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(2005/06/05(Sun.) 14:51 〜 2005/06/05(Sun.) 14:26)

  その人は昔  (1967/東宝配給/東京映画) 2005/06/05(Sun.) 14:51 

2005-04-30(土) 06:23:44

脚本・監督 松山善三
音楽 船村 徹
出演 舟木一夫 内藤洋子

この映画は1966年に発表された『心のステレオ/その人は昔』(コロムビア・レコード)の映像化作品だが、レコードはその年の「レコード大賞」で「企画賞」を貰ったのではなかったかなぁ、と記憶するのだが定かではない。
企画・演出は舟木さんを世に出したコロムビア・レコードのディレクター、栗山 章さん。

北海道襟裳の百人浜。人々は昆布漁に明け暮れる生活だ。
漁をする人々の群れの中に若い男女がいる。二人は先の見えないこの暮らしに飽き飽きしている。
ある日、示し合わせて都会へと出奔する。

手を取り合って都会の荒波に揉まれながらも健気に生きる二人だったが、いつか生きる方向を見失ってしまう。
少女は華やかな都会の渦に呑まれ、少年は自堕落になって行く。
離ればなれになった心に誘惑の囁きが聞こえて、少女は別の男に惹かれて行く。けれど少年には少女しかいない。

すれ違った心が、一つになろうとした矢先の約束の時間、少女の前に少年は現れない。
事故で指を失い病院の手術台の上にいたのだ。
絶望した少女は、かつてこんなのは海ではない、と言い捨てた大森海岸から漕ぎだして、羽田沖に身を投げて死ぬ。

百人浜に帰っても少年の居場所はない。
再び、少女を奪った都会に戻ろうと列車に乗った少年。
その列車を白馬のルンナに乗った少女が追いかけて行く。

「その人は昔、僕に夢のきらめきをくれたひとだった」…。

意欲的で実験的な音楽映画なんである。
何故か公開当時見逃していて、ビデオで録っておいたモノをやっと見たんである。
主演の二人以外は当時でもほぼ無名のキャストが組まれている。
ただ一人、少女を手玉に取るファッション・デザイナーの妻役の金子勝美という女優さんが元・松竹でちょっと注目されたことがあった程度で、これも知ってる人しか知らないというキャスティングだ。
通常、少年少女の両親あたりに名のあるベテランを配役したくなるところだが、そういう工夫は意図的にしなかったように思われる。芝居らしい芝居をさせないことでドキュメントっぽい味わいを狙ったのかもしれない。

百人浜の寒々しい風景は岡崎宏三さんのカメラが見事に切り取って見せてくれる。
走る列車。東京の雑踏。打たれるタイプライター。走る活字。動く印刷機。泥の沼大森海岸。
見事なカメラ。いつもながら詩のような映像だ。

音楽・船村徹。
「え、あの演歌の?」とみんな驚くと思うのだが、それはここ何十年かのこと。
詞が歌謡曲か怨歌かだけで多少の変わりはあるが、船村さんは昔っから新しい。
そのエッセンスはこの映画(もしくはレコード)の中に全部ある。
だから『白馬のルンナ』がなんの違和感もなくこの映画に登場するのだ。

その『白馬のルンナ』を歌った内藤洋子は時々、その台詞使いと発声が吉永小百合とまったく重なる。資質が永遠のスター。
もっとも、歌にも演技にもそれほど欲がなかったようで、早々と結婚して芸能界を離れたので、最終的な到達点は吉永さんとは段違いの力量なのだが、その下手さに品がある。
下手の一言で一刀両断に切って捨てられない魅力をたたえている。

舟木一夫は痛々しいほど野暮ったくて初々しい。
紅白連続4年出場とかレコード大賞歌唱賞受賞とか多分絶好調の時期で、だからこんな企画モノレコードが生み出されたし、発表が可能だったのだ。
多くのスターがこんな時期には自信過剰になって本人は良いと思っているんだろうが、ファン以外の人間が見ると嫌みでたまらない芝居なんかしてても不思議はないんだけど、これはギリギリ成功ラインにとどまっている。
初々しさの表現法などにちょっとした嫌みはあるんだけど、失敗になっていない。
当然かも知れないが、演技的には『絶唱』の方に進境著しいものがある。
僕はこの当時、既にビートルズのバイブレーションを受けていたのだが、舟木さんと年齢が同じなので、その歩みはいつも観察していた。デビュー曲の『高校三年生』から歌唱賞の『夕笛』あたりまではキチンと聞いていた記憶もある。

そして、この元々の企画をしている栗山 章さんだが、実は僕を表方として起用してくれた最初の人なのだ。
沖縄返還に伴って作った『沖縄を語る時』というレコードの企画者は彼で、僕を取材・構成・ナレーションで使ったのが栗山さんなんである。
つい何日か前、友達に「かぜ君って、その業界のトップと仕事してたんじゃない。考えてみると本当は凄いことなんだよなぁ」なんて言われて、そういえば中村八大さんと遠藤実さん、ポップスと歌謡曲の両巨頭と組んでレコードを出してる作詞家はそうはいないんじゃないかな? とか思ったばかりだ。
問題はそういう人たちと組んでるのに辿り着いたところがせいぜいこの辺、ということにあるわけだが…。
で、考えてみると栗山さんと組んでるのもとんでもなく凄いことなんだよな、当時としては。
栗山さんは大スター舟木と小物スター(マ、本人がそう思いたがっているんだから、別にイイじゃない。大物って言い出さないだけマシってもんでしょ。言っても周りが認めないわな)かぜ耕士という同年齢の人間を世に出してくれたわけだ。
※栗山さんは現在、小説家で作品に『ジャマイカの白い冬』『白馬のルンナ』などがある。

そんなわけで『その人は昔』は『僕ってば昔』話につながっていってしまうのだった。
なんじゃらほい。

■ ご無沙汰しています。僕は、最初これをコミックスで中学生の時に読みました。妹が仕入れてきたものを借り手読んだのです。そこには映画化されたことも記されていました。それを映画で見たのはそれから十年はたっていたでしょうか、深夜のTV放送でした。何度も読んでいたので題名を見たとき、これは見なければと思った記憶があります。主役の内藤さんはコミックスと瓜二つでした。内藤さんをはじめてみたのは地獄変という映画で小学生だったと思います。生きたまま燃えるシーンが子供心にとても怖かったので鮮烈に脳裏に焼きつきました。  (きん太のようなもの さん)
■ かぜさんのHPがあると聞いてあわててやってきたら、舟木一夫主演、印刷工場で手の怪我って…これこそ私が捜し求めていた作品でした。タイトルも監督も不明のまま遠い記憶だけをたよりにあちこち聞いて回っていたのですが、こんなに突然再開するとは!これこそ私が生まれて初めて映画館で見た映画です。たしか、京都のおばあちゃんの家に行っていた時に、満員で立ち見で見たんです。もし公開時だとしたら5歳でしょうか…早速ビデオを探して見ます。ありがとうございました。  (baleine さん)



  YAMAKASI/ヤマカシ (2001年 仏映画) 2005/06/05(Sun.) 14:47 

製作 リュック・ベッソン
監督 アリエル・ゼトゥン
出演 ヤマカシ

「ヤマカシ」はパリで評判のストリート・パフォーマンス集団だそうだ。素手でビルをよじ登ったり、街を全力で疾駆したり、車の往来も確かめず歩道橋からジャンプするスタント・パフォーマンスが売りらしい。
彼らの舞台はパリ全体であり、観客はパリジャン、パリジェンヌすべて。
じゃあ、観客は彼らの全貌をどこで知るの? パフォーマンスの始まりから終わりまで見ることは出来るの? ってことになるので、この集団がどれくらいの力量を持った人たちなのかは捕まえようがないわけだが、とにかく、フランスの超売れっ子監督リュック・ベッソンが彼らに目をつけて映画を一本作ったわけだ。

「ヤマカシ」は7人組。副タイトルに「現代のサムライ」みたいな文字が見えるが、フランス語から遠ざかって久しいので正確ではない。
「日本には『七人の侍』、アメリカには『荒野の七人』があるじゃないか」という台詞が出て来るので、多分あんまり間違いではないと思う。

「ヤマカシ」は国籍も育ちもバラバラで、特技もそれぞれに違う。でもトランポリンの名手は解るけど、「音楽狂い」って特技なのか? この強盗話には別に何も寄与していないと思うぞ。

話はヤマカシがビルの向こうの御来光を拝みに高層マンションを素手でよじ登るエピソードから始まる。
これを子供が見ていて、やがてヤマカシごっこが流行の気配を見せる。
パリ警察は彼らを放っておけなくなり、取り締まりを強化し始める。
そんなとき、心臓疾患の子がヤマカシごっこで木から落ち、緊急の心臓手術が必要になる。
その子が近所の子だったのでヤマカシたちはその手術代を稼がなければならなくなる。

40万フランとか言ってるので日本円では800万円くらい? 換算し間違っているかもしれないが、そんなお金が早急に必要になってヤマカシたちは泥棒を計画する。
彼らの入る家がプチ豪邸なので、なんか、大義が必要なんじゃないの? と思いながら見ていると選んだ家はちゃんと入るべくして入ったことが解るので、おお、案外、ホネがあるじゃん、などと納得し始める。
そう、このころにはすっかり映画の中に入り込んでいて、この颯爽たる若者たちに妙なシンパシーを覚え始めている。

話は安い。
だが、ヤマカシがこれらを本当にスタント無しでやっているとすればその身体能力は驚くほどすぐれたものだと思う。
顔は一人もイカしていないのだが、その身のこなしの鮮やかなこと!
簡単に虜になってしまう。

しかも、警官のドンパチは多少あるけど、マヤカシ自身は身体一つで戦っているので、何とも爽快で痛快なのだ。

90年代の初め、リュック・ベッソンの作った『ニキータ』が評判になって、長い間低迷していたフランス映画に、再び脚光が当たるようになったわけだが、僕は、この『ニキータ』という映画があまり好きでなかった。
主演の女優アンヌ・パリロウは悪くないのだが、男優たちのフランス語が妙にフニャフニャしていて居心地が悪い。
フランス語ってこんなにカッコ悪かったっけ? という気がしたほどだ。
むしろ、アメリカでリメイクされた『アサシン』の方が僕は殺し屋映画っぽくてイイと思ったほどだった。

でも、この『ヤマカシ』は気に入った。
とてもカッコいい。
そのカッコ良さが白人男優ではなく黒人やイエローによって醸し出されている、というのが今風かもしれない。
白人も何となく東欧系が混じっていたり、彼らの友人刑事も優男のパリジャン風でないのがイイ。
まあ、フランス風エスプリは監督や制作のベッソンの中にたっぷりあると思うので、つくりはアメリカ映画風だけど、テイストは確かにフランス風味が漂っていて、久々にフランス映画も良いな、と思った。
フランス語もここでは凛々しく聞こえてきて、『ニキータ』の時の気持ち悪さはない。
パリに流入した外国人たちが必死で会得した正しいフランス語が語られているのかもしれないな、と思ったけど、どうなのかな?



  我が心のジョージア 2005/06/05(Sun.) 14:45 

2005-03-17(木) 16:33:56

昨日、古い友人と電話で4時間の長話をしてしまった。
午後10時から深夜2時まで。
才能のある役者だったが、比較的早めにこの世界に見切りをつけた。
業界の趨勢を見た時、自分の出る幕がなさそうだったからである。
見極めの利く奴なので話が弾む。
テレビドラマの話をしていても世に出て来る奴を見逃していないのがよく解る。
話をしてから半年もすると僕らの間でだけ話題になっていた役者がレギュラー出演を勝ち取っていたりする。
僕は日本のテレビドラマは最近、初回だけは見る、という習慣も捨てたのであまり詳しくない。で、彼の注目した役者だけ注意してる、といった塩梅だ。

その彼がカラオケの持ち歌にしているのが『我が心のジョージア』らしくて映画『Ray/レイ』の話になった。
僕にとっては飛んで火に入る夏の虫ではないか!
まあ、長広舌を振るいましたともサ。

といった前置きはともかくとして、話題は、この歌の「ジョージア」は「ジョージア州なの?」「それとも女性の名前なの?」ということなのだ。
これについては4月2日のFMさがみ『人生を変えないラジオ』で喋ってしまったので書こうかどうしようか迷ったのだが、実はまったく同じ質問をこのサイトの常連さんからも戴いていた。
僕はこの歌を10年以上前に持っていたラジオ番組の中で訳詞付きで紹介してしまったので、「女性の名」であることは知っている。

ジョージア、僕は君を愛している。
君と一緒に暮らせてはいないが、いつも君のことを思っている。
他の女が腕をさしのべた日もある。
他の女が微笑みかけてきた日もある。
でも、僕の心はいつも君のもとへ帰って行く。
ジョージア、僕は君が忘れられないのサ。

というのが大意なので、女性の名は、簡単に「ふるさとジョージア」という望郷の思いに置き換えが可能だ。
ジョージア州が州歌にしてしまっても何の無理もない。
Rayはジョージア州の生まれなのでなおさら望郷の歌に聞こえる、という側面も見逃せないが、作者は『スターダスト』のホーギー・カーマイケルでホーギーはインディアナ州の生まれなので、ジョージア州を歌う理由がない。
ちなみにホーギー・カーマイケルは1959年のヒットTV西部劇『ララミー牧場』のジョンジーさんである。
ネットのあちこちに書いてある『ローハイド』に出ていた、の記述は間違いなので気をつけるように、って誰に書いているんだか…。
ちなみに「ジョン爺さん」でもないので注意するように、ってこれは僕に言ってる。
実は数ヶ月前に『ララミー牧場』のキャスト表を見るまで、40年以上も「ジョン爺さん」と思いこんでいた。ホーギーは爺さんに見えたし。
ジョンジーさんVS ジョン爺さん。笑える間違いかもしれない。
『我が心のジョージア』はそういうことです。



  いれずみ判官/下妻物語/3千代 など 2005/06/05(Sun.) 14:40 

2005-02-25(金) 01:40:15

雪が降ってきた。
かなり大きな結晶だが、まだ雨混じり。
『ヤアヤア・シスターズの聖なる秘密』を見終え、片岡千恵蔵の『いれずみ判官』を見始めた。
『ヤアヤア…』はサンドラ・ブロック、エレン・バースティン、ジェームズ・ガーナー、マギー・スミス、アシュレイ・ジャッドというベテランと新進が入り混じった奇妙な豪華キャスト。
エキセントリックな母を持ち、その奇矯な子育てのトラウマから逃れられない娘が、母の親友たち「ヤアヤア・シスターズ」からそのDVとしか言いようのない行動の秘密を解き明かされて行くというまだるっこしい物語。
僕はこういう母娘の物語は生傷を引っ掻かれるようで駄目だなー、多分。
ところで、こういう映画はどんな観客を想定して作られるのかな?
このキャスティングでこんな新作が出来た、と聞いて上映館に駆けつける客が想像出来ない。とは言え、みんなが飛びつくような映画ばかりだとそれはそれで困った状況な訳だし…。現在の日本のTVプログラムみたいなしょうもないことになるでナ。

で、落ち着きどころの良い東映の『御存じいれずみ判官』に逃げる。
遠山の金さん物である。今月の東映チャンネルは「金さん特集」なんである。
ただ、主役が東映の重役スター、片岡千恵蔵なので、まったく期待感がない。立派すぎるキャスティングにはハラハラ感が無いから、心もときめかない。
御大の映画だから脇まで豪華配役だ。
キャスト8枚目のその他大勢の俳優さんにも知っている名前がある。
そういう面子を揃えられるところが東映の凄さだが、知ってる自分もなんて無駄知識の宝庫なんだと驚いてしまう。
まあ、昭和30年代前半の映画はキャスト5枚目あたりの20人くらいまでは全部知っている。でも、あの頃のチャンバラ少年はみんなこんなだものな。自慢のしっこを始めたらキリがない。
娘役は丘さとみさん。愛らしいのに達者で、それが鼻につかないイイ女優さんでした。
ビリング20番目くらいの三原有美子さんが案外いい役。これより後に里見浩太朗さんたち集団主役グループの映画ではイイ番手の娘役もやりましたね。

思えば僕の年齢は大体、東千代之介、千代の山、島倉千代子の「3千代」がセットになっていて、対極に中村錦之助、栃錦・若乃花、美空ひばりがいて、僕の友達は大学時代まで大体「3千代」派のヤツばかりだった。
つまりレコードで言えばB面好きの連中だ。
千代の山が「吉葉山」になることはなくて、吉葉山好きのヤツとは友達になれなかったことを思い出す。
これが年齢が2つくらい下になると「栃・若」が「大鵬」に、「千代の山」が「柏戸」に入れ替わる。

今日は出ていないけど、錦ちゃんはやっぱり上手いよなあ。
ただし、勝つことが判っている人に肩入れするのが好きじゃなかったのでファンにならなかったけど、思えば錦ちゃんを嫌いだと思ったことはないんだよなー。
多分、千代ちゃんファンは最初から一流への道を捨ててるよな。社会でもあまり出世ラインに乗れなくて「変わったオジサン」への道を歩んじゃったような気がするなぁ。

なんか瞼が垂れてくる。雪が本格的になってきたのかな…。


2005-03-16(水) 02:26:23

遅ればせながら『下妻物語』。
ちょっと時間の無駄しちゃったかなあ、と無理矢理思いたくなる快作。
だって、封切り時にこの作品を見たいと思った記憶はないもの。つまりは世間の評判をさんざ聞いて知っているから見たってこと。
昔から仕事柄、評判になっているとか評判が良かったと聞けば追っかけで大抵の物は見るわけだけど、そういう見方が自分の中では癪にさわってしょうがない。
『下妻物語』なんてそれ以上、何の理由も無い。
ケー、悔しい。
面白いじゃあねえか! フカキョン(こんなこと言っていかにも知ったかぶるところにジジイ度が出るわけだが、)、でも可愛い! 土屋アンナ、キュート!
人工的な色使いとキッチュな筋立てがなんかおかしくてフハフハと脱力笑いしてしまった。
でも、これを見ても、見逃しても、自分の人生の何にも影響しないので、やっぱり時間の無駄だったかな、と無理矢理そこに持って行きたいわけだ。
なんせ、封切り時にはどんな選択眼的見地からも僕は絶対これを見落とす自信があるので。悔しいジャン。
下妻、ネェ。何ちゅう場所設定や。掟破りジャン。
下妻から代官山? パターンじゃん。
「いちこ」の本名「いちご」? 『翔んだカップル』の石原真理子ジャン、と全部手の内にはまって行く心地よさ。
女の子の方が元気がよい「今」という時代。女の子の方に正義がある時代の、女の子の率直で素直な生き方がすんなり心に入り込む。
ふーん、といつの間にか感心して見ていた。



  24/ER/堕ちた弁護士ニック・フォーリン 2005/06/05(Sun.) 14:26 

2005-02-16(水) 01:09:25
最近、外国の連続テレビドラマにはまっている。
『24』が終盤に近づいているが、事件が起きすぎ。終わりまでつきあうしか無いべサ。
『堕ちた弁護士 ニック・フォーリン』が案外な面白さ。
ヤクで捕まって児童相談所のボランティアをやらされている弁護士、というのがミソで、アメリカの家族問題や少年少女を取り巻く環境にメスを入れて行く。
徐々に少年少女に肩入れして行く姿に好感が持てるのだが、主役はツルンとした顔をしていながら、何かクセがある。エリートのイヤ〜な感じも持っていて、そこが役柄に上手くはまっている。
ま、この人のファンにはなりにくいけどね。
設定が面白いのに、主役俳優を人気者にさせるには設定が損、と言う痛し痒しの魅力作だ。
『ER』の第2シーズンはまだ絶好調をキープしている。
「医療は奇蹟じゃない」
「でも、もしおまえの子供が患者だったら、奇蹟を望むだろ?」
小児科医ロス先生の言葉にグリーン先生が黙って背を向けるシーンに泣いた。

ところでずーっと昔だが、「TVロー」という言葉に出会って義弟に訊いたが、「そんな言葉はアメリカにはない」と一蹴された。
ところが、新シリーズの『ER』に「TVドクター」という言葉が出てきた。
何か法律上の問題が起きた時、コメンテーターとしてテレビに出て来る弁護士が「TVロー」、医療コメンテーターが「TVドクター」なのだ、多分。

2005-03-01(火) 18:24:28
『24』の1シーズン目を見終えた。
最後の2時間で、というか、2話分だけでの大ドンデン。これまでの22週は何だったんだー、と叫びたくなりましたね。
バウワーの娘なんて24時間で何度も死にそうな危険に遭って、まだ精神が正常だとは!
あまりのショックに記憶喪失にまでなってやっと立ち直った妻が最後に!
可哀想で見てらンな〜い!って最後まで見ちゃった。俺は人非人だァ! 
14日からスタートの第2シーズンも見ちゃうのかなー。

続いて『ER』の37回目(?)。
「いつもグリーンじゃいられない」。
病院内部の様々な問題の一部が暴き出されそうな予感。カルテの改竄?
人情味たっぷりのドラマの中にもシビアな展開で1話完結でなくなってるな。
これだとこっちの都合で見るのやめられなくなっちゃったねー。ってやめる気はないんだけど。

『堕ちた弁護士ニック・フォーリン』も昼間録っておいたのを夜中の1時から。
心臓手術3回目の少女の後見人になることを決意するニック。ヤク中弁護士がどんどん目覚めて行くという設定は最初の拒否反応を上手く乗り切れば、こういう展開があるのだなー、という面白さがある。
無知なだけの人が目覚めて行くのより振幅が大きくてなかなか見せる。

『ガリバー旅行記前後編』の内、たまたま録れていた「後編」から見ちゃった。1話が2時間の長尺モノ。
「天空の国ラピュタ」と「馬の国」の話で、恥ずかしながらガリバー旅行記が文明批判や人間の傲慢さを批評していることで生き残ってきた文学であることを思い出した。
多分、精神病院に入れられているガリバーがみんなにホラ話と思われながら「巨人国」と「小人国」を旅した話をするところから始まっているんだろうなー、それは寓意の物語なんだよなー、と読めちゃうので、もっとハラハラするためには「後編」からなんか見ちゃいけなかったんだ、この物語は。
こういうずぼらなこと時々しちゃうんだよな。
キャストはイギリス演劇人大結集の力作。ピーター・オトゥールからジョン・ギールグッドまで出ている。オマー・シャリフも!

そんなこんなで確定申告、未だ出来ず。
なんか日々を引き延ばしてダラダラと生きているみたいだ。ジジイめ!





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