終わり方に涙が止まらない。

芸術は高潔な魂から生まれるものだ、とスタッフの誰もが確信しているような、明らかな自信と品格があり、それでいて滅法面白い作品『リトル・ダンサー』。
「18歳になったら読んで」と渡されたママの手紙をビリーがもう読んでしまっていて、全文を暗記しているらしい描写。少年の記憶の中でママが生き続けている限り、ママの愛はいつだってそばにあるのだ。その手紙をウィルキンソン先生に読ませた時、少年は夫人の中にママを見たのかもしれない。
ロンドンのエスカレーターに父が後ろ向きで乗り、物珍しそうに都会の風景を眺めている短いカット。そこには本当にダーラム以外を知らなかった父がいて、時代の速いテンポに戸惑っている姿をも垣間見せる。
そして、息子の舞台の幕が上がる瞬間、この父はすでに涙ぐんでいるように見える。
この作品は随所にそうした丁寧な描写を挟み込みながら、結局、本物の才能は環境に恵まれなくてもいつも人々の愛に恵まれ、世に顕現する物なのだと教えてくれる。

『サタデイ・ナイト・フィーバー』『ステイン・アライブ』『フラッシュダンス』『フット・ルース』『ファスト・フォワード』『ステッピング・アウト』…。バレエやダンスのサクセス・ストーリーはサクセスへの過程そのものにハラハラ、ドキドキの仕掛けがなされているのだが、『リトル・ダンサー』はその過程のリアルさで、また一つの名作となった感がある。
ちなみにプリンシパルになったビリーを演じているのはロイヤル・バレエ学校で熊川哲也と同期生。現実にプリンシパルにまで上り詰めたあと、AMPなどの前衛作品にも出ているアダム・クーパーという英国のトップ・ダンサーらしい。
父親ジャックとウィルキンソン先生など、とにかくキャスティングが素晴らしいのだが、特にビリーのジェイミー・ベル君は名子役などという常套句で済ませたくない感動的な演技とタップを見せてくれる。おまけに、この映画のオーディションで発掘されるまではビリー同様、隠れてタップを習っていた普通の少年だそうだ。
ああ、なんだか、大勢の人に見て欲しくって、また大作日記になってしまった。

たった一つだけ、解らなかったのはゲイでないダンサーとして象徴的にその名が登場するウェイン・スリープ。どんな作品で知られ、どんなダンサーなのか、無精な僕はいつかその名が自然に目の前に現れるのを待っている。


■ USA  (tynwyhbzzt さん)
■ MrpnHwksERBv  (abrqrkdup さん)
■ MrpnHwksERBv  (abrqrkdup さん)
■ VdgWjPOqspsiOATYPaB  (ytamnka さん)
■ VdgWjPOqspsiOATYPaB  (ytamnka さん)
■ tHCSMjxdVfqLl  (ubbzlw さん)
■ tHCSMjxdVfqLl  (ubbzlw さん)
■ leHCmSRVLLuWaiJaW  (marcus さん)
■ leHCmSRVLLuWaiJaW  (marcus さん)
■ YuqpaFNVoXFUfd  (kurxcqmxpvi さん)
■ YuqpaFNVoXFUfd  (kurxcqmxpvi さん)
■ celJQeDPnW  (ffwtwqufsw さん)
■ celJQeDPnW  (ffwtwqufsw さん)
■ CGPJUEdU  (Bradley さん)
■ CGPJUEdU  (Bradley さん)
■ PCADCxdhXWRBwnZ  (ercrxrmmf さん)
■ PCADCxdhXWRBwnZ  (ercrxrmmf さん)
■ tmgeIMSdtrrvANBrhH  (tmxtobselt さん)
■ tmgeIMSdtrrvANBrhH  (tmxtobselt さん)
■ sPpAENlmUiiVOh  (wtzunnvwlu さん)
■ sPpAENlmUiiVOh  (wtzunnvwlu さん)
■ YrvMXWKxO  (rsdgcmpfxvz さん)
■ YrvMXWKxO  (rsdgcmpfxvz さん)
■ lOgwkFAsMZkyWSCM  (ckmzzhwghmo さん)
■ lOgwkFAsMZkyWSCM  (ckmzzhwghmo さん)
■ TDhrvMTOhmKmO  (gyqysja さん)
■ TDhrvMTOhmKmO  (gyqysja さん)
■ cCmsZGvyBUV  (zuuowd さん)
■ cCmsZGvyBUV  (zuuowd さん)
■ mjLrHDujQnPecmJSU  (tshvyh さん)
■ mjLrHDujQnPecmJSU  (tshvyh さん)
コメント投稿
戻る HOME
Cool Note -i v4.5 CoolandCool