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(2008/03/15(Sat.) 00:09 〜 2004/11/14(Sun.) 03:09)

  最初の人 その1 2008/03/15(Sat.) 00:09 


僕の親しい人たちが相次いで本やDVDを作りました。
ぜひ、読んだり見たりしてやって下さい。

『ビビ』 さく・たがわいちろう え・中村みつを
自費出版 60P  \1,000 (税込み)

作者の田川さんは元テレビ朝日のプロデューサーで、ディレクター時代に僕をテレビに登場させた最初の人です。
彼の番組で何本かナレーションを書き、それを自分で読み(つまり、ナレーター)、リポートもする、という仕事をやらせて貰いました。
ラジオに出始める前のことです。
田川さんは何年か前にテレビ朝日を退き、フリーのディレクターとして仕事をしていますが、次の仕事にかかるまでの間、郷里に戻って、ブルーベリー畑を耕しています。
この絵本はそんなある日、自分の前に現れた猫のビビとの暮らしを描いています。
ネット上でだけ手に入れることが出来ます。
E-mail tagawa@inv.co.jp
田川さんのHP [Click Here!]

実は僕は犬好きなんですが、サイトにお集い下さる方々にはなぜか猫好きが大勢いらっしゃる。
ぜひ、一冊お手元に、そしてプレゼントなどにもご購入下さいまし。

ちなみに田川さんの最も新しい仕事は
'08年3月23日(日) テレビ朝日系 pm2:35〜
『黒柳徹子のアンゴラ報告
 産油国・豊かさの中で死ぬこども』

この頃は「セレブ外交」が効力を発揮していて、U2のボノやアンジェリーナ・ジョリーのようにみずから志願して無償の仕事をやるスターが大勢現れていますが、こんなに長く続けているのは黒柳さんだけです。
そして、田川さんもこのシリーズの最初から番組作りに携わっています。
僕は噛んでいませんが是非見てやって下さい。

■ ちょこんと座っている表紙のビビが、ね〜つれてってよ〜と言っているようです。書店でみかけたら即買いしちゃうかもです。ネットで今、売り切れ中なのですね。今後も気をつけてチェックしてみます。  (むつらぼし さん)
■ 「ブルーベリー畑で出遭った」という点がステキですね。  (落書君 さん)
nSsmoRtvGEKIPYD  (pswcixci さん)
■ qGuzdIHjEeGHYRh  (nxxsjwizl さん)
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PWjsLBgfafMN  (oylithjb さん)
■ CueKEoKXMlp  (ipnqptldo さん)
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zEDWXIHqlVCmlsjP  (uvicqqvnk さん)
■ oHRvIVYX  (mjswwraaw さん)
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zOxeZoDI  (pynvevfw さん)
■ xeOTlKkKZExYY  (eumwdt さん)
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  最初の人 その2 2008/03/14(Fri.) 23:54 


DVD 『ラケットボール 誤解だらけのルール Part 1 審判体験版』
脚本監督 ウイリアム藤田 
制作・発売 アズ・シネマ 45分  \1,980(税込)

ラケットボールというスポーツをご存知だろうか?
壁打ちテニスみたいに対戦者同士が同じ方向を向いて、ひとつの壁にボールを交互に打ちつける(僕に言わせれば)変なスポーツである。
ニューヨークが舞台の映画でヤッピーが昼休みにやってるスポーツといえば大抵はこれだった時代がある。
実はこのスポーツ、日本人がとても強さを発揮する競技らしくて40歳以上の部の現世界チャンピオンも日本の酒井正一プロなんである。
つまり、世界大会がしばしば開催されているスポーツなんだが、何故か日本では知名度が低いらしいのだ。
そのスポーツに僕の友達のウイリアム藤田がハマってしまった。
そして競技の普及のためにこのDVDを去年、半年がかりで作ってしまったんである。
彼はプロが教えてくれるCGスクールに通って1からテクニックを学んだ。
その昔、学習用コンピュータソフトを作る会社も持っていたので勿論、最初から勘所は判っていたわけだが、驚異的な吸収力で短期間でテクニックを学び取った。
ぼくはこの種のHOW TOビデオは仕事柄何本も見ていて、僕自身も携わったことがあるが、それらと比べてもこの1本はかなり良い仕上がりをしている。
この、まだ知名度は低いが日本人が結構強くなれるらしいスポーツに興味のある方、ラケットボール、へぇ〜、ちょっとやってみようかなと思われる方は是非、お買い求め下さい。
僕にご一報下されば取り次ぎます。

ちなみに脚本・演出のウイリアム藤田は、コンピュータを扱う前は劇団四季の役者だった。ウイリアムは彼の信奉するシェークスピアのファースト・ネームを採ったと見るが、どうか…。
退団してフリーになった時、『あしたのジョー』の登場人物力石徹に顔が似ていたので、「力石 考」という芸名に改名させられてスペース・ヒーロー物にレギュラー出演していた。
彼とは彼が役者になる前、フジテレビのワイドショーでADをしていた頃からのつきあいで、ちょうど40年になる。
僕もまだレコードが一枚出たきりで彼と同様、ADのバイトで喰っていた。
ある日、ゲスト出迎えのため、玄関脇の待合い椅子に座っていた僕の横顔を見て、彼がポツリと言った。
「僕にもかぜ君の鼻があったらなあ…」
僕の鼻を欲しがったのは彼が初めてで、まあ、後にも先にも他にはいない。
僕は彼を「日本のグレッグ・ノーマン」だと思ってるんだけど、津川雅彦さんが加藤剛さんの鼻を欲しがるように、どんな美男も自分の顔にはまだ不満なところがあるものなんだなぁ、思い出すたびおかしくなる。
そういう間柄である、という紹介に過ぎないんだけどね。


『明日の広告』〜変化した消費者とコミュニケーションする方法
著・佐藤尚之 アスキー新書 \743円+税

ご存知さとなおさんこと大手広告代理店のクリエイティヴ・ディレクター佐藤尚之さんの最新著作でベストセラーの匂いがし始めている一冊だ。
僕をネットの世界に引っ張り込んでくれた「きっかけ」の人で、今回の「最初の人」という括りに合致する。
ただ、彼を僕とのつきあいの側面から語って良いかどうかにはちょっとためらいがある。
田川さんの本と藤田君のDVDは僕との関係を語る方が親しみを持って貰えるだろうと思うのだが、佐藤さんの本はそういう狭いところから語り出さなくても、というか、語り出さない方がよい本である。
直接的には何の関係もないフリをして大絶賛してあげる方が効果がある。
なんとか、そんな風に上手く宣伝してあげられないかなぁ、と方法を模索している内に時機を逸してしまった。
知らない人のフリをして書こうとすると、彼の最近の書き手としての勢いに押し潰されそうな自分を感じてしまうんだよねぇ。
書評の上手な人の本を書評しようとしてるわけだから、やたら頑張って書こうとしてしまうわけで、そういうのは元々、僕のスタイルに合わないし、文章力も追いついて行かない。
で、知らん顔をしようとしてみたんだけど、品切れで勢いが止まっちゃってると聞くと、じゃあ、その間、どこでもいいからどこかで、その本のことが語られていれば場つなぎにはなるんだよねぇ、とも思えてくる。
そして、そんなことを言ってる内にもっと厄介なことが起きてしまった。
この本が本当に売れ始めてしまったのだ。
事ここに至ると、僕が自分と著者の近い関係から語り出すと、売れっ子の名を利用して自分の箔づけに利用しているように見えないだろうか、などという心配もしなければならなくなってしまった。
イヤー、厄介だなあ。じゃあ、もう放っておいても売れるんだから放っておけばいいジャン、なんて考えも浮かんできたんだけど、いや、後であんなに売れた本なのに知らん顔をしたなんてことになると、つきあいにも支障が出てくるよなぁ、とか、僕という人間の小っちゃさが次々に露呈してくるのだね。
で、とにかくカバー写真を載せちゃう。
務めは果たした、という顔をしちゃう。
しかも古い友達のDVDと並べて、特別扱いはしないよ、どちらも僕の友達だモン、という上から目線にしておこう、とも考えたわけだよね。
広告的にはコレでこちらの下心は読まれずに済むかしら、とかね。
まあ、何かする時は大抵、そのくらいまでいろいろ考えるんだけど、このところ、そういうのは全部空振りで、案ずるより産むが易し、や、バカの考え休むに似たり、みたいなことになってるんで、これも色んなあれやこれやが丸見えでっせ、なんだけど、とにかく売れてくれればいいや、というところに全部収めて、今回はこれにて!

■ 『明日の広告』買いました!本屋で見かけて、中(目次)をパラパラ見た時に「スラムダンク」の文字が!我が家は『SLAM DUNK』信者?です。数年前の1億冊感謝キャンペーンがさとなおさんのお仕事だったことを、立読みしたその時初めて知って…  (りみっと さん)
■ (すみません。投稿途中で送信したみたいです)…で、読後感は、自分は広告業界の人間でなくただの消費者ですが、こんなオバサンも広告業界の人から見たら共に商品を広める仲間?なのかなぁ…という感じでした。で、今更ですが、佐藤尚之さま…彼らに再び会わせて下さってありがとうございました。(なんでココでメッセージ書いてるんだろう)  (りみっと さん)
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■ UqiKAIAxFhbHtsLAjg  (lpqgkiug さん)
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■ yHHZikVRTZrymHCSWcV  (iaombmnctd さん)
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  愛の血まみれミュージカル『スウィーニー・トッド』 2008/02/09(Sat.) 07:42 


『スウィーニー・トッド〜フリート街の悪魔の理髪師』 
於:川崎TOHOシネマズ

2/8(金)初回の上映だったが客は3人。
上映3週目を終えて、そろそろ客足が途絶えつつあるのか?

原作戯曲:クリストファー・ボンド
作詞作曲:スティーヴン・ソンドハイム
監督:ティム・バートン
出演:ジョニー・デップ ヘレナ・ボナム・カーター

8年前の2/29日、ロッシーニのオペラ『セビリアの理髪師』に絡めてこんな原稿を書いた。

「……フィガロは陽気ですが、逆に怖いのが『スウィーニー・トッド』。
椅子に掛けた無防備な客の喉元を掻っ切るというロンドンの理髪師が主役で、これがなんと実話。
3回も映画化されておりまして、同名のミュージカルも大ヒットいたしました」

ちなみに3回の映画化とは1936年、1982年、1997年。
ミュージカルはブロードウェイでヒットを記録してトニー賞を受賞。
主演はテレビ『ジェシカおばさんの事件簿』(70年代はアガサ・クリスティ物の映画にも)で知られた超ベテランのアンジェラ・ランズベリーとジョージ・ハーン。
日本では1981年、松本幸四郎と市原悦子版が話題になった。
演劇版の初演は1847年だとか。クリストファー・ボンドの原作戯曲からと但し書きがつくのはそのためだ。

正直、このミュージカルはあまり気持ちの良い物語ではない。
ロンドンの下町で床屋を営むバーガー夫妻。
美しい床屋の妻に横恋慕した判事が夫のベンジャミンを無実の罪に陥れ、妻を奪う。
遠く、オーストラリアの牢につながれたベンジャミンは脱獄。
投獄から15年後に命からがらロンドンに帰り着き、スウィーニー・トッドと名を変えて復讐の機会を待つ。
この床屋の主人に昔から惚れていたのがパイ屋のミセス・ラベット。
だが、夫人の焼くパイは「ロンドン一」不味い。
19世紀初め。イギリスは大不況。肉が手に入らず、野良猫の肉を使っているという噂の店もあるほどだ。
トッドはパイ屋の二階に店を構える。
だが、ある時、不幸な事件が起き、トッドは死体処理の必要に迫られる。
ラベット夫人の提案に乗ったトッドは、その日から、身寄りのない男、流れ者、などたとえ死んでも誰も捜索願いなど出さないような人間の喉元を掻っ切り始める。
人肉を機械で挽き、夫人の店でミートパイとして客に供する。
それもこれも判事がやって来て、床屋の椅子に座る日を辛抱強く待つためだ。

というロンドンでは150年以上も語り継がれて来たという「実話」なのだが、何せ話が話だから楽しくなり様がない。
「愛の床屋」の「血まみれミュージカル」。知ったら逃げるぞ「繁盛パイ屋の秘密」って訳だ。
『愛の床屋』のお話は唐さんの芝居にもありましたナ。

まあ、運命のいたずらから人肉パイを作らざるを得なくなるのだが、トッドの復讐劇には正当な理由があるので、物語としては成立している。
確かに顔を背けたくなるほどの殺人シーンや血しぶきが飛ぶのだが、グロテスクではなくどこととなく美しく物哀しい。
ほとんどモノクロかと思われるような色調なのだが、不思議な質感がロンドンの不況とトッドの運命の暗さに上手く重なっている。
だが、15年の時を経ても、ラベット夫人は昔恋したトッドに気づくのに、トッドはあれほど愛したひとに気づかない。どんなに変わり果てていようとも、である。
そして彼女もまた…。
それでいながら、トッドは「罪に落とした床屋に、何故、気づかぬのか!?」と判事の喉元掻っ切るのである。
もともと判事は極悪非道な人物だし、愛した人すらトッドに気づかぬ変わり様なのだから、判事がお前に気づくはずがないではないか。
お前だって気づかれぬほどの変わり様を武器にして、判事を招き寄せたのではないのか? と合点が行かぬ。
このお話は舞台版ミュージカルの時からこういう無理があって、最後はある種の誤解の中で、人々は殺し合って果てる。実に無惨な話なのだ。

トッドとラベット夫人はイギリスの階級社会への反逆者なのだ、だからこの物語は正当性があり、人気があるのだ、てなことを言い出す人がいそうだ。
いかにもその辺の反応を待っているような話の作りでもある。
でも、正当性があるからといって誰もがこの作品を好きになるかどうかは疑問だ。
だって、これが当たったアメリカなんてイギリスほどのハッキリした階級なんかないじゃないか。
では、激しすぎるが故の哀しい愛の物語に人々は共感するのか?
愛のための復讐ったってこんなに無差別殺人を繰り広げちゃ支持は受けにくいんじゃないのかい?
自分の愛のために人を巻き添えにする主人公なんて共感出来ないべサ。
…と、マイナス要素はいっぱいある。

ところが話は無惨なのだが、一人娘ジョアンナはいつかこの惨劇も忘れ、父の愛に気づく日も来るだろう、その時、彼女は必ずや幸せになれるだろう、というわずかな光明を垣間見せて終わる。
なので、悲惨な気分で劇場を出ることにはならない。

主演のジョニー・デップは「塗り物系」に良い味の作品が多い。
「塗り物系」…、そんな区分けがあるのか? 
ナイとは思うがまあ、良いではないか。

『夜になる前に』のボンボン、『パイレーツ・オブ・カリビアン』のスパロウ、『チャーリーとチョコレート工場』のウォンカ、『リバティーン』のウィルモット、『レジェンド・オブ・メキシコ』のサンズ、『デッドマン』のブレイク、『シザー・ハンズ』のエドワードなどなど、「塗れる」役はリアルを超えた面白い役作りが出来るからなのか、この人はとても楽しそうに役に没入する。
『スウィーニー・トッド』も最初から死人メイクのような白塗りなので、実にこの役者に似合っているのだな。サイレント時代の白塗り役者を思い出す。

デップはもともとロック歌手を目指していたと聞いたことがある。
「地声」でなく「素の声」で歌っているがとても上手い。
「素の声」という表現は俳優のボイス・トレーナーとして一部の人だけが知っている野村洋子さんの言葉であるが、デップの歌は「素の声」と呼ぶにふさわしいと思う。無理がない。なので気持ち良く聞ける。
ほとんどが歌で語られるため、セリフは極端に少ないのだが、歌から台詞へ、台詞から歌への渡り方がスムーズだ。
日本人は「歌」は「オペラ風」が最上だと思っているようで、いかにも声楽的な歌い方をする舞台俳優の評価が高い。そこに声量が加われば言うことナシ、と思っている。
でも、「素の声」で歌わなくちゃ、実はこういうミュージカルはうるさくってかなわない。
声を張り上げる人ばかりのミュージカルがどんなに辛いものか…。
この映画では、娘のジョアンナ役が声楽的な歌い方で、沢山出てくると辛いと思ったが、杞憂に終わった。…助かった。
実はブロードウェイ版はほとんどの役者が声楽発声で僕の性には合わなかった。
合ったのはただ一人、アンジェラ・ランズベリーで、つまり役者の発声。
柄でこなしているようにも見える役作りだったが、歌は上手かった。
この仕事でトニー賞の主演女優賞を受賞したのではなかったか? 不確実でスマンが…。

ラベット夫人のヘレナ・ボナム・カーターは昔なら、伊佐山ひろ子さん、最近なら広田玲央奈さんのそっくりさん、と言って良いと思うが、歌も芝居も上手い。
最近見たのは『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』だが、前にアカデミー賞の候補にも上がったことがあると思う。この人もセリフとの行き来がスムーズな歌い方をしてる。

つまり、監督のティム・バートンはミュージカルと言うより、よりドラマらしいドラマを作ろうと試みている。
ミュージカル仕立ての、幻想的だけれど、でもリアルな作りだ。
舞台版でラベット夫人が可愛がるのは知恵遅れの青年だが、これを人気理髪師の下で働く利発な少年に替えているのも成功している。
自分の子として引き取って、トッドと海辺で静かに暮らしたい、と夢見る設定がとてもリアルになった。
この「夢」のシーンは、『シザー・ハンズ』の時のように人工的な着色画面なのだが、年甲斐もなく夢見る夫人と暗い顔つきのトッドの対比が映える。
ティム・バートンの真骨頂、という絵作りで美しく、哀しい。

全体的に言えば、もともと、凶悪殺人犯の話なので、肩入れしにくい主人公だ。
ただ、こういうオフビートな人間像はジョニー・デップの役選びの中にある物なので、ヤケに似合ってる。
しかも、ティム・バートンとのコンビ。
『バットマン』でさえ単なるヒーロー物にせず、やたらダークなヒーロー。
真っ黒な画面の中で登場人物を動かすのが好きな人だったから、あらかじめ、こういう仕上がりは想像出来る。しかも、上質だ。
まあ、『バットマン』はコウモリなので夜飛ぶのは当たり前、にしても、「暗闇の中の黒牛」みたいな、わからない絵を作ることもある人だ。
今回はとても解りが良いけれど。

だが、歌いたい歌は一曲もないな。
一節も思い出せない。多分、歌っても楽しくないし…。
歌いたい歌のないミュージカルって…。つまりドラマなんだべサ。
でも、これがミュージカルとしてブロードウェイで受けた要因って、やっぱり………。

それなのに何だろう? 決して損した感じがしない、この気分は。
双手を挙げて大絶賛、というわけには行かないのだが、なんか嫌いになれない。
もう2〜3回、見てみないと嫌いになれない理由に気づけないのかもしれないな。



  Blake Lewis/ブレイク・ルイスから始まる思い 2008/01/04(Fri.) 06:41 


BLAKE LEWIS 『AUDIO DAY DREAM』(レーベル/ARISTA)

1. Silence Is Golden... (Intro) 2. Break Anotha
3. Gots To Get Her (Inspired by "Puttin' On The Ritz")
4. Know My Name  5. How Many Words  6. Surrender
7. Hate 2 Love Her 8. Without You  9. Here's My Hello
10. What'cha Got 2 Lose?  11. She's Makin' Me Lose It
12. Bshorty Grabs Mic!  13. End Of The World
14. 1000 Miles  15. I Got U  16. ..I Choose Noise (Outro)

Blake Lewis. ブレイク・ルイス。
彼はアメリカで年間最高視聴率を記録している歌い手発掘番組『アメリカン・アイドル』の2007年度(第6シーズン)の準優勝者だ。
僕は10,000人が参加した「シアトル予選会」を見て彼に惹かれ、ハリウッド予選の最中からシーズンの最終予想を書き始めた。
正確には第5シーズンの予選会でクリス・ドートリーというスキン・ヘッドの若者の歌唱力に瞠目して以来、『アメリカン・アイドル』については書いていたわけだが、ブレイク・ルイスに出会って以来は毎週狂ったようにこの番組のことを報告し始めた。
僕は去年、本当にこの若者にイカレ狂ったのである。
歌、ダンス、ビート・ボックス、いずれも水準以上の技を課題曲の中に巧みに織り込むそのパフォーマンスに狂喜した。
彼の出演シーンだけを編集して一枚のDVDにして、一日中飽きずにその歌の世界に浸った。
彼のパフォーマンスの魅力についてはもう何度も書いたからここでは省くが、課題曲により、選曲により、衣装どころか表情まで別人のように変わるアマチュアは珍しい。
登場した時から、単なるアイドル志願者とは別の顔を持っていた。
つまり、第5シーズンのドートリーと第6シーズンのブレイクは最初から歌いたい歌、やりたいことが決まっていて、それに向かって一途に突き進む姿が僕の心を捉えたのだ。

ブレイクはシアトル出身の当時25歳で、最初から「職業はミュージシャン」と語っている。
最近になって発表されているバイオグラフィーによれば、彼は「ビート・ボクシング」シアトル大会のチャンピオンらしい。

さて、では「ビート・ボクシング」とは何か? ということになる。
『アメリカン・アイドル』の中では彼を語る際、「ヒューマン・ビート・ボックス」と「ビート・ボクシング」、二つの形容が使われている。
僕はこの方面のことには全く無知なのだが、「ビート・ボックス」と「ビート・ボクシング」にはちょっとした違いがあるように思えてならない。

「ヒューマン・ビート・ボックス」は「人間ビート箱」。日本で「ボイス・パーカッション」と呼ばれているほぼそのモノで、人間が打楽器の音を口真似してしまう技だと思う。
アカペラ・ブームが起きた頃から、日本でもコレをやる若者が増えて、なかなか見事な技を聴かせてくれる。
この技は「リズム・ボックス」みたいに歌の伴奏として機能することが多いように思われるが、もう一方の「ビート・ボクシング」は同じ技でも使われ方が違っていて、「ボクシング」の名の通り、ビートのボクシング、すなわち「ファイト」なんじゃないかと思う。
ラップ・スター、エミネム主演の映画『8mile』の中に「歌詞で闘うのがラップ」というような表現があったと思うのだが、連句、連歌のように次々に句や歌を繰り出して、言葉の戦い、まさしく「詩闘」をやっているのが「ラップ」という音楽なんだと僕は考えている。
歌詞で勝負の優劣を競う、かなり高度な闘いだ。
「詩闘」という言葉は映画『SPIRIT BOXING 塀の中の詩闘』で現れた言葉で僕が作ったモノではない。念のため。
「ビート・ボクシング」もビートに乗せて音や言葉で戦う、すなわち「ビートの応酬・拳闘・詩闘」なので、「ボイス・パーカッション」の楽しさとはちょっと違う。
もう少し緊張感や切迫感があるのだ。
ブレイクの歌について2つの形容が使われていたのは、彼がその2つの間を行ったり来たりするためだが、彼について語る側には「ボックス」なのか「ボクシング」なのか明確な区別がなかったような気がする。

ブレイクは2007年12月4日発売のデビュー・アルバム『AUDIO DAY DREAM』でも相変わらずその2つの間を楽しそうに行き来している。もしかすると彼の中にも2つを明確に仕分けする気はないのかも知れない。
だが、それは彼が白人だからだ。

ニューヨークの黒人たちはアフリカの黒人たちが絶え間ない部族間抗争を起こしているのと同様、DNAとしか言いようがない形でグループ間の抗争を延々と繰り返してきた。
ニューヨークの街角で武器を持たなかった彼らは、まず、汽車の汽笛を道路に撒いた砂と靴底の擦れる音で表現しようと試みる。これがやがてタップ・ダンスという技に昇華し、タップする音の優劣でグループ間抗争を決着させようとし始める。
けれどその技はブロードウェイ・ミュージカルに持って行かれてしまう。

長い時を経て、再び路上から生まれたラップ・ミュージックはその歌に最も似合う形のブレイク・ダンスを生んだ。
そしてラップやブレイク・ダンスがタップに変わってグループ間抗争を収める道具となった。

実はアフリカの部族が踊る闘いや祭りのダンスはブレイク・ダンスにそっくりである。
これは黒人文化としては珍しくNYでなくLAで生まれた戦闘的なダンス「クランプ」を紹介した映画『RIZEライズ』で知ることが出来るが、黒人の生み出す歌やダンスの基本的な役割は部族間抗争による「血闘」を避ける手段であることも解ってくる。
けれどタップやラップが白人により口当たりの良い芸能に仕立て上げられ、コマーシャル・ベースに乗せられてしまうと、黒人たちはもっと過激な芸能を生み出す必要に迫られた。
そこで生まれたのがLAの「クランプ」だ。
LAのブレーク・ダンサーたち(ブレーカー)が踊る「クランプ」には実は踊る楽しみが全く感じられない。
やり場のない怒りや悲しみ、ゲットーの閉塞感や噴き出す不満をすべてダンスに籠めるからで、その激しさがブレーカーたちを恍惚にいざなっているのは解るのだが、見ている側にはあまりに戦闘的なので、震えがくるような怖さしか伝わってこない。
クランプの踊り手たちは白人が簡単にコマーシャル・ベースに乗せられないようにこのダンスを創ったんだ、という。口当たりの良いダンスや歌なんか俺たちには要らないんだと言う。
しかし、『アメリカン・アイドル』のプロデューサー、ナイジェル・リスゴーが生み出したもう一つのヒット番組『アメリカン・ダンスアイドル』では早くもその口当たりの良い「クランプ」が生み出され、振り付けられている。
とは言っても、他の洗練され、完成された型を持つ多くのダンスに比べると十分にまだ荒々しいのだが…。

実はブレイクはこの「クランプ」の技もそのダンスの中に時々取り入れていたのだが、おそらく気づく人はあまりいなかったと思う。
彼の技の中に服の左、第2ボタンのホールあたりをひょいとつまみ上げて心臓の部分を見せる動きがあるのだが、服の一部をつまみ上げるという動きは「クランプ」の中にある。
僕はブレイクのこの技がスマートで大好きなのだが、彼の音楽もダンスも実は黒人文化の美味しい上澄みを掬っているだけに過ぎないのではないかという危惧はある。
そのもっと大本に流れている戦闘的な部分にも触れて行かないといけないのではないか、と思わないでもない。
まあ、黒人文化に白人の手が加わるとすべての大本は忘れ去られてしまうので、難しい作業ではあるわけだが…。

ただ、大好きなブレイクのために彼を擁護しなくちゃならないのだが、彼がすんなりと白人音楽に馴染まず、黒人音楽「的」なモノに惹かれていったのには理由があると思う。
断言はしないが彼のお母さんはおそらくインディアンだ。
父親がヒッピーだった頃、バイクで全米を放浪っていて、インディアンの美少女と大恋愛。その結果がブレイクの誕生だろうと思う。
番組では彼のお母さんの若い頃の写真が紹介されていたが、その黒髪の美少女は、日本だと杉野ドレメ学院に通っている娘たちの中にそっくりさんが探せそうだった。
けれど、現在の彼女はほぼ純正のインディアン、たとえればナバホ・インディアンの顔で、これは日本中の田舎のオバサンに何人もいる顔になっていた。
ブレイクは番組の中でファーザー・コンプレックスとも見えるベタベタな愛情をカメラに捉えられているが、母親との関係はかなりクールで、母親をカメラに撮られたがっていない。
どこかで母の存在を避けている節さえ感じられる。

ブレイクのルックスは両親の比較的良い部分が出ていて、十分に僕の許容範囲内だ。
髪は幼年時代こそ父親譲りの金髪だが、やがて茶色から黒が混じり、高校から大学時代の彼は髪を黄色に染めている。
シアトル予選の頃は金色に染めた髪をトサカにしていて、どう見ても黒人の音楽にしか思えないビート・ボックスを披露して見せた。
そこに至る過程で彼がインディアンとのハーフであることで受けた差別はなかったろうか、と僕は考える。
彼は鬱屈した思いのすべてを音楽に託した。
その音楽が白人音楽でなく路上の音楽だったのは大いなる必然に思えてくる。
同じくインディアンの血を引く人気俳優ジョニー・デップが複雑な役選びをするのに似て、ブレイクのヒップホップには屈折の匂いがするからだ。

デビュー・アルバム『BLAKE LEWIS/AUDIO DAY DREAM』は評価の分かれる一枚だろう。
もしかするとマイナス点の方が多く指摘されるかも知れない。
だが、僕は彼が彼の作りたいアルバムを作ったことを評価する。
こういうアルバムが出来ることはあらかじめ想像がついた気もしている。
つまり、ブレイク色満載なので彼を大好きな僕には不満な点は一つもない。
彼の音楽は実は「Teen POP」「IDOL POP」に大別されるモノで、ハッキリ言うと僕のようないい大人が聴くべきモノではないかもしれない。
僕のような年齢の者がこういう音楽について熱心に語っているとあまり利口には見えないことも解っている。
だが僕は困ったことに、昔からティーンのポップスが大好きなのだ。

しかも彼には大スターの条件である「圧倒的」な「何か」が一つもない。
「圧倒的」であるかどうかという評価は、僕の友人のI氏が力士の評価に使い始めたモノだが、僕はすべての評価にそれを使っている。とても使い勝手がよい尺度だ。
その伝で言えば、ブレイクにはマイケル・ブーブレの豊かな美声も艶も、リッキー・マーチンの圧倒的な上手さもセクシーも、マルーン5の不思議な耳新しさもない。
その彼の稀な特質。
それは歌を丁寧に歌う、という才能だ。
この才能は歌い手たちすべてに備わっているようでいて、案外そうでもない。
天性の才能で歌を歌ってしまう人たちにはない才能で、努力して歌を作り上げる人だけに目立つ才能だ。

「圧倒的」な「何か」を持たない彼はレコーディングを終えてみて、自分に足りないいろんなことに気づいたのだと思う。
このアルバムは電気的な手を加えすぎている。
音をいじりにいじって1曲を4人くらいのブレイクに歌わせている。
何回もコーラス部分を録音してそれを重ねている。
ライヴではカラオケを使わない限り再現不可能な仕上がりだ。
だが、彼が「全米アイドル・ツアー」の合間にスタジオに駆けつけては喜々としてミキシング作業に加わっている光景が目に浮かんで、僕は微笑みを誘われる。
彼の特質である丁寧な歌唱の海に身をゆだねると、電子的にいじりすぎたこの1枚が僕をタイトル通りの白日夢にいざなってくれる。
僕は決してこのアルバムが嫌いではない。

このアルバムはCDのデザイン自体がLPレコードに模してある。
そしてLPレコードのA面に当たる前半には手練れの作品が並んでいる。
その大半がこのアルバムのプロデューサー、ライアン・テッダーの作ったモノで、B面に当たる後半はコマーシャル的には線が細く、それらの大半はブレイク自身の作品だ。
まあ、プロと、レコーディングの段階ではまだアマチュアだったブレイクとの違いはこういうモノだと思うので、僕にはなんの不思議もないし、そのこと自体にはなんの不満もない。
ただ、このアルバムではブレイクは「時代」を作ることは出来ないなあ。
あんなにヒット曲を沢山持っているアバが結局「時代」は作れなかったのと同じで、ブレイクも黒人文化を搾取しているようなアルバム作りをしている内は本物にはなれない。
これは白人が黒人音楽を自分なりに咀嚼して作った口当たりの良いアルバムに過ぎない。
彼が大好きな黒人たちが、おそらく実は最も嫌うであろう「白人化音楽」そのものになっているからだ。

だが、僕は別に「本物」が好きな人間でもない。
ブレイク・ダンスに美は感じても、その大本のアフリカの部族のダンスが好きなわけじゃない。

以前から言う通り、僕はどんなコンテストにおいても1位になる素材を予想し、たいていの場合は当たるのだが、僕自身が心惹かれるのは常に2位か4位に終わる人間だ。
失敗する人間が好きなのだ。
フランシス・コッポラの音楽映画の大失敗作『ワン・フロム・ザ・ハート』が嫌いになれないように、ちょっと複雑な思いがないではないが僕はブレイクのこのアルバムも嫌いになれない。
発売直後に手に入れて以来既に1ヶ月近く、彼の繰り出す「デイ・ドリーム」に浸り切っている。
ブツブツ、ポキポキと折れるヒップホップ系の歌に「丁寧さ」は要らないだろうと思う人が多いかも知れない。たしかにその歌唱力は目立ちにくいジャンルだ。
だが、このアルバムの何曲かで彼は思いの外の歌唱力を聴かせてくれる。
「圧倒的」とは言えないがやっぱり歌は上手い。
優しい音色(オンショク)のその声は僕に限りない安らぎをくれる。
僕はまたしばらくこのアルバムを聴き続けるに違いない。
このアルバムはBillbord 200で初登場10位→32位→45位を記録しているが、ここ2シーズンの『アメリカン・アイドル』出身者の中では惨敗と言ってもいい記録だ。
くどいがまた言う。
だけど僕はこのアルバムが好きだ。

ちなみに第6シーズンのウィナーとなったジョーダン・スパークスの『Tattoo』は予想通りの見事な仕上がりである。
コンテスト中にどんどん上手くなって、ダークホースから本命としてトップに立つとそのまま逃げ切った勢いのままレコーディングになだれ込んだと見える。
絶好調でなされたレコーディングの力強さはアルバム全体にみなぎっていて、この少女の限りない才能を聴く人に知らしめる。
案の定、シングル『Tattoo』はBillbord Hot100の6位まで上った。
『No Air』『Tattoo』に続くシングル3作目は第6シーズン最終回にブレイクとの頂上決戦で歌われた曲『This Is My Now』で15位を記録している。アルバムも8位までランクアップした。

彼らの争った第6シーズンは今、FOXチャンネルで再々放送されていて、今夜あたりからソロ予選に入るはずである。
ブレイクとジョーダンがどのように頂上を極めたかを見逃した向きは是非、ご覧くだされ。
僕がブレイクにイカれる理由が少しだけお解りいただけるかも知れない。

※ダンスやラップの歴史は鵜呑みにしないで下さい。
 僕の妄想の中でのみ成り立つ歴史であって、正確な検証はまるでしていません。
 何かのために引用する際は必ず専門家の資料を確かめることをお奨めします。



  『哀愁の街に霧が降る』 2007/11/08(Thu.) 18:29 

のどに小骨が刺さったような感じがしばらく続いていた。
理由は誰かの訃報をテレビからの音で耳にしたためだが、あまりに短いニュースで誰なのか判らなかった。
いや、「山田真二さん」と耳にしたような気はしていたのだが、そのまま忘れてしまってたのだ。
ソレが何となくのどの小骨感として残っていたのだ。
そして、やっとさっき思い出した。
亡くなられたのは10月15日朝だったそうだ。
ニュースは最近聞いたような気がしたので、亡くなってしばらく経ってから流れたものだと思う。そういう存在になってしまっていたのだ…。

僕は山田真二さんのファンだった。
初めてその俳優を見たのは小学校5年の時で、隣町の映画館で掛かっていたのは『哀愁の街に霧が降る』だった。
僕の家には芸能雑誌なんかなかったので、彼を見たのはそのときが初めてだった。
映画スターの顔は女優は宮城まり子さん、男優は時代劇の東千代之介、中村錦之助、伏見扇太郎の三人しか知らなかった頃でこの人の現代的な美しい顔に驚いた。
男に対して「美しい」という表現を使うのはゲイの証なんだそうだが、「ハンサム」とか「美男」とか「好男子」という表現では追いつかない人がいて、それは「美しい」としか言いようがないだろう、というのが僕の持論だ。
「イケメン」などと呼ばれる人の顔は僕には「いい顔」とすら思えない。
東千代之介、『刀化粧』のスチール限定で田村正和、そしてジュード・ロウ。「美しい」以外の表現、思いつく?
なので「美しい」という表現方法を持たない奴を僕は認めていない。
また、「美しい」男の「ファン」なのか、というとそういうわけでもない。
かつて僕の周りには世にもまれな「キレイ」としか言いようのない男もいたが、僕は彼に友達以上の感情を持ったことはなかった。「キレイ」とか「美しい」は単に僕の表現上の問題だ。

とにかくその映画の中で山田さんは歌を歌っていて、それが『哀愁の街に霧が降る』なのだが、おそらく歌のヒットがあって出来た歌謡映画だったんだと思う。
暴漢に襲われて石切場に倒れた主人公の青年に霧雨が降りかかる。
よろよろと立ち上がった青年にかぶってその主題歌は流れた。と、記憶しているのだが、最近、この手の記憶が徐々に危なくなってきている。
その好例が里見浩太朗さんに関するモノで、ご本人によれば29本目までその他大勢で目立った役はなかったと言っている。
ところが僕は「その他大勢」の時の里見浩太朗さんに確かに気づいていて、それは『富士に立つ影』という映画だった、とね…。
僕はこの映画の中で磔にされる若い村人に目を留めた。なぜかその他大勢の役なのに一瞬アップになった。で、東映はこの大部屋俳優をまもなく良い役でキャスティングするぞ、と直感した…、と最近まで思っていたのだ。
調べたら、この映画、里見さんの出演作の4本目で、しかも、里見浩太朗と芸名を変えたばかりの映画なのだよね。エ、僕は里見浩太朗をその一本目から知ってたの?
で、この映画に巡り会うためにCSの東映チャンネルにまで加入して機会を待ちましたのサ。そして、やっとその映画を見ることが出来ましたのサ。
キャストを見た時に胸が躍った。里見さんの名前が確かにあったからだ。
ところがサァ、里見さんの役はとても「その他大勢」とは片付けきれない、ちょい役と言えばちょい役だけど、ちゃん目立ちどころのある役なのサ。
そして、磔のシーンも確かにあったんだけど、里見さんは磔にはされてないのよ。
しかも、若い村人が一瞬アップになるカットもないしね。
なのに、僕はその映画で里見さんに目を留め、その顔はたしかにちょい役で出ているその顔そのものなのだ。そして、実は僕はそのときからその村人役の俳優らしき名を追いかけて東映映画を見まくっているのだよね。
何本も見て行くと徐々に名前が一つに絞られて行くのだ。
素人の中学生が目を留めるくらいの俳優だから、当然、役も少しずつだが大きくなって行く。確信を得易くなる、というわけだ。
そして里見さんが初めて大きな役がついたという30本目よりも前にその俳優が「里見浩太朗」という名であることを僕は確認した。
同じようなことをやった俳優に「室田日出男」さんもいて、この人の場合もテレビ『六羽のかもめ』で世間をアッと言わせる前に僕は彼の名を知っていた。

そんなわけで、石切場のシーンに主題歌が流れていたかどうかも今では危うい記憶としか言いようがないんだけど、以来、山田真二さんの『哀愁の街に霧が降る』という歌は僕の愛唱歌になった。
映画で一度聞いたきりなので、メロディも正しいかどうか判らないのだが、僕はカラオケで必ずこの歌を歌ってきた。小学五年生に「夜霧が青い灯つけてゆく」なんて詩を一発で覚え込ませてしまったんだからそのインパクトたるや!!!
この歌以外に実は小林旭の『ダイナマイトが150屯』しか僕にはカラオケの持ち歌がない。

先に注釈をつけておくと、中学になると同時に向島に預けられたので東宝映画は見られなかった。
浅草まで出ないと東宝の上映館がなかったので、東宝映画は黒澤の『用心棒』からしか見ていない。
『哀愁の町に霧が降る』のヒットで一躍人気者になった山田さんは(ひばり・チエミ・いづみの)三人娘の相手役の一人として東宝映画で宝田明さんと覇を競うようになった。でも、あまりにも美しすぎたと思う。
三人娘の映画は娘役の方が性格が強いので、山田さんの役は彼女たちの言動に翻弄されるケースが多いのだが、こんなにいい男が振られるのってあんまり現実的じゃナイっしょ。
預けられた美容院には当然のように月刊『平凡』や『明星』があったから、僕は新作映画の紹介記事を読むたびにそう思っていた。
近年になってCS放送で三人娘ものを見ると想像がそんなに的外れでなかったことが判る。

しかし、山田さんは宝田さんと肩を並べることは出来なかった。
宝田さんは山田さん同様、歌のヒットがあり(『美貌の都』。とても良い歌だ)、文句なしの美男なのだが、主演でありながら「色悪」的な役柄も巧みにこなせたから、役の幅が広かった。
山田さんは清潔な青年役の記憶だけを残して1960年頃を境に次第に一線から遠ざかった。
石原裕次郎という常識破りのルックスが一世を風靡して以来、すでに地歩を固めていた美男子俳優以外は「ハンサム」であるほど分が悪い時代に入っていた。
次に名前を頻繁に目にしたのは僕が『走れ!歌謡曲』のアシスタントを始めた1968年頃のことで、ロイヤル・レコードという歌謡曲のマイナー・レーベルの専属歌手としてだった。
この会社では椿まみという女性歌手の『月の世界でランデブー』という歌をヒットさせたがっていて、しきりにTVスポットを打っていたのだが、『オリコン』80位台のヒットにしかならなかった記憶がある。
…また僕の悪い癖、「記憶」だ。
『オリコン』だったら調べようがあるだろ、と自らを叱咤して、今、渋々資料を繰ったら1969年8月20日に1週だけランクインしていて、最高位96位、売り上げは2000枚でした。
マイナー・レーベルの作品はなかなかラジオで流せなかったので、山田さん、どうなっちゃうんだろうと思いましたが、僕は当然、こっそり選曲表の中に忍び込ませて一度だけ掛けましたよ。
でも、山田さんの再デビューは芸能界的には何の騒ぎにもならないまま、終わってしまいました。
ついでに告白しますと『月の世界でランデブー』も別番組で掛けましたが、プロデューサーからひどく叱られました。
「あな〜たお先に一人で行って 私あとからついてくわ」。なんか意味深な歌詞だな、今思うと…。フン、気づいていたくせに、…か…。

それから数年後、僕がラジオから離れた頃、『恋に流れて』という歌がちょっと売れたように思いましたが、ソレで、山田さん再起、ということにはならなかったようです。
あれから30年以上?
山田さんがどういう仕事をされていたのか知りません。
実業界にいたという話もあるようです。
しかし、とにかく50年前、こういう美しい顔の俳優がいたのだ。
僕が初めて見た、時代劇スターとは違う現代的な美しい顔なので、僕の「美しい」って基準は「山田真二」になってしまった。
ネット上で当時のブロマイドを探してみたが、僕の記憶に勝る写真は一枚もなかった。
皆さんに紹介できないのが残念だ。

思い出すことだけが追悼になるスターの死。
長い空白があるので僕にとっての山田さんは今でも『哀愁の街に霧が降る』の超絶美青年のままだ。



  金沢の手仕事 2007/05/16(Wed.) 20:37 


油瓦に陽が映える。屋根瓦の美しい町、金沢。
金沢は不思議な濃厚さに溢れている。
冬に備えて瓦の一枚一枚に釉薬が塗ってあるからだ。
人々はその屋根の下で、この町特有の文化を生み、育ててきた。
和歌、俳句、謡いをたしなむ教養高い町。
徳川の目を逃れるために学問と遊芸と美術工芸を奨励するという高等戦術は戦災を受けなかったことが幸いして城下町の標本のような形で現代に生き残り、その封建意識までも現代に伝えることになった。
ここに生まれ育った僕の友人 坂本善昭が、町に今も生きる手仕事を丹念にまとめたのがこの『金沢の手仕事』という本だ。
建具、和菓子、畳、金箔、九谷焼、加賀蒔絵、左官、加賀友禅、仏壇、数寄屋、庭、加賀象嵌といった伝統的な仕事からそれぞれ代表的なひとりの職人をピックアップして、その仕事ぶりを紹介している。
美しいその手仕事と人となりを綴った写真と文章が優しい。

僕とフィールドを同じくする人たちには必携の資料本になるだろうが、資料的な要素抜きでも充分に楽しめる仕上がりになっている。

ちなみに彼が編集長を務めていた時代の金沢のタウン誌『おあしす』が日本一グレードの高い月刊誌だったことを知る人も多い。

文・坂本善昭 写真・喜多 章  ラトルズ刊 03-3511-2785 fax 03-3511-2786
2,400円 + 税

■ 金沢は曽祖父の故郷です。  (アプリコット さん)
■ すみません・・・途中で送信してしまいましたm(__)m子供の頃に両親に連れて行かれ、大学時代に文学散歩で出かけました。武家屋敷跡や東の廓跡、ギヤマンのはめ込まれた尾山神社、兼六園などなど、京都とはまた違った風情の漂う街。。。この本を購入して金沢へ出かけてみたくなりました。  (アプリコット さん)
■ gXtToSPzLu  (Mark さん)
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■ PKACZjHTADGo  (kyvvwp さん)
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■ fUPUrgGi  (bznkoxyd さん)
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■ vjHtDbIQky  (smqevgcudg さん)
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■ JzzvnOpOpIsWo  (gsmvqyioh さん)
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■ dbgPOFeoP  (askofmw さん)
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■ PklQWmzNTvo  (eellvxdb さん)
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  鎌倉、めぐりあいたい風景 2007/05/16(Wed.) 18:42 


前作『鎌倉、歩きたくなる小路』が好評で版を重ねていることから、続編が出た。
文・ア南海子、写真・中村冬夫コンビの本だ。
2004年に出た前作は鎌倉をよく知る二人がガイド本の体裁を採りながら、その実、エッセイ風味溢れる本に仕上げていて見事だったが、本作はさらにエッセイの味付けが深まってクオリティの高いガイド本になっている。
鎌倉の四季を愛おしむように切り取った写真も、そこに添えられた言葉も鎌倉に住む人ならではの素敵な仕事ぶりだ。
紙質の良い本なので写真が鮮やかなのもなんだかお得感のある文庫本。
ガイドを頼りにお目当ての場所に到着したら、おもむろにこの本を開いて、自分の感じたことと、作者の鎌倉への思いとを、比べたり、重ね合わせたりしてみると面白いと思う。
観光地鎌倉へいざなう単なるガイド本として読むのも良いし、バッグに入れておいてi-podでも聴きながら電車内で開いてみるのも楽しそうだ。
見る、読む、訪ねる、比べる…。
奥行きの深い本なので様々に楽しめそう。
なので、これも売れるのかな、やっぱり。
ま、いい仕事をすれば結果はついてくる、ってことかぁ。

集英社be文庫 定価750円

もう一冊、金沢の友人の本も出ているので、別スレッドで紹介しよう。



  最近買ったCD 2006/12/07(Thu.) 15:30 


『james taylor GREATEST HITS』 James Taylor $9.99
『Classic Sinatra HIS GREAT PERFORMANCES 1953-1960』 Frank Sinatra $9.99
『THE VERY BEST OF The Beach Boys SOUNDS of SUMMER』 $9.99
『dp daniel powter』 $13.25
『MacArthur Park』 Richard Harris \1,264
『MY BOY/SLIDES』 Richard Harris \3,720

ジェームス・テイラーは懐かしい曲目が並んでいるのだが、古い録音ではないので、デビュー当時の銀色の声は聴けない。
イージーリスニングに近い心地よさで、ハッキリ言うと、「僕の好きな『思い出のキャロライナ』は、『スウィート・ベイビー・ジェームス』は、え? いつ歌ったの?」というくらい耳を通り過ぎて行ってしまう。
物足りないほど、ただ、心地よい、耳に触らないアルバム。

フランク・シナトラは「ボビー・ソクサーのアイドル」と言われた時代の復刻版なのかな?
僕は「女学生のアイドル」時代のシナトラは知らないんだけど、これも正直、心地よいだけのアルバム。
イヤ、僕の耳は近年、刺激的な音楽に慣れすぎてしまって、こういう音楽の味わい方を忘れてしまったのかも知れないな。

ビーチ・ボーイズはまあ、ビーチ・ボーイズですわね。
この人達がアメリカで大ブームを巻き起こしていた頃、日本ではラジオから殆ど流れてこない、いわば無視状態だったので、日本のポップス・ファンは少数の人間しか彼らを知らなかった。1971年に映画『断絶(Two-Lane Blacktop)』でビーチ・ボーイズのデニス・ウィルソンとジェームス・テイラーが共演しているんだけど、「伝説のバンド"ビーチ・ボーイズの"」と書いてあっても、僕はその「伝説」を知らなかった。
日本のサーフィン・ミュージック・ブームは直後にGSブームとフォーク・ブームという大波が控えていたため、アッという間の短かさ。彼らは殆ど日本では知られることのないまま終わってしまった。
まあ、まとめて聴くのは初めてみたいなモノで、i-podで持ち歩いてる。
多分、彼らの絶頂期にも、彼らのレコードは買わなかっただろうな。僕の求めてる明るさと方向が違うので。

ダニエル・パウターは『バッドデイ〜ついてない日の応援歌』しか知らない新人なんだが、この『Bad Day』がなかなかいいので買ってしまった。
お目当ての曲以外は全部ダメだったとしか言いようがない。
今月、彼の日本でやったミニ・ライヴがCSで放送されるので、そこでもう一度確かめてみようと思う。

リチャード・ハリスは「小平のW・H・C」君がCDになってるよ、とお知らせ下すった。
で、アマゾンで購入。
他にもCD化されているのだが、ま、レコードは『キャメロット』のサントラまであるので我慢した。
このCD化ではアルバム『マイ・ボーイ』と『スライズ』が一緒になっているのがミソ。
名唱『マイ・ボーイ』は映画『ワイルド・ギース』での名演を思い起こさせる。
傭兵となって、幼い子を残して死んでゆくかつての退役将校はまさしくこの歌の主人公と重なるのだ。
『ブルー・カナディアン・ロッキー・ドリーム』はいつ聴いても心に沁みる切なさだなぁ。
そして『スライズ』。
『陽のあたる教室』や『いまを生きる』など、学校モノの名作を思い起こさせる先生モノだ。リチャード・ハリスが名優であったことをしみじみと感じさせてくれる。
もう一枚の『マッカーサー・パーク』は100万枚ヒット盤。
多くのポップス・ファンはドナ・サマーのディスコ盤ヒットだと思っているのだが、違う。
この人のオリジナル盤が大ヒットしたのだ。
ただし、この歌の中身は正確に言えば、なんだかよく解らない。
前半と後半で曲想が全く異なることもだが、詩が何度訳しても難解だ。
当時も、マッカーサー・パークで行われている麻薬密売と売人の歌じゃねえのか、なんて言われたことがある。
いまではバイリンガーが多いのでもっと正確な訳が出来ると思うけど、かつては全曲対訳歌詞カードがついていたアルバムの中で、この歌だけ対訳がついていないことさえあった。
そういう解らない歌。当時、だけどね。
ただ、全編、リチャード・ハリスのムードが横溢なので、僕はひたすら心地よく、彼の歌の海に身をゆだねていられる。
幸せである。
で、ちょっとジャケットを撮してみた、って訳である。

願わくば彼の映画での出世作『孤独の報酬』をDVD化して欲しいが、そこまで欲張ってはバチが当たるかも知れないな。

■ 「孤独の報酬」は、2002年にDVD化されていて、アマゾンでも取り扱っているようです。  (山浦百和 さん)
■ お知らせありがとう。迷わず1-Clickショッピングしてしまいました。それにしても、僕ってネットを使うのが下手だネー。全部、誰かからのお知らせでモノを知る。ウーム。ネットが嫌いなのか?…そうかも。  (店主・かぜ さん)
■ ダニエル・バウターをCSで確かめた。日本での初ライヴらしかったが、やっぱり『バッド・デイ』は素晴らしいが、他の曲が魅力無さ過ぎる。『ついてない日の応援歌』っていう日本語タイトルは秀逸だと思うけどね。  (店主・かぜ さん)
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  『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』 2006.2.18. 於:銀座テアトルシネマ 2006/02/19(Sun.) 14:01 


『ウォーク・ザ・ライン 君につづく道』 2006.2.18. 銀座テアトルシネマ
監督:ジェームズ・マンゴールド 出演:ホアキン・フェニックス リーズ・ウィザスプーン

カントリー・ソングの超大物ジョニー・キャッシュの愛の物語だ。

1968年1月13日。カリフォルニアはフォルサム刑務所。
囚人たちが足を踏みならし、手拍子を打つ音が刑務所の壁にこだましている。
バンドは『アイ・ウォーク・ザ・ライン』のイントロを奏で始める。
だが、歌い手はまだ登場しない。
囚人たちの興奮は最高潮に達した。

舞台袖代わりの作業場。
電動ノコギリに触れる指。
刑務所長が呼びかける。
「キャッシュさん」
黒シャツ姿の男がおもむろに顔を上げる。
物思いに耽っていたのだ。
所長が再び、促すように声をかける。
「キャッシュさん」

キャッシュの思いは故郷のアーカンソーへと飛んでいた。
コットン・フィールズの中にある一軒の家。
父の怒鳴り声がジャックとジョン(ジョン・R・キャッシュ、略称JR)の部屋に届く。
「早くラジオを消して寝ないか!」
ジョンは聖書の勉強をしている兄のジャックの隣のベッドで、ラジオから流れるカーター・ファミリーのフォーク・ソングを聴いている。
「イイね、この子」「アニタ?」「ううん、ジューン。大好きだ、僕」

キャッシュ一家は貧しい小作人家庭で一家総出で棉摘み作業に精を出している。
見渡す限りの棉花畑。
父親はイライラと子供たちを叱りつけ、母はそんな時決まって賛美歌を歌った。
美しい声だ。ジョンの音楽の原点はそこにある。
ジョンの音楽趣味を父親は「クズ」だと決めつける。
そんなジョンに兄のジャックは優しい。

ジョン12歳の時。
兄は小遣いの1ドルを稼ぐために、電動ノコギリで木材を切る作業をしていた。
ジャックはジョンに言う。
「ここで待っていても仕方ないんだから川で魚釣りでもしておいで」
ジョンは晩飯のおかずのために釣り糸を垂れている。
けれど釣果ままならず、とぼとぼと家路を辿りかけたところでジョンは顔色を変えた父親に問い質される。
「どこへ行っていたんだ!」
兄のジャックが電動ノコギリで事故に遭ったのだ。
「なんで良い子の方が先に召されるんだ!」
ジョンは父の言葉に深く傷つく。

自分は人に必要とされていない人間なのだ。
僕が死ねば良かったのだ…。
その思いはジョニーの深いトラウマになって行く。

1950 年。カレッジを出たジョンは朝鮮戦争に徴兵され、ドイツ駐留となる。
初恋の人、ヴィヴィアンと一緒になる日を夢見て続ける兵役。
ジョンはここで生まれて初めてギターを手にして、思いのままに歌を書き、くちずさみ始める。

兵役を終えたジョンに、しかし、楽しい日々はない。
既に最愛のヴィヴィアンとの暮らしが始まっていたが、うだつの上がらぬ日々が続いた。
訪問販売ではけんもほろろにあしらわれる毎日。
妻は夫のいらだちに思いを馳せることなく、実家に帰りたいと不満を露わにする。
そんな時、彼は一つのレコーディング・スタジオに目を留める。
自費出版レコードのスタジオだが、その壁に掛けられたプレイヤーや歌い手に目が行った。
自分もこの中の一人になれないだろうか?

ジョンは町の仲間二人と組んだバンド(「ジョニー・キャッシュとテキサス2」)を率いてインディーズ・レーベル(当時の言い方ならマイナー・レーベル)サン・レコードのオーディションに臨む。
テキサス2はゴスペル・グループなのだが、プロデューサーは良い顔をしない。
「ゴスペルなら君らがやらなくても他にイイ歌い手がいっぱいいる。しかもゴスペルは商売にならない。君にしか歌えない、聴く人の心を揺さぶる歌はないの? 商売になるってそういうことなんだよ」
ジョニーは神への心を否定されたことにひどく傷つきながら、しかし、軍隊時代に作った囚人ソングを歌う。

こうしてジョニー・キャッシュという一人のプロ歌手が誕生する。

実はカントリー・ソングというのはホーボー(さすらい人。流れ者の方がハマるかな)と犯罪と酒と女と檻房で聴く夜汽車の笛の音、だけで出来上がっているような歌の世界だ。
『恋はフェニックス』とか『想い出のグリーングラス』を思い出して貰うと判りが早いだろう。
「アメリカ演歌」という蔑み方もあるくらいパターン通りの材料で済ませている歌が多く、オーディションでキャッシュが歌った歌も材料は完全にそれだ。格別な新味は無いと思うのだが、その重い語り口が不思議とリアルだ。
三上寛に通じるような妙に気を惹かれる重さなのだ。

僕は何日か前にジョニー・キャッシュはカントリー・シンガー。なんで今になってロックン・ローラーだなんて言うの、と書いたのだが、彼はまず、メンフィスのマイナー・レベルであるサン・レコードからデビューした。
このレーベルはプレスリーがいたレーベルで、キャッシュの初期のツアーはプレスリーやジェリー・リー・ルイス、『おお、プリティ・ウーマン』のロイ・オービソンなどのロックン・ローラーやウェイロン・ジゥニングスなどの人気ウエスタン歌手と一緒だ。
だからたしかに初期のスタイルはロックン・ロールに近い。
プレスリーやジェリー・リーと一緒のステージに立っていても違和感がなく、しかも彼らにはない新鮮ささえ感じさせる。

このツアーでキャッシュは子供の頃から大好きだったカーター・ファミリーのジューン・カーターと運命の出会いをしてしまう。
ジューンも姉のアニタの陰に隠れて、その声をあまり必要とされない、いわば要らない子の悲哀を知っている女だった。
彼女にはおしゃべりで客を笑わせて、なるべく歌わずに早くステージをおりたい、と感じさせるような素振りが見える。その辺の見せ方がこの映画はとても上手い。
しかし、二人が出会ったとき、ジューンには有名なカントリー・シンガーの夫があり、キャッシュにもまた妻と可愛い子があった。
ジュニー・キャッシュにとって、これが切ない恋の始まり、至上の愛に辿り着くまでの苦しい道程の始まりでもあった。

観客はこうして、愛の囁き、愛の吐息、愛の告白が音楽へと昇華して行く瞬間に立ち会うことになる。
それは素晴らしいジョニー・キャッシュ体験だ。涙を抑えることが出来ない、素敵な音楽物語との出会いでもある。

けれど妻、ヴィヴィアンが夢見た暮らしはこんな浮ついた物ではなかった。
妻はこの夫が許容できない。
妻はステージを共にするジューンに常に不安を感じ、それは大きな疑惑にも発展してしまう。
ジョニーは少年期から人気者になった今に至るも、実は家族的な愛情に恵まれていない。
音楽を作る者のつらさ、苦しさや、愛のある家庭の大切さはジューンになら解って貰えるのだが、ジューンは有名歌手の夫と別れたあと、まもなく二度目の結婚をしてしまう。
でも、ジョニーに家庭を捨てることは出来ない。
あまりの切なさから麻薬に溺れて行くジョニー。
超人気歌手ジョニーの逮捕はセンセーショナルな話題となる。
実父実母にはそっぽを向かれ、ヴィヴィアンとの家庭は崩壊する。
そしてジューンとの永い別れ。
栄光の座からの完全な転落。
名誉もお金もなくした人気歌手がジューンの家に救いを求めて辿り着いた時、そこにはかつてのトップ歌手の面影はない。
ここからジョニー・キャッシュ再生の物語が始まる。

ジョニーが再起をかけたレコーディングはカリフォルニア州フォルサム刑務所でのライヴ録音だった。

こんな風に、いくつかは知っている、大半はまったく知らなかったジョニー・キャッシュのジューン・カーターと歩んだ愛の物語が綴られて行く。

40回も結婚を申し込んで断られたジョニーがいかにしてジューンと結ばれるかの物語は涙なくしては見ていられない。
骨太な男の、けれど愛には真摯であらずにはいられないジョニー・キャッシュという人気歌手の生き方が見る者を納得させる丁寧な筋運び。
だが、テンポがまったく緩まない手際の良さだ。

この大物歌手を演じるのがリバー・フェニックス君の弟、ホアキン・フェニックス。モデルの大きさに負けていない立派な演技だ。
ホアキン君はやたらに悪相の目立つ青年で、リバー君とは対極の個性を持っていたが、それが『グラディエーター』では生きた。
コレはどうかな、と思ったのだが、ジョニーの人気歌手にしては苦悩に満ちた感のある風貌にその悪相が上手に重なって、悪相から上手に深味へと転じている。イイねー。とてもイイ。
個性の強すぎる顔立ちなので、本来は主役を演っても客が呼べるようにはならない役者なんだが、上手い。この映画の成功でどんな方向が開けてゆくのか、楽しみになってきた。
この役者は声の使い方に一つの武器を持っている。境遇が変わる毎に声を使い分けているかのような台詞づかいをしてみせる。
永遠の恋人ジューンを演ったリーズ・ウィザスプーンはもう売れっ子女優だが、『メラニーが行く!』なんかの彼女は好きではなかった。なんか無理矢理コメディエンヌにさせられている感じで、無茶な行動の目立つ役が得意らしかったから…。
額の皺の寄り具合も主役スターの物ではないな、という気もするのだが、何度となく惹かれ合いながらも一線を越えられない女の切なさと毅然とした強情っ張りを見せてこちらも上手い。
力のある中堅がガップリ組んで、偉大な人気歌手の伝説に取り組み、見事な仕上がりを見せた、って感じだ。
僕はステージでギターを掻き鳴らしながらジューンに愛を告白するシーンに大泣きしてしまったが、実はこれこそ、アメリカでは知らぬ者とてない伝説のステージらしい。
告白がそのまま音楽だ。

去年から『五線譜のラブレター』『ビヨンド・ザ・シー 夢見るように歌えば』『Ray/レイ』と音楽のトゥルー・ストーリー物は僕的にはハズレがない。
しかも『Ray/レイ』の何曲かを除くと出演俳優たちがみずから歌まで歌っている。
この映画もまたホアキンとウィザスプーンがキャッシュとジューンのヒット曲を自分たちで歌っていて、それが実に聴かせる。
そして、ジョニー・キャッシュの音楽はロックン・ロールとかカントリー・ソングとかに簡単に仕分けしてはいけないのだ、しようとするとどうしてもハミ出すということに気づかされる。ロックンロールと言うほど若者に迎合していないし、カントリー・ソングと言うほど年寄りに媚びていない。束ねてはいけない、束ねきれない大きさを持っている。

2003年5月、妻のジューン死亡。4ヶ月後の9月、ジョニーも後を追うように亡くなった。ジューン、73歳。ジョニー、71歳。やっぱり姉さん女房だったのだな。
ちなみにジョニー・キャッシュは再起作の『アット・フォルサム・プリズン』でグラミー賞、初期ロカビリーへの貢献が評価されて「ロックの殿堂入り」も果たしている。
この時期のアルバムがビートルズを上回る売れ行きだったことも、アメリカでの人気ぶりを示している。

イヤー、皆さんにもぜひご一見願いたい!!
『アイ・ウォーク・ザ・ライン』と『リング・オブ・ファイア』はすぐ口ずさめます。
ただ、メインがフォルサム刑務所なので、サン・クェンティン刑務所で録音された『スーという名の少年』は一節も出てきません。それが残念だったかな?
家族愛の物語でもあるのだが、父親との確執が溶解したことを表す糸電話のくだりはアッサリしすぎ。どこで父を許したのかが判らない。
この確執に対して母親の愛が微弱に過ぎるのもちょっと気になる。
ジョニーの麻薬だけが原因でない、幼少時からの確執はジョニーの立ち直りだけでは片が付かないと思うからだ。
でも、ジョニーは語ったそうだ。
「神はこんな僕を許してくれた。だったら、僕も僕を許してやってもイイのかなと思ったのさ」
その言葉の前では父との確執なんかもはやどうでもいいのかも知れないな。
不満はそれだけで、僕はこの映画が好きだ。

メモ:Johnny Cash 1932年2月26日〜2003年9月12日没。71歳。
June Carter Cash 1929年6月23日〜2003年5月15日没。73歳。

※ちなみにツァー・メンバーとして登場するプレスリーやジェリー・リー・ルイスやロイ・オービソンは一見そっくりさん。
そっくりさんコンテストでスカウトしたのでなく、既にアルバム・デビューもしている実力派新人らしいのだが、何となく全員、顔や雰囲気が似ているところがミソ。似すぎていないところもミソ。物真似ショーに堕して映画を安くしてしまわないよう最善の努力が払われている。

※ジューンが最初の夫とデュエットしてヒットさせた歌をキャッシュがジューンに無理矢理デュエットしようとするシーンがある。
かつてこの歌を歌っていた、その男と同じ座に僕は座りたいんだ、という意志を感じさせるシーンでここも切ない。
見終わって三日目。切ないシーンが次々に頭を横切る。
なんてイイ感じ。

その前にテメエの方の愛をどうにかしろってか。
余計なお世話さま。



  『ブラザー・フッド』(2004 韓国) 2005/08/08(Mon.) 15:45 


監督:カン・ジェギュ 出演:チャン・ドンゴン ウォン・ビン

「韓流」だの「華流」だのと次々に商売が始まっているので、アジアン・スターと一括りにされていたかつての中国、香港、台湾、韓国系俳優の誰が、今、どの系統で語られているのか判らないが、カン・ジェギュ監督の『シュリ』は見た。
アンドリュー・ラウ監督の『インファナル・アフェア』(中国〈香港〉映画)はアンディ・ラウのファンなので見た。
ブルース・リーに始まったカンフー・ブームの頃から、これらの国の作品は倉田保昭、ジミー・ウォング物まで含めてなんとなく見てはいた。
ビデオ・デッキを買ったばかりの頃には、中国映画ノー・カット放送とかいうのもあって、これも何故か全部録って見た。
台湾出身の金城 武モノも何本か見ているしなぁ。
中国映画は女優が、それもふっくら系の女優が大活躍だったが、その他の国では丸顔系のアイドル男優が多いのでちょっと辟易としてはいたのだけど格別避けていたわけでもない。
つまり、ひと通り見ていたってことか…。

ただ、「韓流」ブームの始まり方はイヤだったな。
ある日、突然、『冬のソナタ』というテレビ・ドラマが大人気だということになっていて、気づけば、その主演スター、ペ・ヨンジュンの来日に際して500人の主婦が成田空港に出迎える騒ぎになっていた。
不思議だったよ。ペ・ヨンジュン、知らなかったもの。
映画好きを自認し、映画雑誌もわざわざアイドル誌を買っている僕がまったく知らない役者の来日に500人の主婦? えーっ、てなものですよ。
ヨン様とやがて呼ばれることになるその俳優の来日は、誰からどう伝わって一般のファンが集結することになったわけ? 仲良し主婦グルーが500人単位でいて、みんなで駆けつけようってことになったわけ? あり得ないわな。

そんなに大量の人間を一つの目的で集めるには企画者グループもお金も当然動いているよね。
怖いと思ったのは、これがきっかけで簡単に「韓流」ブームに突入しちゃったことだよ。
「竹島は日本の領土です。その日本の主張に対して、中国と戦うべく一般の若者たちが、続々と各地の自衛隊駐屯地で兵役登録を始めています」と500人単位のエキストラを使って嘘ニュースをでっち上げたら、その日の内に日本は戦争に突入できると思ったな。
そんなことを言うと、昔は「若者だってそんなにバカじゃない」と誰かが必ず言ったものだけど、その若者の母親たちがこんなに易々と引っ掛かるんだから、もはや若者はそれほど利口じゃないかもよ。
僕は怖くなった。

まあ、そんなニュースの中でウォン・ビンという韓国俳優が紹介された。
木村一八とか真木蔵人が一時期、こんな感じをしていたよなあ、という魅力を放っていた。
木村、真木がまもなく柄の悪さを魅力にし始めたのとは逆に、この韓流スターは一年経っても品が良かった。
ちょっと、ちゃんと見てみなくちゃいけないかもなぁ、と思っていたところに『ブラザー・フッド』のCS放映だ。
迷わず、見た。

1950年。物語は朝鮮戦争突入から始まる。
主役は二人の兄弟で、兄は靴の修理屋、弟は高校生だ。
兄には婚約者がいて、すでに家の仕事を手伝いに来てくれている。
弟はこの義姉が大好きだ。
そして何より、この世で一番兄貴が好きだった。
兄もまた、弟に一家の未来を託そうとしていた。
貧しくて勉強するチャンスもなく、読み書きが充分でない兄。
それに比べて弟は学校一の秀才だ。
どんな苦労をしてでもイイからこの弟を大学にやり、勉強させて、一家の誇りとなるような人間になって欲しいと兄は思っている。母も同じだ。

ところが、街に出た時、突然、弟が徴兵される。
あまりの劣勢に兵士の数が足りなくなり、18歳以上が徴兵対象になったのだ。
単なる調査といわれて連行された弟はそのまま戦地に運ばれそうになる。
兄は列車に乗り込み、何とか弟を降ろして欲しいと懇願するが、聞き入れられない。
兵士に暴行を働く兄にこれまで見たことのない凶暴さを見て弟は驚く。
それもすべては弟のため。兄は一家の夢のために、弟を何とか戦地から家に戻したいと心に決め始めていたのだ。
徴兵は一家から一人、というのが決まりだったことを知るのは遠い地獄の戦場でのことだった。

兄はあらゆる任務、困難な任務にみずから志願する。
弟から見れば、それは兄が死にたがっているように見える。
だが、それは武勲を立てて、軍からその褒美として合法的に弟を戦線離脱させて貰うための行動なのだった。

さあ、ここからは『プライベート・ライアン』も『バンド・オン・ブラザーズ』も顔負けの戦闘シーンが続きます。ハッキリ言って、あまりのリアルさに吐きそうです。
これまで見た何本かの韓国映画は顔が変形するまで殴り続けたり、ウジの湧いた死体などが登場しましたが、これもまったく同じ。戦争映画なので「残酷」を超えてしまいます。
その極限状況の中で兄弟はくっついたり、離れたり、共感したり反目したりを繰り返します。
兄の行動は異常なほど過激になって行きますが、それもこれもすべては弟への愛ゆえ。
ところが、弟はそんな兄をだんだん受け容れられなくなってゆきます。
可哀想で見てられないエピソードが続きます。

勲章を幾つも貰って、やっと自分の願いを聞き届けて貰えるチャンスが兄に訪れます。
しかし、それは兄の独りよがりな夢に過ぎませんでした。
妻は「アカ」の汚名を着せられて撃ち殺されます。
弟は政府軍への反乱者として捕虜房ごと焼き殺されてしまいます。

すべての夢を失った兄は公然と政府軍に反旗を翻します。
その兄に翻意を促しに駆けつける弟。弟はかろうじて生き残ったのです。
しかし、兄にはそれが弟だと判りません。
弟の房が焼け落ちるのを兄はその目でハッキリと見たのですから。

戦いのただ中で兄に叫び続ける弟。
世界一の靴屋さんになると言っただろう! 僕を大学に入れてくれるんじゃなかったのかい! 
その言葉に兄は徐々に目の前の泥で真っ黒になったその顔が弟のものだと気づき始めます。
弟は兄の胸ぐらを掴みながら、心は兄に甘えきっていた頃の自分に戻ってしまいます。
そして言います。
「母さんの所に戻ろぉぉ」
そこに飛んでくる銃弾。

あれから50年。弟の元に朝鮮戦争遺骨発掘調査委員会から一本の電話が入ります。
自分が死んだことになっていました。
なぜなら、兄が自分に買ってくれた名前入りのモンブランの万年筆が発掘されたからでした。
「あの時、二人、離れてはいけなかったんだ。50年待って、死んだ兄さんと対面するなんて」
弟は骨だけになって発見された兄に向かって語り続け、嗚咽し続けるのでした。

救いようがありまっせーん。
もう、可哀想で可哀想で。

兄のチャン・ドンゴンは鬼となっても弟を守ると決めてしまった男を見事に演じきります。
元々の面構えがシッカリしているので、前半の優しい兄は頼もしく、鬼になってからはとりわけ上手い。

ウォン・ビンは純な高校生時代をちょっと可愛く演じすぎて少し頭の弱い子に見えます。
特に兄に追われている時の駈け方。少年らしさを形で表現しようとしたのが判ります。ちょっと失敗。
ただ、この俳優がどんな演技プランを立てて役に臨んだのかは中盤以降で非常に明確になります。
幸せな時代を可愛く演じておくことで兄の変わり方に連れて自分も凶暴になって行く弟の悲しさを際だたせようとしたのでしょう。
その役作りは上手く行っているので、高校生時代がちょっと勿体ないです。

ただ、ラストシーン間際の「母さんの所に帰ろう」の台詞使いにこの役者の才能を見た思いがしました。
兄に自分を認識させようとしていた必死の叫びから、一転、兄に頼り切っていた頃に戻って甘えたような台詞使いをするところで涙が止まらなくなってしまいました。
ここでそう演じたくって高校生時代をああいう風に造形したんだねー。
それが判った時、この俳優の全部を許しちゃったな。
清潔で一途な感じがするこのアイドルは有象無象のただのアイドルじゃないな、多分。

しかし、映画は弟がどんな地位まで極めたのかのエクスキューズが足りない気がした。
兄が命を賭してまで学ばせようとした弟。その弟はかなりの人物になって、人から尊敬される地位に上り詰めていないといけなかったんじゃない?
もう、そのあたりは類型的でもイイから、こんなに可哀想な話のあとには観客にもご褒美頂戴よ、終わりを甘〜い話に仕立て上げて見せてよ、って感じだな。

ウォン・ビンという役者を見るために見始めた映画だけど、兄に愛される弟のキャラには本当にはまっていたな。
彼の次回作はまた弟役らしいけど、この人は永遠の弟キャラなのか?

もはや「韓流」でも「華流」でもどうでもいいかもしんないな。
僕は二人が気に入ったみたい。…完全な乗り遅れ?
まあ、乗る気がなかったから、別にイイんだけど。



  悪魔の手毬唄 ('61 ニュー東映) 2005/06/05(Sun.) 15:04 

2005-05-30(月) 22:57:20

監督:渡辺邦男
出演:高倉健 北原しげみ 小野透 大村文武 神田隆

高倉健さんの金田一耕助だ。
美空ひばりの相手役を経て一人主役として活躍していた頃の作品だが、当時で言うと「現代版・金田一」でむさ苦しい着物と袴姿の、あの、スナフキン帽の金田一耕助ではない。
スマートな私立探偵なんである。
ところが、金田一をスマートにしてしまうと、事件のおどろおどろしい、日本の湿った土壌だからこそ起きた閉鎖的な物語にリアリティがなくなるのだ。
ああ、だから、どの監督も横溝正史モノ、中でも金田一耕助モノは時代を昔に持って行ったり、衣裳もわざわざ時代錯誤を目指すのか、と納得がいった。というより、健さん版金田一を見て、再確認した、といった方がイイかもしれないな。

この渡辺邦男監督作品は格別な失敗作ではないのだが、時代を「現代」にすることで逆に古さを感じさせてしまう皮肉な作品だ。

キャストは僕だけが思う豪華キャストだ。誰にとっても「豪華」なのかどうかは判らない。
金田一の秘書が北原しげみさん。東映が売り出しにかかった美女だが決め球がない人だった。
仁礼家のハキハキした女中が小林裕子さん。この人も現代的な娘役で他の映画では健さんに横恋慕するような役を振られていたと思う。印象的な女優だがシャキシャキ感が恋敵に回される結果ともなって、大売れしなかった。
なんか優柔不断なヒロインが女らしいとされた時代の勿体ない娘役さんたちだ。
同じく、仁礼家の娘・志村妙子さんもこの頃、脇の重要な役をよく振られている。基本的には、まあ、映画では大成しないよなあ、という下っ膨れの美人だが、この人がのちの太地喜和子さん。純情な娘役なのにハスキーな声に艶がありすぎるというアンバランスな人だった。
被害者となる歌手が八代万智子さん。八代真矢子と言った時代もあったと思うが彫りの浅い美人で、綺麗なのっぺらぼうの皮膚に(インク・ジェット・プリンタ専用用紙のハイクォリティ版の紙のような肌に、という感じ)筆で目鼻を書いたような日本的な面白い美人だった。時代劇をやればいいのに、といつも思ったが、何故か現代劇で便利使いされる不思議な女優さんだった。僕はこの人、好きだったんだけどね。

仁礼家の長男が大村文武さん。
この人は映画版の『月光仮面』の主役で、実は健さんにそっくり。見ようによっては瓜二つの美男で、年間10本は超す出演作があった。とにかく東映の現代劇というと、重要な役でどんなモノにもとにかくいっぱい出ていた印象のある人だ。
ところが、この人が健さん映画ではイヤな役柄ばっかりなんだな。卑怯な男、神経質な男、そんなんばっかり。って、そんなに何本も共演していたかは疑問だが、見るとなぜか、健さんの敵役か性格のイヤな役を振られていた。
健さんが育ちそうだから君要らないよ、やりたいんだったら敵役でもイイ? といわれて役を振られているような損な役回りが多い。
『月光仮面』の主役だよ。正義の味方だよ。東映だって、子供相手に一度正義の主役をやらせているんだから、もう少し我慢して、良い人物をやらせてやればよいのにネェ。観客に対する裏切りじゃあねえのか、と思っちゃうほどだ。
警部の神田隆さんは全部が角型のカチッカチッとした容姿の、ハリウッド俳優みたいな人で僕は脇を演る人ではこの人が大好きだった。
この映画の神田隆もカッコ良くて紳士的で、こういう人が自分の親父だと良かったよな、と思っていた、あの子供時代に戻ってしまう。

他にも花沢徳衛さんとか 中村是好さんとか、上手くて柄も面白い人たちが出ている。

美空ひばりさんの弟の小野透さんが志村妙子さんの恋人役で出ていて、扱いは準主演格だ。
バスで一緒に乗り合わせたまじない婆さんの花岡菊子さんが「アンタ、この村の人じゃないね」と開口一番、言うシーンがおかしい。
昔はこういうシーンを別に抵抗無く受け止めている人が多かったんだけど、ヨソ者は衣裳も違えば雰囲気も違う。それに狭い閉鎖的な村では住民のほとんどが顔見知りなんだから「この村の者じゃない」ことは子供にも解るし、大体、こんなことは思っていても、相手に言うことはまず、ない。
現代では成立しない台詞だし、脚本家ももうこんな陳腐な言い方はさせないだろう。

東映現代劇の野暮ったさはこのようにあちらこちらに露呈していて、健さん映画が裕ちゃん映画のカッコ良さに遠く及ばなかったのは、なんかこういう時代錯誤にあったと思う。
観客の望んでいない現代感覚の押しつけというかな…。しかもその感覚がズレまくっているというか…。
その時代錯誤がヤクザ映画のカッコ良いアナクロに結びついちゃうので、一概に「だからダメなんだよ」と言えない切ない気分はあるんだが…。

カッコ悪いと言えば「ニュー東映」のマークもえらくカッコ悪い。
三角マークに「東映」と描かれているのが誰もが知ってるマークだが、「東映」の文字の部分に「ニュー東映」と入っている。字が多すぎて無理矢理感の残るマークなのだ。
しかも、デザイン化された決まったロゴマークが無かったのか、一本一本美術さんが手書きしたような不格好さが残っていて、何とも落ち着きの悪いマークなのだ。
しかも、これは友人の東映に詳しいO君も覚えていなかったが、ニュー東映のマークは岩に当たって砕け散る波にかぶって出るのではない。
なんと、安っぽい火山の爆発音と共に画面奥から飛び出してくる。
といっても火山の爆発は狙って撮れる映像ではないから、火山の上で人工的に火薬を爆発させて撮ったもののように見える。

つまり、「ニュー東映」のマークの出方に象徴されるように、この時代の東映現代劇はなんか安くて不発的なんだ。
ニュー東映の作品自体が1961年に集中していて、とても東映のセクションとしては短命だった貴重映像なんでDVDに保存しようかどうか迷ったのだけど、結局、見終わって削除しちゃった。
ゴメンね、ニュー東映。稔侍、メシっ!(ウクレレ栄二ネタ)

結局、今日一日、冷たい大雨。飽きた。

■ 決め球に欠けるけど、隠密剣士などでは悪役ながら可愛いくの一を演じていた。  (鎌倉の北原しげみファン さん)
■ うぉー、永らくの時を経て、ついに書き込み一件。しかも北原しげみさんのファンの方だ。この時代の話が今や全然出来ないので何か嬉しい!  (店主・かぜ さん)
■ uKQuEIgdTZklQPLHmA  (ludrvuu さん)
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■ LaQRVVVCwEfLXHf  (Bradley さん)
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  その人は昔  (1967/東宝配給/東京映画) 2005/06/05(Sun.) 14:51 

2005-04-30(土) 06:23:44

脚本・監督 松山善三
音楽 船村 徹
出演 舟木一夫 内藤洋子

この映画は1966年に発表された『心のステレオ/その人は昔』(コロムビア・レコード)の映像化作品だが、レコードはその年の「レコード大賞」で「企画賞」を貰ったのではなかったかなぁ、と記憶するのだが定かではない。
企画・演出は舟木さんを世に出したコロムビア・レコードのディレクター、栗山 章さん。

北海道襟裳の百人浜。人々は昆布漁に明け暮れる生活だ。
漁をする人々の群れの中に若い男女がいる。二人は先の見えないこの暮らしに飽き飽きしている。
ある日、示し合わせて都会へと出奔する。

手を取り合って都会の荒波に揉まれながらも健気に生きる二人だったが、いつか生きる方向を見失ってしまう。
少女は華やかな都会の渦に呑まれ、少年は自堕落になって行く。
離ればなれになった心に誘惑の囁きが聞こえて、少女は別の男に惹かれて行く。けれど少年には少女しかいない。

すれ違った心が、一つになろうとした矢先の約束の時間、少女の前に少年は現れない。
事故で指を失い病院の手術台の上にいたのだ。
絶望した少女は、かつてこんなのは海ではない、と言い捨てた大森海岸から漕ぎだして、羽田沖に身を投げて死ぬ。

百人浜に帰っても少年の居場所はない。
再び、少女を奪った都会に戻ろうと列車に乗った少年。
その列車を白馬のルンナに乗った少女が追いかけて行く。

「その人は昔、僕に夢のきらめきをくれたひとだった」…。

意欲的で実験的な音楽映画なんである。
何故か公開当時見逃していて、ビデオで録っておいたモノをやっと見たんである。
主演の二人以外は当時でもほぼ無名のキャストが組まれている。
ただ一人、少女を手玉に取るファッション・デザイナーの妻役の金子勝美という女優さんが元・松竹でちょっと注目されたことがあった程度で、これも知ってる人しか知らないというキャスティングだ。
通常、少年少女の両親あたりに名のあるベテランを配役したくなるところだが、そういう工夫は意図的にしなかったように思われる。芝居らしい芝居をさせないことでドキュメントっぽい味わいを狙ったのかもしれない。

百人浜の寒々しい風景は岡崎宏三さんのカメラが見事に切り取って見せてくれる。
走る列車。東京の雑踏。打たれるタイプライター。走る活字。動く印刷機。泥の沼大森海岸。
見事なカメラ。いつもながら詩のような映像だ。

音楽・船村徹。
「え、あの演歌の?」とみんな驚くと思うのだが、それはここ何十年かのこと。
詞が歌謡曲か怨歌かだけで多少の変わりはあるが、船村さんは昔っから新しい。
そのエッセンスはこの映画(もしくはレコード)の中に全部ある。
だから『白馬のルンナ』がなんの違和感もなくこの映画に登場するのだ。

その『白馬のルンナ』を歌った内藤洋子は時々、その台詞使いと発声が吉永小百合とまったく重なる。資質が永遠のスター。
もっとも、歌にも演技にもそれほど欲がなかったようで、早々と結婚して芸能界を離れたので、最終的な到達点は吉永さんとは段違いの力量なのだが、その下手さに品がある。
下手の一言で一刀両断に切って捨てられない魅力をたたえている。

舟木一夫は痛々しいほど野暮ったくて初々しい。
紅白連続4年出場とかレコード大賞歌唱賞受賞とか多分絶好調の時期で、だからこんな企画モノレコードが生み出されたし、発表が可能だったのだ。
多くのスターがこんな時期には自信過剰になって本人は良いと思っているんだろうが、ファン以外の人間が見ると嫌みでたまらない芝居なんかしてても不思議はないんだけど、これはギリギリ成功ラインにとどまっている。
初々しさの表現法などにちょっとした嫌みはあるんだけど、失敗になっていない。
当然かも知れないが、演技的には『絶唱』の方に進境著しいものがある。
僕はこの当時、既にビートルズのバイブレーションを受けていたのだが、舟木さんと年齢が同じなので、その歩みはいつも観察していた。デビュー曲の『高校三年生』から歌唱賞の『夕笛』あたりまではキチンと聞いていた記憶もある。

そして、この元々の企画をしている栗山 章さんだが、実は僕を表方として起用してくれた最初の人なのだ。
沖縄返還に伴って作った『沖縄を語る時』というレコードの企画者は彼で、僕を取材・構成・ナレーションで使ったのが栗山さんなんである。
つい何日か前、友達に「かぜ君って、その業界のトップと仕事してたんじゃない。考えてみると本当は凄いことなんだよなぁ」なんて言われて、そういえば中村八大さんと遠藤実さん、ポップスと歌謡曲の両巨頭と組んでレコードを出してる作詞家はそうはいないんじゃないかな? とか思ったばかりだ。
問題はそういう人たちと組んでるのに辿り着いたところがせいぜいこの辺、ということにあるわけだが…。
で、考えてみると栗山さんと組んでるのもとんでもなく凄いことなんだよな、当時としては。
栗山さんは大スター舟木と小物スター(マ、本人がそう思いたがっているんだから、別にイイじゃない。大物って言い出さないだけマシってもんでしょ。言っても周りが認めないわな)かぜ耕士という同年齢の人間を世に出してくれたわけだ。
※栗山さんは現在、小説家で作品に『ジャマイカの白い冬』『白馬のルンナ』などがある。

そんなわけで『その人は昔』は『僕ってば昔』話につながっていってしまうのだった。
なんじゃらほい。

■ ご無沙汰しています。僕は、最初これをコミックスで中学生の時に読みました。妹が仕入れてきたものを借り手読んだのです。そこには映画化されたことも記されていました。それを映画で見たのはそれから十年はたっていたでしょうか、深夜のTV放送でした。何度も読んでいたので題名を見たとき、これは見なければと思った記憶があります。主役の内藤さんはコミックスと瓜二つでした。内藤さんをはじめてみたのは地獄変という映画で小学生だったと思います。生きたまま燃えるシーンが子供心にとても怖かったので鮮烈に脳裏に焼きつきました。  (きん太のようなもの さん)
■ かぜさんのHPがあると聞いてあわててやってきたら、舟木一夫主演、印刷工場で手の怪我って…これこそ私が捜し求めていた作品でした。タイトルも監督も不明のまま遠い記憶だけをたよりにあちこち聞いて回っていたのですが、こんなに突然再開するとは!これこそ私が生まれて初めて映画館で見た映画です。たしか、京都のおばあちゃんの家に行っていた時に、満員で立ち見で見たんです。もし公開時だとしたら5歳でしょうか…早速ビデオを探して見ます。ありがとうございました。  (baleine さん)
■ CdFrJphw  (knscmps さん)
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■ MSMyihdUo  (vaymmad さん)
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  YAMAKASI/ヤマカシ (2001年 仏映画) 2005/06/05(Sun.) 14:47 

製作 リュック・ベッソン
監督 アリエル・ゼトゥン
出演 ヤマカシ

「ヤマカシ」はパリで評判のストリート・パフォーマンス集団だそうだ。素手でビルをよじ登ったり、街を全力で疾駆したり、車の往来も確かめず歩道橋からジャンプするスタント・パフォーマンスが売りらしい。
彼らの舞台はパリ全体であり、観客はパリジャン、パリジェンヌすべて。
じゃあ、観客は彼らの全貌をどこで知るの? パフォーマンスの始まりから終わりまで見ることは出来るの? ってことになるので、この集団がどれくらいの力量を持った人たちなのかは捕まえようがないわけだが、とにかく、フランスの超売れっ子監督リュック・ベッソンが彼らに目をつけて映画を一本作ったわけだ。

「ヤマカシ」は7人組。副タイトルに「現代のサムライ」みたいな文字が見えるが、フランス語から遠ざかって久しいので正確ではない。
「日本には『七人の侍』、アメリカには『荒野の七人』があるじゃないか」という台詞が出て来るので、多分あんまり間違いではないと思う。

「ヤマカシ」は国籍も育ちもバラバラで、特技もそれぞれに違う。でもトランポリンの名手は解るけど、「音楽狂い」って特技なのか? この強盗話には別に何も寄与していないと思うぞ。

話はヤマカシがビルの向こうの御来光を拝みに高層マンションを素手でよじ登るエピソードから始まる。
これを子供が見ていて、やがてヤマカシごっこが流行の気配を見せる。
パリ警察は彼らを放っておけなくなり、取り締まりを強化し始める。
そんなとき、心臓疾患の子がヤマカシごっこで木から落ち、緊急の心臓手術が必要になる。
その子が近所の子だったのでヤマカシたちはその手術代を稼がなければならなくなる。

40万フランとか言ってるので日本円では800万円くらい? 換算し間違っているかもしれないが、そんなお金が早急に必要になってヤマカシたちは泥棒を計画する。
彼らの入る家がプチ豪邸なので、なんか、大義が必要なんじゃないの? と思いながら見ていると選んだ家はちゃんと入るべくして入ったことが解るので、おお、案外、ホネがあるじゃん、などと納得し始める。
そう、このころにはすっかり映画の中に入り込んでいて、この颯爽たる若者たちに妙なシンパシーを覚え始めている。

話は安い。
だが、ヤマカシがこれらを本当にスタント無しでやっているとすればその身体能力は驚くほどすぐれたものだと思う。
顔は一人もイカしていないのだが、その身のこなしの鮮やかなこと!
簡単に虜になってしまう。

しかも、警官のドンパチは多少あるけど、マヤカシ自身は身体一つで戦っているので、何とも爽快で痛快なのだ。

90年代の初め、リュック・ベッソンの作った『ニキータ』が評判になって、長い間低迷していたフランス映画に、再び脚光が当たるようになったわけだが、僕は、この『ニキータ』という映画があまり好きでなかった。
主演の女優アンヌ・パリロウは悪くないのだが、男優たちのフランス語が妙にフニャフニャしていて居心地が悪い。
フランス語ってこんなにカッコ悪かったっけ? という気がしたほどだ。
むしろ、アメリカでリメイクされた『アサシン』の方が僕は殺し屋映画っぽくてイイと思ったほどだった。

でも、この『ヤマカシ』は気に入った。
とてもカッコいい。
そのカッコ良さが白人男優ではなく黒人やイエローによって醸し出されている、というのが今風かもしれない。
白人も何となく東欧系が混じっていたり、彼らの友人刑事も優男のパリジャン風でないのがイイ。
まあ、フランス風エスプリは監督や制作のベッソンの中にたっぷりあると思うので、つくりはアメリカ映画風だけど、テイストは確かにフランス風味が漂っていて、久々にフランス映画も良いな、と思った。
フランス語もここでは凛々しく聞こえてきて、『ニキータ』の時の気持ち悪さはない。
パリに流入した外国人たちが必死で会得した正しいフランス語が語られているのかもしれないな、と思ったけど、どうなのかな?



  我が心のジョージア 2005/06/05(Sun.) 14:45 

2005-03-17(木) 16:33:56

昨日、古い友人と電話で4時間の長話をしてしまった。
午後10時から深夜2時まで。
才能のある役者だったが、比較的早めにこの世界に見切りをつけた。
業界の趨勢を見た時、自分の出る幕がなさそうだったからである。
見極めの利く奴なので話が弾む。
テレビドラマの話をしていても世に出て来る奴を見逃していないのがよく解る。
話をしてから半年もすると僕らの間でだけ話題になっていた役者がレギュラー出演を勝ち取っていたりする。
僕は日本のテレビドラマは最近、初回だけは見る、という習慣も捨てたのであまり詳しくない。で、彼の注目した役者だけ注意してる、といった塩梅だ。

その彼がカラオケの持ち歌にしているのが『我が心のジョージア』らしくて映画『Ray/レイ』の話になった。
僕にとっては飛んで火に入る夏の虫ではないか!
まあ、長広舌を振るいましたともサ。

といった前置きはともかくとして、話題は、この歌の「ジョージア」は「ジョージア州なの?」「それとも女性の名前なの?」ということなのだ。
これについては4月2日のFMさがみ『人生を変えないラジオ』で喋ってしまったので書こうかどうしようか迷ったのだが、実はまったく同じ質問をこのサイトの常連さんからも戴いていた。
僕はこの歌を10年以上前に持っていたラジオ番組の中で訳詞付きで紹介してしまったので、「女性の名」であることは知っている。

ジョージア、僕は君を愛している。
君と一緒に暮らせてはいないが、いつも君のことを思っている。
他の女が腕をさしのべた日もある。
他の女が微笑みかけてきた日もある。
でも、僕の心はいつも君のもとへ帰って行く。
ジョージア、僕は君が忘れられないのサ。

というのが大意なので、女性の名は、簡単に「ふるさとジョージア」という望郷の思いに置き換えが可能だ。
ジョージア州が州歌にしてしまっても何の無理もない。
Rayはジョージア州の生まれなのでなおさら望郷の歌に聞こえる、という側面も見逃せないが、作者は『スターダスト』のホーギー・カーマイケルでホーギーはインディアナ州の生まれなので、ジョージア州を歌う理由がない。
ちなみにホーギー・カーマイケルは1959年のヒットTV西部劇『ララミー牧場』のジョンジーさんである。
ネットのあちこちに書いてある『ローハイド』に出ていた、の記述は間違いなので気をつけるように、って誰に書いているんだか…。
ちなみに「ジョン爺さん」でもないので注意するように、ってこれは僕に言ってる。
実は数ヶ月前に『ララミー牧場』のキャスト表を見るまで、40年以上も「ジョン爺さん」と思いこんでいた。ホーギーは爺さんに見えたし。
ジョンジーさんVS ジョン爺さん。笑える間違いかもしれない。
『我が心のジョージア』はそういうことです。



  いれずみ判官/下妻物語/3千代 など 2005/06/05(Sun.) 14:40 

2005-02-25(金) 01:40:15

雪が降ってきた。
かなり大きな結晶だが、まだ雨混じり。
『ヤアヤア・シスターズの聖なる秘密』を見終え、片岡千恵蔵の『いれずみ判官』を見始めた。
『ヤアヤア…』はサンドラ・ブロック、エレン・バースティン、ジェームズ・ガーナー、マギー・スミス、アシュレイ・ジャッドというベテランと新進が入り混じった奇妙な豪華キャスト。
エキセントリックな母を持ち、その奇矯な子育てのトラウマから逃れられない娘が、母の親友たち「ヤアヤア・シスターズ」からそのDVとしか言いようのない行動の秘密を解き明かされて行くというまだるっこしい物語。
僕はこういう母娘の物語は生傷を引っ掻かれるようで駄目だなー、多分。
ところで、こういう映画はどんな観客を想定して作られるのかな?
このキャスティングでこんな新作が出来た、と聞いて上映館に駆けつける客が想像出来ない。とは言え、みんなが飛びつくような映画ばかりだとそれはそれで困った状況な訳だし…。現在の日本のTVプログラムみたいなしょうもないことになるでナ。

で、落ち着きどころの良い東映の『御存じいれずみ判官』に逃げる。
遠山の金さん物である。今月の東映チャンネルは「金さん特集」なんである。
ただ、主役が東映の重役スター、片岡千恵蔵なので、まったく期待感がない。立派すぎるキャスティングにはハラハラ感が無いから、心もときめかない。
御大の映画だから脇まで豪華配役だ。
キャスト8枚目のその他大勢の俳優さんにも知っている名前がある。
そういう面子を揃えられるところが東映の凄さだが、知ってる自分もなんて無駄知識の宝庫なんだと驚いてしまう。
まあ、昭和30年代前半の映画はキャスト5枚目あたりの20人くらいまでは全部知っている。でも、あの頃のチャンバラ少年はみんなこんなだものな。自慢のしっこを始めたらキリがない。
娘役は丘さとみさん。愛らしいのに達者で、それが鼻につかないイイ女優さんでした。
ビリング20番目くらいの三原有美子さんが案外いい役。これより後に里見浩太朗さんたち集団主役グループの映画ではイイ番手の娘役もやりましたね。

思えば僕の年齢は大体、東千代之介、千代の山、島倉千代子の「3千代」がセットになっていて、対極に中村錦之助、栃錦・若乃花、美空ひばりがいて、僕の友達は大学時代まで大体「3千代」派のヤツばかりだった。
つまりレコードで言えばB面好きの連中だ。
千代の山が「吉葉山」になることはなくて、吉葉山好きのヤツとは友達になれなかったことを思い出す。
これが年齢が2つくらい下になると「栃・若」が「大鵬」に、「千代の山」が「柏戸」に入れ替わる。

今日は出ていないけど、錦ちゃんはやっぱり上手いよなあ。
ただし、勝つことが判っている人に肩入れするのが好きじゃなかったのでファンにならなかったけど、思えば錦ちゃんを嫌いだと思ったことはないんだよなー。
多分、千代ちゃんファンは最初から一流への道を捨ててるよな。社会でもあまり出世ラインに乗れなくて「変わったオジサン」への道を歩んじゃったような気がするなぁ。

なんか瞼が垂れてくる。雪が本格的になってきたのかな…。


2005-03-16(水) 02:26:23

遅ればせながら『下妻物語』。
ちょっと時間の無駄しちゃったかなあ、と無理矢理思いたくなる快作。
だって、封切り時にこの作品を見たいと思った記憶はないもの。つまりは世間の評判をさんざ聞いて知っているから見たってこと。
昔から仕事柄、評判になっているとか評判が良かったと聞けば追っかけで大抵の物は見るわけだけど、そういう見方が自分の中では癪にさわってしょうがない。
『下妻物語』なんてそれ以上、何の理由も無い。
ケー、悔しい。
面白いじゃあねえか! フカキョン(こんなこと言っていかにも知ったかぶるところにジジイ度が出るわけだが、)、でも可愛い! 土屋アンナ、キュート!
人工的な色使いとキッチュな筋立てがなんかおかしくてフハフハと脱力笑いしてしまった。
でも、これを見ても、見逃しても、自分の人生の何にも影響しないので、やっぱり時間の無駄だったかな、と無理矢理そこに持って行きたいわけだ。
なんせ、封切り時にはどんな選択眼的見地からも僕は絶対これを見落とす自信があるので。悔しいジャン。
下妻、ネェ。何ちゅう場所設定や。掟破りジャン。
下妻から代官山? パターンじゃん。
「いちこ」の本名「いちご」? 『翔んだカップル』の石原真理子ジャン、と全部手の内にはまって行く心地よさ。
女の子の方が元気がよい「今」という時代。女の子の方に正義がある時代の、女の子の率直で素直な生き方がすんなり心に入り込む。
ふーん、といつの間にか感心して見ていた。



  24/ER/堕ちた弁護士ニック・フォーリン 2005/06/05(Sun.) 14:26 

2005-02-16(水) 01:09:25
最近、外国の連続テレビドラマにはまっている。
『24』が終盤に近づいているが、事件が起きすぎ。終わりまでつきあうしか無いべサ。
『堕ちた弁護士 ニック・フォーリン』が案外な面白さ。
ヤクで捕まって児童相談所のボランティアをやらされている弁護士、というのがミソで、アメリカの家族問題や少年少女を取り巻く環境にメスを入れて行く。
徐々に少年少女に肩入れして行く姿に好感が持てるのだが、主役はツルンとした顔をしていながら、何かクセがある。エリートのイヤ〜な感じも持っていて、そこが役柄に上手くはまっている。
ま、この人のファンにはなりにくいけどね。
設定が面白いのに、主役俳優を人気者にさせるには設定が損、と言う痛し痒しの魅力作だ。
『ER』の第2シーズンはまだ絶好調をキープしている。
「医療は奇蹟じゃない」
「でも、もしおまえの子供が患者だったら、奇蹟を望むだろ?」
小児科医ロス先生の言葉にグリーン先生が黙って背を向けるシーンに泣いた。

ところでずーっと昔だが、「TVロー」という言葉に出会って義弟に訊いたが、「そんな言葉はアメリカにはない」と一蹴された。
ところが、新シリーズの『ER』に「TVドクター」という言葉が出てきた。
何か法律上の問題が起きた時、コメンテーターとしてテレビに出て来る弁護士が「TVロー」、医療コメンテーターが「TVドクター」なのだ、多分。

2005-03-01(火) 18:24:28
『24』の1シーズン目を見終えた。
最後の2時間で、というか、2話分だけでの大ドンデン。これまでの22週は何だったんだー、と叫びたくなりましたね。
バウワーの娘なんて24時間で何度も死にそうな危険に遭って、まだ精神が正常だとは!
あまりのショックに記憶喪失にまでなってやっと立ち直った妻が最後に!
可哀想で見てらンな〜い!って最後まで見ちゃった。俺は人非人だァ! 
14日からスタートの第2シーズンも見ちゃうのかなー。

続いて『ER』の37回目(?)。
「いつもグリーンじゃいられない」。
病院内部の様々な問題の一部が暴き出されそうな予感。カルテの改竄?
人情味たっぷりのドラマの中にもシビアな展開で1話完結でなくなってるな。
これだとこっちの都合で見るのやめられなくなっちゃったねー。ってやめる気はないんだけど。

『堕ちた弁護士ニック・フォーリン』も昼間録っておいたのを夜中の1時から。
心臓手術3回目の少女の後見人になることを決意するニック。ヤク中弁護士がどんどん目覚めて行くという設定は最初の拒否反応を上手く乗り切れば、こういう展開があるのだなー、という面白さがある。
無知なだけの人が目覚めて行くのより振幅が大きくてなかなか見せる。

『ガリバー旅行記前後編』の内、たまたま録れていた「後編」から見ちゃった。1話が2時間の長尺モノ。
「天空の国ラピュタ」と「馬の国」の話で、恥ずかしながらガリバー旅行記が文明批判や人間の傲慢さを批評していることで生き残ってきた文学であることを思い出した。
多分、精神病院に入れられているガリバーがみんなにホラ話と思われながら「巨人国」と「小人国」を旅した話をするところから始まっているんだろうなー、それは寓意の物語なんだよなー、と読めちゃうので、もっとハラハラするためには「後編」からなんか見ちゃいけなかったんだ、この物語は。
こういうずぼらなこと時々しちゃうんだよな。
キャストはイギリス演劇人大結集の力作。ピーター・オトゥールからジョン・ギールグッドまで出ている。オマー・シャリフも!

そんなこんなで確定申告、未だ出来ず。
なんか日々を引き延ばしてダラダラと生きているみたいだ。ジジイめ!



  コーラス/Shall We Dance?/アビエイター 2005/05/05(Thu.) 03:46 


2005.05.04. 映画を3本ハシゴした。

★監督:クリストフ・バラティエ 主演:ジェラール・ジュニョ
『コーラス』(フランス映画/川崎チネチッタ)

有名指揮者のモランジュは母の訃報を受け、ニューヨークからふるさとへと駆けつける。葬儀の夜、モランジュに一人の訪問者がある。
それは、1949年、地獄のような寄宿舎で一緒だったペピーノだった。
ペピーノは一冊の日記を持っていた。
それは地獄の寄宿舎にやってきたハゲ頭の天使、うだつの上がらない元音楽教師の舎監クレマン・マチューの日記だった。

規律の厳しい寄宿舎で身も心も縮こまって、そのまま社会に出したらならず者にしかなれない少年たち。
親と暮らせない不幸な理由を背負って寄宿舎暮らしをしている少年たちはそろそろ夢見ることさえ忘れかけている。

マチューはこの子たちに歌を教えることで少年らしい心を取り戻させようとする。
1960年代初めに『真夜中のブルース』というジャズを大ヒットさせたドイツ映画『朝な夕なに』や数年前の日本映画『独立少年合唱団』に激似のプロットではある。
だが、本当かウソかは知らないが昨年3月にフランスで公開されるや『ハリー・ポッター』も『ロード・オブ・ザ・リング』も敵わない大ヒットで昨年の興行収入第一位に輝いたのだそうだ。
それが本当ならフランスという国は今も変わらぬ芸術の国なのだなあ。一時期、フランス映画にも熱を上げた僕はなんかそう聞いて嬉しい気がするよ。

まあ、物語そのものはややありきたりなのだけど、音楽で凍った心を溶かして行く、というのは『サウンド・オブ・ミュージック』と同様、どこの国の人にとっても「有効」なのだよな。
これを阻むモノが「校長」というのも図式的だけど、全部がパターン通りなのに、涙を禁じ得ない作品に仕上がっている。
細部の作りがパターンを圧倒しているのだと思う。

モランジュの母、土曜日には学校の門で決してやってくることのない親を待つペピーノ、マチューのモランジュの母への恋心、極悪生徒の極悪ぶりと思わぬ真犯人、用務員の心底美しい心根、などなど、小さなエピソードがリアルを超えておとぎ話のように展開する。
そして行くあてなしのペピーノの運命とモランジュの天使のような歌声。

音楽教師クレマン・マチューは最後までただのうだつの上がらない音楽教師に過ぎないのだけれど、この中年が少年たちに与えた奇蹟の大きさにはただ頭が下がる。

なんで、こんな映画が作れちゃうかなー。
製作に名を連ね、指揮者モランジュを演じているのはかつてフランス映画に夢中になった頃、とても有能な青年俳優だったジャック・ペランである。最近も『WATARIDORI』という渡り鳥だけを鳥の視線で追いかけた面白い映画で名を見たばかりだ。

彼にはマルチェロ・マストロヤンニと兄弟を演じた『家族日誌』という名作があるのだが、ほかにもクラウディア・カルディナーレと共演した『鞄を持った女』や『z』『ニュー・シネマ・パラダイス』などもあって、新進俳優の時代からずーっと映画界の重要人物として今日まで来た訳だ。そのことにも敬服する。

ありゃー、今調べたらオレと誕生日が一緒だワ。
なので、この人のテイストと波長が合うのか? 判らんが…。

ともかく、この映画を見ることが出来た喜びはしばらく忘れることがないと思う。
幸せである。

【補足】ジャック・ペランはフランスの俳優なんだけど、ヒット作はほとんどイタリア映画(伊・仏合作もあるが…)。
代表作は『鞄を持った女』(61)『家族日誌』(62)『ロシュフォールの恋人たち』(67)『Z』(69)『戒厳令』(73)『ニュー・シネマ・パラダイス』(88)ってことになりますかね。
伊映画と仏映画に何となく魅力がなくなって、70年代に入ると日本未公開作が増えたため、全貌が判らないのが残念だけど、これら代表作の中ではカトリーヌ・ドヌーブ姉妹とジョージ・チャキリスを相手にミュージカルに挑んだ仏映画『ロシュフォール…』が割合、TV放映されていて全盛時の彼が見られます。
友達の(故)トラちゃんも『家族日誌』が大好きでダ・カーポに同じタイトルの歌を書きました。
『家族日誌』の中のジャック・ペランはほとんど台詞を喋りません。目だけで芝居をするこの若手俳優に注目したのはそれ故でした。
「女優じゃないのに瞳だけで人の心を掴む俳優」と誰だかが言ったような記憶があります。言い得て妙!
年齢は僕より3つ上。でも、この人はデビュー当時、異常に若く見える人で、長い間「少年役」を得意にした人でした。
『コーラス』ではちゃんと年齢にふさわしくなってますのでご安心を。←って完全な蛇足。60歳で少年を演じてる訳がないわい。


★監督:ピーター・チェルソム 主演:リチャード・ギア ジェニファー・ロペス
『Shall We Dance? シャル・ウイ・ダンス?』(アメリカ映画/川崎TOHOシネマズ)

言わずとしれた周防正行監督1996年の大ヒット映画『Shall We ダンス?』のアメリカ版リメイクである。
あらすじは日本版のほぼまんま、と思ってそう間違いではないが、役者が変われば雰囲気も変わって、これは確かにアメリカ版リメイク作品にちゃんとなっている。

ストレートに言ってしまえば、とっても良く出来ている。なんの不満もない。
リチャード・ギアは巧すぎず、と言って勿論、下手などでは決して無く、ジェニファー・ロペスは草刈民代のたおやかな、それでいてしなやかな風情を知っているので、比べるとちょっとな、と思っていたのだが、まるで違和感がない。
ギアの妻役のスーザン・サランドンがやっぱりこの映画の支え手で、いつもながら見事。ちゃんとアメリカ版に置き換えられているし、リメイク物としては大成功の部類だと思う。
とても良いし、笑うし、泣くし、年配者にも受けまくっていたのだけど、オトク感が少ないのは筋を完璧に知っちゃってる、というただ一点に尽きるような気がする。
勿論、ウエットな日本のテイストを存分に生かしてくれているのも嬉しいし、周防監督が冒頭の何枚目かに堂々一枚でクレジットされているのも嬉しい。
不満はないのに不満なのは、もう、日本版をじっくり見ちゃってるからなんだよなー。
もっと深い満足感が得たかったぜい。

気がついたのは、僕が社交ダンス競技大会についてとても良く理解していることだった。
なんでかって言うと僕は『ウンナンの芸能人社交ダンスクラブ』の大ファンなんである。
お笑いファンたちはあまり気がついていないのだろうと思うが、番組を「作る」能力はウッチャン、ナンチャンが一番ある。この二人は間違いなく自分たちの番組を自分たちで巧くコントロール出来ている珍しいお笑いコンビだと思う。
「芸能人社交ダンスクラブ」という企画も参加している連中が凄く熱心で、忙しい仕事の間に必死でレッスンする姿に好感が持てた。しかも、巧くなる人はめざましい上達ぶりを見せるので、一度見てしまうと競技大会の日まで目が離せなくなってしまうのだ。
そんな訳で僕は競技大会出場を三回位見ているので、その過程で競技のルールをいつも説明されるので、いつの間にかシッカリ頭に入っていたらしい。
で、下知識があるので、この映画も面白く観られたという訳なのさ。
ウンナン見てると杉本彩や小池栄子の活躍とかボケ・キャラの藤崎奈々子の復活など理由がちゃんとあるのが解る。

ちなみにアメリカ版のタイトルは『Shall We Dance』で、映画の中では「?」は付いていない。


★監督:マーチン・スコセッシ 主演:レオナルド・ディカプリオ ケイト・ブランシェット ジュード・ロウ アレック・ボールドウィン
『アビエイター』(アメリカ映画/川崎チネチッタ)

1920〜40年代のアメリカで大富豪の映画製作者兼飛行家として知られたハワード・ヒューズの物語である。
豪華絢爛な一大絵巻なんだけど神経病を病んでいるヒューズの変人奇人ぶりに目が行きやすく出来ているので、浮かれた大作、という感じは少ない。
レオ君は常に眉間に皺を寄せた、いつもどこか不機嫌な、潔癖性の若き大富豪を堂々と演じて、もう、アイドル的人気は捨てて本格俳優に一歩踏み出しちゃったね。
共演しているエロール・フリン役のジュード・ロウも一足早く『ロード・トゥ・パーディション』でその美貌をかなぐり捨てて実力派俳優の道を歩み出してしまっているけど、彼らの底力はどうやら本物だ。凄い。彼らが美貌を捨てても平ちゃらなのは腐っても美貌だからなんだけど、それにしてもイイ役者魂をしてる。
これが『Ray/レイ』に敵わなかった理由の一つは白人の道楽者の栄光と悲惨物語だからだろうな。主人公のキャラが「好きにやってろよ」と思われやすいからだ。
実在の人物たちが有名すぎるのも彩りとしては華やかすぎて、深みが欠けているように見え易い。得ではない。
黒人、差別、麻薬、女というお定まりのパターンに見える『Ray/レイ』は無名キャストを使いながら超豪華キャストに見えてしまう熱を持っていたが、こちらは超豪華キャストがむしろ仇になっている気配がある。豪華が熱に転化せず、なんか画面がうるさいだけなのだ。
有名人の周りってのはそんな物だ、と言われればまさしくそうなのだが…。
そのくせ、不思議なことだが、最近の女優にはエヴァ・ガードナーやジーン・ハーロウの人間としては安いが映画界的にはそれなりにゴージャスな感じ、という物がまるでない。
なんでかな。
キャサリン・ヘップバーンを演じたケイト・ブランシェットなんて、ヒューズに別れを切り出す場面で「芝居をするな」とヒューズに言わせるほど「別れの芝居をするキャサリン」の芝居を見事にやってのけて、その巧さに唸るんだけど、キャサリンの持っていた硬質のゴージャスが無い。
エヴァ役の女優はいくら着飾ってもチンピラ女優にしか見えないし。
高校生の頃、僕が知っていたエヴァはもっとあでやかだったけどねー。男を喰っちまいそうな大輪のゴージャスがあったけどねー。

スターがスターらしくいられる虚栄の香りが現代のハリウッドや世界の映画界にもう無いのかもね。スターになって頭も空っぽになっちまうほどの富や名声が映画の末端までは行き渡っていないのかもネ。
確かに現代は監督も俳優も昔みたいにバカではいられないし。
いわゆる映画会社が映画を作っていた時代は、スタジオ・システムというヤツが映画に関わるすべての人間を守り、時にはスポイルしていた訳だが、そのシステムが崩壊して、みんな利口になっちゃったってことが大きいかもね。

良く出来ているのに手放しでアプローズ出来ない恨みが残る作品だ。ヒューズというなんだかいつも不機嫌な人物に心を寄せきれないからかもしれないな。
出来は浮かれた大バカ映画になっていないので良いと思うんだけど、どこかでスカッとさせてくれないと、…ねぇ。
全編ジトーッ、と行くには作りの派手さが邪魔だよねー。
人物が派手なので映画の作りも派手になり、富豪の内面の苦悩を上手に描いているのにどうも深みにまで至らない感じが残る、というなんか惜しい作品なのだな。

1日映画三昧で10:40分終映。帰宅したら11:30分を回っていた。
ちょっと疲れたが幸せな一日だったな。頭も相当疲れてるな、ウン。

■ コーラス、連休に見に行こうと思っていたのですが上映館が東京で3箇所。混んでるだろうなぁと諦めていたのですが、店主さまの日記を読んでやっぱり見に行こう!と決心しました。ありがとうございます。  (アプリコット さん)
■ 3本ハシゴしてお尻、大丈夫ですか?! この中から選ぶとしたら、ストーリーなら『コーラス』だけど、どちらかというと『アビエイター』の役者さんたちが見たいです。  (みん さん)
こちらのURLで。「コーラス」の特集ページを作っております。その中の“映画評”のコーナーにリンクさせていただいてもよろしいでしょうか?  (シロのママ さん)
■ おやおや、シロのママさん、いつ書き込んでくださったんでしょう? 本日ただ今(6/2ヨル)まで気づきませんでした。まあ、書いちゃったものですので、よろしければお使い下さい。出来るだけ、多くの方に見て欲しいので。  (店主・かぜ さん)
お返事有難うございました。リンクさせていただきました。随分文才のある方だと思いながら拝見しておりましたら、なんとプロの放送作家でいらしたんですね。経歴を読んでおりましたら、知っている番組もあり、随分恐れ多いことをお願いしてしまったと、恐縮致しております。快く承諾してくださいまして、有難うございます。  (シロのママ さん)
■ シロのママ さん、ページ拝見させていただきました。やっぱり、みんなが語り出したくなる映画だったんですねぇ。良かった良かった。ジャック・ペランの若き日の姿が見られたのも嬉しかった。繊細な芝居が好きだったんだけど、顔そのものが驚くほど美しい青年だったですね。ペピーノ君が実の息子だったのか。なんか、そのこと自体が嬉しいな。←ひいきの引き倒しか!?  (店主・かぜ さん)
■ 拙い私のサイトにいらしていただきました上に、温かいコメントを頂きまして有難うございます。もったいなくて、「コーラス」のTopページにこのコメントを掲載させていただきました。この度は本当に有難うございました。  (シロのママ さん)
先日は「コーラス」の映画評でお世話になりました。今回また覗かせていただきましたら、補足の所に素晴らしいジャック・ペランの紹介コメントをお書きで、私どものジャック・ペランの“Profile”に掲載させていただきたく思います。かぜ様にご覧頂きたく一応アップ致しましたが、まだ更新情報には書いておりません。ご覧になりまして、かぜ様からお許しが出ましたら、更新情報にも書き込もうと思っております。もし支障があるようでしたら、即削除いたしますので、ご覧いただけますでしょうか?[Click Here!]毎度厚かましいお願いばかりで申し訳ございません。  (シロのママ さん)
■ シロのママさん。ファンだった俳優へのひと言を引用して貰えるなんて、映画ファンにとっては何とも嬉しいものです。どうぞ、お使い下さい。誰の役にも立たなくなり始めている知識と記憶なので、誰かの記憶に留めて貰える事だけで幸せだと思っとります。  (店主・かぜ さん)
■ USA  (pokksruqptb さん)
■ USA  (pokksruqptb さん)
■ iesXFnAxstyttiTC  (john さん)
■ iesXFnAxstyttiTC  (john さん)
■ ARqCChZaEzXCMpK  (bcvfppiowf さん)
■ ARqCChZaEzXCMpK  (bcvfppiowf さん)
■ QNPoAUpBEhH  (mdehsdnmow さん)
■ QNPoAUpBEhH  (mdehsdnmow さん)
■ QOKAmLgaOnalMxXf  (adiesbwgysn さん)
■ QOKAmLgaOnalMxXf  (adiesbwgysn さん)
■ nPGzmLPaQRt  (vbopcvu さん)
■ nPGzmLPaQRt  (vbopcvu さん)
■ yJWvcKYxjKVjCnvqcD  (wlvtcmkie さん)
■ yJWvcKYxjKVjCnvqcD  (wlvtcmkie さん)



  小原初美おしゃべりポップスパート8 2005/04/11(Mon.) 00:39 

初美ちゃんの選曲には物語性があるので、歌を聴きながら勝手に連想ゲームが出来たりする。聞き手を自由にさせておいてくれるから、コンサートが終えた時、お客さんはみんな幸せな気分になっていると思う。
「あたしの唄を聞け!」という強制的な聞かせ方でないのにみんながちゃんと耳を傾けているという稀有なコンサートかもしれない。
今回は「映画音楽特集」なので僕はとても楽しんだ。

@ケ・セラ・セラ (ヒッチコック作品『知りすぎていた男』)
ドリス・デイは若い時ダンサーだったんだけど、巡業の車が汽車に衝突する大事故で重傷を負った。14ヶ月もの入院生活を送る内、エラ・フィッツジェラルドの歌に感動。歌手を目指した。

AAs Time Goes By (ハンフリー・ボガート、イングリッド・バーグマン『カサブランカ』)
『君の瞳に乾杯』=Here's Looking At You, Kid.

B慕情 (ジェニファ・ジョーンズ、ウイリアム・ホールデン『慕情』)
1962年。高校3年秋。「都民の日」に当時の彼女と上野の映画館に行った。『慕情』と『エデンの東』が日本最後の上映(洋画には上映期間8年の契約があったらしい)で超満員で立ち見となった。それはいいんだけど、場所が上野。あんまり柄が良くない。気づくと僕の尻をなで回す手があった。ヤだったのでそそくさと出て、丸の内松竹で『終着駅』のリバイバル・ロードショーを見た。
気づいたら主演が『慕情』のヒロインでもある、ジェニファ・ジョーンズだった。どちらにせよ、僕らの気分はその日、J・Jデイだったのだな、多分。

C禁じられた遊び〜ロシアより愛をこめて
十字架遊びの少女は長じて演技力の確かなお姉さん俳優としてキャリアを再スタートさせた。『バルスーズ』(キンタマのことらしい)では若者にセックスをレクチャーするお姉さんだか若妻だったと思うが、この記憶はちょっと怪しいかも。
『007』シリーズのジェームズ・ボンドは日本では長いこと、「ゼロゼロナナ」「ゼロゼロセブン」などと呼ばれていた。「ダブルオーセブン」と読み替えたのは、ショーン・コネリーの声を吹き替えていた若山弦蔵さんだ。

Dファッシネイション (オードリー、ゲーブル、シュバリエ『昼下がりの情事』)
オードリーの父親で私立探偵のシュバリエは言う。
「近頃起きてみるとおまえはいつもうつぶせで寝ている。私の統計ではうつぶせの86%は深刻な恋愛中」
86%という数字がいかにもで上手い。

E追憶 (バーブラ&レッドフォード『追憶』)
バーブラが映画デビューの『ファニー・ガール』でアカデミー主演女優賞を貰った年は『冬のライオン』のキャサリン・ヘップバーンとダブル受賞。協会員の投票数がまったく同数の椿事だったのだ。

Fゴッドファーザー愛のテーマ (フランシス・F・コッポラ『ゴッドファーザー』)
Part 2で「心が弱いからやがてコルレオーネ家の足を引っ張る」とされ、哀れ家族に銃殺されるフレッド・コルレオーネ。演じたジョン・カザールは『狼たちの午後』や『ディア・ハンター』でも名演を残して若くしてガンで死んだ。彼を看取ったのは『ディア・ハンター』で頭角を顕したメリル・ストリープだった。

Gある愛の詩 (ライアン・オニール、アリ・マッグロウ)
オリバー「君にお金より尊い僕の愛をあげる」
もう一つの名台詞がジェニーの「愛とは決して後悔しないこと」

Hタイタニックのテーマ (レオナルド・ディカブリオ、ケイト・ウィンスレット)
レオ君が死んで、ケイトが生き残ったのは単純に皮下脂肪の多さの違いのように思えるケイトの肉付きの良さ。

Iドレミの唄(『サウンド・オブ・ミュージック』)
音は「ドはドーナッツのミ」「レはレモンのファ」「ミはみんなのソ」なので実はこの訳詞は凄く心地悪いのだが、あの時期、この唄はこういう風にしか歌えなかったと思う。『サウンド・オブ・ミュージック』を世に広めたのはペギー葉山さんのこの詞で、その功績の大きさはこの詞を否定してはならないと思えるほどの力を持っていた。

JShall We Dance? (ユル・ブリナー、デボラ・カー『王様と私』)
ポルカ風のこのダンス・シーンは思った以上にセクシーである。
好きなのに「好き」とは言えないシャム国王。言ったところで側室にしかできないのだから、王は思いの丈を「シャル・ウイ・ダンス?」の一言に籠める。アンナも王を愛しているが、二人がどうにもならない関係なのを知っている。
口づけさえしないのに、もしかしたら世界一セクシーなラブ・シーンがこのダンス・シーンかもしれない。

K奥様お手をどうぞ (ビング・クロスビー『皇帝円舞曲』)
1948年度作品。僕が4歳の時の映画なので字面で眺めたタイトルでしか知らない。
監督は『サンセット大通り』『アパートの鍵貸します』のビリー・ワイルダーだが見ていない。歌はよおく知っている。名曲である。

L踊り明かそう (『マイ・フェア・レディ』)
大学一年の時の英語のテキストが『マイ・フェア・レディ』の台本だったので、1月公演を見に行った。1965年のことである。
『ウエストサイド物語』で燃え上がったミュージカル・ブームに、外国からの輸入上演ブームが加わった最初の作品である。江利チエミ、高島忠夫、益田喜頓。名トリオだった。

Mオペラ座の怪人
コレと『皇帝円舞曲』の2作品が未見である。僕の周りでは悪評ふんぷんだったが、ジョー・モンタナさんによれば悪くないらしい。ま、見ざるを得めぇ。

NOne (ミュージカル『コーラスライン』)
この舞台を見るために二度目のアメリカ旅行をした。
ステージ版は名作。映画版は最悪という珍しい出来。歌の扱いを間違えたらアカンがね。『キネ旬』8位だったか10位だったか…。審査員は目暗じゃねえのか、と毒づいてみたくなる。
日本版の初回公演で『鏡の前のダンス』を踊ったキャシーの羽永共子さんはのちに「ヤング101」の枡川譲治さんと結婚した。

Oサンライズ・サンセット (『屋根の上のバイオリン弾き』)
舞台は次女が倍賞千恵子版のものを見た。上條恒彦さんが二代目、西田さんが三代目のテビエ。

Pトゥナイト (『ウエストサイド物語』)
チャキリスはロンドン公演でシャーク団のリーダー、ベルナルドでなく、対立するジェット団のリーダー、リフを演じていた。
舞台版ではリフには歌があるけれど、ベルナルドには目立ったダンスシーンも、勿論、『アメリカ』もない。『アメリカ』は女たちだけのシーンなのだ。もし、舞台でベルナルドをやっていたら、チャキリスには映画出演のチャンスがなかったかもしれないと思ったりしたものだ。

Qディズニー・メドレー
東京ディニズーランドが開園した年、あまりに入りが良くないので6月頃、「夏は○時までずっと開園』とかいう緊急広告を打った。そのテレビCMの声は僕だ。ワシは緊急声なのか? だったら『ER』でどうか? ←誰に言ってるんだか?

Rハロー・ドゥーリー (演出:ジーン・ケリー 出演:バーブラ・ストライサンド)
タップ・ダンスの神様ジーン・ケリーの監督作品。
ケリーは何本かの映画を手がけているが自身のヒット作『巴里のアメリカ人』はライザ・ミネリのお父さん、ヴィンセント・ミネリが監督。のちにジーン・ケリーはテレビでこの作品を演出している。

Sアンコール曲

終演後の食事会は野菜中心のヘルシー・バイキング。青葉台の「はーべすと」という店である。コレが美味しい味付けで、まあ、幾分か鶏肉を食べたが、野菜でお腹をいっぱいにしたのは初めてだったかもしれない。



  『ビヨンド the  シー 夢見るように歌えば』 2005/02/26(Sat.) 22:28 


これを読んで下さる方は一つ下のスレッドから目を通して下さると判りやすいです。

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というわけで土曜日の「シネスイッチ銀座」へ出かけたのだ。

監督・脚本 ケヴィン・スペイシー
脚本 ルイス・コリック
出演 ボビー/ケヴィン・スペイシー  サンドラ/ケイト・ボスワース  マネージャー/ジヨン・グッドマン  義兄/ボブ・ホスキンズ  ポリー/ブレンダ・ブレッシン ニーナ/キャロライン・アーロン  サンドラのママ/グレッタ・スカッキ  ディック・バーク/ピーター・シンコッティ  リトル・ボビー/ウィリアム・ウーリッチ

現代のアメリカ映画を代表する演技派ケヴィンが往年の人気シンガーをどう撮りたいのかと思ったら、彼はミュージカルがやりたかったのだね。
前半は完全にミュージカル。
しかも、ケヴィンは自分が歌って踊る映画を作っておきたかったのだね。歌は全部、ケヴィン自身で歌って、サントラ盤まで出しているくらいだし…。

ウーン、まあ、上手い、それも非常に。
でも、この人にして、自分はダンスも踊れちゃう、と思うのはどうかなあ。
踊れてないよ、ケヴィン。君は振りを覚えて軽くステップを踏んでみただけ。
君はアカデミー賞の主演・助演の両賞受賞者でロンドンのオールド・ヴィク座の芸術監督だ。現代の名優なのは認める。でも、ダンサーじゃない。
ミュージカルを、それもちゃんとミュージカルを撮りたいのなら、君がボビー・ダーリンという魅力的な人物を演りたいのは判るけれど、歌って踊れる別のキャストを用意すべきだった。
そこそこに踊ってみせる君の姿を見ていると長年のミュージカル・ファンは腹が立ってくるのだ。本職のダンサーたちの真摯な動きを見ろよ。君が決めのポーズだけをそれらしく決めて、一見、踊ったように見せかけている時、君のバック・ダンサーは足も手もピンと伸ばし、素晴らしい跳躍力を見せて着地しているじゃないか。
君はそういう人たちの中で踊っていて自分が恥ずかしくはなかったかね。
イヤ、いいんだよ、ショーのシーンならそのダンスで。
スターってのはそういう小手先踊りをするものだし、逆にリアリティがある。
でも、君が作ったのはショーのシーンを次々に見せて行くことでボビーの短い一生を見せた訳じゃない。ミュージカルを見せたかったんだろ? だったら、踊れよ、ちゃんとナ。

それを除けばこの映画は上出来の部類に入るだろう。
物語を成立させるために時制を時々、意図的に無視しているので一代記ものとしてはどうかな、と思うが…。
たとえば63年度アカデミー賞で『二ユーマンという男』の演技がノミネートだけで終わってしまった時、ボビーとサンドラは喧嘩する。
『なんでM・ダグラスなんだ!』
『死んだから上げたって説もあるわ』
『生きてる僕をアカデミー賞は殺した』
『メルビンはあの歳になってやっと取れたのよ、あなたは初めての候補じゃないの、あたしなんか候補になったこともないわ』
『ああ、ダレソレの女房は演技派だし、ウォーレン・ビーティの女房はお偉いさんの娘だ。俺の女房はタミーだよ』

「M・ダグラス」で思い出す名前なんて「マイケル・ダグラス」しかいないよな。
この人はメルビン・ダグラス。
63年は作品賞が『トム・ジョーンズの華麗な冒険』、監督賞が同映画のトニー・リチャードソンだった。
主演男優賞は史上初の黒人受賞者『野のユリ』のシドニー・ポワチエ、女優賞は『ハッド』のパトリシア・ニール、助演女優賞はミス・マープル役で知られていたが『予期せぬ出来事』で困った婆ちゃんを飄々と演じたマーガレット・ラザフォード、そしてボビーと助演男優賞を競った(本当に競ったのかどうかは知らない。多分、下馬評では本人がトチ狂うくらい競っていることになっていたんでしょうね)のはポール・ニューマン主演の『ハッド』で久々にスクリーンに帰ってきたメルビン・ダグラスだった。
メルビンの若い時は知らないけど、タキシードの似合うイカした二枚目だったらしい。
戦争でキャリアを棒に振ってしまい、第二次大戦後は舞台に戻ってトニー賞などを取り、ハリウッドに性格俳優として戻ってきての受賞だった。27歳のたかが映画何本目かの歌手上がりの若造が敵う相手ではない。
ボビー・ダーリンをやたらな自信家として描いているシーンとして見応えがある。
でも、メルビン・ダグラスはこの時、まだ死んではいない。79年に『チャンス』(ピーター・セラーズ主演のほのぼのとしたいい映画だ)で2度目のオスカーを手にしているのだから…。
ま、故人への演技賞授与は76年、『ロッキー』が作品賞を獲った年の『ネットワーク』におけるピーター・フィンチが初めてだ。13年も後の話だから、サンドラの台詞は誰が聞いてもおかしいが、アカデミー賞ってのは時々、そういう意地悪もするのよ、っていう意味で時制をズラしているから成立しちゃうわけだ。でも、当時を知らない人にはこの手は判んないよ。

『ああ、俺の女房はどうせタミーだよ』は聞き逃せない台詞だ。
『タミー』は『雨に唄えば』のデビー・レイノルズが主演した57年の『Tammy and the Bachelor』の続編というか、主役を代えてリメークした作品だ。
デビー・レイノルズは主題歌『タミー』を歌って全米のナンバー・ワンにランクされ、アカデミー賞歌曲賞の候補にもなった。だが、映画は日本未公開で、デビーの亭主でキャリー・フィッシャー(『スター・ウォーズ』のレイア姫)の父ちゃんにあたるエディ・フィッシャーというこれまた超人気シンガーが、エリザベス・テイラーと恋に落ちてデビーと離婚、リズと結婚、という馬鹿なことをやってのけたおかげで、せっかく大当たりした『タミー』みたいな純情可憐ものが似合わなくなってしまい、シリーズ化出来なかったのだ。

※エリザベスはデビーと親友で、当時、亭主を亡くして寂しいモノだからデビーんとこへしょっちゅう出入りしていて、慰め役の旦那のエディとデキちゃった、というバカな話なんだ。それによってデビーの可憐なイメージに傷がついて、彼女はタイタニック号の沈没を描いた『不沈のモリー・ブラウン』という、レオ君の『タイタニック』にも描かれた西部の女豪傑でアテるまで長い低迷を続けた。デビー転落の話は当時はよく知られていて向島の美容院ではかなり話題になっていた。

そんな時に『避暑地の出来事』で、大当てに当てたサンドラ・ディーがハリウッドに登場する。早速、61年『Tammy Tell Me True』が作られた。これが当たってその次がボビーと共演の『九月になれば』になった。63年には超サラブレッドのピーター・フォンダ売り出しのためにサンドラは『タミーとドクター』を撮る。これは日本でも封切られたから、アメリカでも宣伝に相当、力を入れた作品だ。
だけど、ボビーは、軽喜劇の主役に過ぎない演技力のないサンドラを皮肉っているし、女房がその程度の女優だから自分が軽んじられて賞が獲れなかったとなじっているのだ。
ただのアイドル女優にだってプライドはある。言っちゃいけない言葉だった。
ボビー、あんた、この時、主演賞にノミネートされていたポール・ニューマンや、君よりうんと後から出てきたアル・パチーノが何度悔しい思いをしたか、判ってないね。

この時から二人の心は少しずつ遠のいて行く。凄く可哀想なシーンでもある。

ケヴィン・スペイシーはこの映画でサンドラ・ディーを大事に扱っている。
実際には離婚した後のエピソードにも登場させているが、「私がこの家を出たのは」という言葉でしか語らせていない。ハッキリ言えば映画上では明確には「離婚」させていない。サンドラをボビー一人のものにしてやって、心臓手術の快癒パーティにも病院にも来させている。
ま、妻と母と一人の不幸なシンガーとの切ない愛情物語にするための便利な手だよ、という見方も出来るだろうが、ぼくはここにケヴィン・スペイシーのボビー・ダーリンとその周囲の人たちへの優しい心を感じた。特に母への…。そこがイイ。

そして、この映画には事実かフィクションか判らないのだけど、多分、事実の、衝撃的な告白が登場する。勿論、それをここに書く気はないから、ご安心召されよ。

ボビーが二度目の手術で死んだのかどうかは「事実をもとに…」とエクスキューズされちゃうと本当かどうか判らない。

☆この映画はちょっと手のこんだ作りをしていて、ケヴィン・スペイシー演じるボビー・ダーリンがボビー・ダーリンの一生を演じている、という構成を採っています。
なのでオープニングまもなくの頃、ボビーにプレス記者が訊きます。
「あなたはこの役には老けすぎているとは思いませんか」
いつも彼に付いている義兄は言います。
「自分の役を演ってるのに老けてるってなんだよ!」
この会話、よく解らん。ボビーが自分の伝記映画を撮っていた、という事実があるのならいいけど、これはケヴィン・スペイシー自身に対するエクスキューズだもの。
ケヴィンはここで、この映画は「演じられたボビー・ダーリン」という人のお話だよ、と言いたいのかもしれない。
なんか、ふと、考え込んでしまって翌日、ココ、付け足しました。

なので、ラスベガスでフォーク・ソングを歌って大喝采を受けたのも本当かどうか判らない。
ただ、ロバート・ケネディの親派(こんな漢字はないな。シンパとすべきだろうが)になって反戦歌を歌ったのは本当だと思うので、ま、いいとするか。
でも、フランク・シナトラを超えたいと願った歌手が、シナトラがJFKに近づいたように、JFKの弟、ロバートに近づいて行くのは
皮肉といえば皮肉だな。大統領と大統領になれなかった男じゃ、「格」的にもう負けてるモノ。

最後、ケヴィンはボビーの死で物語を終わりにしていない。
ケヴィンは「ウォルデン・ロバート・カッソート」は死んだけど、「ボビー・ダーリン」は死んでいないと言いたかったのだろうな?
歌い手のことは語り続けてやれば、歌は歌い続けてやれば永遠に生き続けるのだ、とばかりに子供時代のボビーとタップを踏む。
ケヴィンのタップは下手じゃない。
ただし、リトル・ボビーを演じるウーリッチは名子役だそうだが、すんげえ可愛くない。10歳の頃のイーサン・ホークかウィル・ウィートンくらい顔のいい子を連れてきて欲しかったよ。

勿論、ケヴィンは当然20代には見えませんので、キャスティングには通常の感覚で言えば最初から難がある。
でも、このキャスティングは面白い。だってボビーの親友のディック・バークは役とほぼ実年齢22歳ののピーター・シンコッティが演じてる。ケヴィンは45歳だぜ。気にする人はするんだろうけど、僕は構わないと思った。つまり、面白く見ちゃった、ってことだな。
他にも自分のお人形さんとして娘を育ててしまったサンドラのお母さんの描き方はありきたりなんだけど、役者(グレッタ・スカッキ)がイイ。カリカチュア演技なのに妙に実在感がある。
ちなみにボビーのママ(?)のポリーは『マック・ザ・ナイフ』がナンバー・ワンに輝く8ヶ月前に亡くなっている。

付け加えますと、なんでかなー、僕はここ3年くらい、気づかずに『ビヨンド The シー』をいっつも口ずさんでいたようなのです。
阿鬼羅君が『不定愁訴日記』に『ビヨンド The シー』というタイトルを書いた途端、いても立ってもいられなくなって見に行ってしまったものの、さっきまでその理由がわからなかったのです。
それは僕が持ち歩いているヘレン・シャピロという少女歌手のアルバムの中に入っていて、『ビヨンド The シー』とシャンソンの『ラ・メール』を組み合わせた歌でした。
ヘレン・シャピロは62年頃、『子供ぢゃないの』と『悲しき片想い』という二つの大ヒットを放ち、天才歌手といわれ、同じく日本の天才歌手だった弘田三枝子が両作ともカバーしてヒットさせました。

映画を見終えてレコード店に飛び込み、ボビーのレコードを探しましたが、一枚もありませんでした。僕はこの映画に登場するかなりの歌を歌えたのだ。なんで? 知らずに耳にしていて覚えてしまうくらいきっと何度も流れていたんですね、昔。
こんなに知っていると思わなかった。もっと遠くにいたスターなんだと思いこんでたよ。

ちなみにケヴィン・スペイシーのサントラ盤も皆無。
レコード会社ってのはもう感度ってものが失くなってるね。

ま、客の入りは上々で年配客が多かったです。
ほらね、こういう年代の人たちがモノ次第ではちゃんとこうして動くんですよ。この年代をすべてのマーケットから閉め出しているのはこの国にマシな文化がないからですな。

で、映画は満点じゃないけど、僕はこれでイイ。
僕はこういう映画が憎めない。

【付記】
SANDRA DEE サンドラ・ディー
1942年4月23日〜2005年2月20日没。62歳。
結婚は一度だけでした。



  匕首マッキー/ボビー・ダーリン 2005/02/26(Sat.) 01:48 


高校受験に突入しようという頃だった。
僕の預けられていた美容院のラジオからは時々『匕首マッキー』という歌が流れていた。
「日劇ウェスタン・カーニバル」の人気はもう定着していて、ロカビリーへの熱狂は沸点を超えていた。ロカビリー歌手たちはオリジナル・ソングを模索し始めていた。

結構がさつに歌っても追いついてしまうロカビリー・ソングの中で『匕首マッキー』はなんだかカッコいい歌だった。タイトル通り、切れ味が良かった。
歌い手の名をボビー・ダーリンと言った。
エルビス・プレスリーやポール・アンカやニール・セダカはちょっと自分よりお兄さんに思えたけれど、ボビー・ダーリンは歌い方だけでなく、実際にも僕よりうんと上だった。ただし、エルビスよりは一歳下、ニールより三歳上、ポールより五歳上というだけなので僕とは八つ違い。感じていたほど大きな開きではなかったんだけど。

『マック・ザ・ナイフ』は『三文オペラ』という芝居の中に出て来る『モリタート』というドイツの歌だ。大戯曲家ブレヒトが作詞し、いつも彼と組んでいたクルト・ヴァイルが作曲した芝居歌だ。これは今、僕がめくっている古い本にも書いてなくて、おそらくはラジオのDJがそう教えてくれたんだと思う。
ブレヒトはのちに知るが『肝っ玉おっかあ』で日本でも人気の高い戯曲家だった。

そんなわけでボビー・ダーリンは僕らにとってうんと親しい歌手ではなかったけれど、ラジオで聴く限り、どこかスタイリッシュな歌いぶりがカッコいい人だった。
ただ雑誌で見る彼の写真は斜左上から撮ったものがほとんどで、唇を右に傾けて笑っているので、なんとなく可愛気がなかった。
ところが、今見て驚いた。ムッチャ、いい顔なんである。繊細である。なんで古い本に載っているこの写真を見た記憶がなかったんだろう?

1936年5月14日、ボビーはニューヨークのブロンクスに生まれた。子供の時、リューマチ熱にかかり心臓病の持病を持っていたために彼は子供の頃から30歳で死ぬと考えていたらしい。
で、彼はこう言ったのだ。
『僕は25歳で神話になる』と。
覚えてる。すっごい傲慢な歌手だという噂があったのだ。
だが、1959年10月5日のアメリカのチャート誌『ビルボード』で彼の歌はナンバー・ワンにランクされ、それから9週間トップを堅持した。9週間もトップでいたらアメリカではもはや神話だ。しかもそれは23歳の時の出来事。彼の予想より2年も早く神話になった。

とはいえ彼の神話への道のりはそれほど容易だったわけではない。
大学を中退してクラブやコーヒー・ハウスで歌う内にスカウトされてデッカ・レコードからデビューしたのだが、出した5枚は全部失敗。
アトランティック・レコードのマイナー・レーベルだったアトコから再スタートしたのだが、結果は自分が思っていたほどではなかった。
僕が思うに58年の『アーリー・イン・ザ・モーニング』が全米24位、『クイーン・オブ・ザ・ホップ』が9位だから実は期待のシンガーだと思うのだが、本人は「これが最後」と思って吹き込んだ『スプリッシュ・スプラッシュ』も不満足だったらしい。ところがこれが全米3位に入ってしまった。
本人はもう馘になると覚悟していたので他のレコード会社で吹き込みの用意を始めてしまい、大問題になったらしい。
このころ、彼は「僕はロックン・ロールの歌手では終わらない。クラブじゃ『マック・ザ・ナイフ』だって歌ってるんだぜ」と『ビルボード』の記者に答えたらしい。
確かに生意気は生意気だったんだね。

で、その『マック・ザ・ナイフ』をLPの中に入れた。60年にはアルバム・チャートで全米7位にランクされた『ザッツ・オール』がそれである。
これをアトコ・レコードがシングル・カットしたところ、なんと59年度全米2位、チャートナンバー・ワン9週、グラミー賞最優秀新人、最優秀男性ボーカル賞まで獲得しちまったんである。

思えば、この年、日本では水原弘さんが『黒い花びら』で第一回レコード大賞を受賞している。ロカビリー歌手のオリジナル・ソングへの転向が大成功した年でもあった。

ここまで売れてしまえば映画界でもこのマスクを放ってはおかない。
翌60年に『ぺぺ』でカメオ出演したのを手始めに次々にハリウッドからお呼びがかかるようになった。のちに妻となるサンドラ・ディーとは映画二作目の『九月になれば』('61)で運命の出会い。結婚した。

あ、「カメオ出演」とはhimselfとして出演するもので、特別出演がほとんどだから演技力はいらない。まあ、カメラ写りをテストされた、って程度のことでしょうね。

ま、ほとんどの彼に関するバイオグラフィはここで終わってしまって、実は映画スターとして63年にアカデミー助演男優賞の候補に挙がったことを格別に評価していません。出演映画は『ニューマンという男』で、彼は売れてから作曲の勉強もした、という通り、この映画の編曲も担当しています。

この映画のタイトルとなっている『ビヨンド the シー』は『スプリッシュ・スプラッシュ』の3位の後、『ドリーム・ラバー』で2位、『匕首マッキー』で1位と来ての全米6位の曲。名曲です。

彼はその後も66年の『イフ・アイ・ワー・ア・カーペンター』までベストテンヒットを5曲も出しています(合計10曲!!)が、日本では歌の上手い歌手という以上の評価にはならず、アイドルにもなりませんでした。

サンドラとは62年に『電話にご用心』、65年『おかしな気持ち』で共演していますが、サンドラ自身がボビーとの結婚で急速に人気を失ったこともあって、映画は評判になりませんでした。
僕らが記憶しているボビー・ダーリンは映画では62年、パット・ブーンとの共演だった『ステート・フェア』、歌では66年の『イフ・アイ・ワー・ア・カーペンター』までがせいぜいで、67年、サンドラと離婚していたことなどはほとんど記憶になかったような気がします。
66年はもはやビートルズ旋風の渦の中。あんなにカッコ良かったボビーの歌唱も既に過去のものとなりつつありました。このころ、JFKの弟ロバート・ケネディ暗殺にショックを受けて引退宣言をしているそうですが、日本のポップス界ではもうボビーのことなんかどうでも良かったのでしょうね。ロバートの愛称はボビーですから、ボビーには特別な思いがあったかもしれないのに…。

そして1973年12月20日、彼の予想よりは7年遅かったのですが、わずか37歳という若さでこの世を去ってしまいました。もっと長生きするつもりで受けたはずの人工心臓弁の手術直後だったといわれています。

彼の人生のどこがどんな風に描かれるのか楽しみにしたいと思います。
って、もうこんな時間?
初回には行けんじゃないか!

■ 「匕首マッキー」を「ななくびまっきー」と読んでいました。それが曲名で、「あいくちマック」の事だとやっと気が付きました。でも、他の曲名とかは、もう全然わからないですぅ〜。↑では唯一「タミー」が分かった。  ラジオで昔の音楽は聴いていたつもりだったけど、まだまだですな。CMで使われるのは本当、メジャーな曲なのね〜  (みん さん)
■ うん、「あいくち」なんですね。子供の頃、この字も読みにくくてカッコいいと思ったから何度も書いた覚えがある。  (店主・かぜ さん)
■ きっとどこかで聴いているんだと思うんですけど「七首マッキー」・・。それと「アーリー・イン・ザ・モーニング」という曲も。聴けば知っていそうなんだけど思い浮かばなくて・・・。みんちゃんのほうがずっと若いのに知っているし!!この辺の曲って「バックグラウンドミュージック」で聴けそうな気がするんですが、どうでしょうか?  (むつらぼし さん)
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  Ray レイ 川崎TOHOシネマズ 2005/02/10(Thu.) 23:18 


監督 テイラー・ハックフォード  脚本 ジェームズ・L・ホワイト
オリジナル・ソング&新録音 レイ・チャールズ
出演 ジェイミー・フォックス ケリー・ワシントン クリフトン・パウエル

2004年6月13日の朝、その日の生放送の原稿を差し替えたいという電話があった。
アメリカの人気シンガー、レイ・チャールズが亡くなったからである。
急いでこんな原稿を書いた。

6月10日、アメリカ音楽界の巨人、レイ・チャールズが亡くなりました。
ニュースでは「リズム&ブルースの帝王」という注釈が付いていましたが、全くの誤解。彼はジャズ、ブルース、ソウル、カントリー、そしてポップスの垣根を越え、さらにはカンツォーネまで加えて独自のブレンドを施し、素敵な音楽を作り出した人でした。 1959年『ホワット・アイ・セイ』が全米6位の大ヒットになり、翌年、1930年代のスタンダード・ナンバー『わが心のジョージア』をリバイバル・ヒットさせて全米ナンバー・ワンを獲得。これは、彼がいつも口ずさんでいるのを聴いた運転手のトミー・ブラウンの勧めによるレコーディングでした。
『旅立てジャック』で二度目のナンバー・ワンを記録したあと、三度目のナンバー・ワン・ヒットが『愛さずにはいられない』。黒人が歌うと白人の猛反発を買うカントリー・ソングでした。
黒人で盲目。身体のハンデも人種の壁も音楽で乗り越えたレイ・チャールズの享年は73歳。日本でも人気の高い大スターでした。
【MEMO】
★レイ・チャールズ Ray Charles  1930年9月23日〜2004年6月10日没。73歳。
★ヒット曲 
※特に注釈のないモノは全米チャートでランク・インしている代表曲です。
1957 『スワニー・リバー・ロック』 No. 34  
1959 『ホワット・アイ・セイ』 No. 6  
1960 『わが心のジョージア』 No. 1  
1961 『旅立てジャック』 No. 1  
1962 『愛さずにはいられない』 No. 1  
1962 『愛しているのに』 No. 2  
1963 『打ちのめされて』 No. 4  
1963 『泣かずにいられない』 No. 8
1964 『アル・ディ・ラ』 Adult Contemporary  No. 4
1964 『太陽は燃えている』 No. 3
1966 『クライング・タイム』 No. 6
1993 『A Song For You』 Adult Contemporary No. 9
2002 『Mother』 Hot R&B/Hip-Hop Singles & Tracks No. 72
★他にサザン・オールスターズのカバー『エリー・マイ・ラブ』(いとしのエリー)が日本向けとして知られています。

監督のテイラー・ハックフォードは『愛と青春の旅立ち』で知られ、『カリブの熱い夜』『ホワイト・ナイツ/白夜』と1980年代に何本かのヒット作を作っている。1996年のドキュメンタリー『モハメッド・アリ/かけがえのない日々』はアカデミー賞の最優秀長編ドキュメンタリー賞を賞している。アリ好きの僕も非常に気に入っている一本だ。
他に『チャック・ベリー/ヘイル・ヘイル・ロックンロール』『ラ・バンバ』(共に'87)でミュージシャンを扱っている。後者は『ラ・バンバ』をヒットさせたリッチー・バレンスのトゥルー・ストーリーでハックフォードは「ミュージシャンは労働者階級である」と定義。労働者階級はエンターテイナーかギャングになるしか富を掴む道はない、と言っている。マ、確かに。

さて、実は映画化実現まで15年を要したという『Ray/レイ』だが、ここに描かれているレイの概略は既に知っていた。多分、僕の世代の人間なら大概知っている事実でもある。
そして、つくづく僕は良い時代の日本に生まれてきたと今更ながらに思うのだ。
僕らは戦後に入ってきた音楽や映画については大方知っている。現代のように情報が溢れきっているとそこからチョイスするのに苦労すると思うが、昔は正直、何もなかった。
『ボタンとリボン』が流れてくれば訳も解らず「バッテンボー」(ボタン&ボウなのでね)と口ずさみ、知らぬ間にジャズ・ボーカルに触れており、、「シクスティーントーンズ山盛りだ」と聞こえてくればカントリー・ソング(当時は「ウエスタン」と言った)も覚え、「粋な黒塀見越しの松に」という語呂のイイ言葉にも飛びついて歌謡曲を知った。
「デュランス河の流れのように」という訳詞でシャンソンやフランス映画を知った。「シノメモーロ」の切ない調べでカンツォーネとイタリア映画に触れ、指を弾く音と共に『ウエストサイド物語』にどっぷり浸ってミュージカルとアメリカ映画におぼれた。
『トム・ドゥーリー』でキングストン・トリオ、『パフ』でピーター、ボール・アンド・マリーを知り、それがフォーク・ソングという音楽カテゴリーだとは知らずに一緒に歌った。『恋人は海の彼方に』でトニー・シェリダンとシルバー・ビートルズ、『サティスファクション』でローリング・ストーンズ、『ノッテケノッテケ』でテケテケテケテケのサーフィンサウンドを吸収、とほとんどのジャンルを網羅してしまった。
こういう幸運は滅多にない。情報が細分化されるとすぐにジャンル分けが始まるので、「どういう音楽が好きなのよ」とか「君はどういう映画が好きなわけ?」とか言い出すヤツがいるんだが、僕らの時代にジャンルはなかった。
当時は歌謡曲かポピュラー音楽というジャンル分けしかなかったので、ジョーン・バエズだってカテゴリーにはまりにくいポップスとして認識した。
だから音楽にランクづけすることを知らなかったし、区別も差別もしなかった。
映画はどの国の映画も単なる映画であり、音楽は良ければどれも良い、という時代だった。吸い取り紙のように吸収し、享受した。
なんてイイ時代だったんだろうと思う。すべては新しく新鮮な文化だった。
レイ・チャールズも僕らの耳にはアメリカン・ミュージック、ちょっと個性の強いポップスとして飛び込んできた。
僕らは最初の大ヒット『我が心のジョージア』ではなく『旅立てジャック』からレイに飛びついたのだけど、高校の休み時間に「ロード・ジャーック、ウォチュカムバック・トゥ・モーノ・モノー・モノーモ・イッツ・ロード・ジャック…」なんて友達と廊下でハモって遊んだものだった。『ホワッド・アイ・セイ』や『愛さずにはいられない』の時には、気がつくとそれを歌っているような有様だった。
ちなみに僕らのレイに関する知識は時代順には並んでおらず、『旅立てジャック』のヒットで『ホワッド・アイ・セイ』が紹介されたりしている。しかも、僕らに「リズム・アンド・ブルース」に触れている感覚はまるでなくて、単に素敵な歌だから歌っていただけだ。知識は全部覚えたあとからついてきたもので、『愛さずにはいられない』も『潮来笠』も『ゴーカート・ツイスト』もおんなじ音楽だった。僕らはそうして自然に素敵な音楽を聞き分ける耳を養っていた。

実はこの映画のレイがまさしくそうなのだ。彼は音楽に垣根を作らない。素敵な音楽なら何でも歌う。
そうでなければ、黒人がカントリー・ソングのヒット・ナンバーに取り組んだりはしない。だからこの映画の中の主人公に僕らは簡単に同化できる。意識だけはね。
ただ、僕らはレイほど肌が黒くない。彼ほどの貧困を知らない。暗黒の世界を知らない。人種差別を知らない。
1930年9月23日、ジョージア州アルバニーで生まれ、フロリダ州グリーンヴィルで育ったレイ・チャールズ・ロビンソン。母は貧しい洗濯女だ。仲良しの弟が洗濯桶の中で溺れているのをふざけているのだと思って眺めていて死なせてしまった。これがレイの長いトラウマの始まりでもある。
7歳で失明。聾唖学校で学んだ。先生たちは彼にクラシック音楽を教えたのだが、レイは貧民タウンでブギウギ・ピアノを教えてくれたピアニストのおじさんが大好きだった。映画には名前は出てなかったが、このおじさんの名はウィーリー・ヒットマンさんという。
10歳で父を、15歳で母を亡くした。その3年後にレイはフロリダを捨てる。子供の時、目が見えたのでレイは母の顔も弟の顔もフロリダの貧民タウンの風景も覚えている。
ちなみに映画に父親は登場しない。

映画はレイがフロリダからバスでシアトルに出ようとするところから始まる。
アメリカ国内でフロリダから一番遠い都市を見つけたら、それがシアトルだったに過ぎない。地図上で8インチあった、とレイについて記された昔の本に載っていた。

クラブ「ロッキン・チェア」のオーディションを受けようとしたレイは店の外でやたら目端の利く少年に出会う。その名をクインシー。少年もオーディションを受けたいのだが年端も行かぬ少年がクラブになんぞ雇って貰えるわけがない。
クインシー。そう、のちに大統領より忙しい、といわれることになる黒人音楽界の大立て者クインシー・ジョーンズ。若き日のヤツである。素人の頃からの知り合いかい、と感動で涙が出ちゃう。『ウィ・アー・ザ・ワールド』の録音風景を見た者にはね、

レイは勿論スカウトされて、仕事と住み家とセックスを手に入れる。とは言ってもセックスは勝手に女マネージャーにおさまってしまった女との無理矢理セックス、しかも毎日のご奉仕セックスなんだけど。

この女がしかし遣り手でレイたちのバンドは売れに売れ、レイ個人にスカウトの手が伸びるんだから大したモンだ。黒人クラブを生演奏して回るツァーを「チトリン・サーキット」と言うんだそうだ。この映画で初めて知った言葉だ。

アトランティック・レコードに入社したレイの最初のヒットは『ホワッド・アイ・セイ』だが、この歌は即興で生まれた。
プロモーションも兼ねたチトリン・サーキットの最中のとある店。予定の曲目はすべて終えたのに客からはアンコールがかかる。歌う歌がないレイはピアノを激しく叩き始め、『何と言ったら』(日本語タイトルは最初コレだったと思う)を歌い始める。
女性コーラスとの掛け合いが面白いこの曲には格別なメッセージはないが、勢いの面白さでレコーディングされ、全米チャートをにぎわせた。

レイのやりたいことを何でも許し、全米ナンバー1ヒットも誕生させたアトランティック・レコードだが、とどまることを知らないレイの人気に大手のABCパラマウント・レコードがちょっかいを出す。
アトランティックより良い条件でレイを所属歌手にしようとしたのだ。
そしてレイもそれに応じる。
レイとアトランティックの決別は多少の行き違いに目をつぶれば拍子抜けするほど穏やかな会談となるのだが、レイとアトランティックは実際に良好な関係を保ち続けたらしい。
レイがスタジオを作った時はアトランティックから手助けが飛んできたそうだし、レイもアトランティックに対して自分に出来ることがあれば一切の労をいとわなかったという。育ててくれたアトランティック・レコードに礼を尽くし続けたことでレイは長く音楽の世界に生き続けられたとも言えるだろう。
映画としてはこのくだりがいささか大甘に見えるほどなのだが、トラブルの少なかった珍しい移籍話として今も残るエピソードだ。勿論映画ではそこまで描かれてはいない。

まあ、おあとは、この天才シンガーのサクセス・ストーリーに過去をフラッシュ・バックさせて行く手法で手際よくレイの一代記を見せるだけだが、僕らが知っている概略歴の陰にヘロイン中毒患者と公民権運動の立役者としての過去があったとは知らなんだ。
ヘロインはミュージシャンに付き物なのでそれほど驚きはしないが、それが黒人運動の立役者としてのレイと重なった時、事件が起きて行く。
ちなみにレイは黒人解放運動に最初さしたる関心を持たなかった。
だが、『我が心のジョージア』でそれは起きる。
レイのコンサートで黒人観客は隔離席に座らされ、彼の音楽に合わせて踊ることも出来ないことを知った時、レイの心の中で何かが弾ける。彼は決然とステージを捨てる。
莫大な違約金を背負わされた上にレイにはジョージア州からの追放令が発せられる。

重度の麻薬中毒に陥った彼は人々にソレと悟られるほどになり、公演先では警官に踏み込まれ、カナダから帰ると空港でFBIだかCIAだかのボディチェック。カナダからなら麻薬の密輸入を犯したことに出来るからだ。公民権運動の大スターに対して白人の威信を賭けてのレイ叩きが始まるわけだ。

テレビのトゥルー・ストーリーではここまでは描けない。
映画は当然、麻薬と併行してレイの女性関係も描き出す。
レイは女の手首を触ると美人かどうかが判断できると豪語して、確かに必ず美人をゲットする。ソレはほとんど、コーラス・シンガーとしてツァーに帯同する女たちだから、浮気隠しとしても絶好なのだ。
コーラス・グループ「レイレッツ」。綴りは違うけど音として聴くだけなら「レイ」と「やろう」という名前だったりする。

女関係と麻薬と来れば、もう一つ、有名人に付き物なのがマネージャーの大金着服だ。
レイのマネージャーはジェフといってビッグネームにのし上がる過程で本当に献身的に尽くすのだが、1カットだけ、レイに対してジェフが怒りを露わにするところがある。

『愛さずにはいられない』を初めて歌う時、ショーの司会者がレイには知らせず場内を暗くさせ、レイにだけスポットを当てさせる。ヒット歌手のレイを見に来た観客は新しい試みに興味はない。『ホワッド・アイ・セイ』を歌え、いや、『旅立てジャック』を聴かせろ、と騒がしい客がライトが落ちたことで静まり、新しい歌に耳を傾けるという効果を生んだわけだ。

耳の良いレイはこの反応に気づいて、司会者を褒める。「言われなくてもコレだってことは実行しなくちゃな」てなことを口走るわけだが、ジェフの心の中にこの時、レイへの反発が目覚める。ジェフが一瞬悔しそうな顔をする。
そして彼はお金を使い込み、レイから馘を宣告される。

やがて功成り名遂げ、黒人差別も(表面的にではあるが)失くなった1979年(多分)3月9日(と字幕で出てきたと思うんだけど)、レイを追放したジョージア州は州議会にレイを招いて彼に謝罪。『我が心のジョージア』を州歌に決定したことを告げるのだった。【完】

まあ、こんな風にあらすじを書いてもこの映画にとっては何も痛みにはならないことを保証する。
とっても良く出来ている。
だって僕はレイ・チャールズについてかなり知っていたけど、感動はまったく新しいものだったもの。

主演のジェイミー・フォックスはレイが乗り移っちゃってる。乗り移ったのが「霊」でもレイの霊なら良いかも知ンない。
とにかく姿形が生き写しに見える瞬間が随所にある。何曲かは自分でも弾いて歌っている曲があるようだが、ほとんどはレイのレコードと映画用のレイ自身の新録音による吹き替えらしい。
フラッシュ・バックのテクニックも非常に上手いし、差別、女、ヤク、金の4拍子を上手に家族愛につなげて行く語り口も見事だ。
見応えのある感動作に仕上がっている。
『五線譜のラブレター』と同様、音楽シーンがすぐれているのもこの種の映画ならではのうれしさだ。
ジェイミー・フォックスは1シーンだけ、目を開ける。

母親と妻、そして愛人を演じる女優たちはいずれも馴染みのない人たちだが、非常に個性豊かで光り輝いている。
男の助演陣もみな手堅く、無駄がない。シャープなキャスティングに感心する。
※知ってるキャストが全くいないのにすんごく豪華なキャスティングに見えているのがこの映画のデキを証明しているかもしれない。

レイがこの映画の存在を死の3年も前から知っていたのが良かったなぁ。こんなに素晴らしい出来上がりできっと彼も満足しているに違いない。
僕らは彼に出会う時代を持てて本当に幸運だったと思う。

レイ、あんたが主演のジェイミー・フォックスとピアノを弾きながら「オイ、俺たちはとんでもない逸材を見つけたぜ。俺は彼を後継者にしたいよ」といって嬉しそうに飛び跳ねた姿がまた目に浮かんだよ。
あんたの目に狂いはなかったよ、レイ。本当に良かったね。



  五線譜のラブレター De-Lovely 2005/02/07(Mon.) 19:47 


監督 アーウィン・ウィンクラー 脚本 ジェイ・コックス
撮影 トニー・ピアース=ロバーツ 作詞・作曲 コール・ポーター
出演 ケビン・クライン/アシュレイ・ジャッド/ジョナサン・プライス

友人のOさん推奨の作品である。
2月5日。病院の帰りに『Ray/レイ』とこの作品とのはしごを目論んでいたのだが、風邪から立ち直ったばかりの体調がそれほど良くないので、まもなく上映期間が終わりそうなこの映画を優先した。

主人公は実在したミュージカルの作詞・作曲家コール・ポーター。
『キス・ミー・ケイト』『エニシング・ゴーズ』『カン・カン』『絹の靴下』などのミュージカル作品や楽曲『ナイト・アンド・デイ』、『ビギン・ザ・ビギン』そして『上流社会』の映画音楽などで日本でもよく知られている。
彼の作品は僕の子供の頃には既に発表されていたものばかりだが、僕がテレビを見始めた頃(1957〜)は日本のジャズ歌手たちがテレビでよく歌っていたので、この映画で使われた楽曲の半分くらいは聞き覚えのあるものだった。

この映画はきわめてミュージカル的に作られた作品なのだが、昨今のロック・オペラを見慣れた目には非常に古典的な手法を取っているように見える。
つまり、ドラマから歌やダンスへ自由に行き来するあの手法である。
昔はその流れがなかなかスムーズに行かなくて「なんで台詞の途中で歌にネるんだよ」とか、「なんで突然踊闖oすんだよ」と無粋な輩の批判の対象になった訳だが、この映画を見たら彼らも黙るに違いない。実に見事な行き来なのだ。
そして、「英語」がいかに音楽的な言葉かを再認識させてくれる作品でもある。これ見たら「フランス語ってなんて綺麗なの」って言う人の頭の中身を知りたくなるぜ。なんたって英語は美しい。台詞から歌に入って行ってもなんの違和感もない。
かつて『サインはV』や『アテンション・プリーズ』の主題歌を書いた作曲家の三沢郷さんが「アメリカの恋人同士の会話って、そのまま音符で拾うと歌になっちゃうのよ」と僕に教えてくれたことがあったけど、まさにそれを画面で見せてくれるのがこの映画だ。
ビートルズの歌を声に出して語ると、そのまま音符通りになって行くのが判るけど、まったくその感じ。
フランスに長いことミュージカルの目立った作品がなかったのは言葉が大きな障害だったのだよねー。音楽にしたらあの言葉、美しくなりにくくて、ミュージカルを目指すものにとっては日本語くらい厄介な言語よ、ってことはフランスのポップスを(シャンソンでもよいけど)訳詞して音符に嵌めてみたことのある人なら誰でも判ることなんだが…。

そんなわけでこの映画は、死を間近にした音楽家コール・ポーターが小さな劇場で演じられる自分の一生と向かい合う形で始まる。
ポーターは1891年6月9日生まれ。イェール大学を卒業したあと、パリで遊学生活(といえば聞こえはよいが、放蕩生活にも見える)を送っていた。実際には多少の音楽活動をし、社交界にも出入りしたあとフランスに行ったらしいのだが、その辺は省略されていて、舞台は突然パリ。やがて妻となる離婚女性リンダとの出会いから描かれる。
彼女の登場の直前まで、ちょっと男と親しく接しすぎるコールの姿が描かれているので、リンダとの結婚に何か障害が出そうな予感をもさせる。

案の定、コールは性的に危なっかしい人物で、彼の目はすぐ同性に飛んでしまう。その噂はパリでは結構知られてもいるらしい。
だが、リンダは言うのだ。「独立した二人、として結婚すればよいのよ」と…。つまり、他にはない、二人だけの結婚形態をみつければよいのだ、と…。
そして、リンダはまさしくコールにとって真の意味で女神のような存在となる。
パリでくすぶっていた才能を世に出すべく、ニューヨークはブロードウェイへの進出を計画し、夫コールの知らない間にそれを現実のものとする。
けれど妻が夫を世に出そうとしている頃、夫は愛人の男性ダンサーとベッドを共にしていたりする。音楽映画には不似合いな生々しいシーンなのだが、この夫婦の特殊な愛の築き方を最初に知らされているので、何となくこのシーンに納得させられてしまう。
ケヴィン・クラインって、こんなシーンがピッタリなのよねー。男を見る目が怖いのよ。上手いんだか、地なんだか判らないんだもの。
このシーンではコールに「いいじゃないか、僕たちはこういう生き方を選んだのだ。なんか、文句あっか!?」と開き直られているような気がしないでもない。妻リンダには本当は文句があったと思う。決して腹の底からこういう夫婦生活を承服していたのではあるまい。
けれど妻は夫のふしだらを追求することなく、次々と成功に導いて行く。

コールとリンダはベッドも共にする夫婦だが(当たり前だわな)、だからといってコールを「バイ・セクシュアル」と言えるのかどうかは疑問だ。男の「バイ」は究極、「男」が好きなのではあるまいか? リンダとだけは「女」だけど抱けた、というに過ぎないような関係が続く。というより、この二人の愛は最初から異形の愛だ。
異形の愛の、美しい物語、というのが良いかもしれない。

リンダは夫の性癖を知りつつも愛し、覚悟しつつも傷ついて行く。
二人はリンダの流産をきっかけとしてハリウッドに向かうのだが、ハリウッドは享楽の都だ。コールの行動は大胆になり、金持ちたちが集まるゲイ・クラブで彼好みの男を買い漁るようになる。そして男と抱き合うコールの写真をネタに恐喝事件が起きる。
コールは意に介さないがリンダは深く傷つく。そして、もっと悲しいのはそんな間にもコールは作品を生み続け、それは五線譜に綴る妻へのラブレターなのだ。
映画は作品のすべて、100%が妻へのラブレターだと言っているように見えて、実はリンダにも僕らにも「その半分は寝た男たちへのラブレターじゃない?」とちょっと疑える余地を残している。ちょっと小癪な作劇術なんである。
だが、ハリウッドではコールの、芸術性が高く作家性の強い作品も商業ベースに乗せて行かねばならない。その難関すらコールは豊かな才能で乗り越えるのだが、作品からは芸術性が消え始め、徐々にラブレターは娯楽性を強めて行く。

コールはルイス・B・メイヤー(ってことはMGMですかね。「メトロ・ゴールドウィン・メイヤー」のメイヤーさん) によって娯楽色の強い作家になって行く。それを覚悟した時に歌い踊る『ピエロ』はこの映画のミュージカルシーンの中でも出色。撮影所中が歌い踊る姿はかつてのMGMミュージカルを彷彿させる。

こうしてハリウッドでも成功を収めたコールだが、表面的には順風満帆の夫婦生活にも徐々に不幸が忍び寄ってくる。
まず、妻が肺の病気に冒され、続いてコールの落馬事故。
コールの医師は両足切断しか術がないというのだがリンダは刃向かう。
足を失したらあの人は人間の誇りまで失くしてしまう…。
コールの手術は27回にも及んだ。
足が失くなればピアノのペダルも踏めない。コールは音楽家でもなくなってしまう。リンダはれをよく知っていた。
回復したコールは何作か失敗作を作るのだが、それはピアノが上手く弾けなかった時期の作品だ。多少の不自由と上手く折り合いを付けて書き上げたのがミュージカル史上にその名を残す傑作『キス・ミー・ケイト』。コールは生涯最大のアプローズを受ける。

しかし、リンダの容態はどんどん悪化する。
「少し早めにサヨナラを言ってもイイかしら?」
肺気腫に冒されたリンダのそれが別れの言葉だった。
リンダは自分が亡くなる前にひとりの使用人を雇っていた。彼は心優しい力持ち。リンダは自分の死後もコールが人間としても使用人としても愛せる男を用意してこの世を去っていくという心配りをする。
見た目第一主義の男たちは、容色衰え、足も不自由な夫を愛してくれないだろうとリンダは知っていたからだ。

だが、リンダを失ったコールにとってラブレターを書く相手はもういない。ついにコールは両足を切断するのだが、足を失したコールにはもはや生きる望みも残ってはいなかった。
イェール大の頃からの友人にも別れを告げ、使用人にも優しく引導を渡し、ひとりピアノに向かうコール。

それを劇場の客席から見ていたコールはうめく。「孤独すぎる、惨めすぎる、憂鬱すぎる」。
彼の要望を受けて舞台は一転、力強いメロディと共に『ブロウ・ガブリエル・ブロウ』が歌われる。

コールはピアノに歩み寄り、『夜のしじまに』を奏で始める。
胸に浮かぶリンダの面影。コールの想いはラブレターを贈り続けた妻リンダの胸へと帰って行くのだった。【完だよ〜ん】

この異形の愛は映画の中だけにあるご都合主義の愛だ、と一刀両断する向きもないではないだろうが、僕はこの物語に我が家の夫婦関係を重ねてみた。
イヤ、期待を裏切って申し訳ないけど、僕はコールじゃないよ。むしろリンダだ。そしたらとても良く理解できた。妻も言うに違いない。「いいえ、あたしがリンダ。あんたはコールよ」と。
ま、無くは無い関係だと言うことだ。
ちなみにコール・ポーターは1964年10月15日に亡くなっている。

非常に良くできた音楽映画だ。映画の様々なテクニックは昔のミュージカルより格段に上達しているので、こんなに生々しい題材でもちゃんと音楽にくるんでみせることが出来るようになったという素晴らしい見本かもしれない。
ミュージカル好きもドラマ好きも満足させられる一本だと思う。

案外、地味なキャストだが出演者が自分で歌を歌っているのは凄い。プロのシンガーと比べても遜色がない。コール役のケヴィン・クラインは自分が演じていたブロードウェイ・ミュージカルの映画化が初主演作だそうで、元々ミュージカルが出来る俳優だったらしいとパンフレットを見て初めて知った。なら、この巧さは判る。
ケヴィンは現在、かつてのアイドル女優フィービー・ケイツの亭主だが、やっぱりこの映画でも時折鋭く光らせる、その眼技が怖い。
劇場のプロデューサーとしてコールの隣にいつもいるのは『エビータ』でエバの夫、ペロン大統領を演じたジョナサン・プライスで手堅い芝居を見せる。
歌い手としてナタリー・コールやエルビス・コステロを初め、有名歌手多数が出演しているらしいのだが僕が知っているのは前記二人だけだった。
画面が妙にシッカリしている、と思ったら、重厚な絵作りで知られるジェームズ・アイボリー監督とのコンビ作が多いトニー・ピアース=ロバーツである。納得。つまり、通常のミュージカル作品のような軽味はハナから無視していたわけだ。

ご必見。



  追悼 北原謙二(1940-2005) 2005/01/28(Fri.) 09:59 

歌手の北原謙二さんが亡くなった。2005年1月26日のことである。65歳だった。
1962年:第13回(初)若い二人
1963年:第14回(2)若い明日
で2年連続『紅白歌合戦』出場の人気歌手だったのに、ウェブ上のどのサイトにも北原さんの生年月日が見あたらない。追悼記事のほとんどは
−61年(昭36年)、大阪のジャズ喫茶でロカビリーを歌っていたところをスカウトされ、同年「日暮れの小径」でデビュー。翌62年に「若いふたり」が大ヒットし、同年のNHK紅白歌合戦に出場した。「君には君のー夢があーりー」とのびやかに歌う歌謡演歌的な青春歌謡のひとつのスタイルを作った。ほかに「若い太陽」など「若いシリーズ」や「ふるさとのはなしをしよう」などが代表作−
となっているが、実際には
−本名:北原謙太郎 昭和15年10月8日生れ」
−当時、野球で有名だった浪華商業高校を卒業後、地元大阪のジャズ喫茶で歌っていたが、小坂一也に憧れて上京。銀座のジャズ喫茶”テネシー”で持ち歌の『日暮れの小径』(作詞:へてな・たつ/作曲:鈴木英治)を歌っているところをスカウトされて、同曲で1961年7月、コロムビア・レコードからデビュー−
というのが僕の調べた正式なプロフィールだ。
ちなみに古〜い『ミュージックライフ』をあさった結果である。
ただ、コロムビアからデビューする4ヶ月前にポリドール・レコードから『おてもやんロック』でデビューしている同姓同名の北原謙二がいて、多分、だが、同一人物である。
なぜならコロムビアの北原謙も翌年の1月、民謡をロック化した『北原謙二の民謡ロック』なるアルバムを出している。
つまり、彼には知られざるデビューが既に一回あったという訳だ。

正直言うと、人口に膾炙したと思われている『若い二人』より「ふったーりでーあっるいーたーひぐっれのーこっみぃーちー」の『日暮れの小径』の方がはるかに同世代には評判がよい。
さらに言うなら、小坂一也に憧れた彼は当然、カントリー・シンガーとして上京した訳で、1964年になってから思い立ったようにカントリーのスタンダード・ナンバー『北風』を一番、日本語、二番、英語で吹き込んだ。
オリジナル・ソングの『北風』がヒットしてから11年後の暴挙である。
カバー・バージョンとしては既に小坂一也盤が知られていたから、なんで今更『北風』? と思ったものだったけど、これはもの凄くいい出来だった。
この人の歌い方は西田佐知子やいしだあゆみと同じの真っ直ぐ唱法でバイブレーションがない。しかもハイトーン。とても印象的な『北風』で、英語がまるでカタカナなのも懐かしく、64年3月のヒットチャートにも登場している。
僕もこの曲は大事に持っている。

さて、なんでこんなコトを書いているのかというと、北原謙二さん死去の報ノ、テレビのワイドショーは素っ気なさ過ぎると思ったからである。
最近は芸能レポーターも年寄りがいなくなってしまったので、かつての人気歌手はキチンと追悼コメントをして貰えない。
しかも、昨今のコメンテーターは青春期にお勉強していた人ばかりなので、同世代の芸能人にもの凄く疎い。
まあ、現代のワイドショーはオウム事件以後、時代と政治が読めなければならなくなって芸能ニュース関係の人材が手薄になっている訳だが、NHKの海老沢会長辞任に際しての引用台詞「赤城の山も今宵限り 可愛い子分のてめえたちとも別れ別れになる門出だ」をメモ見ながら言うようじゃダメだ。僕らの時代にアレは常識で、チャンバラごっこをしたヤツなら誰でもがソラで言える台詞なんである。そのあとに近くで「親分!」遠くで「親分!」と2回、効果音代わりの台詞も入れなきゃならない。
三木のり平さんの「江戸むらさき」国定忠治篇のCMは誰でも知っている、という時代背景があって作られているんである。
誰もが知っている…、はずのことを、知らないコメンテーターが増えている。ワイドショーが庶民感覚とどこかズレ始めている感じはそんなところにも垣間見える。
もちろん、現代のニュースは政治と切り離せないので、そっちがちゃんと喋れる人がいた方がよいのだけど、これから亡くなるかつての大物芸能人たちは、もう、あまり大した追悼の言葉や正しい経歴や足跡については語って貰えないと思った方が良いな。

まったく、テレビ文化を誰が創ってきたと思っているんだよなあ、北原さん。
ま、北原さんは唱法同様、芸能マスコミへの受け答えが素っ気なさ過ぎてスターの座を滑っちゃった人なんだけどサ…。



  『新諸国物語 笛吹童子』(1954) 2005/01/17(Mon.) 05:55 

第一部 「どくろの旗」 第二部「妖術の闘争」 第三部「満月城の凱歌」
原作:北村寿夫 音楽:福田蘭童 脚本:小川 正 監督:萩原 遼
出演:大友柳太郎 月形龍之介 東千代之介 中村錦之助 高千穂ひずる 田代百合子

北村寿夫原作、福田蘭童音楽のNHK連続放送劇の映画化で、これが東映映画のチャンバラ黄金期を招き寄せた作品である。「チャンバラ」という言葉は「剣戟」という単語よりお子様向けのイメージが強いが、この作品はまさしく東映が少年向けチャンバラ活劇の分野を伐り拓いた記念碑的作品とも言えると思う。
僕は毎日午後6時30分から15分ずつ流れるこの連続ラジオ放送劇を1月の第一回から12月の最終回まで365日欠かさず聴いた。月〜金5日間の放送なのに365日欠かさず、は大袈裟だ、と思われる方もあろうが、土日は月曜を心待ちにしている時間で、過ぎた一週間の話の筋を反芻していたのだから365日で間違いはない。主題歌はもちろん、挿入歌まで歌えてしまう。

映画『笛吹童子』は一年間放送の連続活劇をおよそ160分にまとめた物だから、僕の記憶とは大分違っていた。当然、話は端折ってあり、ラジオとは微妙に違っている点があったと思う。
と言っても、僕にとっては51年前、ラジオで聴いただけの番組との記憶の照合だから、僕の記憶が正しいとは限らないのがちょっと寂しい。
僕は昔、この映画の第一部だけを見ているのだが、驚いたのは映画のビリング・トップが副人物であるはずの大友柳太郎であり、敵役の月形龍之介ナあることだった。
そう、この映画、二つの話が同時並行して描かれて行くのだ。

時代は応仁の乱(1467〜77)の後。「世は麻の如く乱れていた」というナレーションで始まる。
丹波の国・満月城の城主・丹羽修理亮(にわ・しゅりのすけ)の二人の息子、萩丸と菊丸が明の国へ修業に出ている間に野武士の頭目でされこうべ党の党首・赤柿玄蕃(あかがき・げんば)が満月城を攻め落としてしまうところから始まっている。 
だが、その報せは明にまでは届かない。兄・萩丸(東千代之介)は一心に剣の修業に励み、弟・菊丸(中村錦之助)は面作りに精魂傾けていた。
ある晩、面の師匠の家で、突然、壁に掛けてあったどくろの面と白鳥の面とが激しい争いを始め、白鳥の面は真っ二つに割れてしまう。「日本で何か事件が起きたに違いない」。
師匠の言葉に菊丸は兄の元を訪れ、二人で日本に帰ることを決意する。
しかし、だ。この緊急の時に菊丸は牛車に乗って「ひゃら〜り、ひゃらりっこ」と笛を吹きながら兄の元へ行くのだ。その笛の美しさから「笛吹童子」と呼ばれていた、というエクスキューズをするためのシーンだが、まんず、はぁ、ノンビリした展開である。

危急の時であることを兄・萩丸に告げる弟。この時、東千代之介と中村錦之助が初めて同一画面に姿を現す訳だが、イヤー、東千代之介さんの美しいこと。絵に描いたような美しさである。そして、中村錦之助さんのなんとも不思議な甲高い声。哀川翔の顔と声の違和感とは別の違和感がある。
ところが、中村錦之助は後にその声を実に見事に演技に持ち込んで、声だけで喜怒哀楽を表現するとんでもない名優になって行く。ところが、東千代之介は以後もその美しさを保ち続け、美しさ故に線の細いままスターとしての役目を終えてしまうことになる。そして、二人の将来はこの画面に既に看て取れるのである。
子供の時は千代之介さんの美しさにしか目が行かず、それは同時代の誰に訊いても、みんな、そうだというのだが、大人になってみんなが気づく。「錦之助って最初から上手くなりそうな人だったよね」。
そして、「笛吹童子」が菊丸その人を指していたように、この映画は萩丸・千代之介に決定的なハンデを与える。

満月城奪還を目指して城に入った萩丸は玄蕃(月形龍之介)に捉えられ、地下牢に幽閉され、顔にどくろの面をかぶせられてしまう。恐ろしいことに面は肉面。どくろは顔に貼り付いたまま取れなくなってしまい、当然のことながら千代之介さんの美しい顔はそのまま画面に現れなくなるのである。

玄蕃が裏切り者の斑鳩隼人(いかるが・はやと 楠本健二)と、丹羽家の家老の娘桔梗(ききょう・田代百合子)を捉え、処刑しようとすると、突然、一天にわかに掻き曇り、雷鳴を伴いながら金斗雲に乗った妖術使いが現れ、二人を天空遥かに連れ去ってしまう。
「わーはっははははは」。呵々大笑するその男こそ、京の都で年若い娘ばかりを掠って行く恐ろしい怪人として知られた霧の小次郎であった。第一部、終わり!

「第二部・妖術の闘争」はそのタイトル通り、霧の小次郎のエピソードにその大半が割かれている。
小次郎(大友柳太郎)は大江山に住んでいて、そこには桔梗だけを連れてきている。斑鳩隼人はどこかに棄てられてしまったのである。
何故、小次郎はそんなことをするのか?
実は小次郎は三歳の時、初代霧の小次郎に大江山に連れてこられ、妖術を仕込まれた。
彼は京の都大路で誰かに連れ去られた妹・胡蝶尼(こちょうに)を探しているのだ。だから若い娘だけを掠っていたという理由がある。
小次郎は桔梗には無体なことが出来ず、彼女を召使いとしてかしづかせながら妖術を仕込もうと思い始める。
だが、自慢げに貸した千里眼鏡は大江山を登ってくる笛吹童子の姿を映し出してしまう。そして、童子の笛が鳴る時、小次郎は自分の妖術が封じ込められてしまうことを知る。
桔梗は丹羽家の家臣に助けられ麓の村に身を寄せるのだが、そこにふたたび暗雲が立ちこめ、桔梗は連れ去られてしまう。どこへ? 今度は黒髪山の提婆(だいば・千石規子)の棲み家だった。
霧の小次郎は自分以外になかなかの妖術使いがいることを知る。

桔梗は提婆の妖術の館で機織り娘にされてしまうのだが、庭には色んな化け物がいる。一つ目小僧に傘お化け。etc.etc....。
彼らが見張る井戸の中には斑鳩隼人が沈められているのだが、桔梗はそれを知る由もない。
提婆には孫娘がいるが、その名を胡蝶尼(高千穂ひずる)。幼い頃に掠われてここにやって来た。すなわち、霧の小次郎の妹がこの美しい娘なのだった。
胡蝶尼も妖術を使うが、その技はまだそれほど優れてはいない。井戸に沈められている生き物にひどく興味があって、時々は婆の目を盗んで井戸の上までたぐり寄せてやる。
このシーンは突然、チャンバラ・ミュージカルになってしまうのだが、もともと「怪奇幻想物語」の色合いがあるのでそんなに違和感はない。
「出て来い出て来い登って来い、魔法のはしごを登ってこい」
髪を美しく振りながらそう歌うと両腕を縛られた生き物が姿を現す。斑鳩隼人である。
胡蝶尼はこの生き物に恋心を覚えている。切なくて涙が出てくる。「それが人間という物だ」。隼人に言われて、胡蝶尼は自分が化け物ではなく人間という生き物だったことを知る。
だが、隼人に機織り娘に逢わせてくれ、と言われると突然、嫉妬を覚え、井戸に沈めてしまうのだった。
ちなみに胡蝶尼を演じて少年たちの心を虜にした高千穂ひずるは宝塚の出身。在籍のまま東宝映画でデビューして、退団後、松竹に入社したものの役に恵まれず、東映で人気者になった。
歌あり、ダンスありの胡蝶尼はまさに適役で彼女の人気が沸騰したのもよく判る。雑誌『平凡』の人気投票女優の部で三位に入っていたのはこの頃だ。
桔梗を演じた田代百合子も第六位。『明星』『平凡』の一年一度の大イベントでの三位と六位だから『笛吹童子』とこれに続く『紅孔雀』の人気はとてつもないものだった。特に『紅孔雀』は54〜55年度の東映配収記録のトップだった。
男優の部が錦・千代人気一色に染まったのは言うまでもない。

さて、人間であることに目覚めた胡蝶尼は隼人と桔梗を逃がすことに成功して提婆の怒りを買うが、そこに現れたのが霧の小次郎。晴れて兄妹の契りが交わせると思ったが、胡蝶尼にも小次郎の悪行は届いていて、兄妹であることを認めない。
山の吊り橋を伝って逃げようとする胡蝶尼に小次郎の怒りが爆発。兄はついに吊り橋を断ち切ってしまい、胡蝶尼は千仞の谷底へと落ちて行く。
胡蝶尼は火炎の術も使える妖術使いなのにねえ…!? なんか腑に落ちない僕だった。
第二部、終わり!

第三部は満月城奪回に向けてまっしぐら、と思いきや、話はまだまだ紆余曲折する。
満月城をやっと脱出した萩丸は顔を覆ったどくろの面のために家老にも信じて貰えず、斬りつけられて谷底へ落下する。
そこは胡蝶尼が落ちた谷で、先に目を覚ました胡蝶尼は萩丸のために薬を持ってこようと谷を駆け上る。そんな力があるのに、なんで吊り橋から落ちたのよー、しつこいけど。
それを見届けながら萩丸はまた気を失う。面は顔から剥がれ、川を流れて行く。
どくろの面を白鳥の面が打ち割る時、真の平和が来ることになっていたのに、面は白鳥の面ではなく、偶然が割ってしまったことになる。多分、ここはラジオとは全く違うと思うのだが、51年前の記憶だからなぁ…。

流れてきた面を拾ったのは赤柿玄蕃に家を滅ぼされた岩見判官の娘・白蓮尼だった。
白蓮尼の元には玄蕃を滅ぼさんとする者たちが多数集結していて、「白鳥党」を結成していた。彼らの武器は近代兵器、鉄砲である。萩丸もようやく彼らの元に辿り着き、白鳥党の党首となる。
そこに流れてくる笛の音。おお、笛吹童子のあの調べ。
だが、菊丸はまだ白鳥の面が彫れていない。白鳥の面がされこうべ党のシンボル、どくろの面を真っ二つにしない限り、この世に真の平和は来ないというのに、なにを笛吹いて山野を経巡っておるのじゃ。観客私の心は怒りに震えるのであった。

小次郎はまたも胡蝶尼を見つけるのだが、胡蝶尼は小次郎と行こうとはしない。
小次郎は兄妹の印である宝玉を見せ、胡蝶尼の玉と合わせてみせるのだが、頑として兄とは認めてくれない。気も狂わんばかりの小次郎を鉄砲で追いやったのは胡蝶尼のかつての乳母の幼い孫息子だった。
実は小次郎と胡蝶尼は足利将軍の息子と娘で、身元さえわかれば都から迎えが来る身なのだが、胡蝶尼は騙されて都から来たという玄蕃の手下の御輿に乗ってしまう。
駕篭の中に捉えられた美しい娘。妖術使いなのに、何故に駕篭程度のゆるい幽閉場所から逃げられんのじゃ。私の心はまたまた叫ぶのだったが、そこから救い出したのはまたしても霧の小次郎。二人で兄妹仲良く暮らそうと掻き口説く兄を拒絶する妹。何故って、どくろの面は今度は小次郎の顔に取り憑いてしまっているのだった。
そこに現れた提婆が投げた毒塗りの手裏剣を妹の身代わりになって身に受ける小次郎。小次郎は死に瀕しつつ懇願するのだ。「ああ、この面を取りのぞきたい。こんな今際の際に醜いどくろの面をして、兄とも呼ばれず死んで行くなんて」
そこに現れた笛吹童子・菊丸。彼の抱えた風呂敷の中には白鳥の面があった。
包みを解いたその途端、小次郎の顔からどくろの面が真っ二つに割れて落ち、胡蝶尼は初めて叫ぶのだ。「兄さん!」「ああ、やっと兄と呼んで貰えた。余は満足じゃ」。哀しや小次郎、カクリと絶命してしまう。

白鳥党はこうして満月城奪回に向かう。されこうべ党は竹槍と弓矢。白鳥党は鉄砲。『ラストサムライ』と全く逆の図式で、通常なら近代兵器を使う方が悪玉なのだが、これまで時代劇のセオリーを無視しきっている映画なので最後の最後で正統派になんぞ戻る気配も見せない。
白鳥党はこうしてされこうべ党を打ち破り、天下に平和を招来したのだった。
「エイエイオー!」
子供の時なら拍手喝采。けれど今ではなんじゃらほいの『新諸国物語 笛吹童子』一巻の終わりである。

ちなみに霧の小次郎というキャラクターはこれで人気が沸騰して、すぐに『霧の小次郎』三部作が生まれた。胡蝶尼も当然、登場して、小次郎の敵役は東千代之介扮する三日月童子。
ところが今度は三日月童子の人気が沸騰して別の三部作『三日月童子』が作られるというチャンバラ映画、怪奇幻想映画の過熱ぶり。『三日月童子』の千代之介が大好きという5,60歳代が多いのは特筆しておくべきだろう。
だが、千代之介さんは『笛吹童子』では時間的におよそ半分以下の出番しかない。
次の『紅孔雀』でも役は盲目の美剣士・浮寝丸でなかなか出て来ない上に半分は目を開いていない。錦之助がのびのびと役を演じ続けて、演技派の階段を上っていったのとは対照的に、いつも課せられたハンデが大きく、それは演技的成長を促したであろうが、初期に集中しすぎていて、妙な手枷足枷になっていたのは否めない。
萩丸と浮寝丸は千代之介ファンにとって何とも合点の行かないキャスティングだったのサッ!

監督の萩原 遼は『紅孔雀』も撮っており、僕ら世代には抜群の知名度で、人間的にも素晴らしい人だったそうだが、作品的には便利使いされる人で見るべきものがない、という評価を下されている。
『笛吹童子』は一年間の長いラジオドラマなので、辻褄合わせの筋立ては仕方ないと思うのだが、映画にする時にその辺りを整合する必要があったのではないかと思う。
勿論、今だからそう思う訳だが、子供の時はこれでちゃんとハラハラドキドキしたんだから、ま、充分なんだけどサ。



  松方弘樹『中仙道のつむじ風』(1963) 2005/01/14(Fri.) 08:48 

SKYパーフェクTV!で東映チャンネルを契約しているため、子供の頃、貧しくて見逃した懐かしいチャンバラ映画にしばしば出会う。

今回の『中仙道のつむじ風』(「中山道」と書くのが一般的だがこの映画は「中仙道」)は三村伸太郎原作(と言っても僕はその原作を知らないが)を東映のプログラム・ピクチャーを撮らせたら実に見事な手腕を発揮する松田定次監督が映画化している。
松田監督は1946年からの作品記録が残っていて、東映の二大大御所である片岡千恵蔵の『多羅尾伴内』シリーズと市川右太衛門の『旗本退屈男』のシリーズを担当。更には月形龍之介『 水戸黄門』、大川橋蔵『新吾十番勝負』、大友柳太郎の『丹下左膳』やお正月オールスターの『忠臣蔵』『赤穂浪士』などの監督をしていて、こんなに華やかな作品歴を持つ監督も珍しいだろうと思う。特に二大大御所とオールスター物には必ず中村錦之介と東千代之介という東映の二大人気スターが出ている。すなわち、東映という会社でこの監督に使われなかった時代劇の人気スターは皆無だったのではないだろうか?
世間的、映画的に有意義な作品がある訳ではないが、映画が格別七面倒なことを言わずに済んだ時代、本当に映画が娯楽だった時代の名監督で、とにかく語り口(脚色・鈴木兵吾)がスピーディで上手い。

話は中仙道御嶽(みたけ)の宿(しゅく)から始まる。
まず、浪人風情の男が桜の巨木から枝を折っている。村人が駆けつけて「御嶽神社のご神木だ。折らないで欲しいvと咎めると、この浪人は折った枝で、いきなり村人を打ち据えるのだ。その浪人の顔を見ればなんと近衛十四郎。松方弘樹の実のお父さん、時代劇の名優にして殺陣の名人である。その俳優が剣ではなく桜の枝を使う。
なんかイヤな予感(見慣れた股旅物より癖があるぞ、という感じか?)が走る。

カメラは超俯瞰となって中仙道の一本道を映し出す。そこを一人の旅人が行く。つむじ風の百太郎(松方弘樹)である。
ちなみにこの映画では絶妙のタイミングで俯瞰撮影が入るが、これはホンの手始めだ。

矢継ぎ早に事件が続く。御嶽の宿で貸し元の仁兵衛が浪人風情の男に斬り殺される。悪代官に刃向かう小井田の甚兵衛の包囲網として手伝いを頼まれた仁兵衛がそれを断ったからだ。仁兵衛を東映映画の敵役として無くてはならなかった薄田研二がつとめている。
配役タイトルを思い出せば、もう、甚兵衛を月形龍之介がつとめるのは明白だ。なんという豪華キャスト。ただし、薄田さんはこのワン・シーンのみで死んでしまう。
ここで、この映画の悪役は浪人者、近衛十四郎とこれから登場するだろう、悪代官であることがハッキリと認識される。

貸し元の仁兵衛に一宿一飯の恩義を請おうとした百太郎は当てが外れ、小田井の宿へ足を向ける。その途次の雨やどりの水車小屋で百太郎は武家の娘、志保(桜町弘子)に出会う。江戸の旗本の娘で人探しの旅に出ている。旅鴉の百太郎はこの娘に一目で恋をしてしまう。

映画開始後、ほぼ20分。ここで殆どの図式は観客には読めてしまう。
つまり、ラストは月形龍之介と松方弘樹が演じる小井田の甚兵衛と百太郎が手を組んで、悪代官打倒のために立ち上がるのだな、ということだ。
問題は百太郎の志保への恋は成就するのか、というただ一点である。
そういえば、配役のトメは里見浩太朗ではなかったか? すると、桜町弘子は里見浩太朗を訪ねる旅に出ている訳で、せいぜいの興味は桜町が松方を取るのか、里見を取るのかということである。
子供時代なら、では里見は近衛+代官 VS 月形+松方の争いにどう噛んでくるのだろう? そして、大事な一点として、松方弘樹は父・近衛十四郎に刃を向けるのだろうか、という興味も湧いてきただろう。
まあ、チャンバラ、もしくは股旅物というのはこの程度の惹きで良いのだね。難しい理屈をこねても始まらない。一口で語れる簡潔さこそが大事なのだから。
とはいっても、こんなに判りやすくっていいのか、という疑問も(この年齢になれば)さすがに残らぬではない。

まるでストーカーのように志保の前や後ろをついて歩く百太郎。いくらなんでもウザったいと思うのだが、志保はこの快活な旅鴉に好意すら抱いてしまう。
ところが、翌日、小田井の甚兵衛宅に現れた志保を見て驚いたのは江戸の半蔵(里見浩太朗)である。旗本家に奉公していた半蔵は主への恩と志保への愛情の板ばさみからやくざに身を落とし、小井田の甚兵衛の子分になっていたのだ。
志保の幸せのために冷たくあしらう半蔵。その真情は志保には理解出来ない。
甚兵衛さえもが二人の仲を案じて、親分子分の縁を切り、一緒にさせてやろうとするのだが、半蔵はその真意が掴めず酒に溺れる。

百太郎は何とか二人の恋を成就させてやろうと画策する。里見にライバル心を持ちながら惚れた女のために一肌脱ぐ松方がいじらしい。東映が松方という逸材に賭けているのがよく判る設定だ。
いやー、しかし、時代劇の主役は「ハンサム」ではなく「キレイ」な役者じゃないとつとまらないね。
その点、松方弘樹は大合格だ。実に美しい顔立ちをしている。
通常、男に「キレイ」という表現を使うと侮辱に近いのだが、時代劇スターには「キレイ」は不可欠の要素である。この感覚のない人に映画は語られたくないね。
逆に里見は端正な好青年で残念ながら「完全主役」の顔ではない。心地よい顔なのだが、一人で映画一本丸々は背負えない。「味」が出るまで単独主演は無理なこと、里見に「集団主役」が多い理由が松方との比較で見えてくる。

志保への恋心を知るのはこの宿の飲み屋の娘、お夏(北条きく子)である。お夏は百太郎を好いている。ちょっと切ない役回りなのだが、本編はお夏の恋心にそんなに大きく時間を割いていない。
北条きく子は東映の前には松竹で北条喜久の名で中堅の娘役女優だったが決め球が無く、東映ではいかにも町娘タイプのルックスが重宝され、かなりの本数に出ているがここでも代表作がなかった。
1970年前後から北条希功子の名で霊感占い師として活躍したが、その仕事が一番の当たり役だったかも知れない。
さらに加えておくなら桜町弘子は初代東映城のお姫様、千原しのぶ、高千穂ひずる、田代百合子の跡を継いだ二代目お姫様で、大川恵子、丘さとみ、桜町弘子の三人は東映人気男優の殆ど全員の相手役を務めていると思う。大川の気品、丘のおきゃん、桜町の可憐は特徴的でそれぞれが芸能雑誌の人気投票で常に上位にランクされていた。

悪代官の命を受けて甚兵衛つぶしに躍起となる田無一家を半蔵と百太郎は料理することに成功したが、悪代官から素浪人角倉新八(近衛十四郎)と五人の殺し屋が差し向けられる。百太郎が捕われて拷問を受けるが、口を割らない。思いの外、筋の通ったこの旅鴉を助けたのは恋敵のはずの半蔵だった。

百太郎は甚兵衛、半蔵、志保らを守るため、門倉新八に果たし状を出して宿のはずれの石切場におびき出す。
石切場は山の頂上付近にあって俯瞰で撮るには絶好の場所。山道を上ってくる素浪人と殺し屋五人。不思議なことだが、殺し屋五人は突然、見事なハーモニーで殺し屋の歌を軽快に歌い始める。

この映画はもともととても陽気な音楽(鈴木静一)が使われているのだが、ここで何故か、ミュージカルになってしまう訳だ。
東映映画にはこういうのがとても多い。一番の好例は『新諸国物語』なので、また別の機会に述べたいが、凄惨なラストシーンへと向かう直前にミュージカル仕立ての軽快なシーンを挟むことで娯楽時代劇としてのバランスを取っているのかも知れない。

さて、ラストシーンには東映定番の美しい殺陣はない。
旅鴉百太郎は基本的にはちんぴらヤクザに過ぎない訳だから、六人を相手にするとなれば考え得るのは奇襲戦法しかない。
無茶苦茶卑怯な戦法である。石切場の切り立った山襞や、高い絶壁を見事に利用して五人の殺し屋と一人の素浪人にいくつかの闘いぶりを見せてくれる。大体、五種類の戦法というのが正しいかも知れないが、とにかくここには敵と真ッ正面から向き合って刃を交える、という正当な戦い方がない。
後ろを向いている殺し屋を刺す、斬る、石で殴り殺す、というような荒っぽい戦法で、最後の敵、父の近衛十四郎に対してさえまともに真剣は向けない。
笑っちゃうほど卑怯なのだが、ま、ちんぴらの生きる道、っていうのはつまりは「頭」しかないんだ、ということがよく解る。

これはチャンバラ映画から派生した股旅映画のはずだが、チャンバラ映画の名優クラスを揃えているのに、これほどチャンバラと無縁な奇襲に次ぐ奇襲シーンはちょっと瞠目に値する。
だって、相手はこんなにキレイに剣を使う人はいないといわれた近衛十四郎なんだよ。主役松方弘樹の実の父親なんだよ。その名優に桜の木一本で闘わせるシーンが多い上に、近衛さん、その木をもの凄く残虐な武器として扱っている。観客の憎しみをそそる武器としてだ。

思えばこれはとてもファンタスティックなシーンを数多く含みながらも、実はとてもリアルな股旅物なんだ、と思わせる仕上がりになっている。
松方はもう、東映入社3年目に入っているが、本数にしてなんと31本目。やけに上手いと思ったら、血筋ばかりでなく、もう、経験もあったってことだ。

しかし、松方は東映の正統派チャンバラスターに育っては行かなかった。ちょうどこの頃からチャンバラブームは終焉を迎えていて、この年、大作『宮本武蔵』が作られる一方で佐々木小次郎を演じていた高倉健は『人生劇場 飛車角』にも出演していて、徐々に任侠映画の時代が近づきつつあった。
『中仙道のつむじ風』で殺陣シーンの様式美よりリアルさを優先させているところに名匠・松田定次の時代勘が働いているのだろうか?
松田定次監督は1969年の監督作が最後だが、松方弘樹は父の跡を継いで美しい剣を駆使する美剣士として大成することはなかった。凄惨な乱闘が似合いのドスの使い方が上手い現代ヤクザへと俳優としての進路を変えていった。
松方弘樹という俳優にとっては百太郎が中仙道の春風の中を颯爽と駈けていったラストシーンは今では夢のまた夢の美しいシーンとなってしまった。

ここのReviewは役目を終えたら『岬の果て映画館』に掛けることがあります。

■ 今年も店主殿の十字路酒場日記楽しみにしています。  (こぶし さん)
■ 懐かしい映画みたいですね、元禄花見踊り、雪の丞変化、がまにまたがってたのはなんだっけ?長屋の花見えお映画にした確かえのけんの映画、無性に見たくなりました。ちゃんばら好きだったんです。  (pu-co さん)
■ DnIwoqZkBBvmaO  (jbebuxk さん)
■ DnIwoqZkBBvmaO  (jbebuxk さん)
■ OAkbZOdySmHzre  (wvqyrdpuj さん)
■ OAkbZOdySmHzre  (wvqyrdpuj さん)
■ ZaKkfUgrgOjzPsB  (zjdpce さん)
■ ZaKkfUgrgOjzPsB  (zjdpce さん)
■ VlWhswnZHCYlG  (nimqqil さん)
■ VlWhswnZHCYlG  (nimqqil さん)
■ NbpPQRyNYZHsWjvkgzu  (hhwunyjkpcv さん)
■ NbpPQRyNYZHsWjvkgzu  (hhwunyjkpcv さん)
■ GJjZZMGdPpB  (qtxbbrjfj さん)
■ GJjZZMGdPpB  (qtxbbrjfj さん)
■ haiVujiSzdCm  (cpixerckgm さん)
■ haiVujiSzdCm  (cpixerckgm さん)



  餅の焼き方 2005/01/03(Mon.) 20:30 

正月といえば「餅」だ。
大好物なのだが、いつも困っていたのは、もう少し上手に形良く焼けないものだろうかということだった。
放っておけばふくらみきって隣のにくっついてしまうし、運が悪いと餅焼き網の網の隙間から下に向かってふくらんで、無理に引っぺがすと中が空洞の焼き餅になるのが常だった。
NTV系「伊東家の食卓」。
イヤー、役に立ちました。
TVのお役立ち番組はこれまでいくつもあったけど、これが一番実用的。
餅の上側に醤油で赤丸を書いてやるだけ。
つまり、餅の上に一滴垂らした醤油を丸く塗り込んでやるだけ。
丸の部分からふくらもうとするので、横にふくれたり下にふくれたりは全くない。
お皿に醤油を落としてそれを指につけて餅に塗るのが利口なやり方かも知れない。
餅に直接、醤油を落とすと外に向かって流れ出すし、結果、広い範囲に醤油が付くと上手に上に向かってふくらまないから。

これにはキチンとした科学的理屈があったのだけど、それは忘れた。録画もしてなかったし。
でも、これが我がテレビ視聴人生の中で最も役に立っているかも知れない。←大袈裟だが半分マジ。
で、評価は、

うぉーほっほっほ。なかなか美味しくてヨ。

となる。
主婦仕事の話になると何故か突然、言葉がお蝶夫人になるのは何故かしら?

■ 餅を焼くのにこんな裏技があるとは・・早速ヤキモチやきながら餅焼きしてみました。すばらしいっ!・・生きてて良かった。。  (ゆーた さん)
■ お蝶婦人になったかぜさんの放送、聴いてみたいです。  (小鈴 さん)
■ 2008/4/21に書込みしてますが…コレ覚えてますし、今でもやってます。マジで使える裏技です!  (りみっと さん)
■ yxPzBdMdBGSmH  (bjtzwiylstm さん)
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■ SjoWNNfohGnTFrr  (zrhhhuvwpxk さん)
■ SjoWNNfohGnTFrr  (zrhhhuvwpxk さん)
■ JtrKzHIImHhj  (nbxjqph さん)
■ JtrKzHIImHhj  (nbxjqph さん)
■ wuFYFkzpUGafEG  (eojrri さん)
■ wuFYFkzpUGafEG  (eojrri さん)
■ PUhUOMPsMqvkEN  (dynlqgiaze さん)
■ PUhUOMPsMqvkEN  (dynlqgiaze さん)
■ xvHPSBcRhqol  (tiozlfdz さん)
■ xvHPSBcRhqol  (tiozlfdz さん)



  いっこく堂 2005/01/02(Sun.) 00:08 

天才腹話術師いっこく堂が元日の演芸番組で新しい芸を披露していた。
「速攻通訳」というような芸で、中国語で喋った後、即座に日本語の通訳が入り、でもその時は既に次の中国語が語られている、というようなすごい芸だ。
「外国からの中継映像」芸のように口の動きと言葉が半間ズレる、という生易しい芸ではない。
まあ、「半間」と言うよりは何間かズレるところが凄かった訳だけど…。

この「半間ズレ」は他人の芸を真似することで、営業妨害していることに気づかない連中によって、ここ1〜2年の間に真似し尽くされて、実は「いっこく堂の芸って、そんなに大した物じゃなかったんだァ」と思わせてしまった。
真似は出来るかも知れないけど、「半間ズレ」を芸にしてしまった最初の人であることを軽視してはいけないと思うんだが、世間というモノは結構冷たいもんでして…。
いっこく堂はその風評を一蹴すべく新たな芸に挑戦して、見事な成果を上げてしまった。

だが…。
3年くらい前にいっこく堂がCMに出た時、テレビを見ている人は、その危険性に気づいた。彼の芸はテレビ的な「音」の処理で十分可能な芸であることに…。
つまり、彼が口を動かした後、半間ズラしてテープで声を流してやれば成立してしまうことに…。いっこく堂はこうしてテレビの画面から姿を消した。

この間、彼は海外まで営業の場所を拡大していたらしい。
台湾公演中に仕込んだネタ、というのが本日の芸だったのだが、実に見事な技だった。
本人は失敗したといって、やり直しをしたほどなのだが、彼がまた腹話術芸に一つの金字塔を打ち立てたのは間違いない。私のような善意の視聴者にとって、だけではあるが…。

というのは彼の芸が巧妙になればなるほど、それは電気的処理が可能な領域に近づいていくということになって、テレビの中で披露する限り、それはイヤでもテレビ的「トリック」を想起させてしまう、という皮肉。
つまり、いっこく堂の芸は生で楽しませて貰う以外にその凄さを実感することが出来ない芸なのだ。

テレビに出ていることが売れっ子の証明である日本では、これからいっこく堂の歩もうとする道は決して楽ではないと思う。
生でしか味わえない芸は宣伝に頼る以外集客の方法がないのに、宣伝のためにテレビに出ると逆にインチキに見えてきてしまうという不思議な芸。なんて不幸なことなんだろう。

同じことは生身でアクション・シーンを演じきる俳優たちにも言えて、昨年夏に評判になったタイ映画(違っていたら後で書き換えますが)『マッハ』は、CG一切無使用を売り物にしていた。
主演俳優がキャンペーンのために朝のワイドショーで映画と同じ技を披露していた。
それはたしかに大変な技なのだが、おおもとは『座頭市破れ!唐人剣』でブルース・リーの一代前のカンフー・スター王羽ことジミー・ウォングが見せた「肩駈け敵陣突破」とでも言うべきスゴ技をさらにグレードアップしたものに過ぎない。
とはいえ、アイディアは王羽の物でも、グレードアップの度合いはとんでもない高見にあるのだが、凄くなればなるほど、この種の技は「CGで出来るジャン」になっていってしまう。
ワイドショーの中で生でやって見せたから高度なテクが判るのだけど、映画で見たらCGと区別がつかないから「生身で演じた」ことの凄さは意味を持たなくなってしまう。

本当に不幸な時代になったと思う。
航空アクションなんかもうハラハラしないもの。CGでいかようにも処理できるからどんなにスリリングな展開でも驚かない。
人間が、スタントマンが、必死に演じていたあの時代が懐かしいけれど、CGを見慣れた目には、昔の映画は時々まどろっこしくさえ見える。

でも、王羽が凄かったのはたしかだし、いっこく堂が凄いことには変わりない。
なのに、何でか寂しいのは何故?

■ 同感です。いっこく堂はスゴイ。淋しいのは彼の芸を真似て拍手を貰っている芸人達が自分達。人が汗水かいて捻り出した芸が出来たからってなんなの?捻り出した事が大事なのよ。タモリになりきって司会まで出来る貴方だよ!  (嗚呼!忘れじのきん太 さん)
■ gMuBwZZAJjqevqaGh  (mpmfztrf さん)
■ gMuBwZZAJjqevqaGh  (mpmfztrf さん)
■ GDJTOYOOL  (hflkxssynpi さん)
■ GDJTOYOOL  (hflkxssynpi さん)



  佐藤真理子/佳代 Y2Kライヴ 2004/12/10 2004/12/11(Sat.) 02:20 

出演:佐藤真理子/佳代 於:六本木Y2K \5,000-

開演前に秋田のタレントさんが出てきて佐藤真理子のあらましを紹介した。
もちろん、このタレントさんは最近の真理子さんは知っているが、昔を知っているわけではないらしく、客はちょっととまどったと思う。
なぜなら、実際にはこのコンサートの客は六本木中心にライブ活動をしている「佳代」ちゃんこと畑山佳代のお客さんに佐藤真理子さんが連れてきた東北からのお客さんがプラスされた形なので、東京の客には佐藤真理子は未知であり、東北の客に佳代は未知である。
何故に二人が一緒に組むのか、双方の客をまるで納得させないまま、コンサートは始まった。

参考までに記しておくと佐藤真理子と佳代はNHKテレビ『ステージ101』の最後のメンバーで「アップルズ」という3人グループを組んでいた。『101』が終わった後も数年間、グループとして活動していたのだが、真理子が別グループを組んだことから三人組としては解散。その後、佳代も新しい真理子のグループに加わって7年ほど活動した仲だ。息の合う二人である。

客は大入り満員だった。
僕は当日券を買って入ったのだが、120席に40%増しと言うところか? 立錐の余地もなくおよそ2 時間立ち詰めになった。
いやー、渋谷クワトロのパイプ椅子には「ちょっとなー」と思いつつも、2時間立ち詰めだとさすがに椅子に座りたくなるな。昔、Chicagoのコンサートを武道館で聴いた頃は指定席なのにスタンディングしてたんだから歳は取りたくないものだ。

このライヴは真理子が「民謡ロック」のCDを出したのを記念してのコンサートなので、主導権は真理子にあって、まずは2人の『モガミ・リヴァー』『ソーラン』で始まる。
そして、この2曲だけで掴みはOKとなった。

イヤー、この二人はカッコいい。
衣装は忍者風上下に黒いシースルーの膝までで裁ち切った振り袖を羽織った感じで、これが魅せる。
脱ぐとさらに良いのだが、考えてみたら、これ、ねぶた祭で『よさこいソーラン』かなんか飛び跳ねながら歌い踊ってるイカレタあんちゃんやねえちゃんの衣装だわな。プロが着るとこんなカッコ良くなるのか、とちょいとビックリ。
真理子はボリュームのあるお姉さん(年齢から言えばオバサンなのだがそう見えぬ)、佳代はスリムだが痩せすぎてはいない妹。役割分担もシッカリしているが、何よりこの二人、見映えがよい。
真理子は昨年の『101』公演には出演していないが、ラストステージの時は楽屋に来ていてメークを手伝っていたそうな。なるほど派手な顔立ちがさらに化粧で生きている。佳代は暗い照明の中で時々、ほっそりした三沢あけみという風情になって、平素、ジャズを歌っている歌手には見えぬほど日本的だったりする。

この二人が踊りながら歌う民謡ロックは切れ味が良く、実に楽しい。
民謡にはいかに多彩な表現が加えられるかがよく解るステージで、岸千恵子の『千恵ッこよされ』が売れた理由も理解できるというものだ。
真理子はオリジナル民謡でないから大騒ぎにならなかっただけで、「民謡ロックのパイオニア」とみずから名乗るとおり、ずいぶん前からロックにのせて民謡を歌って、東北では人気シンガーだったらしい。
このステージではそれが堪能できたが、もう数十分くらいは立て続けに民謡ロックだけを聴かせて欲しいと思うほど楽しいステージだった。
まあ、TAKIO(多喜夫)さんのコンサートがセクシーな感情をそそるように、民謡が元々バリエーション豊富な音楽だと言うことは知っていたんだが、こんなに魅せる物とはなぁ。

驚くのは佳代とのコラボレーションが実に上手く行っていることで、佳代のハーモニーも実に気持ちよい。しかも声の良いこと!
6曲はやっぱり少ないな。東京でも民謡ロックだけで成立する。通常はノンストップで2時間歌い続けるという佐藤真理子のステージを本場大館まで聴きに行っても良いと思ったほどだった。

続いては佳代のジャズのステージで、これは手慣れた物。3曲を見事に聴かせた。
ただ、ふと思ったのは、この人はもはや上手すぎるのではないか?
上手さのテクニックがもう到達点まで来ているように思える歌い手にこの頃よく出会うのだが、そうなるとその歌手がテクニック抜きで歌う素朴な歌を聴きたくなるのはどうしてか? 
僕の心はこの頃、安田姉妹のようなクラシック発声の唱歌ではなく、クラシックの教育を受けずに上手くなった人たちのシンプルな歌が聴きたくてならない。
端的な例は平井堅の『大きな古時計』なのだが、『ロッホローモンド』とか『蛍の光』『山のロザリア』でも良いな。なんか、そういう歌…。

そこに真理子が登場して「お母さん」イメージの歌。
『リンゴ追分』『ヨイトマケの歌』…。
ここは触れてはならない曲に触れてしまった感じがあったな。
『リンゴ追分』はどんな風にいじってもオリジナル歌手の上手さばかりが思い出されてしまう曲。
美空ひばりの歌を平気で歌ってしまって、ひばりを感じさせなかったのは天童よしみの『川の流れのように』以外に僕はない。
同様に『ヨイトマケの歌』はイイ歌だがこれも必然的に丸山明宏の名唱が聞こえてきてしまう。
この一連のスタンダードナンバーの中では『テネシーワルツ』がなんとかこらえて聴けるのだけど、耳慣れた歌は、それ以上の何かを喚起しなければならないのでなかなかしんどい作業だと思う。しんどいから挑戦する意味もあるのだけど、リスクを超える何を聞き手に与えられるかを考えた選曲が欲しいと思ったな。
特に僕の心が「シンプル」という方向を向いているので、なおさらなのかもしれないが上手さだけでは超えられないリスクのように思えた。とは言ってもリスクを抱えないコンサートはつまらないからこれでも良いんだけど。

とにかくこの二人、ジャズから民謡までだから実に幅広い。

楽しい時間はこうして瞬く間に過ぎて、真理子の目指す来年の企画の象徴として「レット・イット・ビー』と『ドンパン節』のコラボレーション。うーん、微妙、かな。
これはこれで成立するとは思うんだけど、無理矢理コラボレーションする理由がないような気もするが…。

それより、僕がハッとしたのは最初、英語の歌詞から始まり2コーラス目から日本語詞に転じる『浜辺の歌』だ。さっき、聴きたいなと思ったのはこういう歌だったのだ。
「あした浜辺をさまよえば 昔のことぞ偲ばるる…」
名曲である。しかも、この歌、誰もが気づくかどうかは判らないが、秋田の作曲家、成田為三の作品だ。
つまり、真理子は無造作に曲を並べたわけではなく、佳代の歌うジャズのコーナー以外は「東北」とか「ふるさと」というテーマでキチンと括っていたわけだ。
真理子のその構成力に感動すら覚えた。

この歌をラストにコンサートは終わった。
いや、何とも熱くて爽やかなコンサートだった。
やりたいことが明確で、しかも思い通りに運んでいることから来る爽快感だと思う。

僕は口うるさい人間なので、いちいち文句はつける。自分で構成するとしたらどうするかな、と考えるのがクセになっているからで、いつでも思うことはいっぱいある。
あるけど、別に怒っているわけでもイチャモンがつけたいわけでもない。僕は歌手と役者とダンサーだけは無条件で尊敬しているので。

今年は良いコンサートをいくつも聴いた年だけど、今回もおつりが来たな。
上手い、綺麗、冒険がある、の三要素が揃っていて、思わず貫禄姉ちゃん佐藤真理子の『ザ・民謡レボリューション』(Sugar Ball Disk \2,500)も買ってしまった。
「一回聴いてみなくちゃ損ですぜ」と誰彼かまわず無理強いしたくなる六本木の夜だった。

江崎グリちゃん、伊藤三礼子さんと自由が丘でお茶して戻ったが、心地よい感じが今も胸のあたりに残っている。



  高野三千代『My Calendar』 2004/12/05(Sun.) 13:10 


高野三千代さんと親しくさせていただくようになったのはわずか2年前のNHK『思い出のメロディ』からだ。
その後、まもなくして温壁蓮さんと一緒に新宿でお会いし、かなりの長時間、お話を伺った。
高卒後、宝塚音楽学校に入学、卒業間際に退校してネクタイのセールス・レディとなり、その後、日大芸術学部の教務課に就職。音楽学科のピアノで自主レッスンを重ね、国立音大を受験。大学の入学金はもう一つのアルバイト先だった某デパートから借りて急場をしのいでいる。
大学入学後もそのデパートの店員たちの発声教育係を務めて、亡くなるまでその会社の社員優待券を使える立場にあった。
辛酸は舐めているのだが、人に恵まれたのが長くこの世界で生きる力になっている。
「101」メンバーへのインタビューに関しては彼女の力が大きく、しばしば「思い出したことがあるの」と仰って電話を下さった。

単独での最後のステージは「101シンガーズ」後援サイトの運営者マグノリアさんもご覧になった劇団鳥獣戯画の『カリフォルニア・ドリーミン』で『この世の果てまで』をソロで歌った。その時、既に還暦を迎えていたのだが、衰えぬ美しい声に現役の誇りがあった。

最後にお会いしたのは今夏7月22日、小原初美ちゃんの十字屋コンサート。最後にお話をしたのは翌7月23日のことだ。
2005年3月に予定している彼女のコンサートについてだった。

「これが終着点ではないと思うんだけど、長いこと、日本の歌を日本語で歌うことを忘れていたような気がするの。外国のポップスをいくら上手に歌っても、何かしっくり来なくなっている自分に気づくのね。思いがどうしても万葉集にまで行ってしまうので、思い切って日本の歌をキチンと歌ってみたいの」

僕が仕事で毎週、彼女のスタジオがある駅を通るので10月に入ったら一度、直接逢いましょうということになっていた。

彼女はコンサートへの準備と併行してレコーディングを進めていた。
「101」メンバーの若子内悦郎君(WAKA)がディレクターを務めていたが、レコーディングの途中で時々、不調を訴えることがあったらしい。
「あたし、ガンかしら。だったらヤーね」
と言っていたというから診察は受けていなかったのかもしれない。
レコーディングをすべて終えてまもなく、突然、昏倒した。

電話が全く通じなくなったので、しばしば彼女のスタジオでレッスンしている初美ちゃんに確かめて急を知った。温ちゃんにもっと詳しい話を聞いたが、昏睡状態が続いているようだった。

昏睡から一時的に目覚めた時、ちょうどCDが出来上がり、「101」関係者としてはWAKAが最後の面会人になったようだ。

「ジャケットにあたしのメッセージをもう少し加えたかったわ」

それだけが心残りだったらしいが、ジャケット写真の美しさにはたいそう満足だったらしい。良かった!
彼女の回復を待っているとすべてが手遅れになるところだった。
WAKAは三千代ちゃんの完全なOKが出る前にジャケット印刷まで進めてしまったことを申し訳なさそうに語っていたが、事態は希望的観測の入り込む余地がないほど切迫していた。
WAKAの咄嗟の判断に心から感謝したい。

こうして、三千代ちゃんの遺言となってしまったCDが僕らの手元に遺された。
歌という仕事を真摯に追求し続けた一人の歌い手の思いが、ここにある。
アルバム『My Calendar』。
いとおしい日本語でつづられた日本の四季に三千代ちゃんの美しいソプラノがさらに深い色彩を与えて行く、という作業が行われている。

3月のコンサートに接することが出来なかった人たちにこの歌声を届けることは出来ないのだろうか?
WAKAが沖縄から戻ったら、それを提案したいと思っている。

※この項は随時書き換えることがあります。



  101シンガーズ in 渋谷クワトロ 04.11.22. 2004/11/23(Tue.) 06:17 

黒沢裕一、石岡ひろし、牧ミユキ、小原初美 ゲスト 小林啓子

9月の「立川アイム」における旗揚げコンサートに続くエンジン全開セカンド・コンサートなのだが、前回はどこか小手調べのようなところがあったし、観客もそう思っていた節があるので、これが本格的コンサートの幕開きと思って良いのだろう。

前回は天候そのものがすぐれず、会場も急場しのぎで選ばれたものだったらしく、なにか侘びしい感じがした。
ツアーの中では何回かこんな会場になることもあるよな、という感じのいかにも田舎の公民館というイメージだったので、これが結成コンサートではなんか哀しいという気にさせた。しかも立川。ファースト・コンサートの会場としては許せない感じさえするほどだった。
それもこれも、実はなかなか動き出してくれない「シンガーズ」たちのお尻をたたいて、早くその姿をみんなの前に見せて下さいよ、とファンたちが必死に動いて実現させたコンサートだったようで、僕の方にちょっとした誤解があった。
この日記は消そうと思えばいつでも消せるので前回分は削除してしまえばいいのだが、思い違いは思い違いのままとして、残しておこう。
当日感じたことは誤解も含めて、そういうことなので。

さて、今回は若者のメッカ渋谷。しかもロックの大音量に耐えられるように作ってあるライヴ・ハウス「クワトロ」である。
コーラスを聴かせる小屋ではない。
しかも、スタンディングが当たり前の小屋に、年寄り観客用にパイプ椅子を並べてのコンサートである。なんかなあ…。一瞬、情けない気分に陥った。

ところが、始まってみたら小屋はたちまち彼らの色に染まってしまった。
ゲストで出た小林啓子ちゃんが言うとおりだった。
「100人のコーラスをバックに従えているみたいよ」

曲目は前回とほぼ同じで細部を少しいじっているだけのように思われたが、終わり近くに彼らは彼らの真価を見せつけるべく素晴らしい選曲を用意していた。
バートバカラック・メドレーである。
作詞:ハル・デイヴィッド 作曲:バート・バカラックのコンビは1960年代から70年代にかけて数々のヒット曲を世に送り出している。
『雨に濡れても』『恋の面影』『遙かなる影』『ウォーク・オン・バイ』『アルフィー』『プロミセス・プロミセス』『サン・ホセへの道』『恋よ、さようなら』『小さな願い』『愛の想い出』『ドント・メイク・ミー・オーヴァー』…。
これらはほとんどディオンヌ・ワーウィックのために作られた作品だ。
ディオンヌはバック・コーラスの上手さで知られた歌手だったが、60年代初めにバカラックと知り合ってその才能が花開いた。
バカラックを歌う時のディオンヌは羽根のように柔らかな声で、ピリッとした聞き所を必ず作る見事な歌唱で知られる、まさしく大人の歌手だ。
バカラックは初めの頃、自分の曲を優先的にディオンヌに歌わせていた。しかし、ディオンヌの歌唱でハル&バカラックが名声を得、多くの歌手から作曲の依頼が来るようになると、優先的にディオンヌに歌わせられなくなった。すると、ディオンヌは訴訟を起こして、自分に歌わせるよう求めたりもした。

ちなみに1963年の『ドント・メイク・ミー・オーヴァー』で全米21位となる初ヒットを出してから71年までのセプター・レコード時代、ディオンヌ/バカラック・コンビは8枚のベスト10ヒットを出した。
そんな時期があって、二人が低迷期に入り、やがてバカラックは女流作詞家キャロル・ベイヤー・セーガーと結婚。ハルとのコンビを解消した。

ディオンヌが再起するのは79年からで、85年にはベーヤー・セイガー&バカラック作品『愛のハーモニー』で全米ナンバー1を獲得している。
バカラック作品はディオンヌに合うのだ。それは上質の歌唱こそが似合う歌といっても過言ではない。

101シンガーズはそのハルと組んでいた時代のバカラック・メドレーに挑戦し、客を魅了した。
今回は歌われていないけれど『恋よ、さようなら』なんて「キスしてどんな得があるって言うの。せいぜい風邪菌ウィルスをもらうのがオチだわ。彼にキスさせちゃったらそれで終わりよ。彼は電話もかけてこないでしょうね」なんていう能天気な歌なんだけど、絶頂期のバカラック/ハル作品には勢いに乗っている人たちの作品らしい何とも人の心を浮き浮きさせる魅力がある。
前半にはカーペンターズ・メドレーがあって懐かしさを満喫させたが、バカラック・メドレーはより大人向けに仕上げられていて、しかも狙いがちゃんと伝わってくる。4人は上質のイイ歌をいつも聴かせてくれるグループとしてその狼煙を上げたことになる。
とてもイイと思う。このグループの方向性がこれで客にもハッキリ見えてきたと思う。
これなら『ステージ101』ファン以外の聞き手も満足させられるはずだ。

コーラス・グループではなくソロ・シンガーが集まってコーラスを聴かせるという稀有な形のコンサートがこれから何回も開かれることを心から祈っている。
今回もファンが駆け回ってのコンサート実現だったと耳にした。
つくづく良いファンを持ったうらやましい歌い手たちだと思った。



  小原初美ミニ・コンサート 2004/11/14(Sun.) 03:09 

小原初美おしゃべりポップス パート7
……秋の女のひとり言……

2004年11月13日(土)14:00〜16:00  青葉台ウイークリーサロン
出演:レガーロ(ピアノ:蛯名知子 サックス:青木和人 ベース:宗像博義)

初美ちゃんの正しい読みは「おばら・はつみ」である。
何回も覗かせて頂いたコンサートだが、今日は初美ちゃんの歌を聴きながら頭に浮かんだよしなし事。

@あなたの勝ちよ
☆この歌を日本人が歌うのを初めて聴いた。
A誰もいない海
☆大木康子さんのレコードの『野火子』とかいう五木寛之さん作詞の歌のB面に入っていたのじゃなかったかなぁ、なんて思いながら聴いていた。『走れ歌謡曲』のAD時代、B面のこっちばかり選曲していて、なんだか罪悪感を抱いていたからだと思う。
B恋人よ
☆五輪さん以外の人がこの曲を歌うと大抵淡谷のり子さんと同じ歌い方になるのは何故だろうか? 正式な発声はそうだからなの? 『恋人よ』の七不思議かもしれない。
C恋心
☆エンリコ・マシアスはどうしているのかとふと気になった。岸洋子さんは亡くなっちゃったし…。
Dバラ色の人生(増田佑子)
☆初美ちゃんのお弟子さん増田さんの歌。前回よりさらにまた声が出るようになりました。
Eこの世の果てまで(増田佑子)
☆日本語訳が盛んだったアメリカン・ポップスの時代はスキーター・デイヴィスのこの本格的な歌唱で幕を閉じた。この歌が出てきて全然訳詞物が無くなっちゃったねー。
F一人寝づくし
☆初美ちゃんのデビュー作。可憐な美少女のデビュー曲としては詞が切なくて妖艶すぎるなー。作品は良い出来なんだけど何枚目かで出す歌だよね。
G石狩挽歌
☆北原ミレイさんはたしか本名は南玲子とか言うんじゃありませんでしたっけ? 演歌はやっぱり「北」なのね。
H冬のソナタ(レガーロ)
☆初美ちゃんはヨン様にメロメロらしい。
I元気を出して(小原初美とそのお弟子さんたち)
☆初美ちゃんは去年からボーカル教室を開いている。おばさまたちには有意義な遊び場がいっぱい。男は案外、こういう遊び方が出来ないよね。

★お茶の時間

J小さい秋みつけた
☆サトウハチローさんは夏、いつも裸なので原稿を貰いに行く女性はとても困ったらしい。
Kいそしぎ
☆エリザベス・テイラーは富も名声も得ているのに本当に欲しい「愛」だけが手に入らなかった不幸な女性だ。
Lシカゴ
☆リチャード・ギアとレニ・ゼルウィガー。
Mムーンリバー
☆『ティファニーで朝食を』。窓辺で口ずさんでいたオードリー。
N涙をこえて(小原初美と何となく関係者)
☆このコンサートの恐怖の時間がこのコーナー。歯科医の入江さんには二度目のご対面。木村KANSUKEさんにはもう何度も。二人ともやたらに上手いのだ。
O比叡おろし
☆小室等。小林啓子。初美ちゃんもキングだからこの歌は一種、キングレコードの財産なのかもしれない。
P見上げてごらん夜の星を
☆八大さんの歌は歌ってみると難しいけど、いずみたくさんの歌は本人の歌いたいように歌えるという包容力が魅力かもしれない。
Q聖者が町へやってくる
☆ああ、もう、まもなく師走なんだ。
良いひとときをありがとうございました。

コンサート終了後、皆さんとお別れして青葉台から渋谷でのOFF会に向かいました。





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